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量子コンピューター時代を後押しする 新たな耐量子公開鍵暗号技術とは?


量子コンピューター時代を後押しする 新たな耐量子公開鍵暗号技術とは?

この記事の要点は…

現在は数十年かかる計算も、数時間で処理できるという量子コンピューター

その普及により、現状の暗号が容易に解読されるリスクも

量子コンピューター時代に通用する耐量子公開鍵暗号技術とは?

スーパーコンピューターの1億倍もの演算速度を持つといわれる量子コンピューター。これが実用化されれば、例えば気象予測やゲノム解析など、現在のコンピューターでは数十年単位の時間が必要とされる計算も、ほんの数時間で処理できると期待されている。

その登場による様々な分野での技術革新が、人類の文化の発展に大きく貢献するであろう夢のツールとも言える量子コンピューター。いよいよ実用化が近いとの見方もあるが、その一方で思いもよらないリスクも孕んでいる。その処理能力があだとなり、「RSA暗号」(※1)など現在の通信の安全性を担保する暗号技術が、短時間のうちに無力化されてしまう可能性があるのだ。

※1:RSA暗号
現在主流の暗号技術の一つ。整数を素数の積で表す素因数分解を利用するのが特徴で、暗号とデジタル署名を実現できる方式として世界で初めて発明されたもの。

暗号で秘密が守れなくなれば、オンラインショッピングや仮想通貨の取引が危険にさらされ、深刻な支障をきたすことになる。これは量子コンピューターの普及に伴う、大きな課題だろう。そこで来る量子コンピューター時代に備え、ユーザーの情報セキュリティを担保する新たな暗号技術が模索されている。

量子コンピューターでも破られない暗号の仕組みとは?

「量子コンピューターの実用化時期を正確に予測するのは不可能ですが、遅かれ早かれ実現するのは確実でしょう。そしてその副作用として、現状の暗号が破られてしまう危険があるのも事実です。そこで必要となるのは技術的な対策と法的な対策の二つ。私たち技術者としては当然、技術面から安全を担保する方法を確立したい思いがあります」

そう語るのは株式会社東芝・研究開発センターの秋山浩一郎氏だ。東芝では2000年頃から、北海道教育大学と共同で基礎検討を開始。その後東京大学や産業技術総合研究所が加わり共同研究グループを起ち上げ、暗号技術の開発に本格的に着手した。量子コンピューターでも解読が困難な「不定方程式暗号(Giophantus™)」と呼ばれる公開鍵暗号を開発し、すでにNIST標準化会議(※2)への提案を済ませている。

※2:NIST標準化会議
アメリカの技術標準を決めるNIST(米国国立標準技術研究所)が耐量子公開鍵暗号を公募したもので、様々な技術が提案され、その安全性や処理性能が議論されている。IT大国アメリカの標準は実質的に世界標準となる。

株式会社東芝 研究開発センター 秋山浩一郎氏

株式会社東芝 研究開発センター 秋山浩一郎氏

では、公開鍵暗号とは、どのような技術なのか?東芝が率いる研究グループが開発した耐量子公開鍵暗号技術の概要とともに解説を願おう。

公開鍵暗号とは文字通り、暗号化をする際に使う“鍵”を公開してしまう手法です。ユーザーはその鍵を用いて暗号化するわけですが、当然、同じ鍵で暗号を解くことはできません。復号には受信側が持つ別の秘密鍵が必要となります。鍵を公開する以上、どうしてもそれを糸口に暗号が破られるリスクが付き纏いますが、破るための計算が膨大な時間を要するものであれば実質的に安全であるというのが、公開鍵暗号の考え方。今回の耐量子公開鍵暗号技術では、従来採用されていた方式よりもはるかに計算が困難である『非線形方程式』という数式を用いることで、安全性を担保しているのが特長です」(秋山氏)

非線形方程式

なお、これまでにも耐量子公開鍵暗号は複数登場している。例えば「格子暗号」と呼ばれる技術が代表格で、これは現状の量子コンピューターでも容易には解けないと考えられている「格子の最小ベクトル問題」という計算困難な問題を用いている。ところが、計算困難とするには公開鍵を巨大化させる必要があるため、公開鍵のデータサイズが大きくなり、実用性の面で課題が指摘されていた。

公開鍵のデータサイズが大きくなると

その点、東芝が開発した今回の手法では、非線形方程式の解のうち最も短い数式を秘密鍵とすることで、秘密鍵サイズの極小化に成功。また、従来の格子暗号は一定の割合で復号に失敗するデメリットを抱えていたが、この課題の克服も理論的に証明できるという。

「一説には、早くも2020年には、次世代暗号技術の市場が立ち上がり、2030年には2.1兆円規模にまで拡大するとされています。その中でも量子コンピューターでも破ることのできない暗号技術は、社会インフラを左右する重要な技術。我々としても、向こう数十年の実用に耐える技術を念頭に、開発に取り組んできました」

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