謎の“ボール消失現象”を追え LED研究者がフィールドを走る

2017/04/05 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • LED照明でボールが消失する?
  • ボール消失現象の原因は輝度と発光面積
  • フィールド実験で検証
謎の“ボール消失現象”を追え LED研究者がフィールドを走る

LED照明の野球場で起こるといわれる「ボール消失現象」。
まぶしい照明にボールが重なり、選手がボールを見失う――これは本当にLEDが原因なのか? ある研究者の疑問から現象解明の研究がスタートした。フィールドや室内の実験を積み重ね、現象の原因、そしてプレイヤーにやさしいスポーツ照明のヒントが照らし出される。

東芝ライテック 技術・品質統括部 研究開発センター 照明技術担当 東洋邦氏

東芝ライテック 技術・品質統括部 研究開発センター 照明技術担当 東洋邦氏

LED照明黒幕説を覆すべく、ボール消失現象の解明に着手

近年、スタジアムの照明設備もLED化が進んでいる。消費電力の削減、長寿命化による低コストが期待できることもあり、野球界の期待も大きい。しかし、導入が始まってから「LED照明によってエラーが続出」という報道が一部で見られた。まぶしすぎる照明が捕球の障害になる、というのだ。東芝ライテックで屋内、屋外の照明技術を研究してきた東氏は、この噂に疑問を抱く。

 

ボールを見失うのはLEDのせいなんじゃないか? そんな論調はLED化を考える関係者にいたずらな不安を抱かせるだけのように思いました。グレア(まぶしい光が視認性の低下、不快感をもたらす現象)を長年研究してきた私は、この現象はLEDかどうかに関係なく単純に輝度(光源から照射される光の強さ)で説明、解決できるのではないかと考えたんです」(東芝ライテック株式会社 東洋邦氏)

 

スタジアムに足を運び、照明設備を見上げた東氏。そこにあったのは、照明器具が面としてセットされた複数の照明柱。

 

「複数の投光器が面状に並び、発光面がびっしりとまとまっている照明だ。高い輝度の集まりが視覚に影響を与えている可能性が高い

 

そう確信した東氏は、謎のエラー多発を「ボール消失現象」と名付け、原因解明に向けた実験を準備し始めた。

実験は研究室だけで行うものじゃない――研究者、フィールドに立つ

現象解明のための実験は、ナイターを再現して実際のスタジアムで実施。東芝野球部に籍を置いていた社内関係者の尽力もあり、野球選手5名、ナイター設備の球場を確保できた。被験者は10年以上の競技歴があり、ナイターの経験も豊富である。

 

「手配した野球場の日程に被験者の予定をすり合わせ、段取りをする。これが非常に大変でした。ナイター設備を使えるのはわずか2時間。その時間内で準備と実験、撤収を行わなければなりません。スケジューリングに頭を抱えているところに、当日は雨との予報です。球場に向かう電車の中、顔を曇らせながらスマホの雨雲レーダーを見ていましたよ」

ボール消失現象の再現実験

東芝LED投光器とHID投光器の違い

幸運にも、実験中は晴天に恵まれた。照明柱の下からノッカーがフライを打ち上げ、被験者がキャッチする。さまざまな角度から5人の被験者が4パターンのフライを捕球。合計20回でどれだけのボールが「消失」したかをチェックしていった。

 

その結果、一定の輝度以上の照明面を通過したボールは「消える」ことが分かった。しかも、明るい面積が大きいほど消失する割合は高まっていく。仮説通りの結果に手応えを感じた東氏は、ボールが消失する輝度を精査するため、室内実験を実施。30万cd/㎡(キャンデラ/平米)という輝度を超えると、ほぼ100%の確率でボールが消失することを突き止めた。

ボールが消失する輝度を精査するための室内実験

準備に苦労した実験だったが、実際に選手の声を聴けたこと、研究者自身がフィールドに立てたのは大きな収穫だった、と東氏は振り返る。

 

「照明の実験というものは基本的に研究室で行い、必要があれば現場で行うのが王道の流れです。しかし、今回は上司の助言もあり、まずフィールドから実験を行いました。ここで得られたものは大きかった。実験室にこもってばかりじゃ駄目だ、現場に出なきゃいけない。そう痛感しましたね。ナイター経験が豊富な被験者からは『照明でボールを見失うのはHID時代からあったことだ』という談話が聞けたんですよ。また、私も捕球にトライしてみて、あまりの消失ぶりに驚愕しました。何と劣悪な照明環境で選手たちはプレーしていたのか……そこで初めて分かったのです」(東氏)

LEDならではの持ち味をスタジアム照明に生かしていきたい

今回の実験を通して、ボール消失現象が起こりにくい照明設計のヒントが見つかった。それが「発光面の輝度分布を考慮する」ということだ。

 

「分かりやすく解説すると、輝度が高い面積をできるだけ少なくする、ということです。指向性が強く、狙ったところだけに光を届けられるLEDは、球場の照明にむしろ適しているのです。ただ、それもHIDのように全面配光では意味がありません。私たちが開発している投光器であれば、狙った場所以外への光のロスを抑えて、効率の良い照明や周辺への光漏れ対策も実現。この光学設計は、ボール消失現象の抑制にも大きな効果があるでしょう」(東氏)

東芝LED投光器とHID投光器の光学設計の違い

これは、HIDとLEDの発光を比較すると一目瞭然だ。HIDに比べ、LEDは配光が制御されているため、一部だけが光っているように見える。斜めから見ると格段に輝度が抑えられるためだ。

 

野球選手である被験者が「正面以外は消えているんじゃないの?」と実験で発言したように、発光スタイルの周知は今後の課題だが、ボールが空中に上がる球技における理想的な照明のかたちが見えてきた。さらに今回は、補足的な実験によって、スタジアム全体を明るくするLED照明環境も担保していることが証明された。

 

「指向性が高いLEDはピンスポットで照らすだけで、球場全体を明るくできないのでは。そんな疑問に応えるための室内実験です。この結果、夜空を背景にしても、一定の照度があれば捕球に支障がないことがわかりました。現在のLED投光器は捕球に問題のない照度が確保できています」(秦氏)

東芝ライテック 技術・品質統括部 研究開発センター 照明技術担当 秦由季氏

東芝ライテック 技術・品質統括部 研究開発センター 照明技術担当 秦由季氏

フィールドで行われ、選手目線に立った実験・研究の成果は、スポーツスタジアムの照明設計に確実に落とし込まれていく。カクテル光線に照らされた鮮やかな芝のグリーンに、ダイナミックなプレー。そして、LEDならではのさまざまな演出効果――照明技術の研究は、私たちのスポーツ観戦に確かな輝きをもたらすだろう。

東洋邦氏と秦由季氏

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