5Gの縁の下の力持ち 高速無線を実現する東芝の技術とは

2020/08/05 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 5Gはどのような流れで私たちまで届くのか
  • 5Gを支える縁の下の力持ち「バックホールリンク」とは
  • 無線技術の課題を解決したのは地デジや無線LANで培ってきた技術
5Gの縁の下の力持ち 高速無線を実現する東芝の技術とは

「VRでスポーツ中継が楽しめる」「スマートフォンの通信速度がさらに速くなる」といった利用シーンが提示され、次世代通信規格「5G」への期待が高まっている。商用化も着々と進むが、工場で各種センサーをつなぐスマートファクトリー、モビリティの自動運転なども視野に入る。5Gはモバイル通信にとどまらず、あらゆるモノをつなげるIoTのインフラになり、様々な産業で進むデジタルトランスフォーメーションの基盤になるものだ。

 

2時間の映画コンテンツが数秒でダウンロードできるという「超高速」、情報のやり取りの遅延時間が1/1000秒という「超低遅延」、自宅の一室でも約100個規模のデバイス・センサーがネットにつながる「多数同時接続」――これが5Gの特長だ。特に、「超高速」では、これまでの移動通信に比べて約100倍以上のスピードになるといわれている。

 

東芝はデジタル放送、無線LANで蓄積した技術を生かした高速無線技術により、5Gの通信インフラを支えるべく取り組んでいる。その一つが「超高速無線バックホール通信技術」。5Gのネットワークをつなぐ中継回線を無線化し、超高速データ通信を支えるものだ。研究開発センターで本技術に取り組んだメンバーに解説していただこう。

 

株式会社東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー 内田大輔氏

株式会社東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー 内田大輔氏

 

5Gならではの超高速通信を支える技術とは

5Gの裏側を支えるテクノロジーを開発したのは研究開発センター ワイヤレスシステムラボラトリーの内田大輔氏だ。内田氏らは5Gの特長の一つ「超高速」に着目した。

 

「5Gのネットワークで、いかにして超高速を実現するのか? いろいろな手法が模索されていますが、最も注目されているのが使用する周波数の帯域幅を広く取ってスピードをアップさせるというものです。広い帯域を使うとなると今まで3Gや4Gで利用していた周波数帯域では難しいので、さらに高い周波数帯を使おうとしています。その周波数帯をミリ波帯といいます。」

 

ミリ波は移動通信では初めて用いられる周波数帯だが、伝送距離があまり伸びないのが難点とされている。このため、ネットワークでは基地局を密に設置しなければならず、多大な設置コストがかかるのだ。

 

詳しい解説に入る前に、5Gがスマートフォンなどの携帯端末に届くまでの流れを説明しよう。まず、スマートフォンと基地局の間で通信を行なう「アクセスリンク」がある。基地局は、ご存じの通りビルの屋上などにアンテナが設置されているもの。スマートフォンなどの端末はこれらの基地局と無線で通信を行っている。一般的にイメージするのがこのアクセスリンクだろう。
実はスマートフォンと基地局が通信しているのと同じように、基地局もコアネットワークと呼ばれる基幹回線網を介してインターネットと通信している。基地局とコアネットワーク間での通信を「バックホールリンク」という。
まとめると、スマートフォンがアクセスリンクを通じて基地局と通信し、基地局はバックホールリンクを通じてコアネットワークを介し、インターネットと繋がる流れだ。

 

5G通信システムの流れ

5G通信システムの流れ

なかでも、様々なデータの取得、セキュリティ管理などはコアネットワークで提供される。コアネットワークで障害が起きると通信に不具合が生じるため、バックホールリンクは高い信頼性、高速性が要求される。

 

内田氏らが着目したのは「バックホールリンク」だ。大容量データがやり取りされる5Gを高速化するためには、アクセスリンクだけではなく、バックホールリンクの高速化が欠かせない。

 

「これまで、バックホールリンクは有線の光ファイバーで接続されてきました。日本は諸外国に比べて光回線の敷設率が高いものの、山間部などの光ファイバーの敷設が困難なエリアでは新たに基地局を設置しなければならず、多大な設置コストがかかります。そこで、研究開発のターゲットをバックホールリンクの“無線化”に絞りました」(内田氏)

 

バックホールリンクのイメージ

バックホールリンクのイメージ

 

前述の通り、5Gの超高速通信はミリ波を利用するのが望ましい。しかし、ミリ波は電波が遠くまで届かず、長距離の通信が難しいのが難点だ。内田氏らは「ミリ波による無線で、さらに遠くへ電波を飛ばす」試みにチャレンジ。それが、今回の「5G向け超高速無線バックホール通信技術」である。

 

ミリ波を遠くへ飛ばすためのブレイクスルー

東芝は、本技術において、5Gに求められる通信速度をクリアする伝送速度20Gbpsを達成しており、実際の通信距離に換算して5kmにあたる距離でミリ波を飛ばすことができた(注)。この技術によってバックホールリンクを接続する光ファイバーなど有線ケーブルは不要になり、工事費やメンテナンスが削減できる。これは5Gのサービス対象カバーエリアの拡大に大きく貢献するものだ。

 

バックホールリンク無線化のメリット

バックホールリンク無線化のメリット
注:フィールド試験における距離は900m。受信側に減衰を付加する部品をつけており、大気中の伝搬と減衰を合わせると、実際の通信距離に換算して5kmの伝搬が模擬できるようになっている。

 

「私がプロジェクトに加わり、技術の検討を始めたのは2016年のこと。そこから環境をモデリングしてシミュレーションを進め、2017年には実機を試作して実験室でトライアルし、2018年夏、そして2019年の3月にはイギリスにてフィールド試験を行い、20Gbpsという伝送速度を達成しました。2019年12月にはアメリカ・ハワイで開催された『Globecom2019』という通信系の学会のなかでも権威ある国際会議で本技術の先進性について発表することができました」

 

20Gbpsという伝送速度を実現するためには高い障壁があった。電波が減衰しやすいミリ波は遠くへ飛ばすと、アンテナで受信する無線信号が劣化し、高品質に信号を伝送することが困難になることだ。

 

まず、内田氏らが着目したのがMIMO(Multiple Input Multiple Output)。これは送信側・受信側のそれぞれに複数のアンテナを持たせて、複数の異なる信号を送受信することで無線通信を高速化する技術だ。MIMOでは、ビルなどの障害物による複数の反射波を受信側でキャッチし、信号を分離することで、高速で安定した通信を行なう。つまり、これまでのMIMOは、ビルなどの電波の反射が通信性能に寄与していた。

 

しかし、5Gで普及を目指す無線バックホール通信では電波を反射させる障害物がほとんどない高所へのアンテナ設置が想定される。加えて、ミリ波を遠くへ飛ばすためには、電波の放射/受信方向を特定の方向に狭く絞る必要があり、そのことも反射波が少なくなる要因となる。この状態では信号が分離できず、超高速・大容量の5G通信を担保できないのだ。そこで内田氏らは電波を「垂直偏波」「水平偏波」の2つに分け、その違いによって安定して伝送速度を高める「偏波MIMO」という技術を採用した。

 

偏波MIMOの採用

偏波MIMOの採用

「電波には縦に振動する垂直偏波、横に振動する水平偏波があります。この2つの電波を使うことで、独立経路を確保して安定的に伝送速度を2倍にできるのです。この偏波MIMOを使って、20Gbpsのような高速伝送に対し、1km以上の距離で電波を飛ばした例は今まで報告されていません。私たち東芝は無線LANなどの研究開発でMIMO技術を培ってきたノウハウの蓄積があります。この実績を生かし、伝送速度の向上に向けたシミュレーションやフィールド試験に取り組んだのです」

 

地デジ、無線LANで培った研究が躍進のきっかけに

シミュレーションは順調に進行したが、実機を用いた実験室での試験は信号の劣化を回避するには、まだ超える壁があった。思うように信号が受信できず、5Gで求められる伝送速度をクリアできなかったのだ。

 

「5Gの通信で求められる20Gbpsともなると、一度に伝送する情報が多くなります。たくさんの情報を送るとノイズに弱くなるのは当然のことですが、広い帯域を使うミリ波では、すべての帯域で同じ特性を出すのが非常に難しいのです。そこで研究開発センターで知見を持つメンバーの知恵も借りて、偏波MIMOに広帯域歪補正技術を加えました。これは周波数ごとに補正し、すべての周波数の信号をうまく通すための技術で、安定した高速・大容量通信を担保することができます」

 

歪補正技術そのものは無線LANをはじめ、一般的な無線通信でも使われている技術である。東芝は地上デジタル放送や無線LAN、Wi-Fiの研究開発も重ねてきた。広域帯の歪み補正技術が初めて実用化されたのは地デジだが、この分野にも東芝には20年以上にわたる研究の蓄積がある。

 

イギリスで行なったフィールド実証試験では、ブレイクスルーとなった偏波MIMO・広帯域歪補正技術の2技術を駆使し、5Gでの実利用を視野に入れた結果が達成できた。本技術の発表以来、5Gサービスのカバーエリア拡大を目指す通信事業者とも打ち合わせをしながら、事業化へ向けた可能性を探っている。

 

「事業化には課題が山積しています。山間部などでの使用に沿うよう、実機の通信の安定性をさらに高めなければなりません。偏波MIMOに歪み補正を加えて課題を解決したように、今後も東芝が培ってきた技術が活用できるでしょう。期待の5Gを支える技術をさらにブラッシュアップさせていければと考えています」

 

東芝が地デジや無線LANの研究で培ってきた技術は、次世代の通信インフラでもいかんなく発揮された。私たちの生活、そして産業を一変させる5Gを縁の下の力持ちとして支えるべく、さらなる研究開発が進んでいる。

 

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