レンズの中から未来を見る! 異なる知見が新技術をともに生み出す

2020/02/26 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • もっと現場で使える技術を開発したい技術者の思い
  • ディープラーニング×デバイス、2つの知見が融合し、独自の立体認識AIが誕生
  • 短時間での学会準備、育児との両立、お互いの理解と協力が新たな力になる
レンズの中から未来を見る! 異なる知見が新技術をともに生み出す

もっと便利な仕組みを開発し、世の中のニーズに応えたい――。
東芝は市販のカメラを用いて、ステレオカメラ並みの距離測定を実現する立体認識AIを開発した。これはディープラーニングの活用により、高精度で省コスト、省スペースな距離測定を実現する画期的なテクノロジーだ。

 

立体認識AIを支える技術基盤は「1つのカメラがインフラ点検の救世主? 改良を重ねて完成した現場を支えるAIとは」で紹介したが、本編では、異なる知見を融合させ「ともに生み出す」新しい技術の誕生エピソードにフォーカスする。

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 主任研究員 三島 直氏と研究主務 柏木正子氏

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 主任研究員 三島 直氏
同  研究主務 柏木正子氏

ドローンの目になり、インフラ点検をバックアップするために

市販のカメラで撮影した画像から、距離画像を取得――AIによる画像処理を組み合わせ、ステレオカメラ並みの高精度な距離測定が実現した。本プロジェクトを進めたのは研究開発センター メディアAIラボラトリーの三島直氏、柏木正子氏だ。

 

私たちが手にするカメラで対象物の距離を測ることができる。これは、どのようなニーズに応えるものなのか。開発を主導した三島氏は、新たな仕組みが活用される現場のイメージを明解に語ってくれた。

 

「私たちが想定している活用先は、ドローンを活用したインフラ点検です。電力事業者や携帯電話、通信事業者などが多くの鉄塔を管理しており、その整備には大きなコストがかかっています。鉄塔や橋梁はサビ、腐食が進むと倒壊などの恐れがあるため、定期的な点検が欠かせないからです。

 

従来は作業員の方が鉄塔を一つひとつ目視でチェックし、色見本と照らし合わせてサビのレベルを判定していました。インフラ業界では人手不足が深刻ですし、老朽化が進む鉄塔の量も膨大です。そこで、手間とコストを削減するためにドローンやAIによる点検を取り入れる動きが活発です。

 

ただ、ドローンに載せられる小型カメラでは画像解析の精度に課題があります。例えば、鉄塔の背景に樹木が映り込むと、その茶色がサビなのか紅葉なのか判別できないこともあり得るのです。高精度に距離が測定できれば、画像から鉄塔だけを抽出して状態をチェックできます。そのニーズに応えたいという思いで開発に取り組みました」

 

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 主任研究員 三島 直氏株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 主任研究員 三島 直氏

ディープラーニング×デバイスの知見=新しい技術の誕生

三島氏は画像処理を専門にテレビ向けの高画質化技術、裸眼3Dテレビ向け信号処理技術、カラー開口撮像技術の研究を経て本技術に取り組む。プロジェクトが走り出した2018年10月に参画した柏木氏も、裸眼3Dテレビのチームでデバイス開発に取り組んだキャリアがあった。

 

数理をベースに距離推定アルゴリズムを駆使する三島氏と、デバイスに高度な専門性を持つ柏木氏。それぞれのエキスパートが培ってきた知見は、先端テクノロジーであるディープラーニングと融合し、画期的な立体認識AIとして結実する。

 

カラーフィルターを用いた撮像技術までは、アルゴリズムで距離を推定していました。今回のプロジェクトでは解析をディープラーニングに切り替え、画像ボケの形状から距離を測定しています。人手からAIへのシフトには複雑な思いもありましたが、画像ボケの形状はレンズ内の位置、光の波長によって非常に複雑に変化します。これを人手のアルゴリズムで解析するのは限界が見えていました。より良い仕組みを目指すためには、気持ちの上で乗り越えなければいけないこともあります」(三島氏)

 

「4年の育児休業から復帰し、デバイス設計で磨いてきた知見が生かせると思い、本プロジェクトに加入しました。休業中にAIは目覚ましい進化を遂げており、画像ボケの形状を精緻に解析することができるようになっていました。三島さんが構築したネットワーク基盤に私の知見が入れられた。プロジェクトの中にもダイバーシティが発揮されたと感じています」(柏木氏)

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 研究主務 柏木 正子氏

 

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター メディアAIラボラトリー 研究主務 柏木 正子氏

本技術では、カラー開口撮像技術で大きな役割を果たしたカラーフィルターをなくし、市販のカメラ+画像処理のシンプルな構成となった。特別な改造も不要だ。これは新メンバーの柏木氏の提案によるもの。固定観念にとらわれず、より良い仕組みのために様々な考え方を取り入れる。自由闊達なプロジェクトの気風が新しい技術を生み出している。

お互いの理解と協力が、新しい技術を生み出す力となる

2019年10月30日、韓国で開催されたInternational Conference on Computer Vision(ICCV2019)で本技術の成果が発表された。ICCVは画像センシングなどコンピュータービジョン分野でトップクラスの国際会議だ。世界から5,000ものハイレベルな論文が集まるという狭き門を通過し、三島氏、柏木氏の取り組みは高い評価を獲得した。

 

しかし、両氏がICCV2019への投稿を目指したのは2018年の12月のこと。すぐさま検証を進めた。英語論文の作成に取りかかり、3月に投稿するという強行スケジュールだったという。

 

「育児休業からの復帰から間もない中、最新の技術をキャッチアップしつつ、英語での論文作成はかなりハードでしたね。しかし、検証を進めるうちにこのAIの先進性、独自性を強く感じました。新しいものを世に送り出す。これは研究者としてはこの上ない喜びです。やるのは今しかない!!という強い思いがありました。退社時間を決めてメリハリをつけ、育児との両立もできました。チームに働き方を尊重してもらえたことにも感謝しています」(柏木氏)

 

研究開発センターには出産、育児を経て復職する女性研究者が多い。柏木氏もキャリアを断絶することなく、育児と研究を両立しながら、着実に研究成果をあげている。

 

「タイトなスケジュールだっただけに、無謀な挑戦だったかもしれません。しかし、柏木さんが言う通り、原理が新しいという手応えはありました。あとは学会のエキスパートを納得させるだけのロジックをいかに組み立てられるかどうか。同僚にも環境の構築に尽力してもらい、綿密に検証しました。そして、論文の投稿、採択にこぎ着けることができました」(三島氏)

 

解析ネットワークとデバイスの連携を進め、企業との概念実証も進行中だ。2人にとって、本技術の発表はあくまで通過点に過ぎない。

 

「ドローンへの搭載だけではなく、車載カメラ、監視カメラへの応用も視野に入ります。
様々な社会課題を解決する技術を生み出すためには、次のステージに向かわなければなりません。国際学会でも積極的な発表を目指し、この分野にさらなる広がりをもたらしたいと考えています」(三島氏)

 

「小型化に向けて課題は山積していますが、それらの課題を解決してこそ研究者です。誰でも、どこでも距離が測定できる仕組みを作り、世の中に送り出していきたい。そして、社会に貢献していければと思います」(柏木氏)

 

研究者として、互いに協力し合い、成長しながら、視線ははるか先の未来を見据える。目指すべき社会実装に向け、2人の挑戦は現在進行形で続いていく。

Related Contents