待ったなしの温暖化危機 ~CO₂を資源にする挑戦が始まった

2021/09/15 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 温暖化の危機が迫る中、東芝はCO₂を資源化する技術に注力!
  • 再生可能エネルギーで生まれる余剰電力を活用し、一石二鳥!?
  • 世界最高のCO₂処理速度を達成、実用化に向けてさらに前進中
待ったなしの温暖化危機 ~CO₂を資源にする挑戦が始まった

豪雨、熱波などの高温、干ばつ――国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、最新の報告書(2021年8月)で、各地の異常気象について「人間活動の影響が認められる」と明記し、産業革命前と比べて2021~40年に気温が1.5度上昇すると予測した。これは当初想定より約10年早く、私たち人類は経験したことのない激変の真っただ中にある。米国エネルギー省 二酸化炭素情報分析センターによると、化石燃料使用とセメント生産により大気中に放出された炭素は、1751年から約4,000億トン以上に及ぶという。温暖化を抑制するためには、CO₂の排出総量を制限しなければならない。

 

東芝は、CO₂を資源化する技術「P2C(Power to Chemicals)」の開発を進めている。これは、CO₂を再生可能エネルギーの電力で分解しCOに変換するもの。COは、合成燃料や化学原料の製造に活用される。2011年にプロジェクトが始動して以来、変換装置の機能を向上させており、現在は郵便封筒サイズの設置面積で年間最大1トンのCO₂処理能力を実現した。これは、2021年3月時点で世界最高の処理速度だ。プロジェクトを主導した東芝 研究開発センター 水口浩司氏に、まず開発の背景を語ってもらおう。

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー 室長 水口 浩司氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー 室長 水口 浩司氏

カーボンニュートラルを実現 ―再生可能エネルギーの余剰電力を活用

「カーボンニュートラルの達成には、工場などの産業部門におけるCO₂排出量の削減が不可欠です。P2Cは、電気化学反応によってCO₂をCO(一酸化炭素)に変換し、化成品などに有効利用する技術です。今後、再生可能エネルギーで生まれる余剰電力を活用できることが重要で、早くから着目して研究を進めました」(水口氏)

 

回収したCO₂を、再生可能エネルギーの余剰電力でCOへ変換、化成品に有効利用

回収したCO₂を、再生可能エネルギーの余剰電力でCOへ変換、化成品に有効利用

 

プロジェクトが始動したのは2011年。当時、IPCCが「温暖化は、人による温室効果ガスの増加による可能性が非常に高い」と指摘したが、京都議定書(1997年)以降に国際枠組みは合意されていなかった。CO₂の回収・再利用は、それほど目を向けられていなかった。だが潮目が変わったのは、2015年の「パリ協定」採択だ。世界は「脱炭素」に向け、大きく舵が切った。

 

「経済産業省が2020年12月に発表した『2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略』では、再生可能エネルギーの割合を全体の50~60%と掲げています。再生可能エネルギーに関して、これまで余剰電力はさほど問題視されていませんでした。日照時間などの自然条件で発電量が上下するので、本格的な普及に伴って余剰電力の活用が必須になります。私たちは、この電力を生かす構想を当初から持っていました」(水口氏)

 

再生可能エネルギーの余剰電力を活用し、CO₂をCOに変える。まさに一石二鳥であり、さらに化成品を同時に作れる理想のプロセスだ。プロジェクトメンバーは、P2Cの技術開発に際して「CO₂の処理速度向上」に重きを置いた。なぜなら、CO₂電解装置は発電所や清掃工場などに導入されるが、排出される大量のCO₂を限られたスペースで処理するためには、処理速度の向上が大命題になるからだ。

 

社会実装されるCO₂ 電解装置は、処理速度が重要

社会実装されるCO₂ 電解装置は、処理速度が重要 

高電流密度化・大面積化・積層化の三本柱で開発に邁進

CO₂処理速度の向上のために、チームはCO₂電解セルの「高電流密度化」「大面積化」「積層化」の3つに開発目標を絞った。高電流密度化では、従来1.5mA/cm2だった電流を700mA/cm2に増加させた。つまり、約466倍も電流密度を上げたことになる。ここでは、チームが独自開発した「CO₂が反応する触媒電極」が重要な役割を果たしている。これによって、世界最高のCO₂変換速度を達成し、さらには装置自体の小型化、低コスト化の可能性もつかんだ。

 

なぜ、触媒電極が重要なのだろうか?P2Cのプロセスでは、CO₂が電極表面で化学反応を起こすことでCOなどの有価物に変換される。従来の方法では、CO₂を水に溶かした上で水溶液中の電極でCO₂を変換していた。しかし、水に溶けるCO₂は微量なため、変換効率はなかなか上がらない。さらに、処理装置が大型化し、コストがかさむのも避けられない。

 

そこでチームが採用したのが、独自の触媒電極だ。これは、固体(触媒)、気体 (CO₂)、液体(水)の三相を同時に反応させる「三相界面制御技術」によるもの。この技術によって、CO₂を水に溶かすことなく気体のまま直接反応させられるため、CO₂の変換速度を飛躍的に挙げられるのだ。

 

CO₂の変換速度を上げ、装置の小型化、低コスト化を可能にする独自の触媒電極

CO₂の変換速度を上げ、装置の小型化、低コスト化を可能にする独自の触媒電極

 

チームの工夫はさらに続く。触媒電極に「構造制御技術」を取り入れることで、触媒を「多孔質構造」にすることに成功。これによって、CO₂が触媒を通るときの抵抗を小さくし、さらに触媒に触れる面積も増やせた。その結果、従来技術に比べて約466倍という変換速度を実現できたのだ。2019年3月時点で、世界最高速度でCO₂をCOに変換している。

 

CO₂変換速度を飛躍的に向上させる三相界面制御技術と構造制御技術

CO₂変換速度を飛躍的に向上させる三相界面制御技術と構造制御技術

開発をリードした北川氏によると、独自の触媒電極を実現できたのは「予想外の発見からも価値を見出す感覚」だという。まさにセレンディピティ、基礎知識や柔軟な発想などの総合力が問われる場面だ。

 

「触媒を作るプロセスに塗布作業があり、様々な塗布装置で試行を続けていました。あらゆる可能性を探りたくて、いつもと違う装置を使って完成したのがこの触媒電極です。ボコボコとした構造を持つのが特徴です。通常、均一なすき間を持つのが理想とされているので、この形状は普通だと失敗作です。しかし、研究者としてのセンスに従ってデータを取ると変換性能がものすごくよかった。後でわかりましたが、ランダムな構造がCO₂の通りを良くし、極めて高い変換速度という成果に結実したのです」(北川氏)

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー 上席研究員 北川 良太氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー
上席研究員 北川 良太氏

「予想外の発見」を見逃さない粘り ―この突破口で1つの山を越えたが、リーダーの水口氏は「技術としてはまだまだ未熟」と捉えていた。現場で実用化されるためには、さらなるCO₂処理量の増加が必須だ。そこで取り組んだのが、残る2つの開発項目「大面積化」「積層化」である。従来の電解セル面積を1cm2から100~400cm2に広げると同時に、それを10~200セル積み重ねて稼働させることを目指した。

 

このときの課題は、セル温度だ。セルを大型化、積層化すると放熱量が低下するので、どうしてもセル温度が上昇する。その結果、セル内部に水素が発生し、CO₂変換効率が低下してしまう。そこでチームは、発熱量に応じた冷却流路をセル間に設けて、効率的な冷却を実現。冷却しなければセル温度が50度まで上昇し、ファラデー効率が81%にとどまるところ94%に上昇させた。ここでいうファラデー効率とは、すべての電流のうちCO変換に使用される電流の割合で、高いほど効率的となる。冷却流路を設けることで、セル温度は25度まで抑えられていた。

 

発熱量に応じた冷却流路の設計で、CO₂変換効率の向上に寄与

発熱量に応じた冷却流路の設計で、CO₂変換効率の向上に寄与

独自開発により見えた、資源輸出国として進む未来

「大面積化、積層化を実現できたのは、私たちが電解セルを構造そのものから考え、設計していたからです。一部の企業では、材料開発や設計の分業化が進んでいます。一方、東芝は多くの領域に携わっており、材料から設計まで総合的に対応できるスキルがあります。また私たちのチームには、燃料電池、錯体化学、有機化学など、多様なバックグラウンドを持つメンバーが揃っています。この基盤が多角的なシミュレーションを可能にし、開発を大きく推進しました」(北川氏)

 

チームが面積100cm2のセルを4つ積層して検証を進めたところ、常温環境下での世界最高速度となる60NL/hでのCO₂変換を実現した。機器の大きさは、幅23cm×奥行13cm×高さ23cmとコンパクトなもの。つまり、郵便封筒程度の接地面積で、年間で最大1トンのCO₂を変換できる目途が立ったのだ。1日のCO₂排出量が200トンの工場であれば、2,000m2(バスケットコート5つ分)の設置面積で処理できる計算になる。

※標準状態(1気圧,0℃)における気体体積

 

人工光合成セルや従来セルに比較して、大幅にCO2処理速度を向上

人工光合成セルや従来セルに比較して、大幅にCO2処理速度を向上

「年間トンレベルのCO₂変換が見えてきました。CO₂電解装置の試金石としては、とりあえず合格でしょう。しかし、私たちが目指しているのは1日100トンの処理です。これは、セルを100~1,000個単位で並べれば達成できます。まだまだ困難が続きますが、実用化に向けて大きく前進したのは確かですね」(水口氏)

 

チームは、2020年代後半までにP2Cの実用化を視野に入れている。世界で進むカーボンニュートラルの流れのなか、P2Cへの視線は熱を帯びる一方だ。2021年3月の発表以来、様々な業界からの問い合わせが引きも切らない。

 

「国内外から注目を集める中、協業が可能な企業との取り組みには大きな期待があります。まだ私たちチームだけの思いに過ぎませんが、資源輸入国だった日本が、この装置によって資源輸出国になれるかも知れない――そんな夢が膨らんでいます。人類が直面する温暖化という危機の解決に向け、しっかり世の中に届けていきたい。それが私たちの思いです」(水口氏)

P2Cチームの面々

P2Cチームの面々

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