モーションキャプチャで探る 技能の匠の動きの秘密

2018/10/10 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • モーションキャプチャを技能訓練に導入!
  • データ分析で分かる、若手とベテラン技能者の身体の動きの違いとは?
  • モーションキャプチャで身体の内部から指導する!
モーションキャプチャで探る 技能の匠の動きの秘密

「確かに一通りのことができる自信はありました。しかし上には上がいる。私もその頂点を目指したい」

 

若手技能者の日本一を目指す技能五輪全国大会。トップクラスの若手が集うため、それに向けた練習は非常に厳しい。大会課題発表後の3カ月の間、ひたすら同じ練習が朝から晩まで9時間、週5日。強靭な精神力を必要とする。

 

その過酷さを理解しながら、それでも自分の腕を試すべく、今年の大会への出場を決めた若者がいる。21歳の岡部晴葵(はるき)選手だ。指導員はこの道50年、66歳の熟練技能者・松井辰雄氏である。

 

彼らの練習風景をのぞいてみよう。様々な工具が立ち並ぶ練習場。そこには、技能者だけかと思いきや、モーションキャプチャを操る一人の技術者がいた。

左から岡部選手、松井指導員、中村氏

言語化できない技能の感覚

二人に協力するのは、東芝生産技術センターの中村博昭氏。専門とするのは、現実の人や物の動きをデジタルで計測するモーションキャプチャ(モーキャプ)を使用した人間工学(※)である。東芝では、より効率的な指導と技能の継承を目的に、モーキャプを技能五輪出場選手の訓練に取り入れる取り組みが始まっている

※人間が最も効率良く動作が行えるよう物や環境を設計する学問

「従来、カメラを用いて動きを計測するモーキャプが主流でした。しかし、これは死角なしに記録するために多くのカメラが必要で、費用がかかります。一流スポーツ選手には適用できても、製造現場にはなかなか導入できません。そこで、東芝の訓練ではセンサを用いたものを使用しています」(中村氏)

岡部選手のモーションキャプチャ着用を手伝う中村氏

岡部選手(左)のモーションキャプチャ着用を手伝う中村氏(右)

センサ式モーキャプでは、スマートフォンにも使用されている加速度センサなどを身につけて身体の動きを計測する。カメラに比べセンサは安価で、身につける時間もカメラ設置時間より短くて済む。

カメラを用いたモーキャプとセンサを用いたモーキャプの違い

カメラを用いたモーキャプとセンサを用いたモーキャプの違い

岡部選手の出場する種目は「機械組立て」。機械加工で作られた数点の部品を、ヤスリで仕上げ、組立てて調整し、指定機能通りに稼動できる高精度な小型ユニット装置を作る種目だ。機械加工では削りすぎてしまうところを、一流技能者によるヤスリは0.001mm以下の精度で調整する。少しでも精度が落ちると、装置は動かない。

機械組立てにより製作した装置

機械組立てにより製作した装置

これに挑む岡部選手の課題の一つが姿勢である。

 

「前傾姿勢になっているとはこれまで何度も言われてきたこと。ビデオを見ても姿勢の悪さは分かります。でも、松井さんが必死に伝えてくださる『感覚』をフォームの観察から読み取るのは、実は至難の業なのです」(岡部選手)

 

「私も『変な姿勢をしている』というところまでは指導できますが、それ以上は言語化が難しい。技能五輪で与えられる時間は6時間45分。体力的に非常に長く、前傾姿勢だと疲労が激しいのです」(松井指導員)

 

そこで中村氏はモーキャプを用いて二人の身体全体を計測。それにより浮かび上がったのは、非常に興味深い、身体内部の連動だった。

 

この動画は2018年10月10日に公開されたものです。

モーションキャプチャから判明した疲労の謎

二人のデータの比較で大きく異なっていたものの一つが、両足への重心のかかり具合。右足、左足における力の入り具合の平均値を示す青色と緑色の点線に注目してください。岡部さんは松井さんに比べ、両足の数値の差(赤矢印)が大きいです。これはつまり、岡部さんの重心が前足に偏っているということ。前傾姿勢だと大きく疲労すると松井さんが経験で感じていたのは、重心が前にかかりすぎるからでしょう」(中村氏

縦軸は床反力(足への力の入り具合)[N]、横軸は時間[s]を示している。

縦軸は床反力(足への力の入り具合)[N]、横軸は時間[s]を示している。岡部選手は松井指導員に比べ、重心が片方の足に偏っているため、青点線と緑点線の幅が大きい。なお、岡部選手は左利き、松井指導員は右利きのため、より力の入る前足が逆となっている。)

技能者育成にモーキャプを役立てる企業は数社存在するが、ほとんどが身体の一部だけを計測するもの。それに対し、東芝の訓練では、身体全体を計測して筋骨格シミュレーションで分析する。これにより得られる最大の効果は、身体のあらゆる部位のつながりを把握できること。

 

指導員やビデオが外見による指導だとすれば、モーキャプは身体内部からの指導だといえるでしょう。一流技能者が一流たるゆえんはフォームだけにあるのではありません。例えば姿勢と重心は連動します様々な部位の最適なつながりが熟練技能者の身体に内在しているのです」(中村氏)

モーションキャプチャで測定した岡部選手の身体の動きをパソコン上で再現

モーションキャプチャで測定した岡部選手の身体の動きをパソコン上で再現

モーキャプによる技能者育成の取り組みはまだ始まったばかり。もちろん課題も山積みだ。

 

外見と身体内部をより連携させることが重要です。例えば私たちの指導では音を大切にしています。ヤスリがうまく材料にあたって削れているときと、ヤスリがぶれたときの音は違うのです。モーキャプで力の入り方を測定し、音の違いと結び付けていきたいと思います」(松井指導員)

 

「モーキャプを着用すると、軽量とはいえ、やはりベルトの加圧があり実際の競技とは異なる環境となります。より簡素なセンサで計測できる仕組みづくりが課題です」(中村氏)

モーションキャプチャ活用の今と未来について話し合う三氏

モーションキャプチャ活用の今と未来について話し合う松井指導員、岡部選手、中村氏(左から順に)

最後に、ベテラン、若手の技能者から見たモーキャプの可能性を聞いてみた。

 

「前傾姿勢が疲労につながる。これまで経験から教えていた内容がデータにより間違っていなかったと確信することができました。確かに技能が上達するにつれ、自分の身体の特性に合わせた動き方を、モーキャプではなく試行錯誤で身につけていかなくてはいけません。ただその前には基本の習得が必須。モーキャプはこうした若手技能者の習得スピード向上に役立つはずです」(松井指導員)

 

「身についている癖は簡単に抜けるものではありません。自分で心から納得することが技能上達の近道だと思っています。『外見から見える感覚』と『身体内部の力の働き方』の両面から納得する。そこにモーキャプの意義があるのではないでしょうか」(岡部選手)

左から松井指導員、岡部選手、中村氏

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