モノづくり最前線。技能五輪をフィールドに、練磨する若き技能者たち ~デジタル時代に求められること~

2022/10/31 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • モノづくり競技の最高峰「技能五輪」を目指し、技能者はどのように成長するか?
  • 指導員が選手に求めることは、教えられたことをそのままやるのではなく「自分で考え、判断できる人になること」
  • これからを担う技能者に必要なのは、多能工、システム思考、デジタルへの目配り!
モノづくり最前線。技能五輪をフィールドに、練磨する若き技能者たち ~デジタル時代に求められること~

デジタル化が進み、コミュニケーション、買い物、家電の操作などをデジタルで行うのが当たり前になってきた。様々な製品の自動化などメリットが大きいので、各方面でもてはやされるのは当然かもしれない。しかし、大事なことを忘れてはいけない。モノ(ハード)あってこそのデジタルであり、またハードなしで私たちは生活できないことを。

 

ハードの中でも、東芝が担う電力などの社会インフラは高い信頼性が求められる。そのハードを支えるのが、現場で技を磨く技能者達だ。若手技能者育成プロセスにおいて、今、彼らが目指すのは「技能五輪全国大会での入賞」であり、技能者や彼らを支える指導員たちは、1つでも上の入賞に向けて研鑽を重ねる。彼らは日々どんな想いで取り組んでいるのか、そしてその先に何を想うのか。さらにデジタル化が進む現代において、技能者を束ねるトップはモノづくりにおいてどんな構想を描いているのか。そのリアルに迫った。

モノづくり競技の最高峰「技能五輪」へ――U-23の挑戦

東芝の横浜事業所。今日も、若き技能者達が黙々と技の鍛錬に励む。熟練技能者の監督のもと、技能五輪に向けて手元に向き合う姿は、現場に緊張感をもたらしていた。技能五輪とは、23歳以下の青年が、技能日本一を競う大会だ。競技は金属・機械系、情報通信、サービス、ファッションまで幅広い領域で行われる。

 

その中で、「フライス盤」という種目に出場するのは、太田彰真氏(入社3年目)だ。選手の指導員として、技能五輪の出場経験を持つ矢口雅人氏が伴走する。東芝では若手技能者育成プロセスの一環として、ベテラン指導員と若手OB指導員の組合せで指導体制を組んでいるのだ。自身の任務について、若手OB指導員の矢口氏はこう語る。

 

「技能五輪に選抜された選手は、最長2年の訓練に入ります。太田選手は、今年が最後のチャンスで、私も指導員として3年目の集大成になります。世話好きな性格もあって手を挙げて指導員になり、実技指導や戦略を構想することで自身の成長も体感でき、大きなやりがいを感じています」(矢口氏)

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 京浜事業所 機器製造部 タービン部品製造課 矢口 雅人氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 京浜事業所 機器製造部 タービン部品製造課 矢口 雅人氏

そして、今大会の主役である太田氏。以前、技能五輪への出場が叶わなかったこともあり、今回は念願の舞台となる。

 

「工業高校で機械作業に興味を覚え、高品質のモノづくりが求められる東芝を志望しました。私が所属する東芝産業機器システムには技能五輪OBが4名おり、職場が一丸となってバックアップしてくれます。こういう環境は大変ありがたく、技能者どうしのつながりを強く感じています」(太田氏)

 

東芝産業機器システム株式会社 モータドライブ事業部 モータドライブ製造部 機械加工課 太田 彰真氏

東芝産業機器システム株式会社 モータドライブ事業部 モータドライブ製造部 機械加工課 太田 彰真氏

今回、太田氏が技能五輪で扱うフライス盤は、金属を切削・加工する機械で、モーターや火力発電所のタービンなどの部品を製作するものだ。技能五輪では製作図面が課題として渡され、フライス盤で製作していく。2022年度は10月30日~11月2日に開催され、9月6日に競技課題が公開された。大会までの約2か月、太田氏と矢口氏は本番のシミュレーションを重ね、加工プロセスを確立し、精度を向上させた。本番を前にして、太田氏にこれまでの練習の様子を聞いてみた。

 

今回出題されている課題。鉄の塊から制限時間内にこれらを製作し、組み立てていく。

今回出題されている課題。鉄の塊から制限時間内にこれらを製作し、組み立てていく。

「技能五輪の制限時間は、約5時間です。その中で、複雑な競技課題を製作しきるためには、冷静な判断と無駄のない迅速な動き、作業し続ける集中力、体力が求められます。

 

課題の発表後、水曜は個別領域の練習と戦略の検討にあて、それ以外は本番とまったく同じ流れでシミュレーションしました。体力を大きく消耗するので、休日にリフレッシュしつつ、矢口さんと練習、振り返りをひたすら重ねました」(太田氏)

 

技能五輪に向けた訓練を行う太田氏。1分1秒の動きのロスが命取りになる。

技能五輪に向けた訓練を行う太田氏。1分1秒の動きのロスが命取りになる。

デジタル化の今だからこそ、必要なモノづくり、そして技能者。

そもそも、技能五輪を目指す選手たちはどう育つのだろうか。東芝に入社した新人技能者の多くは、「東芝テクニカルスクール」で1年間の訓練を受け、フライス盤など技能五輪4職種の選手として選抜される。テクニカルスクール在籍中、技能五輪の選手を見た太田氏は衝撃を受けたという。

 

「動きの素早さに圧倒されました。自分もこうなりたい、と思ったのが出場のきっかけです」(太田氏)

 

しかし残念ながら、一年目の時点では選手になるには力及ばずだった。今の職場に配属となり、あきらめていた頃、思いがけず「技能五輪に出場してみないか」と声をかけられたという。巡ってきたチャンスを掴むべく、出場を決意した。この決意に対し、技能五輪経験者の矢口氏は言う。

 

もちろん高い技能は大切ですが、何より大事なのが『やりたい』という本人の意志です。技能五輪では5時間以上も課題に向き合いますし、それに向けた練習も過酷。正直とてもきついです。だからこそ、やる気があるかどうかが一番の判断基準になります」(矢口氏)

 

訓練中の太田氏の動きを見守る矢口氏。

訓練中の太田氏の動きを見守る矢口氏。

出場経験のある矢口氏だが、指導となると話は違う。自分のやり方が必ずしも相手に通用するわけではない。得手不得手は人によって異なるからこそ指導は難しい。技能五輪の後も見据えて、教えてくれた。

 

「私はパワーを利した加工を得意としていましたが、太田さんとは体格が異なるため、道具を生かした指導をするなど工夫しました。そのためには、自分なりの加工の感覚、力の入れ具合を大切にすることが必要です。それらは自分で体得するしかありません。反復練習あるのみです。

 

技能五輪の課題は毎年新たに設定され、中には当日に決まる寸法もあります。したがって小手先でなく、技能を自分のものにしているかが問われます。だからこそ、選手には自分の考えをきちんと持ってほしいと思っています。指導を鵜呑みにせず、『本当にそれが最適な方法なのか?』と立ち止まってみる。違うと思えば反論し、これからを担うリーダーとして、自分で考えられる人材に育ってほしいですね」(矢口氏)

 

一方、入賞を目指し、ハードな練習を重ねる太田氏。最後の技能五輪に懸ける意気込みについて聞くと、こんな返事が返ってきた。

 

「入賞ももちろん大事ですが、それよりも『自分はやりきったんだ』という思いを大事にしたいですね。技能五輪の課題は非常に高度なため、そのまま現場で使うわけではありませんが、技術の応用や感覚値、得たものを今後のキャリアに生かしていければと考えています」(太田氏)

 

結果に執着しすぎることなく、今目に前にあることに集中し、スキル向上に真摯に取り組む太田氏らしいコメントだ。

 

太田氏が大切にしている言葉「冷静・沈着・丁寧に」をモットーに、日々の訓練に励む

太田氏が大切にしている言葉「冷静・沈着・丁寧に」をモットーに、日々の訓練に励む

多能工、システム思考、デジタルへの目配りで、技能者たちの未来は輝く。

一時の生産拠点の海外移動や、労働人口の減少と相まって、日本の製造業は岐路に立つ。ここで、技能者を統括する、株式会社東芝 生産推進部 バイスプレジデント 村松謙一氏に、東芝が技能五輪に注力する理由を尋ねた。

 

「デジタル化が進み、モノづくりの世界でもソフト、アプリが注目されています。例えば、自動車業界トップのテスラは、自動車が備えるソフトをスマートフォンのように更新し、性能を向上させます。この時に大事なのが、ハードとしての自動車の信頼性です。

 

実現したい価値や目的に対し、ハードの信頼性を確保しながら、いかにソフトへつなげ、多様なアプリを活用するか。これをソフトウェア・ディファインドと言い、東芝もこの考え方で社会インフラを提供していきます。ソフトやアプリは、ハードからのデータがなければ動きません。複雑なシステムになればなるほどハードの品質がカギになるため、ハードの重要性はますます高まっています。ハードを支える技能者を底上げする技能五輪は、我々が人材を育成する上で欠かせないフィールドなのです」(村松氏)

 

ソフトウェア・ディファインドの一般的な概念図

ソフトウェア・ディファインドの一般的な概念図

さらに、技能者を指導する矢口氏は、複雑化する社会において技能者が目指すべき将来像について、こう語ってくれた。

 

これからは、専門分野のみでなく様々な領域に対応できる『多能工』であるべきです。将来は、図面を渡されたら一から製品を作れる技能者になりたいですね。そのためには、別の領域の技能者と交流して新たな技を習得し、その選択肢からどれが最適かを俯瞰して判断できる必要があります。

 

技能者は『さらにスピードアップできないか?』『もっと効率よくできないか?』という変革への情熱を抱き、自ら考える癖をつけることが必要です。そして違うと思ったときは、正直に意見できるフラットな場を守っていきたいですね」(矢口氏)

 

2022年度の技能五輪に出場する選手と指導員たち。矢口さん(上段一番左)と太田さん(下段右から二番目)

2022年度の技能五輪に出場する選手と指導員たち。矢口さん(上段一番左)と太田さん(下段右から二番目)

矢口氏が言及する「多能工」に加えて、技能者を束ねる村松氏が重要だと語るのが「システム思考」だ。

 

「技能者は、システムとして動く大きな製品の一部の製作を担っています。自分は社会を動かす一員であり、自身の仕事が社会全体にどう影響を及ぼすか考えること。こうした『システム思考』を備えた上で、技能を磨いていけば、新たな視野が開けるでしょう。

 

『システム思考』が身につき社会全体が見られるようになってくると、これからは『デジタルへの目配り』が必要になってくることが分かります。ソフトと連携するハードはどうあるべきかといった想像力が、これから活躍する技能者にとって重要ですし、東芝ではその感覚が鍛えられます。技能五輪を基点に、社会課題を解決する技能を磨いていく――真摯に修練に励む選手たち、そして熱意を持って伴走する指導員に大きな期待があります」(村松氏)

 

若き技能者達が社会を想い、担っていく未来が、やがて東芝の経営理念の言葉「人と、地球の、明日のために。」の実現につながっていく。

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