“20cmの挙動”を解析せよ! エレクトロスピニング技術の魅力

2018/11/14 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • どうやって、あれほどの極細なナノファイバーが形成されているのか?
  • ナノファイバー形成技術の一つ「エレクトロスピニング技術」の課題とは?
  • たった20cmの空間でナノファイバー化する溶液の動きに迫る!
“20cmの挙動”を解析せよ! エレクトロスピニング技術の魅力

10億分の1mのスケールで素材を制御するナノテクノロジー――サイズは極小でありながら、無限の可能性を秘める分野だ。中でも「ナノファイバー」は今、新聞などで目にする機会も多い言葉の一つである。だが、注目度に比してナノファイバーの世界は意外と知られていないのではないだろうか。

 

あれほどの極細な繊維をどのように作り出すのか――今回、東芝でナノファイバー形成技術の一つである「エレクトロスピニング技術(ES技術)」の開発を担当する植松育生氏に、自身の経験も交えつつ、ナノファイバーとES技術の基礎と魅力を教えてもらおう。

株式会社東芝 研究開発本部 生産技術センター 材料・デバイスプロセス技術研究部 植松育生氏

株式会社東芝 研究開発本部 生産技術センター 材料・デバイスプロセス技術研究部 植松育生氏

エレクトロスピニング技術とは?

ナノファイバーとは、一般的に太さが1nm~100nmの間で、長さが太さの100倍以上ある繊維状の物質を指す。繊維状にする材料はナイロンやセルロースなど様々だ。極細という特性が私たちの生活を根底で支えている。

ナノファイバー

ナノファイバー

分かりやすい使用例は空気清浄機や水処理施設などのフィルター。ナノレベルの繊維は空気や水の抵抗を受けにくいためフィルターに最適といえます。

 

それから二次電池も挙げられます。そもそも、私が正面からナノファイバーと向き合うようになったのは、SCiB™と呼ばれる東芝の二次電池事業の立上げに関わったことがきっかけ。そのときにナノファイバーをSCiB™に使用できないかと考えたのです。二次電池にはセパレータ(※)という材料が不可欠。セパレータを極薄のナノファイバー膜に置き換えられれば、容量などを高められるのです」(植松氏)

※セパレータとは、短絡を防ぐべく2つの電極間を絶縁する材料のこと。

セパレータを極薄のナノファイバー膜に置き換えることで、SCiB™の容量が高められる

セパレータを極薄のナノファイバー膜に置き換えることで、SCiB™の容量が高められる

そこで植松氏が目を付けたのがES技術だった。この技術の原理を植松氏に解説してもらおう。

 

「まず、ナノファイバー化したい材料を溶かした溶液が入った針状のノズルに高電圧を加えます。すると、ノズル中の溶液と塗布したい基材の間に電位差ができ、ノズルから基材へと力が働くため、溶液がノズルから基材に向かって引き出されます。放電の間に溶媒(※)が蒸発していくので、重量が減少し、次第に裾が広がって、ナノファイバーが基材上に形成されていくのです」(植松氏)

※物質を溶かして溶液を作る際に使う液体のこと。

高電圧をかけたノズルから溶液が引き出されてナノファイバーが形成される

高電圧をかけたノズルから溶液が引き出されてナノファイバーが形成される

従来のES技術の開発では、より均一でより細い繊維膜を作ろうとするのが主流。しかし、それらを必要以上に求めすぎるために生産コストがはね上がり、研究レベルでのES技術の開発は多くあれど、量産への適用例は少なかった。

 

そこで植松氏は発想を転換する。

 

「SCiB™への応用に向け、細さ、均一性を過度に追求しすぎず、量産に特化した高速形成技術を手に入れられないかと考えました。それは新たな研究領域であり、開発は生半可ではありません。しかし、成功するか分からない開発に上司は積極的に協力してくれましたし、SCiB™事業立ち上げで得た多くの仲間もいました。彼らはその後の開発において、苦楽を共にするチームに、そして開発を後押しする味方となっていったのです」(植松氏)

シンプルな技術の、恐ろしく複雑な挙動とは?

ES技術は、材料をセットして電圧をかけさえすれば、ナノファイバー形成が可能。その意味では非常にシンプルな技術だ。しかも、ノズルと塗布する基材との間はわずか20cm~30cm。だが、たった20cmの空間にもかかわらず、その間に溶液がどう飛翔し、液体から固体のナノファイバーに変化していくかという挙動は恐ろしく複雑で、全く解明されていなかった。

 


ナノファイバー形成の様子
この動画は2018年11月12日に公開されたものです。

「ES技術を製品に適用するには、多数のノズルを使って高速にナノファイバーを形成する必要があります。しかし、ノズルが増えると、それぞれにかけた電圧が干渉し合い、均一なナノファイバーができなくなります。『20cmの挙動』。それを解明することで、安定してナノファイバーが量産できることを目指したのです」(植松氏)

 

当然ながら、開発当初は苦労も多かったという。

 

「開発メンバー以外の人々も私たちの研究を応援してくれて、実験装置を見に来ることも多くありました。しかしそこで形成されるのは、実用化には程遠い弱々しい繊維。時には、『本当に形成されているのか』、『装置の調子は大丈夫なのか』と心配され、寂しさや焦り、恥ずかしさ、申し訳なさがない交ぜになった気持ちでいっぱいになったことを覚えています」(植松氏)

開発当時、仲間たちとともに味わった苦労について話す植松氏

開発当時、仲間たちとともに味わった苦労について話す植松氏

このような植松氏を支えたのは、やはり仲間たちだった。

 

「開発メンバーにはSCiB™事業の戦友に加え、様々な専門性を持つ新しいメンバーも集結。各専門分野から知恵を出し合いました。印刷機のインクジェット開発(※)の経験から着想し、ES技術での飛翔の様子を高速カメラで撮影、解析・数値化することで、20cmの挙動を追究したのです」(植松氏)

※インクジェットの開発の際、インクがどのように飛ぶのかを高速カメラで撮影・解析し、数値化する。

20cmの挙動

『20cmの挙動』

かける電圧の大きさや、ノズルと塗布する基材との微妙な距離、材料や基材の種類といったファクターによって、20cmの間の様々な挙動が異なってくる。その中で注目した挙動の一つが、飛翔の角度。塗布する材料に対する、飛翔中の溶液の渦の角度は、着地に近づくにつれて次第に小さくなっていくが、その角度の変化を数値化した。

 

もう一つ着目した挙動が、飛翔のスピードである。高速カメラでの撮影と解析により、飛翔の角度・スピードと様々なファクターとの関係性を解明したことが、量産化に向けたブレイクスルーとなった

飛翔角度・スピードの撮影・解析により量産化に向けて大きく前進した

飛飛翔角度・スピードの撮影・解析により量産化に向けて大きく前進した

今年、ようやくES技術をSCiB™へ適用した試作に成功しました。開発の構想が生まれたのは2012年ですから、ここまで6年間。本格開発から4年経ちました。『SCiB™事業の仲間が、世の中の多くの人々が必要としているのなら』という思いで続けてきましたから、試作に成功した瞬間は喜びもひとしおでした」(植松氏)

ES技術は電位差を利用するため、様々な角度から塗布できる(右図)。多ノズルによる塗布を可能にする植松氏らの開発により両面塗布が可能となった

ES技術は電位差を利用するため、様々な角度から塗布できる(右図)。多ノズルによる塗布を可能にする植松氏らの開発により両面塗布が可能となった。

従来、製品への応用が難しかったES技術。植松氏らの開発により、この技術で生まれる極めて細いナノレベルの繊維が、途方もなく広い世界を変えていくに違いない。

ES技術の実験装置の中をのぞく植松氏

ES技術の実験装置の中をのぞく植松氏

関連サイト

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ニュースリリース (2018-06-04):セパレータを用いない新構造を採用したリチウムイオン二次電池を開発 | ニュース | 東芝

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