新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(前編)~

2020/12/14 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 発電ユニットを組み合わせた、30分単位の発電計画の必要性
  • 緻密な発電計画を可能にする、AI活用の多段階最適化手法とは?
  • 最適発電計画システムというイノベーションによる価値創造
新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(前編)~

夜空を見上げ、星々の輝きを見る。その輝きを美しいと感じる人もいれば、その瞬きから何かを知りたいと思う人もいる。人間が決して行くことができない遠くで何が起こっているのか、宇宙に何があるのか、それらを方程式から解明しようとする人たちがいる。

 

東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリーの吉田氏は、素粒子物理学の超対称性理論を研究し、宇宙を満たす物質の振る舞いを方程式(数理モデル)に置き換えてきた。その方程式は、これから起こる現象を予測することで価値を出す。そして今、吉田氏はその予測力を人工知能(Artificial Intelligence:AI)に備えさせ、ビジネスや社会の課題を解こうとしている。

 

東芝は50年以上にわたってAIを研究し、特許出願件数で世界3位、日本1位という実績※1を有する。その実績を支える技術者は、素粒子物理学、生物学などの多様な背景を持ち、入社後にAI技術・知識を身に付け、価値を生んでいる。このシリーズでは、そんなAI技術者たちのキャリア、研究、考え方などを紹介する。

 

※1 世界知的所有権機関(WIPO)発行「WIPOテクノロジートレンド2019」

AIで電力の安定供給と経済性の両立を実現する

壁のコンセントにプラグを差せば、いつでも安心して電気製品を使うことができる。これは、電力系統(電力を発電所から利用者まで届けるシステム)が、正しく機能しているからである。電力系統の安定には、電力需要と供給の適切なバランスが重要である。

 

しかし、刻一刻と変化する電力需要に合わせて、瞬時に発電量を調整することは難しい。発電所の出力は、自動車のアクセルのように瞬間的に加速を始めるわけではない。また、太陽光などの再生可能エネルギーは、自然条件によって発電量が左右されるため、需要に合わせて出力を調整することはさらに難しい。

 

ここに電力業界の環境変化が加わる。日本では、2016年の「電力の小売り自由化」により利用者が電力会社を選べるようになり、さらに2020年の「発電・送電の法的分離」では電力会社の発電・小売り部門と送電部門が切り離され、電気料金の適正化が図られている。このとき、発電事業者は、30分単位の発電計画を発電所ごとに作成する必要がある。なぜなら、電力需要に足りないと停電し、反対に過剰だと周波数の乱れなどで電力品質が低下するからである。

 

「最初、東京電力フュエル&パワー(現在の株式会社JERA)から、市場取引に対して競争力のある発電計画について東芝に相談がありました。このとき発電計画を立案する数理モデル(AI)のニーズがあると察知して、需給バランスと経済性がともに最適な発電計画を立案できるAIを使ったシステムを創ろうと考えました」

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー 研究主幹 吉田 琢史氏

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー 研究主幹 吉田 琢史氏

しかしながら、この新しいシステムは既存の数理モデルを当てはめれば事足りるものではなく、顧客の要望をそのまま反映したら計算効率が落ちるなど、多くの難題が待ち受けていた。なぜなら、30分単位の需要予測に発電量を合わせるには、多種多様な要因を考慮する必要があるからだ。具体的には、最大100台の発電ユニットの稼働を調整しなければならず、それぞれのユニットには熱効率、最大・最低出力、燃料費、環境規制などの基本条件が約100項目と、点検などによる起動停止、出力制限、稼働率目標などの制約条件が約60項目ある。すなわち、約160項目の個別条件がある発電ユニットの電力を足し合わせ、30分単位の需要予測に対してぴったりの電力計画を立案する必要がある。

最適火力発電計画技術図

2つの解法(AI)を組み合わせたイノベーション

吉田氏はチームリーダーとしてこのプロジェクトに取り組み、他の数理最適化の経験を生かしたり、既存資産としてある多種多様な数理モデルを変更したり、顧客ニーズに応えるべくメンバーと議論を重ねた。そして導き出されたのが、「ヒューリスティック解法」と「厳密解法」を組み合わせた多段階最適化手法だ。まず、ヒューリスティック解法で、発電ユニットの運転状態(起動・停止・運転パターン)のすべての組み合わせの中から、電力需要に対する燃料費を最も抑えた解答(ガイドライン解)を、基本・制約条件を緩和して短時間で確認する。次にそのガイドライン解を目印にして、現実条件において実際に取り得る運転状態の組み合わせ(実行可能解の領域)の中から、厳密解法でベストなもの(最適解)を絞り込んでいく。

最適な発電計画を実現する、多段階最適化手法

最適な発電計画を実現する、多段階最適化手法

高速にガイドライン解を出すヒューリスティック解法と、比較的時間のかかる厳密解法を組み合わせた独自技術により、総当たりだと発電ユニットの運転状態の合計を何千乗にもした計算量が必要なところ、30秒~3分で最適解を得ることに成功した。さらに、この最適発電計画システムは、現実世界を反映した500パターンを超えるシナリオをクリアし、もちろん約160項目の運用制約条件も満たしている。ここに、燃料コストの最小化を追求し、従来システムでは困難だった燃料情報(配船・在庫など)も反映した最適かつ総合的な発電計画が完成した。そして今、JERAが、需給計画システムとして活用している。

 

吉田氏たちの最適発電計画システムにより、電力の安定供給と経済性が両立し、その結果としてエンドユーザーにとって安い電気料金につながることが期待される。今後は、CO2削減などの要素を追加し、環境への影響と経済性をバランスさせるようにシステムの改善・拡張を継続していく。東芝は引き続き顧客と連携範囲を拡大し、IoT技術を応用したソリューション提案を推進していく。

 

チームでイノベーションをともに生み出した吉田氏は、どういった経緯で東芝でのキャリアを発展させ、AI技術者として成長してきたのか。そのスタイル、考え方について「新しい未来を始動させるAI技術者たち(2) ~リサーチャーだからできる、顧客提案がある(後編)~」で紹介する。

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