M&Aで社会課題解決へ ~世界の発電データを取得し温暖化対策に光【前編】

2021/12/22 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 発電所の故障を予兆検知することで、稼働効率を上げCO₂削減に寄与する!?
  • プラント監視ソフト「EtaPRO™」買収で、東芝はインフラサービス企業へ加速!
  • 「買われるなら、東芝」の決め手は、技術者同士のコミュニケーション
M&Aで社会課題解決へ ~世界の発電データを取得し温暖化対策に光【前編】

地球温暖化が進む中、再生可能エネルギー(以下、再エネ)で各企業が凌ぎを削る。一方で課題も残り、再エネは気候などによる電力の供給変動が大きい。そのため、現状、再エネの普及を下支えするのは火力発電だ。CO₂排出量を削減するためには、電力消費量の変化に伴う負荷変動追従性に優れ、また電力を安定的に供給できる効率的な火力発電がカギを握る。

 

再エネ、火力、水力、原子力といった様々な電源供給に携わる東芝は、この課題に対して新たな解決策を見出した。それが、プラント監視システム「EtaPRO™」の買収だ。M&Aプロジェクトに携わったメンバーたちに、その狙いを聞いた。

 

運転状況を把握する「EtaPRO™」が、発電所の各機器をモニタリングする

運転状況を把握する「EtaPRO™」が、発電所の各機器をモニタリングする

1度発電所が止まると、再稼働まで数ヶ月かかることも

再エネが注目を集める背景には、2015年に採択された「パリ協定」がある。これは約200カ国が合意し、2020年以降の温暖化対策の枠組みを指す。産業革命前と比べ、地球の平均気温上昇を1.5℃までに抑えようと取り組む。また、2019年に環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏が国連気候行動サミットで行った、温暖化対策への“怒りのスピーチ”も話題になった。

 

再エネに向かって各社が舵を切る中、なぜ火力発電の監視システムが重要なのか。疑問を抱く読者も少なくないだろう。本題に入る前に、「CO₂削減と火力発電プラントのメンテナンス」の関係について、少し説明しておこう。

 

前述のように、再エネは天候などに左右されるため電力需要を賄いきれず、発電量の安定性に不安がある。そのため、ベースロード電源の一つとして火力発電の安定運転が必要である。ただ、世界の火力発電所には、効率的な運転ができず必要以上のCO₂を排出している所が少なくない。発電所は、機器の経年劣化、熱交換器等の汚れ、フィルターの目詰まりなどで発電効率が低下するからだ。再エネの変動に対応するために、発電所が想定した動作限界を超えることを要求されるため、発電効率の低下や機器の劣化が加速される。こうした事情から、監視システムで機器の状態を把握し、タイムリーなメンテナンスや設備更新が必要とされている。少ないエネルギーで、安定的に高効率で発電すること。さらに、機器の故障、発電所の停止でエネルギーロスを起こさないこと。これが、CO₂削減へ貢献するわけだ。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社  デジタリゼーション技師長 中井 昭祐氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 デジタリゼーション技師長 中井 昭祐氏

「海外の発電所は、日本ほどには性能監視や故障検知をしていません」と説明するのは、東芝エネルギーシステムズで発電技術を率いる中井氏だ。日本では台風などの有事を除けば、停電に遭遇することはほとんどない。これは発電所運用のスキルが高く、世界でも稀に見る「堅実な安定供給」の証である。しかし、海外の発電所は事情が異なる。故障による予期せぬ停止があり、再稼働に時間がかかる。海外旅行などで停電に出くわした経験があれば、イメージしやすいだろう。

 

今回、東芝エネルギーシステムズが買収した、米国GP Strategies社(以下、GPX社)の「EtaPRO™」事業部門は、発電所を監視し、発電所のシステムを改善するために、優れたソフトウェアを開発・提供している。Operation(運営)、Management(管理)、Engineering(エンジニアリング)、Maintenance(メンテナンス)という4つのコア技術・機能で構成される「EtaPRO™」。注目すべき特徴は、発電所の「性能監視」と運転データからの「異常の予兆検知」だ。

 

「発電所が停止するほど大きな故障が起きる前に、異常を検知し対処するのが肝心です。だから、『EtaPRO™』は海外で高い評価を得ているのです」と中井氏。1度故障等により発電所が停止すると時には何ヶ月と再稼働まで時間がかかり、莫大な生活の不便と経済的損失を被る。こうした事情から、海外の発電所では、性能監視と故障検知のニーズが高く、切実だという。

 

「EtaPRO™」を構成する4つのコア技術・機能

「EtaPRO™」を構成する4つのコア技術・機能

「効率的な運転も重要です。発電効率が0.1%改善されただけで収益面は大きく変わります。しかし、リアルタイムで発電効率を把握するのは非常に困難。『EtaPRO™』は燃料消費や性能効率をリアルタイムで確認できる。これらは、プラントのオーナーから運転員までが必要とする情報なのです」(中井氏)

「システムの供給」から「サービス提供」へシフトする

近年、IoTの発展により、プラント向けの異常検知ソフトに対する関心が高まっている。アメリカのGE、ドイツのシーメンス、日本の三菱重工などのメーカーは、「EtaPRO™」の競合製品を自社開発し、時には買収によって手にして、自らの主要機器納入と共に顧客に提供している。

 

そうした中、「EtaPRO™」はどのメーカーの製品にも適用でき、「異常検知の機能」を強みに生き残り、独自ブランドを確立しているソフトウェアだ。東芝エネルギーシステムズでエネルギー関連製品を手掛ける松下氏は、M&Aに至る以前の「EtaPRO™」との関係を遡って話す。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 海外ビジネスユニットマネジャー 松下 丈彦氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 海外ビジネスユニットマネジャー 松下 丈彦氏

「『EtaPRO™』は、歴史と実績のある老舗のソフトウェアです。東芝エネルギーシステムズの技術陣が『EtaPRO™』の優れた性能に魅入られ、買収以前の2016年から日本とインドでの販売業務を契約したのが始まりです」(松下氏)

 

つまり、東芝が蒸気タービン発電機などを納入した顧客に、付加価値の高いサービスを提供するため、「EtaPRO™」を導入したのがきっかけだ。世界で約2,000基の発電所に納入されている「EtaPRO™」の実績、高いシェアに圧倒される発電事業者も多いそうだ。

 

とはいえ、当時はまだ事業提携の域を出ていなかった。ここにきて買収という話になったのは、東芝グループの中期経営計画による部分が大きい。松下氏は、東芝エネルギーシステムズが「EtaPRO™」を買収した狙いをこう語る。

 

今後、東芝はインフラの供給だけでなく、インフラサービスを強化していきます。その先には、インフラから生じるデータを収集・分析することで、お客様に対してメリットのある提案をしていきたいと考えています。

 

インフラ供給のビジネスは、発電タービンを納入・調整したら、その後はお客様で運営・管理されるため、アドバイスやサービスを提供する機会に恵まれない事も多いです。目指すのは、操業停止に至る大きな故障を防ぎ、性能が低下した場合にアドバイスするといったサービスの提供です。データを介して物理空間(インフラ)とサイバー空間をつなぎ、データを活用しやすい知識に変換して新しい価値を提供するために、『EtaPRO™』の買収を本格的に検討しました」(松下氏)

 

さらに、買収を通じて、東芝のエネルギー事業拡大も期待できるという。東芝がこれまでに北米へ納入したタービンは118ユニットあるが、北米市場に対してほんの数%程度に過ぎない。「EtaPRO™」は北米では発電所の50%に納入されていて高い知名度を誇る上に、世界中で使われている。北米への進出を強化したい東芝にとって、願ってもないパートナーなのである。

 

「発電設備は、飛び込み販売できるものではありません。『EtaPRO™』を足掛かりに、北米の顧客にアプローチできるチャンスを手にしました。反対に、東芝の顧客網があるアジア・太平洋、アフリカ、中東地域へ『EtaPRO™』の販売を強化していきます」と、松下氏は力を込めて語った。

技術でコミュニケーションを取り、強固な信頼を獲得

これだけ優れた実績を持つ「EtaPRO™」を、どのようにして東芝は買収できたのだろうか。「EtaPRO™」を保有していたGPX社は1966年に設立、組織・人材開発コンサルティングから、エンジニアリング、研修プログラム開発など幅広い事業を展開していた。そんな中、社長交代に伴って経営方針が軌道修正され、人材教育システムに特化した戦略が打ち出され、「EtaPRO™」を売りたいという思いにつながった。

 

もちろん、「喉から手が出るほど欲しい」企業は他にもいたであろう。東芝エネルギーシステムズが、グローバル大手企業をよそに「お相手」に選ばれたのはなぜか。松下氏は次のように振り返る。

 

「GPX社としては、少しでも高く売りたい気持ちがあったと思います。でも、それだけならファンドに売却するのが早い。しかし、ファンドで転売されるよりも、熟成させ育ててきたソフトウェアを東芝でさらに改良し、社会への価値提供を加速させてほしい、という思いがあったようです」(松下氏)

 

販売提携を通じて、技術陣同士がコミュニケーションを図り、良好な信頼関係を築いていたことが功を奏した。「EtaPRO™」のメンバーも「東芝に行きたい」とラブコールを送っていたようだ。実際、M&Aの東芝側の責任者として向き合い、「EtaPRO™」事業の社長に就任した北口氏も、堅牢な関係による「win-win」のM&Aについて次のように語る。

 

「EtaPRO LLC」Director, President &CEO 北口 公一氏

「EtaPRO LLC」Director, President & CEO 北口 公一氏

「恐らくですが、GPX社は他のメーカーに声をかけていないと思います。我々がデューデリジェンスをしている2〜3ヶ月の間、ずっと真摯に付き合ってくれました。2016年に東芝と『EtaPRO™』の協業が始まった時から互いの技術に一目置き、良好な関係が構築されていたことが、やり取りの端々から感じられました。まさに信頼の厚みが決め手でした」(北口氏)

 

その信頼は、どのように培われたのか。前述の中井氏は、技術責任者の立場から「EtaPRO™」販売提携を提案した頃を思い出す。当時、GPX社は販売提携を各社と結んでいたが、どの企業も1年以上続かず不信感があったらしい。「東芝は他とは違う」との思いで、東北電力や北陸電力へ導入を成功させ、日本市場への進出を成功させた。ビジネスと技術の両面での信頼を勝ち取ったのだ。

 

「我々は、何度もGPX社を訪ねて『EtaPRO™』の改善点を提案し、技術的なコミュニケーションを深めていたのです。日本語版『EtaPRO™』は、私たちがつくったんですよ。他言語には対応していたけれど、日本語で発電所の専門用語に翻訳するのは難しい。そこを私たちがカバーしました」(中井氏)

 

企業にも相性はある。M&Aでは買収前に交渉が「破談」になることもままあり、その理由の一つに「価値観の違い」がある。東芝であれば、「EtaPRO™」をビジネスライクな対象としてだけでなく、リスペクトしてくれる──そうした思いが反映された。さらに、「『EtaPRO™』の性能に東芝のソリューションを組み合わせれば、大きくグローバルに打って出れる」という思惑があったのも事実だ。

 

一般的にM&Aは、「時間を買う」と表現される。一から事業を立ち上げるより、一定の顧客基盤や技術力を持っている会社を買った方が早いという意味だ。だが今回のM&Aは、長い時間をかけて協業し、育んだ信頼関係が根底にあり、普通のM&Aとは一味違う。次々と新しい価値を生み出さなければ生き残れない厳しい戦い。「今後のスピードが命」と中井氏は、厳しく自戒をこめて言う。その先に、未来が拓ける。後編では、「EtaPRO™」買収の舞台裏に迫っていく。

関連サイト

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発電事業者向けプラント監視ソフトウェア「EtaPRO™」事業の買収について | ニュースリリース | 東芝エネルギーシステムズ

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