福島第一原子力発電所事故の反省を生かす、革新炉とは? ~「安全神話」を問い直し、地域社会との共生を目指す

2023/05/26 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • カーボンニュートラル宣言や国際情勢悪化でエネルギーの安定供給が揺らぎ、原子力の見直しが進む
  • 「このまま原子力に携わっていいのか」自問自答を繰り返し気づいた使命
  • 事故時の緊急避難や長期移住を不要にする安全コンセプトのiBR、優れた安全性と多目的利用を両立する高温ガス炉
福島第一原子力発電所事故の反省を生かす、革新炉とは? ~「安全神話」を問い直し、地域社会との共生を目指す

世界でエネルギーの安定供給を見直す動きが出てきた。要因の一つは、ロシアによるウクライナ侵攻だ。こうした地政学リスクに加えて、エネルギーのあり方はカーボンニュートラルへの対応でも重要となる。

 

そのような中で、持続可能な経済活動を分類する「EUタクソノミー」は、原子力発電を一定の条件下でグリーン電源と認めている。日本の原子力政策も、エネルギー安定供給とサプライチェーン維持のため、大きな転換点を迎えている。政府は、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)に関する基本方針」で、「次世代革新炉の開発・建設に取り組む」と発表したのだ。

 

この革新炉について、東芝は、東京電力福島第一原子力発電所の事故以前から開発していた。事故以降、「安全神話」を問い直し、「準国産エネルギー」を生み出そうとする使命を、最前線の3名が語る。

 

カーボンニュートラル宣言や国際情勢悪化でエネルギー安定供給が揺らぎ、原子力発電の見直しが進む

世界的なカーボンニュートラルの流れに加え、ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー安定供給の重要性が高まり、原子力発電は見直されています。2022年にドイツで開かれたG7サミットで、エネルギーにおける原子力の役割が再確認されました。

 

原子力の新規建設や新しい概念の原子力プラントの開発が活性化するなど、グリーンファイナンス資金が集まり始めています。」

 

このように、諸外国が「原子力の見直し」へ傾く背景を説明するのは、革新炉の渉外に携わる河野義雄氏だ。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 パワーシステム企画部 技術企画 スペシャリスト 河野 義雄氏(1)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 パワーシステム企画部 パワーシステム企画第二グループ 
スペシャリスト 河野 義雄氏

冒頭で触れたように、日本でも原子力の重要性を見直す動きが出ている。経済産業省は、2021年に「第6次エネルギー基本計画」を発表。そこには、「カーボンニュートラルに向けてエネルギー対策が必須」と明記された。

 

具体的には、太陽光発電や原子力発電、火力発電など、電源構成を見直した「エネルギーミックス」が必須ということだ。現状、経産省は、2030年度の電源構成を「再エネ36〜38%、原子力20〜22%」を設定している。

 

2030年度に目指している電源構成の割合。原子力は20〜22%で重要な電源に位置づけられている。

このまま原子力に携わっていいのか?自問自答を繰り返し、気づいた使命

原子力は事故を起こさない──。

 

こうした安全神話は、幾度となく語られた。しかし、実際には東京電力福島第一原子力発電所の事故は起きた。このことを、現場で開発を行う人々はどう受け止めているのだろう。本取材に登場する3名は、いずれも入社間もない頃に東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した。

 

河野氏は、「このまま原子力に携わっていいのか」と自問自答を繰り返した。それは、この後に登場する2名も同様だ。だが日本のエネルギー事情や、カーボンニュートラルを目指す世の動きを目の当たりにし、やはり「社会を支えるために原子力は必要」と思い直したという。ただし、原子力に携わるからには同じ轍は踏まない──そう強く思っている。

 

「東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓は、大きく3つあります。1つ目はシビア・アクシデント(設計の想定を超えた過酷事故)を起こさない安全対策の強化です。2つ目は、それでも万一、シビア・アクシデント事故が発生した場合でも事故の拡大を防ぐことのできる設計にすることです

 

3つ目は、私も含めた原子力に関わる人々が一番反省するべきことかもしれませんが、安全対策をいくら強化してもリスクはゼロにならないということ。そのリスクについて正しく理解してもらうコミュニケーションが今後とても重要なことだと思います」(河野氏)

 

河野氏は、今も原子力に関わり続ける理由について、「カーボンニュートラルを実現し、準国産エネルギーとして安定供給するため、原子力が欠かせないと信じていたから。社会貢献を糧に仕事を続けてこれた」と繰り返す。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 パワーシステム企画部 技術企画 スペシャリスト 河野 義雄氏(2)

事故時の緊急避難や長期移住を不要にする安全コンセプトの革新軽水炉

10年以上経った今でもなお、私たちの記憶に新しい東京電力福島第一原子力発電所事故。ここへ来て、「安全」とは一体何なのか改めて問われている。事故を起こさないよう最大限配慮した設計はもちろんだが、自然の威力は人間の想定を軽く超えるものだということを、私たちは思い知らされた。

 

そこで重要な論点となるのが、「万一事故が起きた後、どうするか」だ。福島第一原子力発電所事故のような緊急事態下では、人は訓練を受けていても完璧な判断を下すのは難しい。そこで注目を浴びているのが、「革新炉」だ。河野氏は、革新炉についてこう定義する。

 

東芝は、シビア・アクシデントを考慮し、万一、事故が発生しても緊急避難や長期移住の必要がない『地域社会と共生が可能な安全性の高い原子炉』を『革新炉』と考えています」(河野氏)

 

革新炉について、経産省は、「小型モジュール炉」「高速炉」「核融合炉」「革新軽水炉(補足:iBRが該当)」「高温ガス炉」の5つに分類している。それぞれ実現の難易度は違うが、現在より安全性と効率性が高いのが特長だ。

 

続けて河野氏は、「東芝は、iBRと高温ガス炉を、東京電力福島第一原子力発電所事故の前から開発を進めていました。それが今の時代と合致し、価値が再浮上した。安全性向上のために、技術開発を続けてきた成果だと考えています」と語る。

 

2022年、東芝は、部署を横断して革新炉開発に必要な人材を集めた「革新炉推進チーム」を結成し、「iBR」と「高温ガス炉」の開発を加速。同時にサプライチェーンも整え、東芝へ機器の供給を確保し、技術維持を推進する体制の整備も進めている。

 

では東芝の開発するiBRと高温ガス炉は、どのようなものなのだろうか。まずiBRの設計に携わる新見氏が、その特徴を述べた。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力システム設計部 システム計画グループ スペシャリスト 新見 征之氏(1)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力システム設計部
システム計画グループ スペシャリスト 新見 征之氏

「iBRの発電の仕組みは、従来の沸騰水型軽水炉と同じです。大きく異なるのは、安全性能を大幅に向上させたこと。具体的には、『動的安全システム』を強化し、さらに『静的安全システム』も採用した点です」(新見氏)

 

革新軽水炉(iBR)の全体概略図。静的安全システムや、水素を閉じ込める大容量の二重円筒格納容器など、地域社会と共生を可能とする革新的安全性能に加え高い電気出力と経済性と実現。

革新軽水炉(iBR)の全体概略図。静的安全システムや、水素を閉じ込める大容量の二重円筒格納容器など、
地域社会と共生を可能とする革新的安全性能に加え高い電気出力と経済性と実現。

以前だと、シビア・アクシデント時に炉心が溶融し、放射性物質が漏洩するのを阻止するために、ポンプなど動的設備により注水して冷やしていた。これを動的安全システムと呼ぶが、東京電力福島第一原子力発電所事故では津波により非常用電源が喪失し、この対処が滞った。一方で静的安全システムは、重力や圧力差などの自然の力を駆動力としたものであり、電源が不要で人の操作を必要としない。iBRでは、動的安全システムを強化し、さらに静的安全システムを採用することで、「人の手や判断を要しない問題解決」を実現したわけだ。

 

「東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓や反省を設計に反映しています。この取組みによって避難や土地汚染のリスクを減らし、地域社会と共生できる原子力発電を目指しています。

 

iBRでは、非常用電源を失っても炉内や格納容器を冷やせる静的安全システムを採用し、十分な水量が確保された施設内プールにより、7日間自然冷却可能としています。さらに、あらゆる自然災害を考慮して多様な非常用電源を分散配置し、系統の多様化により、動的安全システムも強化しました。

 

万一、炉心溶融という最悪の事態に陥っても、水素や放射性物質を閉じ込める二重円筒格納容器や、燃料デブリ落下と同時に電源なしで冷却可能な革新的コアキャッチャーなどを導入しています。シビア・アクシデント時も放射性物質を格納容器内に閉じ込められるようにしています」(新見氏)

 

こうした特徴を備えたiBRは、動的・静的安全システムの組み合わせによる深層ハイブリッド安全対策をしており、大規模な自然災害が発生した場合でも7日間は運転員の操作が不要で安全を確保できるという。

 

人の操作を必要としない、静的安全性を強化したのが大きなポイントだ。

人の操作を必要としない、静的安全性を強化したのが大きなポイントだ。

優れた安全性と多目的利用を両立する「高温ガス炉」

iBRは既存の軽水炉をバージョンアップしている一方で、高温ガス炉は、炭化ケイ素等のセラミックスで被覆された燃料と、化学的に不活性なヘリウムガスを冷却材に使う新型炉。設計業務に携わっている鈴木氏は、その安全性をこう語る。

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力先端システム設計部 先端システム設計第一グループ スペシャリスト 鈴木 哲氏(1)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力先端システム設計部 先端システム設計第一グループ
スペシャリスト 鈴木 哲氏

「原子炉の安全確保の原則は、【①止める】【②冷やす】【③閉じ込める】の3つです。

 

【①止める】とは、原子炉の動きを止める=核分裂反応を止めること。普通の原子炉は、地震による大きな揺れなどの異常発生時に制御棒を挿入して核反応を抑制します。しかし高温ガス炉は、制御棒を使わずとも物理現象のみで自動で核反応が抑制されます。

 

【②冷やす】は、原子炉が停止した後も出続ける放射性物質による崩壊熱を冷やすこと。高温ガス炉はヘリウムガスで冷やしますが、もしそれが流れず冷却できなくても、原子炉容器の表面からの自然放熱により受動的に崩壊熱を除去します。またヘリウムガスですと、化学的に不活性なため水素・水蒸気爆発も発生しません。さらに減速材などの炉内構造物に熱容量の大きい黒鉛を使うことで、軽水炉よりも事故時の温度上昇が緩やかで、対処する時間を稼ぎやすい利点もあります。

 

【③閉じ込める】は、万一、燃料棒が溶融しても、ペレット、燃料棒被覆管、圧力容器、格納容器、原子炉建屋の外壁などによって、放射性物質を外部に放出させないこと。高温ガス炉では、セラミックス製の被覆燃料粒子を採用することで、1600℃でも燃料が破損せず、受動的に除熱されるので燃料溶融しません」(鈴木氏)

 

高温ガス炉全体の概略図。自然循環による崩壊熱除去システムを採用しており、過酷事故時でも温度変化が緩慢で、運転員による早急な対応が不要。提供:日本原子力研究開発機構 ※一部加除修正

高温ガス炉全体の概略図。自然循環による崩壊熱除去システムを採用しており、過酷事故時でも温度変化が緩慢で、
運転員による早急な対応が不要。提供:日本原子力研究開発機構 ※一部加除修正

 

シビア・アクシデント時でも燃料溶融が発生せず、水素・水蒸気爆発をしないことから、高い安全性を実現

シビア・アクシデント時でも燃料溶融が発生せず、水素・水蒸気爆発をしないことから、高い安全性を実現

高温ガス炉には、安全面以外に「750~950℃といった高熱の供給」という大きな特長がある。高熱は、海水の淡水化、化学プラント向け蒸気供給、水素製造など、様々な目的に二次利用ができる。

 

カーボンニュートラル実現に向けて注目されているのが「水素製造」だ。中でも、高熱を利用するなどCO2を排出せずに製造する水素は「クリーン水素」と呼ばれ、次世代エネルギーとして期待されている。高温ガス炉は、その高い熱を供給することでクリーン水素の製造が可能なのだ。

 

「東芝は、水素に関する技術開発を加速させています。高温水蒸気電解という技術で、東芝はトップランナー。これは大きな強みになっています」(鈴木氏)

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力先端システム設計部 先端システム設計第一グループ スペシャリスト 鈴木 哲氏(2)

 

「爪痕を残す」ことで、次世代に向け技術力をつなぐ

最初に紹介したiBRは、現在、実装に向けた基本設計を進めているところだ。今後、詳細設計、実証試験等を進めていく予定である。2030年前半を目処に建設、運転開始を目指しているという。

 

高温ガス炉も、国内では政府主導で2030年頃までに詳細設計を詰めて、2030年代前半を目処に許認可を取り、建設に入る予定だ。「2030年代後半頃に実証運転が始められる想定で、その後の商用化を見据えています」と鈴木氏。2050年のカーボンニュートラル実現に間に合わせるべく、技術開発を進めているという。

 

iBRも高温ガス炉も商用化までの道のりは、まだまだ長い。しかし、河野氏、新見氏、鈴木氏の視線は未来に向いている。

 

河野氏は、「革新炉は、エネルギーを安定供給し、カーボンニュートラルに貢献するものです。そのために、より現実的な開発や交渉に携わり、貢献し続けたいと思います」と決意を述べた。最後に、技術開発をする2人の言葉で、この記事を締めたいと思う。

 

「iBRは、東芝の先人たちが一生懸命つくりあげた技術を生かして開発してきました。原子炉は非常に複雑なシステムなので、チームで力を発揮し社会課題の解決に貢献したいです。そして、後に続く技術者に継承していくことも使命だと思っています」(新見氏)

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力システム設計部 システム計画グループ スペシャリスト 新見 征之氏(2)

 

「我々の先輩には、ずっと技術開発に携わっていたけれど、商用化されないまま退職された方が大勢います。しかし、そこで培われた技術は素晴らしいもので、我々に引き継がれています。

 

エネルギー安定供給やカーボンニュートラルは不変の目標です。高温ガス炉、iBRは、その目標を実現するはずです。開発には非常に長い時間がかかり、地道に進んでいくしかありません。自分の代で実現しなくても、その歩みをつないで、後輩のために爪痕を残していくことが自分の役割だと思っています」(鈴木氏)

 

磯子エンジニアリングセンターの前に立つ、鈴木氏、河野氏、新見氏。

 

東芝の革新炉開発について

https://www.global.toshiba/jp/products-solutions/nuclearenergy/research/safety-reactor.html 

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