地域社会の安全を犯罪から守れ!危険物を1秒以下で漏れなく検知するシステムを開発! ~東芝の「ミリ波レーダ」技術とは

2024/05/29 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • ミリ波レーダで、人流を止めずに多様な危険物を1秒以下・高精度で発見できるウォークスルー検査システムを開発!
  • センサのモジュール化により、導入する環境やニーズに応じて様々な設置形態を実現!
  • ソフトウェア・ディファインドの発想で、顧客の多様なニーズに合わせてカスタマイズが可能!
地域社会の安全を犯罪から守れ!危険物を1秒以下で漏れなく検知するシステムを開発! ~東芝の「ミリ波レーダ」技術とは
※2023年度CEATECで当該技術が総務大臣賞を受賞

 

世界の様々な場所で、一般人を巻き込む事件が発生している。警備が緩くなり得る「ソフトターゲット」と言われる大規模な集客施設や公共交通機関などで、悪意を持つ個人が多数の人を巻き込む。とはいえ、公共空間で人の流れを止めてセキュリティ検査をすることは現実的には難しい。

 

こうした課題を踏まえて東芝が開発したのが「ミリ波レーダによるウォークスルー検査システム」だ。2023年に行われたアジア最大級のIT・エレクトロニクスの展示会・CEATECでは、短時間・高精度・納入先に合わせ多目的に使用可能など、これまでにない価値が評価され、総務大臣賞を受賞。研究開発と技術戦略の絶妙な連携によって実現できた経緯や、このシステムが目指す「空間セキュリティマネジメントソリューション」について、プロジェクトの中心を担った2人が語る。

公共空間のセキュリティニーズの高まりに応えたい!

昨今のセキュリティ課題に対して監視カメラの配備が進んでいるものの、凶器を衣服の中に隠されると検知不可能などの問題がある。だからといって、イベント会場の保安検査のように金属探知機を活用すると、人々が行き交う公共空間で人流を止めることになり非現実的だ。

 

こうしたセキュリティ課題を解決するため、東芝が開発したのが「ミリ波レーダ」を軸とする「ウォークスルー検査システム」である。高い検知精度はもちろん、ビルや商業施設、テーマパークなど多様な空間で運用できる柔軟性も備えた、画期的なシステムだ。

 

東芝のウォークスルー検査システムは、人流を止めずに高精度の検査が可能

東芝のウォークスルー検査システムは、人流を止めずに高精度の検査が可能

「日本を含む多くの国々で労働人口が減少し、警備人員の確保が難しくなると予測されます。一方、日本のインバウンド再拡大など、人々の安心・安全を守るニーズは高まるはずです公共空間の利便性を維持し、不審物を早く確実に検知するセキュリティシステムを早急に実用化するべきと、強く意識していました

 

こう当時を振り返り言葉に力を込めるのは、ウォークスルー検査システムの開発を担った森浩樹氏だ。

 

株式会社東芝 Nextビジネス開発部 イノベーションラボラトリー 空間セキュリティプロジェクト 森 浩樹氏

株式会社東芝 Nextビジネス開発部 イノベーションラボラトリー 空間セキュリティプロジェクト 森 浩樹氏

「短時間かつ高精度の検知」、両立が難しい2つの機能を搭載!

この検査システムの特徴は、大きく3つに整理できる。それらは、①人流を止めずに多様な危険物を1秒以下で発見できる高い検知精度、②センサのモジュール化により、導入する環境やニーズに応じて様々な設置形態を実現できること、そして③高度な専門知識を必要としない構築・運用の容易性だ。それぞれ具体的に見ていこう。

 

東芝のウォークスルー検査システムの特徴

東芝のウォークスルー検査システムの特徴

第1の特徴の「人流を止めずに多様な危険物を検知」を支えるのが、ミリメートル単位の波のレーダを活用した高精細な画像生成技術である。

 

レーダ検知技術としては、マイクロ波を用いた装置が普及しているが、数秒間の立ち止まり検査が必須だ。金属探知だと、検査時間が短くなるものの、爆薬やガソリンなど金属以外に対応できない課題がある。

 

短い時間で多様な危険物を検査できる技術として、森氏が着目したのがミリ波レーダだった。ミリ波レーダは、衣服は通過するが、銃やナイフなどの金属には反射し、爆薬などの粉体に吸収(散乱)される性質がある。この特徴を生かせば、危険物を高精細に画像化し、検知できると考えた。

 

ただし、実用化にはハードルもあった。

 

「高精細な画像を作るには、レーダで検知する面積当たりのセンサを増やす必要があります。これは、検査時間を短くするには不利です。また、アンテナも増やす必要がありコストも掛かってしまいます。しかし我々としては、何としてもミリ波レーダできれいな画像を瞬時に描きたかった。検知精度が間違いなく上がるからです」(森氏)

 

ミリ波レーダにこだわった他の理由として、低コストがある。自動車の衝突防止の技術としてミリ波レーダが普及し、それを送受信するセンサの高性能化と低価格化が進んでいた。あらゆる公共空間で広く採用してもらうために、コスト面にも配慮したいと考えた。

 

2018年頃から森氏と若手研究員は、いかに短時間で高精度に検知するかアイデアを出し合い、試行錯誤しながら最適な方法を探った。画像を瞬時に作るには、センサを大幅に減らす必要がある。通常だと半波長間隔(ミリ波の場合は数ミリ間隔)でセンサを設置するが、これでは時間が大幅に掛かる。森氏らはセンサ間隔を広げて設置しても、2つの異なる間隔パターンで測定した画像を合成することで虚像のない通常と同じ画像を生成した。それだけではない──。

 

異なる波長を組み合わせて対象物以外の箇所を除き、危険物を高精度に検出する

異なる波長を組み合わせて対象物以外の箇所を除き、危険物を高精度に検出する

さらに、レンズを搭載したのと同等のソフトウェア処理を行い、画像の精度を一層高めました。私たちは人工衛星から届く電波の信号処理にも携わっており、その経験からソフトウェアのレンズ処理をミリ波レーダに応用するアイデアを思いつきました」(森氏)

 

これらを集約した結果、高精細の画像を1秒以下で生成することに成功したのである。

 

ミリ波レーダをソフトウェア処理することで、画像精度がさらにあがる

ミリ波レーダをソフトウェア処理することで、画像精度がさらにあがる

第2の特徴「モジュール化で、設置場所の使用環境やニーズに合わせて、様々な運用形態を実現」関しては、低コスト化が進むミリ波レーダICを活用し、これを複数接続してモジュール化することで性能を高めると共に、利用場面に合わせて配置の自由度を高められた。モジュールの連結数や連結方法を変えるだけで、門タイプから通路タイプの検査装置まで、顧客の要求する設置方法や検査精度に柔軟に対応できる。

 

独自モジュールの利用で多様なシステム化を実現

 

誰でも簡単に使える運用を目指して。「5分の電話」から始まった戦略

そして第3の特徴「構築・運用の容易性」では、検査装置が適切な値を示すようAIで自動調整するなど、誰でもどこでも専門知識不要で設置できるよう配慮した。検知技術が優れていても、運用しにくかったり専門知識が必要だったりすれば普及しにくい。そうした運用の課題を、研究開発と技術戦略の部門が密接に連携して解決してきた。

 

「きっかけは、私が森さんに『5分だけ話せますか?』とお電話したことでした。結局、1時間近くも議論することとなりましたが、それがモジュール化やAI自動調整の構想につながっていきました」

 

当時の経緯を笑顔で話したのは、プロジェクトのスケール化戦略を担当した垣貞恵美氏だ。垣貞氏は、一目見てミリ波レーダ技術が素晴らしいとわかった。しかしその一方で、運用面にハードルがあると感じたという。

 

株式会社東芝 技術企画部 先端技術戦略室 垣貞 恵美氏

株式会社東芝 技術企画部 先端技術戦略室 垣貞 恵美氏

「最初のデモンストレーションでは、森さんたち研究員が手間と時間をかけて検査装置の設置及び調整作業をしていました。ミリ波レーダ技術があらゆる公共空間で活用されるには、専門知識が必要なのはネックになると思いました」(垣貞氏)

 

そこで垣貞氏が提案したのが、「ソフトウェア・ディファインド」の概念を取り入れることだ。ソフトウェア・ディファインドとは、ハードとソフトそれぞれの役割を整理し、ハードが担ってきた機能をソフトで実現し、ハードだけでは難しい付加価値をソフトとの連携で創出するという発想である。例えばスマートフォンは、ハードを買い換えなくても、OSを定期的に更新し最新のアプリをインストールすれば最新機能を享受できる。

 

ソフトウェア・デファインドの考え方を取り入れたことで、カスタマイズはソフトウェアで対応できるようにした

 

「モジュールの設置が大変なのは、もちろん承知していました。一方で東芝は、AIでも多くの知見を蓄積しています。そこで、『門タイプ』や『通路タイプ』など型に合わせて現場のデータをアップロードし、AIで設計数値を自動算出できれば課題解決できると、森さんに伝えしました」(垣貞氏)

 

「最初に聞いたときは、実現は難しいと感じました。しかし、『調整作業が大変なのだとすれば、それこそが価値なんです』という言葉を聞いてハッとしました。たしかに、誰もが難しいと思うことをいとも簡単にできる仕組みがあれば、それが検査システムの普及の原動力になり、実用化・商用化にもつながっていくはず。早い段階で課題を共有できたおかげで、その後の連携もスムーズにできました」(森氏)

 

当時の連携の様子を振り返る、垣貞氏(左)と森氏(右)。

当時の連携の様子を振り返る、垣貞氏(左)と森氏(右)。

垣貞氏は、前職でスマートフォン事業のスケール化で活躍してき経歴を持つ。ハードの知見を持ちつつ、その力を最大限に引き出し、社会で広く使われるためのソフトの活用にも詳しい。

 

「人材の多様性は、東芝の大きな強みです。森さんのようにハードの技術に優れた研究者もいれば、私のような従業員もいて、だからこそイノベーティブな発想が生まれるわけです。様々な専門性を持つ仲間がいる中で大切にしたのは、相手を心からリスペクトする姿勢でした。リスペクトを前提にし、少しずつ歩み寄った結果、ハードとソフトを深く融合させた画期的な検査システムを生み出せました。CEATECでの総務大臣賞受賞はその結果だと思っています。ブースでは様々な方に興味を持って頂き、私たちの想像以上に様々な活用方法があるのではないかと、今から楽しみです。」(垣貞氏)

 

2023年度CEATECでは当該技術が総務大臣賞を受賞し、たくさんの方々がブースを訪れた。

2023年度CEATECでは当該技術が総務大臣賞を受賞し、たくさんの方々がブースを訪れた。

さあ、空間セキュリティのプラットフォームビジネスへ!

ミリ波レーダによるウォークスルー検査システムは、2026年に上市する計画だ。2024年は、実証実験を本格化させていく。

 

実用化に最も必要なのが、実証データを積み上げること。まずは様々な環境で実証していきます。また、危険物は日進月歩で変化していて、素人が凶器を自作する例も出ています。AI活用も含めて、検知精度を高める工夫も積極的に取り入れています。

 

さらに、鉄道や警備など、実際に運用する顧客企業と協議を重ねていきたい。それぞれ利用環境も検知したい対象物も異なるので対話の中でニーズを酌み取り、最適なソフトや機能を提供していきます」(森氏)

 

このプロジェクトは、開発・運用環境をオープン化し、多様な企業との共創で安心・安全な空間を実現するプラットフォームビジネスを構想している。検査装置を売ったら終わりではなく、プラットフォームを通じて空間セキュリティのソリューションを継続的に提供していくサービス型のビジネルモデルだ。

 

ソフトウェア・ディファインドの発想を取り入れているから、プラットフォームを通じて継続的にセキュリティ機能を高めたり、顧客の多様なニーズに合わせてカスタマイズしたりが可能です。顧客によっては、イベント開催時など検査装置を一時的に使いたいケースもあるので、東芝がリース企業とパートナーシップを組み、ハードはリースの形で提供する方法も考えられます。その他、セキュリティ関連アプリや警備の企業なども巻き込んで、多様な企業が集うパートナーシッププログラムを作っていきたいです」(垣貞氏)

 

開発・運用環境のプラットフォームをオープンにすることで、多様なパートナーと価値を共創する

開発・運用環境のプラットフォームをオープンにすることで、多様なパートナーと価値を共創する

 

最後に、今後の展望を2人に語ってもらった。

 

「私が掲げる目標は、多くの人に評価いただいて『東芝のセキュリティシステムが最強だ』と言ってもらえること。それは検知精度の高さだけではありません。何の違和感もなく普通に暮らしながら、気づかないうちに安心・安全が守られる。そんなセキュリティシステムが理想であり、ぜひ東芝が実現したいですね」(森氏)

 

「私は、東芝におけるソフトウェア・ディファインドの推進者という立場にあります。ミリ波レーダによるウォークスルー検査システムを、一つの成功事例にしたいです。今後さらに魅力的なソリューションを生み出し、東芝の仲間が暮らしを豊かにしていく一助になります」(垣貞氏)

 

森氏(左)と垣貞氏(右)のカット

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