新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(後編)~

2020/12/17 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 素粒子物理学の研究者が、東芝を選んだ理由
  • 数理モデルとデータ分析、両利きのAI技術者はどう生まれた?
  • プロジェクトに聖域はない、課題から始まるAIの研究・開発
新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(後編)~

東芝は50年以上にわたって人工知能(Artificial Intelligence:AI)を研究し、特許出願件数で世界3位、日本1位という実績※1を有する。その実績を支える技術者は、素粒子物理学、生物学などの多様な背景を持ち、入社後にAI技術・知識を身に付け、社会に貢献する価値を生んでいる。このシリーズは、そんなAI技術者たちのキャリア、研究、考え方などを紹介する。

 

新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(前編)~」では、東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システム AIラボラトリーの吉田氏が、素粒子物理学からAIへと活躍の場を移し、数理モデルの予測力でどのように価値を創造しているかをご紹介した。後編では、吉田氏が東芝を選んだ経緯、そのスタイル、考え方をご紹介する。

 

※1 世界知的所有権機関(WIPO)発行「WIPOテクノロジートレンド2019」

素粒子物理学の研究者が、東芝を選んだ理由

吉田氏は学生時代、素粒子物理学の超対称性理論を研究し、宇宙を満たす物質の振る舞いを方程式(数理モデル)に置き換えていたという。宇宙で起きている物理現象を数理モデルで表現し、加速器や宇宙線観測所で取得されたデータとの整合性を確認することで検証を重ねていた。実際に見たり触れたりできなくても、方程式で表すことで、その応用範囲は宇宙の果てにまで広がるのだ。

 

「宇宙のほとんどはダークマターやダークエネルギーが占めていますが、これらは観測できず存在自体が謎に包まれています。私たち人間が確認しているフェルミ粒子やボース粒子といった素粒子の世界を説明する標準モデルでは、宇宙現象の約5%しかカバーできません。しかし、この標準モデルから派生した超対称性理論なら、ダークマターを少しだけ説明できる可能性があります。そんな数理モデルの魅力に惹かれて研究を続けていました」

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー 研究主幹 吉田 琢史氏(1)

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー 研究主幹 吉田 琢史氏

目に見えず、あるかどうかもわからない宇宙の謎に数理モデルで挑んでいた研究者が、東芝でAI技術者となったのはなぜだったのだろうか。吉田氏は、入社前の面接で、自身が打ち込んできた超対称性理論について詳細に話したときのことを思い出して言う。

 

「面接官が、非常に興味深そうに話を聞いてくれたのが印象的でした。ただ話を聞くだけでなく、踏み込んだ質問も投げかけてくれ、それに対して自由に発言できたのです。穏やかで知的な時間が流れるなか、すっかり面接ということを忘れて対等に議論ができました。この雰囲気は他社の面接にはなく、それは入社後も変わりません」

 

そして、東芝入社への決め手は、面接官からのある提案だった。吉田氏が東芝に入った2000年初頭には、「情報通信技術を利用して、いつでもどこでも簡単に求める情報が得られる」ことを表すユビキタスがキーワードになっていた。それは、RFタグ※2などの発達により、様々な人・物の動きを大量にデータ化できることで見える世界だ。そして、面接官からの「個々の人間の判断とは異なる、群衆となったときの人間の動きの数理モデルを考えてみませんか」という提案に、吉田氏の心が動いた。

 

※2 RF(Radio Frequency)タグにID情報を埋め商品に貼ることで、読取装置を通過した際などにデータ化が可能。

リサーチャーだからできる、顧客への提案

東芝に入社後、吉田氏は、5年間にわたり群衆の動きを数理モデル化する研究に従事する。この研究を通じて、AIにおけるデータ分析やシミュレーションの技術を身に付けた。このように、東芝のAI技術者には、素粒子物理学や生物学などを深く研究した後に、その視点を生かして東芝でAIの素養を習得する者が多いという。吉田氏は言う。

 

「AIの技術は、東芝に入社してから十分に獲得できます。社会実装につながる研究を通じてAIを学ぶ上で大事なのは、難易度の高い課題に打ち込む気持ちと、それを支える胆力ですね。顧客、技術者、営業といった多様な人々と同じ方向を見ながら智慧を絞り、価値をともに生むために頭に汗をかく経験が、AI技術者としての成長を加速させます

 

その後、半導体の工場現場で、自動化やIT化を企画・推進する業務へと移る。モノづくりの現場で、企画、提案、実証というサイクルを繰り返した。その経験をもとに現在は、前編でご紹介した最適発電計画システムなどの数理最適化に携わっている。今や、数理モデルとデータ分析をともに扱う両利きのAI技術者だ。そこに、現場で身に付けたニーズをくみ取る力が加わる。

 

「どのプロジェクトでも、AI技術者として顧客と直に向き合い、ニーズを丁寧にヒアリングします。その上で、顧客のデータを分析し、数理モデル(AI)を開発し、それを最適化して得られた結果をもとに提案するというサイクルを繰り返します。ときには、顧客の要望のままにAIを作成すると、求める答えとは少し離れた結果が出ることがあります。そんなときには、顧客要望に近く、かつ計算効率の高い結果を得られるような修正提案を行います」

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー 研究主幹 吉田 琢史氏(2)

東芝は、長年にわたって知見を蓄積してきたAI技術を活用して社会貢献するにあたり、次の4タイプの技術者が必要だと考えている。吉田氏は、ここで言うコンサルタントとリサーチャー両方の役割を担っているといえる。

 

(1)AIコンサルタント:顧客の課題を整理して、AI活用の提案を行う。

(2)AIアナリスト:顧客課題をAIで解決する方法を考える。

(3)AIエンジニア:データ収集・加工、分析環境の準備、プログラミングなどを行う。

(4)AIリサーチャー:新しいアルゴリズムなどの要素技術、新技術の研究と開発を行う。

 

吉田氏のチームは、最適発電計画システムの他に、イギリスの鉄道運営会社であるGreater Anglia社における鉄道運行計画作成でも、数理最適化を通じた価値を提供している。これは、実際の鉄道運行に関わる様々なデータに基づいて、サイバー空間に現実世界の列車運行環境を忠実・精緻に再現し、運行計画の分析、各種条件下でのシミュレーションを実施するものだ。

 

最後に、これからAI技術者を目指す人に向けた、吉田氏の言葉を聞こう。

 

「東芝には幅広い事業領域があり、顧客やエンドユーザーも多様です。そこで必要とされるAIの技術や課題は様々です。私たちのチームは、「聖域はない」というスタンスで、基本的にどのプロジェクトも引き受けます。技術ありきではなく、課題から始まる研究、開発、その先にある社会への実装と貢献を一緒に楽しみましょう」

Related Contents