日本初の白熱電球 暗闇を照らす一筋の光

2015/10/21 Toshiba Clip編集部

日本初の白熱電球 暗闇を照らす一筋の光

私たちの暮らしに欠かせない「明かり」。1879年10月21日、エジソンによって世界で初めて実用的な白熱電球が開発され、その偉業を称えるとともに照明のもつ意義をあらためて認識するため、毎年10月21日は「あかりの日」に制定されている。

 

照明技術は人類の生活に劇的な変化をもたらした。日本においては、エジソンの指導を受けた藤岡市助の尽力により1890年に日本初の白熱電球が誕生した。今回は、その進化の歴史を辿ってみたい。

日本初の白熱電球

下の写真を見ていただこう。これが藤岡家から寄贈された日本初の白熱電球だ。

日本初の白熱電球

JR東日本川崎駅直結の東芝未来科学館では、ヒストリーゾーンとして、創業者の田中久重と藤岡市助の生涯や、「日本初」「世界初」となった東芝製品の展示を行っている。日本初の白熱電球は一体どんなものだったのか。本館アテンダントにその誕生の秘密を訊いた。

 

「日本初の白熱電球は、フィラメントの部分に京都の石清水八幡宮の竹が使われており、これはエジソンが使ったものと同じものです。エジソンは世界中から7,600種類もの素材を集めて、ようやく京都の竹にたどり着いたといわれています。

 

竹ひごを炭化させて光らせるというものなので、当時はこのフィラメントが焼き切れることが電球の寿命となっていました。

 

また、初期の電球は、電球の先にチップと呼ばれる角のようなものがついているのも大きな特徴です。このチップは、当時の技術では真空をつくるときにどうしてもできてしまうもので、故意につけたものではありませんでした。

 

しかし、破損や怪我の原因となってしまったため改良が重ねられ、現在のような丸い形となりました」

初期のチップ付き電球
初期のチップ付き電球

展示では実際に当時の電球に明かりをつけることができるが、その光量は明るい展示ルームの中では、目を凝らすことでようやく確認できるほどの非常に弱いものだ。しかし、ここから様々な工夫が加えられ、徐々に現在のような明るい電球へと進化を遂げることとなる。

点灯前
点灯前
点灯後
点灯後。わずかに明かりが灯っている。

ランプの「世界6大発明」

白熱電球は登場以来、明るさはもちろんのこと、さまざまな工夫がなされていった。白熱電球が製品化され、主力商品として活躍したのが 「マツダランプ」と呼ばれる電球だ。商品のネーミングはゾロアスター教の主神で光の神でもあるアウラ・マツダから来ている。さらに電球には「ランプの世界6大発明」と呼ばれる画期的な発明があるが、 そのうちの2つを東芝が保有している。

 

「 ひとつめの6大発明は、世界初の二重コイル電球です。こちらは三浦順一によってつくられ、フィラメントが2つ使われているのが特徴です。これにより、ガスによる熱消失を低減し、電球の効率を飛躍的に高めることができました」

世界初の二重コイル電球
世界初の二重コイル電球

もうひとつの6大発明は、世界初の内面つや消し電球です。電球の改良が進み明るさが増してくると、だんだんとまぶしさが問題となってきました。こちらの電球では内側をすりガラスにすることで、柔らかい光であたりを照らすことができるようになりました。これが現在の電球の原型になっています」

世界初の内面つや消し電球
世界初の内面つや消し電球

電球開発から産み出された新製品たち

電球開発には当時の最新技術が使われていた。電球製造や改良を進める過程で得た技術をもとに、新たな製品が開発されることもあった。また白熱電球自体が使用されたユニークな製品も誕生する。

 

「東芝には日本初の製品が白熱電球以外にもいくつかあるのですが、そのひとつ、医療用レントゲン装置に使われるX線管は電球製造で培った真空技術や管球技術を使って完成しました。こちらの製品は今年で100周年を迎えます。

 

また、少しユニークな製品にはなるのですが、日本初の扇風機もそのひとつです。実はこの製品には、本体に電球がついているんです。スイッチ一つで風と明かりを使えるというのが長所ですが、なぜ電球がつけられたかは定かではありません。

 

当時電気を使うということはまだ日常的なことではなかったので、電気を使う機械だということをアピールする狙いがあったなどいろいろな説がありますが、現在では、直流モーターが使われており電流が不安定だったため抵抗としてつけた、という説が一番有力だとされています」

日本初のX線管
日本初のX線管。電球製造で培った真空技術や管球技術が活かされている。
日本初の扇風機
日本初の扇風機。本体に電球がついている。

「灯具」から「LED」へ。変わる明かりの未来

明かりは生活文化の原点として、古くより重要な役割を果たしてきた。日が落ちてからも人類が活動できるのは、明かりの力によるところが大きい。

 

日本では、昔から照明を総称して「灯具」と呼んでおり、古代期から江戸末期までの長い間、菜種やゴマからとった植物性の灯油を灯火器に入れて、裸火で使用していた。明治に入ってからは、ガス灯や石油ランプ灯、アーク灯といった3種の光源が登場し、街灯として暗い夜の街を照らした。

 

明治20年には一般家庭にも配電が開始され、その3年後に日本初の白熱電球が誕生。当初は先述の通り低照度であったものの、その輝きと手軽な操作、そして安定した明るさは世の中を一変させた。明治25年には水力発電が開始されたこともあり、広域配電化や低料金化が実現。それにならい電球も低価格化が進んだ。明治に入り照明の役割は「用具」という立ち位置から「設備」へと変化した。

 

その後、二重コイル電球や内面つや消し電球といった世界的な発明がなされ、長寿命化、高照度と電球は飛躍的な進化を遂げていった。電球は明かりとして万能性を獲得し、明治末から昭和半ば過ぎまで白熱電球最盛の時代となる。

 

しかし、昨今では環境への配慮が求められているため、照明にも環境との調和を追求する動きがある。 省電力で長寿命を実現したLED照明の登場は、その最たる例だといえるだろう。

 

東芝でも、平成22年をもって電球の生産を終了した。日本初の白熱電球を開発した当社が生産をやめることには一抹の寂しさを覚えるが、明かりはこれからも進化をしていかねばならない。白熱電球が人々の生活を一変させたようなめざましい活躍を、今後生まれてくる新しい照明に期待したい。

電球型LEDランプ
電球型LEDランプ

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東芝未来科学館:1号機ものがたり

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