解読されない未来――量子暗号通信が描く新たな世界 ~理念ストーリー We are Toshiba~
2025/03/07 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 理論上盗聴が不可能な量子暗号通信の研究に携わっている
- まだ世の中にないものをつくり出す面白さを感じ、仕事に取り組んでいる
- 仕事をする上で大切にしていることは、なぜこの仕事が必要なのか、未来にどんなインパクトを与えるのかを考えること

安心なデジタル社会をつくるため、量子技術に挑む一人の研究者の情熱がある。東芝グループの理念や価値観を体現し、社会に新たな価値を創出する「理念ストーリー」シリーズ。今回は、研究開発センターで量子暗号通信の研究に携わり、社会実装への道を拓く高橋莉里香氏に焦点を当てる。未踏の技術分野で挑戦を続ける中、未来を思い描くスタンスが指し示す、新たな挑戦とは。
次世代セキュリティの革新――量子技術がもたらす安心の形
社会の安心・安全を支える技術として、量子力学の原理を応用した「量子技術」が注目を集めている。量子コンピューティング、量子センシングなど、応用分野が広がりを見せる中で、現代のセキュリティ課題を解決し、社会を大きく変える可能性を秘める技術として期待されるのが「量子暗号通信」である。

「量子暗号通信」とは量子力学の性質を利用して暗号鍵を安全に共有する技術。
重要なデータの安全な通信への活用が見込まれており、金融、医療、行政など、私たちの暮らしに直結する分野で、通信セキュリティを根本から革新する可能性を秘めている。研究開発センターで量子暗号通信の研究に携わる高橋莉里香氏が、この「絶対に安全な通信を可能にする技術」を解説する。
「現在、電子商取引やネットバンキングで使われている暗号技術は、暗号を解く計算が非常に複雑だから安全であるという『計算量的安全性』をベースにしています。具体的には、現在のコンピューターで素因数分解の問題を解くのは膨大な時間がかかるため、事実上安全だとされているのです。しかし、極めて計算能力の優れた量子コンピューターが実現すると、これまで難解とされていた暗号も短時間で解かれる可能性があります」

コンピュータ&ネットワークシステムラボラトリー 高橋 莉里香氏
量子暗号通信は、安全性の考え方そのものが根本的に異なる、と高橋氏は続ける。
「量子暗号通信は、量子力学の原理に基づいて、『盗聴の恐れがない』と保証された暗号鍵を安全に共有できます。このため、計算能力が非常に高いコンピューターでも解読ができません。理論上破られない安全な通信セキュリティが実現するのです」

東芝は1999年、東芝欧州社のケンブリッジ研究所で量子暗号の研究を開始した。以来、この分野のパイオニアとして、世界をリードする技術を実証している。現在も、ケンブリッジ研究所や国内研究所で社会実装に向けた取り組みが進む。高橋氏も、その最前線に立つ一人だ。
「量子暗号通信の研究は、物理学や量子力学だけに留まらず、システム設計やソフトウェア開発など、多くの分野の専門家が力を結集する場です。その多様性があるからこそ、まったく新しい技術を社会に実装していくことができるのです。私も研究に従事しながら、そのプロセスの面白さを日々実感しています」
「まだ世の中にないものを作ってみないか」ゼロからイチを生み出す面白さに惹かれ入社を決意
量子暗号通信技術に向き合う高橋氏は、大学時代、バスケットに熱中していた経験からスポーツ分野での戦略分析や動作解析にも関心を寄せていた。「たとえば、野球の試合で次の戦略をどう立てるのが最適かを確率論で解析するようなアプローチに魅力を感じていました」と振り返る。
一方で、研究室ではオペレーションズ・リサーチや数理最適化をテーマに、交通システムの時刻表の最適化に取り組んだ。転機となったのは、大学で受講した暗号に関する講義だった。暗号技術を数学的に解説する授業を通じて、セキュリティ分野に興味を抱くようになり、現在の研究分野につながる道が開かれたという。
「平文(暗号化されていない文章)を数式にかけて暗号文に変え、さらに復号して元に戻す――そのプロセスは、まるでマジックのように見えました。それまで学んだ数学が、情報を守るために役立つ技術として活用されていることを知り、私もこの分野で研究に携わりたいと考えるようになったのです」

ちょうどその頃、日本では量子暗号通信技術の社会実装に向けた取り組みが本格的に進み始め、ソフトウェアやシステムの開発がスタートしていた。東芝から「まだ世の中に出ていないものを作ってみませんか」との誘いを受けた高橋氏は、この分野での挑戦を決意。学生時代から抱いていた「セキュリティに関連し、課題を解決する技術に携わりたい」という思いを現実のものにし、新たな研究フィールドに足を踏み出した。
「この分野が新しく、挑戦できる余地が多いことに魅力を感じています。ゼロからイチを生み出す過程に携われるのがこの仕事の面白さです。前例がないからこそ、自由な発想で取り組める。自分たちで技術を組み上げ、未知の世界を切り開くプロセスは非常に刺激的です」
2017年にはイギリスのケンブリッジ研究所と連携し、量子暗号通信の実証実験を行った。従来の1対1の通信を超え、ネットワーク化するという画期的なアイデアを実証に結びつけたことは、研究者ライフでも忘れられない一コマだ。
「実証実験の成果を見て、『この技術が本当に社会に役立つ形になりつつある』と実感が湧きました。ケンブリッジでの活動を通じて得たのは、異なる専門性を持つ研究者たちとの交流から生まれる新しい視点とアイデアです。メンバーは物理学や量子力学に特化しており、彼らとの意見交換で多くの刺激を受けました。このような多様な分野の力が結集する環境は、東芝ならではの魅力だと思います」
東芝が長きにわたり蓄積してきた量子暗号通信の技術は、いまさらなる進化を遂げている。高速化や長距離化、多重化※などを実現する先端技術が次々と生まれ、量子暗号通信領域のフロントランナーとして走り続ける。
「こうした研究基盤があるからこそ、量子暗号通信の社会実装を進められている、と感じます。これまで積み重ねてきた努力が実を結ぶ瞬間を見られるのは、この仕事の大きなやりがいです」
※ 多重化:異なる波長の光を用いて複数の量子鍵配送チャネルを同時に伝送するなど、複数の情報チャネルを同時に伝送する技術のこと

未来を見据えた技術の研鑽――安心・安全なデジタル社会の未来を描く
量子暗号通信がもたらす社会的価値を最大化するには、まず重要な通信インフラや基幹拠点への導入が欠かせない。金融、医療、政府機関といった、データの安全性が特に求められる分野で、この技術の高度なセキュリティに期待が寄せられている。
「量子暗号通信は、これまでの暗号化技術では対応しきれないリスクへの解決策を提供します。今後、データの安全性を守る新たな基盤として、多様な分野に大きなインパクトを与えるでしょう」
しかし、社会全体への普及には乗り越えるべき課題が多い。特に、従来の1対1通信を超え、1対多や多対多の通信を可能にする量子暗号通信のネットワーク化が不可欠だ。ケンブリッジや日本での実証実験では、このネットワーク化の実現を目指し、バケツリレー方式(コンピューターが次々と情報をバトンタッチして送り出す方法)や高度なネットワーク構築技術の開発に取り組んできた。
「バケツリレー方式によるネットワーク構築技術は、多拠点間での量子鍵配送を効率化し、より安全な通信を可能にします。こうしたネットワーク技術の研究が、量子暗号通信を広く社会に浸透させるための鍵になるでしょう」
これらのネットワーク化を実現するためには、チーム全体が課題解決に向けた共通の意識を持つことが欠かせない。そこで高橋氏は、「俯瞰視点」を強く意識しているという。個々の研究が全体にどう貢献しているかを把握する。それは研究者としてモチベーションを高め、チーム全体の推進力も増強することにもつながる。
「研究者としての成長を目指すと同時に、リーダーとしてチームをまとめ、メンバーの力を引き出す存在でありたい。そのためにも、これまで大切にしてきた価値観や取り組み方を他のメンバーと共有することを意識しています」

量子暗号通信の普及を進めるには、次世代の技術者たちがこの分野をさらに発展させることが求められる。東芝が20年以上にわたり蓄積してきた量子暗号通信のノウハウを次世代に継承することも、高橋氏の重要な使命の一つだ。
量子暗号通信は、今まさに社会への浸透が進む新しいテクノロジーだ。この技術を通じてデジタル化が進む社会に安心と安全をもたらす。それが高橋氏の目指す未来であり、後進や次世代に託したいメッセージでもある。
「なぜ自分がこの仕事をしているのか、これを達成したら社会にどんなインパクトを与えられるのかを考えること。まさに、東芝グループ理念体系の中の「私たちの価値観」の一つ、「未来を思い描く」が根底になっており、私のモチベーションになるのです。その考え方と、行動の積み重ねが、量子暗号通信を通じた社会課題の解決につながると信じています」
研究者としての目標についてたずねると、高橋氏は「自分にしかできない価値を生み出すこと」と答え、視線を前に向けた。「やりきる」「愉しむ」姿勢を忘れず、どんな課題にも粘り強く取り組む。それが社会への貢献に直結する、と確信する。
「自分の興味や関心に意識的であること。それが、『自分ならではの色』を見つけることにつながります。自分の強みや特徴を活かすことで、どんな業務も単なるタスクではなく、自分が反映されたやりがいのある仕事に変わるのです」
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