埋もれているビッグデータを価値あるものに 共生する「つながる世界」とは?

2020/02/19 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 世の中に埋もれた、価値あるデータを活用するのが「Data 2.0」の時代
  • ビッグデータの活用とSDGsとの関係
  • 共生する「つながる世界」に向けた新会社の設立
埋もれているビッグデータを価値あるものに 共生する「つながる世界」とは?

人の購買行動や健康状態、工場やプラントにおける設備の稼働状況など、世の中には多くの情報(データ)があふれている。これらを収集して価値ある形に変え、実社会に還元することができれば、私たちの暮らしはより便利になるだろう。

 

東芝はそのような社会の実現に向け、データビジネスを行う新会社として東芝データ株式会社を2020年2月3日に設立した。東芝データが構築を目指す、世の中のデータを有効活用する「データ循環型のエコシステム」とはどのようなものなのだろうか。同社の代表取締役CEOに就任した東芝の執行役常務で最高デジタル責任者の島田太郎氏に話を聞いた。

時代は「Data 1.0」から「Data 2.0」へ

「この10年間、パソコンやスマホからの情報を活用することで巨大な企業価値を生み成長したプレーヤーは多くいます。私は彼らの様なビジネスモデルを『サイバー・トゥ・サイバー』と呼んでいますが、最近は取得できるデータ量の限界や取得のプロセスなど課題が徐々に顕在化し、彼ら自身も実社会(フィジカル)のモノから情報を得ようという動きが出てきました」(島田氏)

 

株式会社東芝 執行役常務/東芝データ株式会社 代表取締役CEO 島田 太郎氏

株式会社東芝 執行役常務/東芝データ株式会社 代表取締役CEO 島田 太郎氏

高い技術やサービスが要求される産業機器やインフラなどを提供しているフィジカルの企業より、消費者から得られるデータを活用し、「サイバー・トゥ・サイバー」でビジネスをする企業が大きな企業価値を作るというモデルは今や限界を迎えつつある。島田氏は、このサイバー・トゥ・サイバーの時代を「Data 1.0」と定義する。その上で、フィジカルに存在しているモノから収集したデータによって人々の生活が向上する世界を「フィジカル・トゥ・サイバー」と呼び、これが実現する「Data 2.0」の時代が訪れると考えている。

 

ビッグデータ社会と呼ばれる現代。IDC(International Data Corporation)による予測では、2018年から2025年のわずか7年で、世の中のデータ量が5倍以上になるデータ爆発の時代を迎えると言われている。東芝はこのデータのうち、工場の機器や交通システムなど、フィジカルから生まれるデータが、従来のサイバー・トゥ・サイバーの世界で扱われるデータをはるかに凌駕するとみている。

 

出典 IDC White paper The Digitization of the World From Edge to Coreに掲載のデータを基に東芝が作成

出典:IDC White paper “The Digitization of the World From Edge to Core” に掲載のデータを基に東芝が作成

「これからは、フィジカルから生まれるデータが主流になる時代。東芝のみならず様々なハードウェアを提供してきた日本企業が、再び世界に貢献できる時代になると考えています」(島田氏)

 

日常のシーンを思い出してみよう。私たちは駅の改札を通り電車に乗る。会社ではデータをシステムに入力したり、機器のメンテナンスなどを行う。そして買い物ではレジで支払いをする。しかし、これらの情報(データ)は活用されることなく埋もれたままになっているものが多い。レジなどのPOSシステムのみならず、社会インフラや産業機器などを提供する東芝のような企業であれば、これらフィジカルにある情報をサイバーに転写することにより、既に取得されているサイバーの情報と合わせて情報を価値あるものに変換していくことも可能だという。

サイバーとフィジカルの構造

日々、私たちが生み出す情報。それを収集し価値あるものに変えるというプロセスにおいて、情報セキュリティという観点に加えて、企業が意識しなければならないことがある。

 

人のデータを扱う上で優先して意識すべきは人権や倫理という問題です。あくまでも収集した情報は人の利便性、人にとって良きことのために使われなければならない。Data 1.0時代の課題の一つとして、プライバシーの問題や人の予測がつかないデータの使い方をされていることがあります。これは非常に良くないことです」(島田氏)

ビッグデータの活用とSDGsとの関係とは?

現在の購買行動分析の多くは、わずかな情報から推定するために、消費者本人が望んでいるものとは異なる傾向の商品が推薦されることも多い。そういった個人の行動データを、ある企業が独占したり、個人の権利を無視した形でデータを使用したりすることは、もはや許すべきではないという考えが広がりつつあり、国や地域によっては、政府が企業における個人情報の独占を規制する動きもある。

 

「多くの企業が、どうすれば競合する者同士が壁を作らずに新たな世界を作れるのか、という議論をしており、データの問題もその一つです。そこで、世界共通の課題をという観点でSDGs(Sustainable Development Goals)が重要な指針になると考えています」(島田氏)

 

SDGsでは、貧困や水資源、エネルギー問題などに関しては明確なゴールを掲げているが、それを支えるデータに関しては明確に記述している項目がない。これは合意を形成することが非常に難しい領域であるということを示しているように感じると島田氏は言う。しかし、データの問題もSDGsで掲げる各項目に紐づけることで、ゴールを目指すべきだと主張する。

 

「SDGsの17あるゴールの中で二つ特殊なものがあります。それは9番目と17番目です。9番というのは産業と技術革新の間にインフラを作ろうということ。すなわち、ゴールを直接的な課題解決ではなく、各ゴールに向うための基盤自体の構築にしているということです。実はこれは非常に重要な点です。データをシェアできる仕組みというのは基盤そのものではないでしょうか。しかも、それを17番のパートナーシップ、誰かの独占ではなくて皆が共生・共創できるような形で行うということが極めて重要なのです」(島田氏)

 

SDGsのゴール

今回設立した東芝データは、東芝が2018年11月に発表した全社変革と社会課題の解決に向けた5ヵ年計画「東芝Nextプラン」の基本コンセプトである「CPS(サイバー・フィジカル・システム)」の軌道上に位置する。このCPSという概念に基づいて今後データビジネスを進めるにあたって、東芝にはいくつかのポリシーがあるという。

 

「一つ目は、何でも自分で提供するというクローズ・クローズの世界からオープン・クローズにするということ。様々な人たちと、仮にそれがある一部分で敵対するような会社であったとしても、価値の提供として必要なことに関してはオープンに行い、エコシステムを作るような形のビジネスモデルに展開していくことです。二つ目は収益構造。ヘビーキャピタルで非常に重たいものを作るというより、もう少しライトキャピタルの領域に対して手を打っていく。そして三つ目は、大型のM&Aより、『プログラマティックM&A』と呼ばれる既存事業とのシナジー効果が高い領域で小規模なM&Aを計画的に行っていく手法。これも必要によっては検討していきます」(島田氏)

 

インタビューに答える島田氏

新たなビジネスモデルが「つながる世界」の共創をリードする

東芝データのビジネスモデルは、実社会において生活者の行動により得られるデータを本人の同意もしくは匿名化した上で集約し、様々なサービス業者に活用の提案も含めて提供することで生み出した価値を、生活者に還元するというものだ。今回、その第一弾として展開するのが、グループ会社の東芝テック株式会社が展開する「スマートレシート」を核とした事業モデルだ。

 

スマートレシートは、店舗で買い物客が会計をする際に、レジで紙のレシートそのものを電子化して提供することができるシステムだ。買い物客はスマートフォンアプリに表示されたバーコードをレジで読み取ってもらうだけで、電子化されたレシートデータを受け取ることができる。今まで捨てていたレシートを電子化することで、個人にとっては家計簿に使ったり、後日購買証明に使ったりすることができる。一方、店舗側は電子化された購買情報を基に、「この人はいつもこれを買ってくれる方だから」といった具合でクーポンを発行するなど、消費者が欲しいモノに合ったサービスを提供することにつながる。また、使い方によっては地域活性化のツールとしても期待できるという。

 

「以前、沖縄で行った実証実験では、相互の送客クーポンのような機能を使って、『そういうモノを買いたいのだったら隣のお店ものぞいてみて』というような温かい雰囲気が作れるような効果が店舗において認められたという報告がありました」(島田氏)

 

沖縄で実証実験を行った店舗

沖縄で実証実験を行った店舗

このスマートレシート、2019年の11月にグランドオープンした「渋谷PARCO」の公式アプリとして既に連携が進んでおり、2020年度にはモバイルTポイントのアプリとの連携する計画で、現在の会員数は20万人規模だという。

 

東芝データは、今回このスマートレシートを全国規模で様々な展開をするパートナーとして、Gunosy(グノシー)と協業の可能性の検討を開始した。Gunosyは情報キュレーションサービスやニュース配信アプリの開発・運営といった事業を展開し、アプリが5,300万ダウンロードを超える。今回の提携では、単に店舗だけではなく、商品を開発する人や販売する人が、顧客と直接つながる機会の拡大を視野に入れている。

 

目下の課題は、スマートレシートが利用できる店舗の拡大だ。東芝データの設立は、利用店舗数の増加を加速させることが狙いの一つだと島田氏は語る。

 

「データの問題というのは非常にセンシティブな問題ですが、我々はサステナブルな世界を作るためにはどうしても必要なインフラだと考えています。そして、皆さんのデータは限定された企業に独占されるべきではありません。東芝は、皆さんと様々な連携を図ることで共存共栄していける『つながる世界』を作っていきたいと考えています」(島田氏)

 

今回、スマートレシートの情報を活用したビジネスと同時に、人の健康状況のデータから「未病」といわれる病気になる前の様々な情報を分析し、健康改善につなげていくビジネスも視野に、医療機関の経営支援を手掛ける株式会社シーユーシーとも協業の検討を開始した。今後、増加が懸念される医療費節減への貢献も目指していくという。

 

CUC×東芝グループ

データが生み出す便益を皆が享受できるエコシステム。東芝データの発足はこの共創への強力な第一歩である。

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