脱炭素社会の実現に向けた“陰の主役” -パワー半導体のこれから

2021/05/24 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 電力を供給・制御するパワー半導体は、脱炭素・省エネ社会実現のキーデバイス!?
  • 東芝パワー半導体の強みは、「モノづくり力」と「グループ連携」にあり!
  • 「大口径化による生産増強」と「次世代パワー半導体開発」で、パワー半導体は新たなステージへ
脱炭素社会の実現に向けた“陰の主役” -パワー半導体のこれから

2020年秋に日本政府が掲げた「2050年カーボンニュートラル」実現は、大きな注目を集めることとなった。内閣府が実施した「気候変動に関する世論調査」でも「脱炭素社会の実現に取り組みたい」という回答が91.9%を占めており、実現に対する国民の高い意欲が伺える。日本だけではない。アメリカでは、バイデン大統領が気候変動への取り組みを最重要政策の一つに位置づけ、2035年の電力脱炭素の達成と2050年以前の二酸化炭素ネット排出ゼロを表明。イギリスでも、2019年に改正された気候変動法の中で、2050年カーボンニュートラルを規定している。

日本だけでなく世界全体が、「脱炭素・カーボンニュートラル」に向けて動き出そうとしている。そんな世界の潮流ともいえる脱炭素の動きの中で、その実現に向けたカギとなる半導体がある。それがパワー半導体だ。今回は、脱炭素社会実現に向けた陰の主役・パワー半導体にスポットライトを当て、東芝デバイス&ストレージ株式会社の亀渕丈司氏に、事業戦略や背景を語ってもらった。

脱炭素社会のキーデバイス・パワー半導体とは

パワー半導体は、“パワー”すなわち電力を供給・制御する半導体だ。オン・オフを切り替えるスイッチの役割を持ち、このスイッチを高速でオン・オフすることで、直流と交流の変換や電圧の上げ下げ、周波数の変換などを行う。

「半導体を人間の身体の一部に例えたとき、プロセッサーやメモリーは脳と言われますが、パワー半導体は、心臓や筋肉の役割を果たします

東芝の半導体事業を指揮する亀渕氏は、そう説明する。

東芝デバイス&ストレージ株式会社半導体事業部バイスプレジデント 亀渕丈司氏(1)

東芝デバイス&ストレージ株式会社 半導体事業部 バイスプレジデント 亀渕 丈司氏

心臓や筋肉が人間の身体に必要不可欠であるのと同様に、パワー半導体も、テレビや洗濯機といった一家に一台はある家電製品から、鉄道や送配電設備といった社会インフラに至るまで、ありとあらゆる電気機器に搭載されている。そして電力を扱うパワー半導体の性能向上は、電力損失の低減に繋がり、機器の省エネ性能向上に直結する。脱炭素社会の実現に向けては、電力を生み出す際の脱炭素、すなわち再生可能エネルギーによる発電が注目されがちであるが、電力を無駄なく効率的に使用することも、同じように重要なポイントになってくる。パワー半導体は電力を“かしこくつかう”上での脱炭素に貢献するデバイスであり、これが「パワー半導体は脱炭素・省エネ社会のキーデバイス」と呼ばれるゆえんだ。

パワー半導体はあらゆる電気機器に搭載されている

パワー半導体はあらゆる電気機器に搭載されている

強さの裏にある「モノづくり力」と「グループ連携」

脱炭素社会における“陰の主役”パワー半導体は、東芝をはじめ日系メーカーが強いポジションを維持しているという点でも、他の半導体とは一線を画している。その理由は、「モノづくり力」にある。パワー半導体は、大きな電流を半導体チップの裏面から表面に縦方向に流す構造をしており、その構造をどのように作り込んでいくかで性能が変わり、それを実現するための擦り合わせ技術や製造ノウハウが必要となる。一般にイメージされる「半導体業界=設備投資の多寡が勝負」といった要素だけでなく、「モノづくり力」も競争力の源泉となるのだ。

「東芝のパワー半導体は、自動車をはじめとする高い品質が求められる領域で長年採用されてきた実績があります。長い歴史の中で培われてきた製造ノウハウや技術の蓄積は、一朝一夕には真似できません。また、私自身も工場に勤めていた時期に実感していましたが、製造現場における『良いものを作ろう』『改善していこう』という意欲が非常に高く、そのような“無形の技術力”も製品の付加価値に繋がっていると考えています」(亀渕氏)

東芝が製造現場の『モノづくり力』以外に強みとして挙げるのは、「グループ連携」だ。同じ東芝グループの中に鉄道用インバーターや送配電インフラなどの部門があり、それらユーザーの声を聞きながら半導体を開発することで、ニーズに適った製品をタイムリーに市場へ投入できるという。また、次世代の技術開発も、東芝グループの研究所と連携して取り組んでいる。亀渕氏は、「東芝グループの力を結集してパワー半導体事業を伸ばしていくことで、脱炭素社会の実現に貢献します」と意気込みを強めている。

半導体を製造する企業の責任

上述の通り、パワー半導体は脱炭素社会の実現に貢献することができるが、良い面ばかりではない。半導体の製造過程における環境への負荷も、きちんと考えていく必要がある。パワー半導体に限らず、一般に半導体は製造過程で多くの電気と水、化学薬品、ガスを使用する。いくらパワー半導体が機器の省エネ性能を上げたとしても、その半導体の製造に多くのエネルギーを消費していては地球全体へのインパクトは半減してしまう。「半導体を製造する企業の責任」として、製造過程における環境負荷を低減させることを亀渕氏は最重要視している。

東芝では、これまで利用してこなかった製造棟の廃熱を利用して半導体製造工程の空調電力を抑えることや、製造装置の待機時に洗浄のために流していた純水の使用量を削減することなど、様々な取り組みを行っているという。実際にこれらの取り組みが評価され、グループ会社の株式会社ジャパンセミコンダクターが、環境省主催の令和2年度 循環型社会形成推進功労者 環境大臣表彰を受賞している。

エネルギー効率の良い製品を市場に提供すること。環境に負荷を掛けているという自覚を持ち、負荷を抑制する取り組みを継続すること。これらの両輪が揃ってはじめて、真の意味で脱炭素社会の実現に貢献していると言えるのではないでしょうか」(亀渕氏)

パワー半導体事業の今後を占う重要な一手

2021年3月、東芝のパワー半導体の今後を占う重要な意思決定がなされた。「ウエハーの大口径化への投資」である。大口径化は、半導体の素材となる円盤状のシリコン(ウエハー)のサイズを大きくすることを指す。これまでパワー半導体は直径200mmのウエハーで製造する方式が主流だったが、ここ数年、海外大手メーカーを中心に直径300mmのウエハーでの製造に切り替える動きが加速している。当然、大きいウエハーで製造した方が、1枚のウエハーで製造できる半導体の量は増えるため効率が良い。メモリーやCPUなどの少品種大量生産の半導体では、300mmのウエハーは既に一般的となっていたが、多品種少量生産を特徴としているパワー半導体は、300mmのウエハーで製造されてこなかった。

しかし、自動車の電動化や産業機器の自動化、家電のインバーター化、再生可能エネルギーによる発電の拡大などを背景に、パワー半導体の需要が伸長し、300mmのウエハーで製造しても十分な販売が見込めるようになり、生産効率を向上させる意味が増してきたのだ。生産効率の他にも、300mmウエハー対応の製造装置導入による半導体の性能の改善や、300mmウエハーの供給量は200mmウエハーよりも拡大の余地があるといった観点でも、300mmウエハー対応ラインで製造するメリットが大きくなってきている。ただし、ウエハー大口径化には莫大な投資が必要だ。亀渕氏に、この意思決定の背景を聞いた。

「当然、初期投資で大きな費用がかかります。しかし、脱炭素社会に向けて市場が大きく膨らみ、競争が激化するパワー半導体業界で生き残るためには、今後の数年間が大きな転換期であり、今回のタイミングがベストだと考えています。国内半導体メーカーでは先陣を切ることとなった300mmウエハー対応生産ラインを、東芝の供給面・品質面で大きな武器としていきます。もちろん生産効率だけでなく、高精度な加工技術も追求し、磨いていきます」(亀渕氏)

300mmウエハー対応製造ラインが導入される加賀東芝エレクトロニクス株式会社(石川県能美市)

300mmウエハー対応製造ラインが導入される加賀東芝エレクトロニクス株式会社(石川県能美市)

期待の次世代パワー半導体

亀渕氏は、さらに先を見据えている。それが、「大口径化」に並ぶもう一つのキーワードの「新材料」だ。半導体はシリコンを材料とするものがほとんどだが、高い電圧や高速な動作など一部の用途では、シリコンで実現できる性能に物理的な限界が訪れようとしているのである。そこで次世代のパワー半導体として注目されているのが、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの化合物半導体だ。シリコンのパワー半導体に比べて、飛躍的な性能の改善が期待されている。

具体的には、電力効率が改善することで機器の消費電力を大幅に削減したり、システムの小型化にも寄与したりすることができる。実際に鉄道用インバーターでは、SiCの採用が始まっており、東芝の半導体も複数の新型車両に搭載されている。ただし、化合物半導体は製造コストや品質面での安定など、普及にあたってまだ解決すべき課題は多い。本格的な市場の立ち上がりに向けて、東芝をはじめ各企業で開発が進められている段階だ。「研究開発の面でも今後の数年間が大きな転換期です。次世代のパワー半導体の開発にも力を注ぎ、性能の優れた製品を一日も早く提供できるようにします」と亀渕氏は力を込める。

豊かな生活と持続可能な社会を両立させるために

あらゆる電気機器に搭載され、エネルギーの効率化を司るパワー半導体。その小さなチップの中には、脱炭素社会の実現に向けた大きな可能性が秘められていた。ウエハーの大口径化や新材料の開発など、事業環境の大きな変化を迎えながら、亀渕氏は未来を見据えて力強く語る。

「人間が電気を使う限り、パワー半導体は必ず使わなければならないものであり、そのパワー半導体の性能向上は、豊かな生活とサステナブルな社会を両立させるために必要不可欠です。パワー半導体は、東芝の半導体事業の最注力領域であり、脱炭素社会の実現や、ひいてはSDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)達成に貢献するために、生産能力の拡充と新技術の開発を加速させていきます」(亀渕氏)

脱炭素社会の実現に向けた陰の主役・パワー半導体の“これから”に目が離せない。

東芝デバイス&ストレージ株式会社半導体事業部バイスプレジデント 亀渕丈司氏(2)

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