地域の電力網を支える影の主役とは? ~世界初の評価技術の舞台裏ストーリー

2023/02/15 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 再エネ普及には、地域主導の「小規模電力網」が必要!
  • 小規模電力網を推進するために、世界初の評価法を開発!
  • 電力にも「格安SIM携帯」と同じ考え方があってもいい!?
地域の電力網を支える影の主役とは? ~世界初の評価技術の舞台裏ストーリー

カーボンニュートラルを実現するため、世界各国で太陽光発電などの再生可能エネルギー(再エネ)の普及が急がれる。その時、鍵の1つとなるのが「マイクログリッド(小規模電力網)」の導入だ。マイクログリッドは「電力の地産地消」ともいえる仕組みであり、災害リスク軽減の観点からも注目されている。このマイクログリッドを安定稼働させるため、東芝はある実証実験を世界で初めて成功させた。その全容に迫る。

「世界初」の実証実験に成功!

「GFMインバーターを使った今回の実証実験は、世界初です。これを基に、マイクログリッドの評価基準を開発していきます」

 

と話すのは、東芝 研究開発センターの司城徹氏だ。このすごさを理解するには、GFMインバーターとは何か、大型発電機とマイクログリッドの違いや、その課題を知る必要があるだろう。

 

「GFMは、Grid Formingの略称です。『電力系統(Grid)を形成する(Forming)』という意味で、電気が流れる電力系統を安定させる(発電、変電、送電、配電を統合したシステムのバランスを維持する)ことです。そして、インバーターは、電気の周波数や電圧を変更する機器です。ですから、GFMインバーターは、電力系統を安定させるために、電気の周波数や電圧を整える機器となります。

 

これまで、GFMインバーターの効果は、理論的には立証されていました。しかし、実際の電力系統につないで検証は行っていません。そのため、今回の実証結果を学会で発表すると、関係者は驚き、詳細についての質問が集中しました」

 

株式会社 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー エキスパート 司城 徹氏(1)

株式会社 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー エキスパート 司城 徹氏

東芝には、長年、エネルギー供給のために尽力してきた自負がある。理論だけでなく、“実際に、想定通りに”稼働させること。それが、東芝の役目だと司城氏は考えている。では、本プロジェクトはどのような困難を乗り越え、世界初の実証実験へこぎつけたのか。マイクログリッドの意義を踏まえながら見ていこう。

電気の地産地消で注目される、「マイクログリッド」とは?

私たちが使う電気は、ほとんどの場合、大規模な発電所から送られる。災害などが起きると、離島など距離があり電気が届きにくい場所では長期停電になり得る。そこで注目されるのが、「マイクログリッド(小規模電力網)」だ。地域で電力をつくり、地域で消費する。まさに電力の「地産地消」だ。

 

 

マイクログリッドは大型の電力系統に頼らず、電力の供給・消費が地域内で完結する。(1)

マイクログリッドは大型の電力系統に頼らず、電力の供給・消費が地域内で完結する。(2)

マイクログリッドは大型の電力系統に頼らず、電力の供給・消費が地域内で完結する。

マイクログリッドを必要とするのは、各地の防災拠点や、上下水設備、工場、また酪農や養殖といった命を扱う生産者など、電力を絶やせない所だ。災害時にいち早く電気の復旧が求められ、マイクログリッドが活躍する。

 

実例として、2019年の台風15号による長期停電で注目されたのが、「むつざわスマートウェルネスタウン(千葉県睦沢町)」だ。電力系統への接続が制約される中、マイクログリッドによって電気復旧に成功した好事例だ。

 

また「カーボンニュートラルの実現」を目指し、風力や太陽光、バイオマスなど再エネ発電へ移行する動きが、マイクログリッドの普及に追い風となっている。住宅や公共施設に太陽光発電パネルを設置したり、地域で風力発電を積極的に取り入れたり、温泉を活用して地熱発電を導入したりなど、電力の地産地消が進みつつある。

 

しかし、国内で取り入れられている例はまだまだ少ない。日本の電力網の歴史は50年と短く、歴史が長く置き換えを進めやすい海外とは違う。ハードルを高くしているのが、再エネは電力系統を不安定にすることだ。これらを東芝はどう乗り越えたのか、次に解説する。

再エネ利用と、マイクログリッド運用の注意点とは?

再エネを利用すると、電力系統が不安定になる。これはどういうことなのか?

 

まず、火力発電などの大型発電機の説明をするとわかりやすい。大型発電機は、水を沸騰させ、水蒸気でタービンを回転させて発電する。この回転速度と電気の周波数が一致するので「同期発電機」と呼ばれ、電力系統のエリア内ですべての発電機が同じように回転する。同期発電機は、少し負荷が上がったくらいでは回転速度はほとんど変わらず、電気の周波数も一定のままとなる。これを「慣性力」といい、電気の周波数の変化を小さくできるため、電力系統を安定させられる。

 

一方、太陽光などの再エネは「非同期発電」といわれ、慣性力がない。そのため、再エネが増えると電力系統が不安定になる。この状態で電力の周波数が大きく変化すると、電力品質や発電機に悪影響が及び、最悪の場合は大規模停電に陥る。この周波数の乱れを「脱調」と言い、電力系統の周波数を安定させることが、再エネを普及させる際に重要となる。

 

ここで対策として活用するのが、GFMインバーターだ。冒頭で書いたように、GFMインバーターは、電力系統を安定させるために、電気の周波数や電圧を整える機器だ。GFMインバーターを使用することで、再エネに疑似的な慣性力を持たせ、電力を安定供給することができる。

 

GFMインバーターによる擬似的な慣性力を活用し、再エネでも電力を安定供給

GFMインバーターによる擬似的な慣性力を活用し、再エネでも電力を安定供給

GFMインバーターを普及させる、新たな評価法とは?

再エネに疑似的な慣性力を持たせ、電力を安定供給できるGFMインバーター。東芝は、環境省が2019~2021年度に実施したCO₂排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業の一環として、パシフィックパワー、環境エネルギー技術研究所、産業技術総合研究所、パシフィックコンサルタンツと共同で開発。従来のインバーターに制御アルゴリズムを組み込むことで、擬似慣性力を持たせ、周囲が停電しても自立的に電力供給することを可能にした。

 

このGFMインバーターの普及には実証実験が必要だが、なにせ電力系統が大がかりなので、これまでシミュレーションで済ませていた。しかし、司城氏はそれに対し、常識をくつがえす行動に出た。それは、「ディーゼル発電機」を使用して実証実験を行うというものだ。

 

ディーゼル同期発電機と、太陽光発電に適用したGFMインバーターを、独立系統で並列運転

ディーゼル同期発電機と、太陽光発電に適用したGFMインバーターを、独立系統で並列運転

「シミュレーションの検証だけでは、責任が曖昧で過剰品質になりがちです。責任を明確にし、適切な品質にし、コストを抑えようと考えました。そのためには信頼できる実証実験、評価法が必要です。

 

一方、実証実験でネックになるのが、『電力系統をどう用意するか』です。電力系統の大型の同期発電機と並列運転が必要ですが、大きすぎて実証実験は困難です。ではどうするか。そこでピンと来たのが、社内でみた非常用のディーゼル発電機でした。電力系統では大きすぎて実証実験をできませんが、150kVAというディーゼル発電機なら、我々の強みも活かして実証実験ができると考えたのです。この評価法でGFMインバーターを安く作れるようになれば、再エネを利用したマイクログリッドの普及にもつながります

 

大きすぎる電力系統ではなく、ディーゼル発電機を活用してGFMインバーターの品質を検証

大きすぎる電力系統ではなく、ディーゼル発電機を活用してGFMインバーターの品質を検証

東芝の多様な技術者が、電力系統の運用、インバーター、同期発電など、それぞれの知見を組み合わせた結果であり、他社にない東芝の強みだと、司城氏は続ける。前述のように、この取り組みは学会で大きな反響を呼んだ。

場合によっては、電力版「格安SIM」があってもいい!?

司城氏は「実際に動くことの証明」にこだわり、これは彼の経歴に由来する。電磁界理論で博士号を持ち、車載向け衝突防止レーダ向けアンテナ開発やEV(電気自動車)向けの非接触充電システム開発に従事。その後、GFMインバーターの評価技術の開発に出会う。

 

「学会で評価されたのは、既存技術を実機検証の段階へ持って行ったこと。無線通信に使われる無線工学において、実機でシミュレーション通りに動かないことも多く、『実機検証してこその成果』と考えます。だから、前例はなくても実行したまでです」(司城氏)

 

また、通信ネットワークの速度には、「ベストエフォート(企業が最大限に努力した場合の速度)」という考え方がある。最良の条件下で出せる通信速度を確認し、その数値で事業を行うのが一般的だ。司城氏は、地域の電力網では、供給を重視したベストエフォート型があり得ると提案する。

 

「電力系統は、安定した高品質の大手キャリアの通信サービスだとします。再エネによるマイクログリッドは、そこそこの品質だけど低価格でネットや通話を利用できる『格安SIM』のようなものと思ってください。

 

携帯電話では、すべての人が高品質な通信を求めているわけではありません。電力も同じです。例えば災害時に電力をいち早く必要とする施設は、電力の『品質』以上に『供給』が優先されます。低価格に重きを置き、蓄電池と組み合わるなど、電力の選択肢を増やすことを検討したいと思います

 

株式会社 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー エキスパート 司城 徹氏(2)

脱炭素先行地域とGFMインバーター

環境省は、2030年度までに100カ所の「脱炭素先行地域」を作ろうとしている。これらの地域は、民生部門(家庭、第三次産業の事業所)の電力消費によるCO₂排出を実質ゼロにするなど、カーボンニュートラルの見本となる。この時、これまで紹介してきたマイクログリッドの導入は進んでいくと見込まれる。

 

「脱炭素先行地域では、再エネの導入・拡大が鍵になり、マイクログリッドの運用も活発化すると思われます。これまで述べたように、GFMインバーターは再エネに疑似慣性力を持たせ、マイクログリッドでの電力の安定供給に貢献します。2030年度に向けて、GFMインバーターは導入が増えるはずです。

 

東芝の開発したGFMインバーター評価技術が、マイクログリッドや再エネを推進する一助となれば嬉しいですね。GFMインバーターは、目的ではなく手段です。誰でもGFMインバーターでも評価でき、使いこなせるよう評価手法を確立しているところです

 

カーボンニュートラル実現のため、絶対に必要な再エネの普及。その鍵の1つとなるマイクログリッドは、電力の地産地消であり、災害リスク軽減にも重要だ。マイクログリッドを安定稼働させるGFMインバーターの評価技術は、まさに地域の電力網を支える陰の主役といえるだろう。

 

株式会社 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリー エキスパート 司城 徹氏(3)

Related Contents