ブルーオーシャン戦略で、インフラを守る ~デジタルの力で世界の橋を安全に

2023/03/03 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • レントゲン検査のように、橋を予防保全する?
  • 「予防保全」で約90兆円節約できる、センシングの仕組みとは?
  • 誰もが「不可能」と言った先に、ブルーオーシャンがあった!
ブルーオーシャン戦略で、インフラを守る ~デジタルの力で世界の橋を安全に

橋の改修・整備などを目的として、2021年にバイデン政権が1兆ドル規模のインフラ投資法案に署名したのは記憶に新しい。インフラ老朽化は日本でも起きている。高度経済成長期に整備した高速道路などのインフラは老朽化が深刻で、2012年には笹子トンネルのコンクリート天井板が落下する痛ましい事故が発生した。このような社会課題に対し、

 

インフラの老朽化対策は、東芝がやるべき仕事なのです

 

と言うのは、東芝 研究開発センターの渡部一雄氏。「やるべき仕事」とは何を指すのか。その取り組みについて、話を聞いた。

国内にある約70万の橋は、点検と維持・保全が必要!

「かつてコンクリートは永久構造物と考えられ、『100年以上の耐久性がある』とされていました。しかし実情は、内部の鉄筋が錆びて膨張し、ひび割れが発生する事があります。また、建設当初に想定していなかった重量を積んだ車両が走るので、想定以上に橋が傷んでいました。実際には100年持たせるには適切な補修・補強が欠かせないとわかり、今、国土交通省でも橋の経年劣化の目安として50年を設定しています」(渡部氏)

 

こう語るのは、東芝 研究開発センターの渡部一雄氏だ。

 

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 機械・システムラボラトリー フェロー 渡部 一雄氏

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 機械・システムラボラトリー フェロー 渡部 一雄氏

「日本には、長さ2m以上の橋が70万以上も存在しています。このうち、建設年が判明しているのは約50万です。その39%、約20万が2023年に建設から50年を超えるため、十分な点検と維持・保全が必要になります」(渡部氏)

 

だが、点検には大きな課題があるという。それは、熟練技術者が減少している問題だ。渡部氏は、次のように続ける。

 

「現在の橋の点検は、基本的に目視で行います。人が一つずつ確認するのですが、建設業界は人材が高齢化しています。橋を始め土木構造物の点検を、この先ずっと熟練者に頼るというのは難しいでしょう」(渡部氏)

 

熟練者に頼る維持管理は困難になっている

熟練者に頼る維持管理は困難になっている

こうした社会課題に対し、多くの企業がドローンやAIを活用し、橋の表面画像を検査することを検討している。様々なインフラを構築してきた東芝も、蓄積したノウハウや、独自技術を生かして乗り出した。だが、その方法はひと味違う。

レントゲン検査のような可視化技術で「予防保全」が可能に!?

きっかけは、2014〜18年度のNEDO※1の「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト」という国家プロジェクトへの参画だった。

※1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構

 

「東芝は、センサーや信号処理の端末製造、システム構築、AI分析などが強みです。その分野で貢献できればと始めました」と述懐するのは、渡部氏と同じく、東芝 研究開発センターの高峯英文氏だ。

 

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 機械・システムラボラトリー スペシャリスト 高峯 英文氏

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 機械・システムラボラトリー スペシャリスト 高峯 英文氏

この取り組みで、東芝と京都大学の塩谷智基特定教授が協働で開発したのが、『コンクリート構造物の内部劣化の非破壊センシング技術』である。この技術で橋の内部状態を可視化し、健全度を解析することに東芝は取り組み始めた。

 

「我々の技術は、目視、触診、打音などで検査していた医療に、レントゲンを持ち込んだようなものと思ってください。レントゲンで症状が現れる前に悪い所を可視化し、治療の優先順位をつけられます。

 

同じようにコンクリート内部を可視化して、傷や劣化を検査します。『外側からは問題が目視できなくても、内部は劣化が始まっている』という場合は多いですし、その検査を実現する技術は現場ではほとんど使われていませんでした」(渡部氏)

 

今の維持管理の主流は、目視で傷を発見し、施設に不具合が生じてから対策を行う「事後保全」と述べた。しかし国土交通省は、事後の補修だけでなく、早い段階の劣化を検査し、施設に不具合が生じる前に対策を行う「予防保全」を推進している。

 

予防保全と事後保全の違い

予防保全と事後保全の違い

「予防保全」で約90兆円節約できる、センシング技術の仕組みとは?

「事後」保全では30年で最大284兆円が維持管理に必要だが、「予防」保全であれば194兆円と約90兆円の節約になると試算されている※2。東芝と京都大学の技術は、この予防保全に貢献できるのだ。

※2 国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計

 

どのような仕組みの技術なのか。鍵を握るのは『AEセンサー※3』と呼ばれ、微弱な波を検知する技術だ。渡部氏に仕組みを解説してもらおう。

※3 AEはAcoustic Emissionの略。音響の放射を検知するセンサー。

 

「まず、AEセンサーを橋の下側にあるコンクリート床版に設置します。トラックなどが橋を走る際に発生する振動を使って、橋内部の傷や劣化を検知します。

 

もし内部に傷や劣化がなければ、AEセンサーが検知する波動は概ね理論通りのはず。反対に傷や劣化があれば乱れた波動となるので、その場所が劣化していると推定します。このやり方は、点検のために交通規制する必要はありません。また、短時間で完了するため費用も抑えられます」(渡部氏)

 

予防保全を可能にする「AEセンサー」の概略

予防保全を可能にする「AEセンサー」の概略

誰もが「不可能」と言った先に、ブルーオーシャンがあった!

渡部氏は、「橋の点検にAEセンサーの活用を思いついたことはたまたまでしたが、ブルーオーシャンを見つけられました」と続ける。その言葉通り、同じ方法を取る企業はほとんどなかった。その理由はノイズの多さだ。

 

「理論上、AEセンサーが検知する波動から内部の傷や劣化を見つけるのは可能でした。しかし、頻繁に車が走行する橋の微弱な波動から劣化を見つけるにはノイズが多すぎます。他のインフラ機器の検査にAEセンサーを使う東芝の技術者も、この方法には懐疑的でした」(渡部氏)

 

実は、渡部氏と高峯氏は、かつて携わった事業が撤退したという苦い経験をもつ。

 

「一度、浪人となったような身ですし、転職するような気持ちでこのプロジェクトに携わりました。そもそも負けず嫌いの性分。ここで挫けている場合ではないと気を引き締めました」と渡部氏。そんな中、高峯氏がある発想に至る。

 

確かにAEセンサーを橋に設置すると波動はノイズばかりでした。だったら、逆にノイズを活用できないかと考えたのです。具体的には、ノイズを利用することでデータを増やし、そこから健全性に関わる信号のみをフィルタリング(抽出)しました。そして、その信号を分析し、傷と劣化の場所を特定したのです。またデータが蓄積されるほど、分析の精度が上がるようにしています。東芝のフィルタリング、分析、物理現象を把握する機械系基盤の技術があってこそ、可能な方法でした」(高峯氏)

 

高峯氏は当初、AEセンサーの専門家ではなかった。本人曰く「素人の新鮮な目で見て、あるべき現象を思い描いたから思いついた、逆転の発想だった」と謙遜する。しかし、この技術開発によって多くの独自技術を獲得したのは紛れもない事実だ。

 

こうして見つけたブルーオーシャン──。現在、共同開発した塩谷教授の活動と連携して、業界標準化を進めている。すでに、一般社団法人日本非破壊検査協会において、新規格の「NDIS2434」が制定され、加えて、海外でも同様の活動を始めているという。

 

レッドオーシャンとブルーオーシャンの戦略的な違い

レッドオーシャンとブルーオーシャンの戦略的な違い

「AEセンサーを橋梁の点検に活用した技術は新しく、当然ですが実績が十分ではありません。しかし、『NDIS2434』のように標準技術があれば、この技術を使っていただきやすくなります」(渡部氏)

 

渡部氏は、さらに未来を見据える。それは世界だ。

 

「橋のコンクリート床版は世界中で使われているので、日本で実績ができれば海外展開も可能です。今、塩谷教授と欧州の専門家団体の技術委員会で、標準化に向けた素案を検討中です。将来、標準技術として活用されれば、現地の企業がインフラ老朽化の対策を効率的に打てます。そもそも東芝一社では、すべての橋を診られるはずがありません。社会課題の解決、事業機会ともに大いにあると思います。こういう仕事こそ、社会への貢献を理念とする東芝がやるべき仕事だという思いがあります」(渡部氏)

成果を確認できた、福岡都市高速の実証実験

2020年に入り、『コンクリート構造物の内部劣化の非破壊センシング技術』は、大きな一歩を踏み出した。それが、福岡高速で行われた2つの実証実験だ。

 

福岡高速の利用開始は1980年。すでに40年以上が経過しており、予防保全に力を入れている。今回は、車が走行する福岡高速1号線の橋で、床版内部の健全度の可視化・解析に取り組んだ。

 

1つ目の実証実験は、『確からしさの確認』です。床版4×1mに18個のAEセンサーを設置し、車が走る時の波動からフィルタリングした有効データを、様々な信号処理技術で分析しました。そこから作成した健全度マップでは、健全な部分は青く、傷や劣化がある部分は赤く表示できています」(渡部氏)

 

健全度を示すマップと、実際の損傷が一致

健全度を示すマップと、実際の損傷が一致

薄い赤で表示され「やや損傷より」と判断された部分へ小さな穴を開け、カメラで確認すると約0.2mmのひび割れが検出された。健全と診断された青い箇所は、異常が発見されなかったという。

 

高峯氏は「一定の妥当性が実証された」と語る。渡部氏も「橋にこの仕組みを適用して、日帰りで検査できる目途が立ちました。検査から分析まで、一気通貫のサービスとして事業展開する方向も見えました」と手応えを感じている。

 

2つ目の実証実験は、『コンクリート補修効果の可視化』だ。きちんと補修できているか確認することで見逃しを防ぎ、将来の補修費の抑制につながるという。

 

「ひび割れを中まで埋めて補修する場合、注入器を刺して樹脂を注入し、固める手法が一般的。ただ、完全に埋まったかどうかは、注入した樹脂の量で判断することが多く、曖昧さが残っていました。そこで、より精度の高い確認方法として、私たちの技術を活用しました」(渡部氏)

 

まず、補修前に橋を検査した。すると、健全度マップはほぼ全面にわたって濃い赤が示された。一方、補修後の検査では青となり、正しく補修されたことを可視化できた。

 

これは、この技術が補修評価としても使える証明になります。技術の使用範囲が広がったと認識しています」(高峯氏)

 

床版補修の効果を可視化

床版補修の効果を可視化

「東芝こそが、やるべき仕事」と使命感を抱く

さらに、この技術は橋以外への応用も考えられるという。「実証はこれからですが、コンクリート構造物なら原理的には運用が可能です」と高峯氏。「現在の開発に全力投球しつつも、並行して考えていく」と続けた。

 

そもそも、AEセンサーの専門家さえ「不可能」と判断した“逆境”から始まったプロジェクト。渡部氏は「完全に新規事業と思って取り組んでいます」と笑う。もちろん、簡単な挑戦ではない。それでも諦めずに続ける理由はなにか。渡部氏も高峯氏も「東芝みたいな会社がやるべきことです」と力強く語る。渡部氏が語ったその理由で、この物語を締めたいと思う。

 

「実証実験を通じて、東芝のブランド力を実感しました。関係各所にご協力をお願いした時に、一度も門前払いされませんでした。新しい取り組みでも、まずは話を聞いてくださるのです。

 

ですが、それは私の実力ではありません。東芝には、世界初の技術が沢山あります。また、発電所などのインフラで製品、サービスを提供しています。

 

東芝はもともと世の中のお困りごとを解いてきた企業です。そうした取り組みの中で何十年もかけて培われた歴史のおかげで、東芝は信頼を得ています。そして、信頼してくださる方々がいるのであれば、それに応えなくてはいけません。

 

我々の技術でインフラの老朽化対策に貢献し、社会課題を解決することでさらに信頼を得る。これは、『人と、地球の、明日のために。』を理念に掲げる東芝がやるべき仕事だと思うのです

 

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