サイバー空間で車をつくる -東芝のデジタル試作プラットフォーム (技術編)

2020/07/09 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • バーチャル試作車を実現する、VenetDCPはどう生まれたか?
  • 企業秘密を集めずに、必要なデータをつなげる、東芝の技術
  • デジタル試作プラットフォームにかける、東芝の思い
サイバー空間で車をつくる -東芝のデジタル試作プラットフォーム (技術編)

バーチャル試作車を可能とする東芝のプラットフォームVenetDCP。どのようにして生まれたのか、それを可能にする技術は? 私たちに分かるように、このサービスの開発者に教えてもらった。

 

なぜ、バーチャル試作車が生まれた?

サイバー空間で車をつくる -東芝のデジタル試作プラットフォーム (解説編)」では、「モデルベース開発」の範囲を広げ、車全体をバーチャル試作車としてシミュレーションすることで、実車評価での手戻りを防ぐ取り組みに注目した。しかし、製造企業は個々に違う通信仕様、部品のモデルを有しているし、モデルから読み解ける設計情報は秘匿したいので、それは簡単には実現しない。また、1台のパソコンで膨大なモデルを組み合わせると計算が重くなる。そういう問題を解決するのが東芝の「VenetDCP*1」だ。東芝デジタルソリューションズ株式会社の開発チームを代表して、ICTソリューション事業部の北原博隆氏に、経緯や生かされている技術を聞いた。

 

*1 VenetDCP:
In-vehicle Network Simulator Distributed Co-simulation Platform (分散・連成シミュレーションプラットフォーム)
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 エンベデッドシステム営業技術部 担当部長

 

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 エンベデッドシステム営業技術部 担当部長

 

北原氏によると、東芝は15年以上にわたって自動車内のネットワーク環境を模して、その性能を評価するVenet*2を提供してきた。つまり、実車の電子系部品どうしによるデータ通信の振る舞いや、車載ネットワークの負荷を高精度にシミュレーションする仕組みを提供してきた。しかし、これまでのVenetに入力する電子系部品、例えばエンジンやブレーキなどのデータは仮のもので、実際の部品のものではなかった。

 

*2 Venet:
In-vehicle Network Simulator (車載ネットワークシミュレーター)

そこに、株式会社東芝の最高デジタル責任者 島田太郎氏との議論を経て、CPS(Cyber-Physical Systems)の考え方からヒントが得られた。CPSでは、モノなどの現実世界のデータを収集し、それをサイバー空間で分析した後、現実世界に戻して付加価値を創造する。Venetに現実世界の部品データを入力すること、つまり、各部品のモデルの動作結果を入力することで、サイバー空間で部品を組み合わせてバーチャル試作車ができる。これを分析すれば、効率的に実車開発が進むのではないか。北原氏とプロジェクトメンバーはそう考え、そして生まれたのがVenetDCPだ。

 

「どこにあっても(分散)、つなげる(連成)」を可能にする、東芝の技術

では、東芝の技術が、どのようにバーチャル試作車を実現する際の課題を解決したか、具体的に見てみよう。まずは、各社ばらばらなツールで作成したモデルや通信仕様を「つなぐ」という課題。北原氏によると、「モデルどうしの接続をバスコネクタ化する」ことが技術的に重要だという。私たちはUSBメモリを使ってデータをやり取りするが、それはパソコンの差し込み口が統一されているからできる。同様に、自動車の製造企業が車種ごとに取り決める通信仕様を活用することで、統一のバスコネクタ(接続口)の自動生成を可能にした。それを各社で共有すれば、多様なモデルを円滑につなげられる。

 

次に、各社が設計情報を「秘匿したい」という課題。これに対しては、各社のパソコンが分散した開発環境をつくり、シミュレーションに必要なモデルの動作情報のみを公開することで対応した。具体的には、部品会社が秘匿したい情報であるモデルは自社のパソコンに残したままで、動作情報のみを連成することで、車両全体やエンジンなど必要な部分でシミュレーションができる。さらに、1台のパソコンで膨大なモデルを組み合わせるとシミュレーションが重くなるという問題があるが、これは各社のパソコンが分散していて、それぞれが必要な箇所のみを計算する分散処理になることで解決される。また、セキュリティは考慮のうえ、クラウドの高性能なデータ処理能力を活用することで、作業効率をさらに上げることができる。

 

分散・連成シミュレーションプラットフォームVenetDCP

 

東芝は、VenetDCPを通じて「世の中にあるものを肯定し、次の世界に昇華する」と考えている。すなわち、多種多様なツールを活用した部品モデルがあり、通信仕様も様々だが、それをそのまま受け入れ、1つのプラットフォームに集約することで必要なシミュレーションを効率よく行えるようにする。「人と、地球の、明日のために。」という経営理念からすれば、それが自然な発想であり、「ともに生み出す」という価値観とも一致している。

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