太陽光エネルギーを使いつくせ!【前編】 ~次世代電池の覇権を握る「透過型Cu₂O」の正体とは?

2022/05/09 Toshiba Corporation

この記事の要点は...

  • 多くの太陽電池は、太陽光エネルギーを活用しきれていない!?
  • 気づかず諦めてしまうような研究開発が、最高の発電効率へ結実!
  • 歩みは止まらない、新材料の製作標準化と量産化への道!
太陽光エネルギーを使いつくせ!【前編】 ~次世代電池の覇権を握る「透過型Cu₂O」の正体とは?

サンゴ礁の死滅、山火事など、気候変動による悪影響を抑えるには温室効果ガスの排出をゼロにしないといけない。その対策として有力なのが、水力、太陽光、風力などの再生可能エネルギー(再エネ)だ。この流れを受けて、欧州では再エネによる発電が増え、2020年にとうとう化石燃料による発電を初めて超えた。再エネの中に占める割合でみると水力が多いが、伸び率でみれば太陽光、風力の勢いが強い。しかし、太陽光や風力には弱点があり、日照時間や風況など自然条件によって発電量が左右される…。

 

そのため太陽光だと、限られた日照時間中に効率よく電気に変え、コストも低い太陽電池を開発しようと世界中で熾烈な競争が展開されている。こうした中、すでにいくつかの成果を示してきたのが東芝だ。今回ご紹介するのは、2種類の太陽電池を組み合わせた「タンデム型太陽電池」。ちなみに、タンデムとは「座席が前後に2つ並んだ」という意味になる。果たして東芝は、どのような太陽電池の組み合わせを見出し、太陽光エネルギーを使いつくす世界最高の発電効率を実現したのか。試行錯誤の物語に迫る。

実は、多くの電池が太陽光エネルギーを活用しきれていない!?

今回、東芝が成功させた技術の意味合いを理解する上で、太陽電池の仕組みにまず触れたい。太陽電池は2種類の半導体、すなわちn型半導体とp型半導体を貼り合わせて作られており、この2種類の半導体を電気が流れる導線がつないでいる。太陽の光がソーラーパネルに当たると、n型にはマイナスの電荷(電子)が集まり、p型にはプラスの電荷が集まる。マイナス電荷の電子が導線を通って流れることで、電気が取り出せる。ちなみに、この逆の原理を利用したものがLED(発光ダイオード)である。

 

太陽電池が発電する仕組み

太陽電池が発電する仕組み

半導体の大半はシリコンを材料としている。シリコンは鉱物に含まれ、入手も加工も容易なため、他の材料と比較しても圧倒的にコストメリットが高い。ところが、どれだけ太陽光エネルギーを電気に変換(発電)できるかという「発電効率」は材料ごとに決まっている。加えて、太陽光には短い波から長い波まで幅があるが、材料によって対応可能な「波長域」が決まっている。

 

コスト面で有利なシリコンだが発電効率は現状15~25%程度であり、現状の技術開発で理論上の最高効率に近づきつつある。これは、1つの材料だけだと太陽電池の発電効率を上げるには壁があることを意味する。つまり、太陽光を十分に活用するためには、異なる材料を組み合わせることで、様々な波長の光エネルギーを電気に変えることが重要になるのだ。

「大抵の人が気づかずに諦めてしまうピンポイントの実験条件を探る研究開発」でも、匠の技で難なく突破!

太陽電池の発電効率の壁を突破するため、東芝が導き出した1つの解が前述の「タンデム型太陽電池」だ。これは発電できる光の「波長域」が異なる2つの半導体を組み合わせて2度発電することで、単位面積当たりの発電量を高めるものだ。

 

ここで、約10年前からタンデム型太陽電池の開発を率いる、東芝 研究開発センターの山本和重氏にご登場願おう。山本氏のチームは、手始めにシリコンと発電する光の波長域が重ならない材料として、CIGS系に目星を付けたが、その道のりは平坦ではなかった。山本氏はプロジェクトの冬の時代を回想する。

 

「最初の2年間は、CIGSの発電効率が順調に上がっていきました。しかし、3年目を迎えた頃から、急に成果が頭打ちに…。思うような結果が得られず、プロジェクトは窮地に追い込まれました。当初の研究メンバーも半分の人数にまで減り、まさに青色吐息の状態。若く有望な芝崎さん(後ほど登場)まで巻き込んでしまい、面目ない思いでいました」(山本氏)

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー フェロー 山本 和重氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー フェロー 山本 和重氏

重苦しい空気がチーム内に流れる中、山本氏のプロジェクトを応援する別のチームから、こう声を掛けられた。

 

――「研究は振出しに戻るけど、他の材料も再検討してみては?」

 

このアドバイスにより、背中を押され山本氏は研究をピボットする。研究当初に材料候補の1つだった、Cu₂O(亜酸化銅)の可能性を改めて探り始めた。実は、過去にCu₂Oについて机上検討するも、「その当時研究されていたCu₂Oは銅を酸化炉で焼いて作る、厚さが1ミリ近い分厚い物質。常識的に考えても、太陽電池にするために薄膜化し、さらに配線などを付けてデバイス化するのは不可能」と研究開発に踏み切れずにいたわくつきの材料だ。

 

「でも、背水の陣でしたので諦めませんでした。東芝には、超伝導体の研究における銅酸化物の生成で多くの実績を持ち、膜の生成にも深い知見を持つ山崎さんというベテラン技術者がいたからです。

 

藁にもすがる思いで、山崎さんにCu₂Oの薄膜化を依頼しました。すると、2〜3ヵ月後に『山本くん、こんなのが出来たけど、どうかな…』と、淡いオレンジ色で透明なフィルムを手渡されたのです。

 

スーパー技術者であることは承知していましたが、それまで誰も作ることに成功しなった透明なCu₂O膜を見て、これはすごい!と、面食らったことを覚えています。Cu₂Oを数ミクロンの厚みの膜にするには、成膜プロセスの温度や酸素ガス流量など、限りない条件の1つひとつを調整していかなければならないはず。

 

後で分ったことですが、Cu₂O膜が透明になる条件は非常に狭いため、その条件を知っている人には再現できるのですが、それを知らないで実験に取り組んだ場合、大抵の人は気づかずに諦めてしまうと思います。そのピンポイントの実験条件にちゃんと気づく山崎さんのスキル、集中力に感服しました。まさに匠の技ですね」(山本氏)

 

黒い枠に納まった世界初の透過型Cu2O太陽電池セル(淡いオレンジ色の部分)

黒い枠に納まった世界初の透過型Cu₂O太陽電池セル(淡いオレンジ色の部分)

大学の研究室からも驚きの声、太陽光エネルギーを使いつくす電池が誕生!

山本氏は、早速、物性解析などを担当する芝崎氏とともに、手渡されたCu₂O薄膜の解析・評価に着手した。「評価結果を山崎さんにフィードバックし、試作を繰り返す中で、予想外に早く使えそうな目途が立ってきました」と芝崎氏。もう少し詳しく教えてもらおう。

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー スペシャリスト 芝崎 聡一郎氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー スペシャリスト 芝崎 聡一郎氏

「Cu₂Oは短い波長の太陽光(300~600nm)で発電し、しかも透明なので、長い波長の太陽光は透過します。一方のシリコンは、長い波長の太陽光(600~1100nm)で発電します。つまり、この2つは発電に必要な光の波長域が重ならないため、シリコンの上にCu₂Oを組み合わせれば、太陽光のエネルギーを短い波から長い波まで十分に使い尽くせる理想的な電池、つまりタンデム型太陽電池ができます。

 

しかも、Cu₂Oの材料となるのは銅です。これは安価で入手しやすいばかりか、他の化合物と比較して毒性や環境負荷の少ない地球にやさしい物質なのもメリットですね」(芝崎氏)

 

低コストで高効率なCu2O/Si(シリコン)のタンデム型太陽電池は、太陽光のエネルギーを漏れなく使い切る

低コストで高効率なCu₂O/Si(シリコン)のタンデム型太陽電池は、太陽光のエネルギーを漏れなく使い切る

「公正な評価を得るために、Cu₂Oの研究で定評のある大学に発電効率の測定を依頼。すると、2%以上という当時の常識をくつがえす発電効率の数値とともに、『この綺麗なオレンジ色の透明な太陽電池は、どうやって作ったのですか?』と質問を返されたのです。この反応も含め、『これは、いける!』と、ますます確信を強めました」(山本氏)

 

これまで、銅を酸化して作った厚いCu₂O膜の発電にトライする研究機関や大学は存在した。しかし、薄膜化したCu₂Oで発電効率が1%を超えた事例は皆無であり、「太陽電池としては使えない」というのが当時の共通評価だった。その中で、2%以上の発電効率を実現できたのは、衝撃的なこととして周知された。山本氏は「やってみたら偶然できた」と謙遜するが、山本氏を始めとするメンバーの諦めの悪さと、成膜の匠・山崎氏のスキル、東芝としての総合力の結晶だ。まさに面目躍如であり、この頃にはメンバーも再び増え、研究チームに活気が戻ってきた。

 

寡黙に、しかし颯爽と、誰にもできないことをやってのけてしまった──。今回のキーパーソンである、山崎氏に話を聞いた。

 

「Cu₂Oは、私ではなくチームで作ったものです。確かに、これまでの経験で培った肌感覚としか言いようのない技術的センスが決め手ではありました。しかし、社会に必要な製品を生みたいという情熱を燃やし、そのための道筋を描いたチームの成果であることに間違いありません

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー 山崎 六月氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー 山崎 六月氏

歩みは止まらない。Cu₂O成膜の標準化と、n層材料の探索に挑む!

プロジェクトでは、タンデム型で発電効率の目標を30%とし、それに必要なCu₂O単体での発電効率の目標を10%として、量産化の準備を進めている。そのために克服しなければならない課題が立ちはだかり、その1つがCu₂Oの成膜プロセスの標準化だ。

 

「発電効率を上げる開発にはもちろん実験用のCu₂O薄膜が必要ですが、この製作を達人・山崎さんに依存していては前に進みません。そこで、チームメンバー数名が山崎さんに弟子入りし、ノウハウや勘どころなどを一から学ぶことで全員が成膜できるようになっています。今は次の段階に移り、100個以上のパラメーターを調整しながら、機械で量産化できるよう着々と準備を進めています」(山本氏)

 

そしてもう1つが、n層のさらなる改善だった。冒頭のご説明にあるように、太陽電池はn層とp層で構成されており、p層であるCu₂Oにn層が張り合わされている。

 

「Cu₂O太陽電池では、新しい素材のCu₂O薄膜が注目されますが、対をなすn層の電気的特性も重要です。どんなに高品質なCu₂Oをp層として作製できても、n層に問題があると接合部分でエネルギー的なミスマッチが起こり、発電効率が極端に低下してしまうからです。

 

そこで、Cu₂O薄膜の改善と並行して、複数のn層材料を試しながらベストマッチングを模索しました。それはもうメンバー全員で膨大な文献を調べ、様々なシミュレーションを駆使し、考察を重ねて、候補となるn層材料とCu₂Oのマッチングを調べました。さらなる発電効率の向上のために、この探索は今も続けています」(芝崎氏)

世界最効率8.4%を達成、タンデム型太陽電池の実用化へ弾み!

チームの快進撃は続く。Cu₂Oの発電効率は当初の2%から飛躍的に向上し、2021年に発電効率の実測値は8.4%を達成している。さらにシミュレーションを使って、このCu₂Oとシリコンを組み合わせたタンデム型太陽電池の発電効率(試算値)は27.4%に達して、シリコン単体での世界最高効率26.7%を超えるポテンシャルがあることを示した。このデータにより、低コスト・高効率のタンデム型太陽電池の実用化への弾みがついた。

 

当時を思えば奇跡的な成果を出すことができていますが、私たちのゴールは、もっと先にあります。Cu₂O単体としての発電効率は、まだ当初目標の10%に達していません。社会で使われるタンデム化に向けては、Cu₂Oをシリコンと同サイズまで大型化する必要があります。量産化に向けてプロセス技術の確立も求められています。私たちのチャレンジは、まだまだ続くのです」(山本氏)

 

Cu₂Oとシリコンのタンデム型太陽電池の量産化、そして社会実装に向けての課題はどこにあるのか。後編では、東芝の技術ロードマップと戦略を紐解く。

 

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