東芝 技能の人 ぶれない「技」への思い

2017/05/31 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 技能者に大事なのは小手先ではなく基本
  • 競技会に参加して終わらず、その経験を業務に生かす
  • 新素材、技術にも目を向けて切磋琢磨すべき
東芝 技能の人 ぶれない「技」への思い

1990年入社以来、溶接一筋で腕を磨いてきた技能の人。アーク溶接で技能を磨き、社内外で高い評価を得てきたのが、インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場の皆川悌士氏だ。2013年には、卓越した技能者に贈られる厚生労働大臣表彰「現代の名工」に選ばれるなど、技量の向上、技の伝承に注力してきた皆川氏に、「技能の人」の自負を聞く。

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

ビッグプロジェクトも部品の接合も同じ「溶接」。フラットに、実直に火花と向き合う

技能の人が一貫して携わってきたのがアーク溶接だ。鉄道関連の部品をはじめ、多くの溶接をこなしてきた。

 

「私は福島県の工業高校から東芝に入社したのですが、高校時代はラグビー漬け。高校3年生の10月まで部活動に没頭していました。正直、進路のことを考える暇がないままの就職でした。東芝で溶接を手掛けることになったのもたまたまだったんですよ」

 

皆川氏が配属されたのは府中工場だった。90年当時は中堅、ベテランの溶接工が多士済々。当時は体系立てられた育成プログラムはなく、OJTで技能を叩き込まれた。技能工が多かったため、はじめは単純な部品などの溶接に従事する日々。車両の本体を早く任せられるようになりたい。そんな一心で技能の習得に邁進していた。

 

「一人前の仕事を任せられるようになったのは入社3年目ぐらいでしたね。ただ、痛い失敗もあります。自分が手掛けた製品が、仕上げの前に先輩によって修正されて納品されていたんですね。

 

『なぜうまくできないんだ!』と怒られるならまだいいんです。怒られることもなく、黙って直されていたのがショックでした。今考えたら、『お前はまだまだだ』という先輩からの暗黙のメッセージだったのでしょう。悔しかったですよ……それからです。どうやったらうまくできるかを考え始めたのは。手順や姿勢、物の置き方に至るまで、先輩のやり方を徹底的に見て、自分とどう違うのかをチェックしました

 

以来、研鑽を積んだ皆川氏は多くのビッグプロジェクトに携わり、挑戦を求められる溶接で腕を発揮してきている。技能者として、誇りを感じた溶接作業を聞いてみよう。

 

「私にとっては、どれも同じ“溶接”で、いずれも得難い経験です。それぞれのプロジェクトでは、基幹部品などの重要性で差はあるかもしれません。しかし、『小さな部品だから適当でいい』『重要な部品だから集中してやる』と差をつけていては、気持ちのよい仕事はできない、と私は考えています。日々の仕事に新たな気持ちで、フラットに臨む。それが溶接工の誇りではないでしょうか

強く、真っすぐに引く――ロボットの指導から見出した「溶接の真理」

皆川氏が見出したのは「見た目が奇麗なだけでは駄目、きちんと接合してこそ、溶接」ということ。アーク溶接の火花と実直に向き合い、真摯に臨んできたからこそ見えた「溶接の真理」である。

 

「溶接した箇所は、その後に機械で削るので、自分が引いたビード(溶接により金属が盛り上がった部分)の外観はなくなります。いくら見た目良く溶接しても、欠陥があるとここで明らかになってしまう。ちゃんと溶かして接合しなければ、部品として機能を発揮しないのです」

 

トーチ(溶接棒)の動かし方や微妙な角度、金属部品の距離、電流の微調整など、仕上がりはさまざまなファクターによって左右される。アーク溶接は奥が深く、溶接工に技能が求められるゆえんである。

 

溶接の要点を尋ねたところ、重視するのは、ビードを引いているときのイメージだという。最終的な仕上がりを自分の中で形作り、それを丁寧に再現していくだけ。強めの電流で真っすぐにビードを引く。アーク溶接の基本中の基本だが、ここに至るまでに「技能の人」ならではの紆余曲折があった。

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

「ミリ単位で距離を取ったり、角度を微細に取ったりするのは非常に難易度が高い。だから、最初はテクニックばかり覚えたくなるんです。しかし、基本は真っすぐに引くこと。これだけ。テクニックはその応用でしかありません。小手先に終わらず、基本をしっかり押さえる。当たり前すぎるかもしれませんが、『何のためにトーチを引いているのか』意識できているかが大事なんです」

 

皆川氏が、自分ならではの溶接の真理に行き着いたのは入社5年目のこと。ロボットにアーク溶接の技術をインプットするという業務を任されたときに気づきがあったという。

 

「溶接ロボットは人間のように動きにブレがないし、一定のスピード、一定の幅で溶接していくことができます。最短距離を最短時間でこなしていく。これはある意味、溶接の基本ではないでしょうか。電流とスピードが一定なら、人間もこのようにシンプルに溶接ができるはずです。

 

手でやると、少々のズレがあってもトーチの振り方といった小技でカバーできてしまいます。それでは見た目が奇麗でも遠回りの溶接です。難しく考えず、シンプルに引くこと。これが、なかなかできないことなんです」

 

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

競技会には積極的に出て、日常の業務にフィードバックしていくべき

「現代の名工」「東京都優秀技能者知事賞」(東京マイスター)など、卓越した溶接技能が高い評価を得ている皆川氏。「表彰は狙ったものではないので、感謝あるのみ。技能育成のジャンプアップとしては、さまざまな競技会への出場が糧になっている」と語る。東芝社内のテクニカルコンテストに出場した経験から、若手社員に出場の機会を作ることにも尽力。「自己練磨には格好の環境」として競技会を捉えているのだ。

 

「自分が入社した頃は同年代の社員が多く、競技大会への出場機会も限られていました。入社4年目に何とか初出場しましたが、一発勝負では納得のいく結果が残せなかった。『せっかく大会に出してもらえたのに……』という思いから、技術向上に一層力を入れたことを思い出します」

 

現在は出場者の指導を越え、指導員を統括・指導する立場にあるという皆川氏。当時の思いを原点として大切にしており、若手社員には「出場できなくても、結果が出なくてもへこむな。それをモチベーションに変えるのが大切だ」と指導している。

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

競技大会の意義は、参加することでも、いい結果を残すことでもありません。大会前後で得たものを、業務にどう生かすか。大事なのはそこです」

 

現場での皆川氏は、作業責任者として工程の取りまとめを担当しつつ、施工環境の向上、技能の伝承にも力を入れる。キャリアの中では海外工場に指導員として赴いたこともある。言葉や慣習の壁を超えた指導で高い評価を得た。

 

「海外工場の指導では、その工場のラインに応じた施工を考え、手本を示してきました。溶接技術をただ伝えるのではなく、その場に最適なものを臨機応変に考え、提供していくことが大切だと感じます。

 

技能者は技に特化していればいいというわけではありません。現場のメンバー、後輩、そしてプロジェクトの設計者に至るまで、丁寧にコミュニケーションを取っていくことが肝要です」

 

モノづくりがしやすい環境を整えるため、溶接工リーダーの立場から設計者とミーティング。現場には作業効率の向上を、プロジェクトマネジメントの観点からは品質向上、コストダウンを実現させている。ルーチンワークに陥らない。技能の人・皆川氏は常に新たな気持ちで、フラットに現場に立つ。

 

「私が入社した時代は溶接するのは鉄のみでしたが、今ではステンレス、アルミ、そしてチタン。さまざまな素材が登場してきています。当然、素材の特徴に合わせた溶接技術の習得が欠かせません。時代の変化に適応して、職場全体で技能を向上させていければと考えています」

株式会社東芝 インフラシステムソリューション社 府中インフラシステムソリューション工場交通システム部 交通装置製造第一課 皆川悌士氏

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