発火しない!究極の安全性を持つ「水系電池」とは?!

2023/12/25 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 東芝が独自材料技術と水素技術を結集して、発火しない「水系電池」を開発!
  • 水系電池は、再生可能エネルギーの普及・拡大において期待大!
  • 高い安全性で、大型船舶などの電動化にも役立つ!
発火しない!究極の安全性を持つ「水系電池」とは?!

読者の皆さんは、スマートフォンや家電に搭載されているリチウムイオン二次電池の発火事故を、時々見聞きしないだろうか?バッテリー容量が比較的小さくてもこうしたリスクがあるのだから、桁違いに容量が大きい定置用などの電池では、万一の時の被害は甚大だ。こうしたリスクを避けるために、安全性の高い電池の研究開発が進められている。

その1つが、東芝が開発した「水系リチウムイオン二次電池(通称:水系電池)」だ。理論上、発火しない水系電池は、どのようにして誕生し、社会を変えていくのか。開発に携わったエンジニア2名に、最前線の話を聞いた。

再生可能エネルギーの普及に必要な、大型蓄電池には制約が?!

近年、「定置用の大型蓄電池」の需要が高まっている。定置用の大型蓄電池とは、ビルや工場、商業施設などに設置する蓄電だ。電気料金を削減するためや、非常時のバックアップのための電源として用いられる。

需要が高まる理由が、再生可能エネルギーの普及だ。再生可能エネルギーは、日照時間などの気候条件で出力が変わるため、大型蓄電池を活用することで出力を調整するのだ。経済産業省の「蓄電池のサステナビリティに関する研究会」でも、蓄電池は新たなエネルギー基盤に位置づけられ、グリーン化の要となっている。

現在、蓄電池のほとんどは、充電して繰り返し使えるリチウムイオン二次電池が使われている。ただし、リチウムイオン二次電池はエネルギー密度や充放電の効率が高い一方、誤った使い方をすると発火する危険性も含む。そのため、20kWhを超える容量の電池を設置するには、消防法への適合確認と消防機関への届出が必要となる。例えば、一定数量の蓄電池を設置する場合、学校や病院から30m以上の距離を取ったり、電池周囲に耐火構造を施したりが必要だ。

こうした規則は、万が一発火した場合の被害拡大を防ぐためだが、本質的に必要なのはそもそも発火しない安全性だ。東芝のリチウムイオン二次電池「SCiBTM」は、酸化物系負極材料の採用などにより熱暴走を起こしにくくしている。加えて、さらに安全性を可視化するために電池の状態をモニタリングする技術や、電池の劣化を診断する技術なども開発中だ。そして今回ご紹介するのが、「水系リチウムイオン二次電池」、通称、水系電池だ。

SCiBTMは、外部からの圧力などで内部短絡が発生する状況でも、発煙・発火の可能性が極めて少ない

SCiBTMは、外部からの圧力などで内部短絡が発生する状況でも、発煙・発火の可能性が極めて少ない

「不燃性水溶液」で、発火しないリチウムイオン二次電池を実現!

水系電池はどのようなものなのか。開発者の保科圭吾氏は、「理論上、発火しないリチウムイオン二次電池」と語る。

「通常、二次電池の電解液には有機溶媒が使われます。しかし有機溶媒は可燃性のため、安全性に問題が残ります。一方、私たちが開発した水系電池は、電解液に水系の不燃性水溶液を使っているため、理論上は『燃えない』のです」(保科氏)

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 機能材料ラボラトリー エキスパート 保科 圭吾氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 機能材料ラボラトリー エキスパート 保科 圭吾氏

水溶液を電解液としながら、2.4 Vの電圧とマイナス30℃で動作する水系リチウムイオン二次電池技術を開発したのは、東芝が世界初。だが、「有機溶媒を使った電解液だと燃える危険性があるから、水系の不燃性水溶液を使おう」という発想が、なぜこれまで生まれなかったのか。保科氏は、「水は電気分解が起こりやすい」という難しさを指摘する。

「そもそも、電解液に可燃性の有機溶媒を使うのは、高い電圧を維持しても電気分解が起こらないからです。電圧が低いと多くの電池を並べて使う必要があり、用途が限られます。しかし水系の場合、高い電圧をかけると電気分解が激しくなり、水素が発生して充放電が進まない課題がありました。電圧を高めつつ、電気分解による水素発生を抑える。これが水系電池の大きなポイントです」(保科氏)

水電池のメリットデメリット比較図

この問題に対して、東芝はセパレーターの工夫で打開した。セパレーターとは仕切板を想像するとわかりやすく、電池のプラス極とマイナス極を絶縁し、同時にイオンの伝導性も確保する。

「東芝の水系電池では独自材料技術として、『固体電解質セパレーター』と『電解液のpH制御』を新たに採用しました。固体電解質セパレーターにおいては、リチウムイオンは通しますが、水素イオンはプラス極からマイナス極に移動させません。これによって、マイナス極側で起こる水溶液の電気分解による水素発生を抑えました。また、正極と負極に用いる電解液のpHを制御し、正極では酸素発生しにくい酸性電解液、負極では水素発生しにくいアルカリ性電解液を用いることで、正負極での水の電気分解を抑制し、水素発生をさらに抑制することができました。」(保科氏)

東芝の水系電池は水素イオンを通さず、水素発生を抑制

東芝の水系電池は水素イオンを通さず、水素発生を抑制

正極と負極に用いる電解液のpHを制御し、水素発生を抑制

正極と負極に用いる電解液のpHを制御し、水素発生を抑制

水素制御の知見を生かし、開発を加速!

水の電気分解による水素発生を抑制するためには、電池内の水溶液含有量を減らしたり、添加物で水溶液が反応しにくくしたりすることが一般的だという。もちろん東芝も挑戦したが、その上でセパレーターと電解液のpH制御という解決策に辿り着いた。それはなぜか?研究開発の責任者である八木氏は、「水素の制御技術に関して、東芝が保有する技術資産を活かせたから」と自負する。

「前述のように水系電池では、水の電気分解による水素発生を抑える必要があるため、セパレーターを通し水素イオンが透過することを抑制することに加え、水素イオンの電極上での反応を抑制する技術を取り入れています。一方、燃料電池はその逆で、水素イオンを積極的に酸素と反応させて電気をつくります。東芝では、水素エネルギー事業として純水素燃料電池のシステム開発・製造などを手掛けています。こうした水素の電気化学反応の制御に関する知見を生かせるのは、われわれの強みでした。今回の開発技術の裏には、テーマを超えた知見を活かしています」(八木氏)

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 機能材料ラボラトリー シニアマネジャー 八木 亮介氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 機能材料ラボラトリー シニアマネジャー 八木 亮介氏

まず保科氏・八木氏の研究開発センターが、水系電池の研究開発を進めた。このとき、事業部との連携により、水系電池の特徴や想定される性能、大型化した時の注意点などが共有された。その後は、生産技術センターが電池構造や量産化を見据えた水系電池製造プロセスを検討し、エネルギー事業部は水系電池を組み込んだ定置用の大規模蓄電池システムを設計、さらに電池事業部が材料調達といったサプライチェーンの構築検討を担った。

「基礎的な研究が完了してから、製造プロセス、システムの設計を得て製品化へと進むのではなく、研究を製品に繋げるべく、モデルベース等も活用し各レイヤ並行で開発を進め、知見がタイムリーに共有できるようにしています。早い段階で開発した電池の効果を実証できるよう動いていきます」と八木氏。保科氏も研究者の立場から「蓄電池システムを作っている仲間の意見を聞けると、社会実装につながる研究開発になる。これは東芝ならではの強みだと思います」と語る。

トータルコストで勝負する、東芝の差別化!

八木氏は「再生可能エネルギーの広がりによって、定置用の大規模蓄電池の需要はさらに高まります。そこで水系電池の高い安全性を訴求した価値を提供していきたい」と述べる。また、水系電池を用いた定置用の大規模蓄電池の魅力は、コスト削減にも寄与する点だという。

例えば、ビルの敷地内に定置用の大規模蓄電池を設置する場合、発火時に備えて防火扉を設けたり、消火器を多めに備え付けたりが必要でコストが必要です。だが燃えない水系電池なら、そのような設備が軽減できます。トータルコストが削減され、設置場所もより自由になります」(八木氏)

このコストの考え方が、東芝の差別化戦略の肝だ。八木氏は、リチウムイオン二次電池の製造・開発に関する世界の動向と、東芝の勝ち筋を教えてくれた。

現在リチウムイオン二次電池の低コスト化が進んでいますが、水系電池は電池単体のコストで勝負するのではなく、蓄電池の設置、長寿命を活かした運用・メンテナンス、リサイクル時の廃棄に関わるコストまでを含めた蓄電システム・ライフサイクルでのコストで勝ちにいきます(八木氏)

定置用の大規模蓄電池の次を見据え、超大型モビリティも安全に!

水系電池は、現在は研究室内で用いられる4cm角の小型で実験に成功したところ。今後は2027〜2028年に蓄電システムを作り、試作品による実証実験を経て、2030年に実用・量産化に至る道筋を描いている。さらに、定置用の大規模蓄電池の次の展開も見据えているという。

定置以外に多くの人・荷物を運搬するモビリティも電動化が進んでいます。船舶の場合、かなり大きな蓄電池を積む必要があり、万が一にも海上で発火すると、大惨事になります。そういった意味で、蓄電池には高い安全性が求められ、水系電池が求められる土壌は十分にあります(八木氏)

八木氏は、水系電池を含めた東芝の電池事業が目指すべき姿を次のように語る。

東芝は、今回ご紹介した高安全な水系電池以外にも、リチウムイオン電池の健全性を診断し安全に使いこなす劣化診断技術も有しており、これらサイバーとフィジカルの技術を活用しながら、蓄電池の活用されるシーンでの価値を総合的に高めていきます」(八木氏)

保科氏は、水電池の研究に携わることに大きなやり甲斐を感じているという。

水系電池は、これまで研究段階でしか存在しませんでした。それを製品化するのは、非常に挑戦的。だからこそ、研究者としてやり甲斐があります。私は、学生時代から電池研究一筋を貫いてきました。今後も、ここを極めていきます。水系電池という安全な電池を生み出して、社会課題の解決に使われれば、これほど嬉しいことはありません」(保科氏)

水系電池を手掛ける八木氏、保科氏の研究室では、次世代の蓄電池として、ニオブチタン酸化物負極を用いたハイパワーかつ長寿命な二次電池の研究開発も進めている。これが実用化されれば、長寿命や大電流での入出力が可能になり、EVの総走行距離の延長や超大型モビリティに求められる急速充電が実現する。水系電池と併せて蓄電池の可能性が広がり、持続可能な社会に向けて活用されるだろう。その未来を、東芝の蓄電池の研究・開発が担っている。

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