消せる印刷機と消せるペン モノづくり企業の魂の共鳴

2018/09/05 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • モノづくり企業を説得させたモノづくり企業ならではの熱き想いとは?
  • 消色温度と定着温度の差を埋める!
  • 日本企業でCOP19に出展できたのはLoopsのみ!
消せる印刷機と消せるペン モノづくり企業の魂の共鳴

印刷した文字をまっさらに――一日に幾度もの印刷と紙の廃棄を繰り返す店舗やオフィスなどで働く方であれば、紙の無駄をなくしたいと一度は願うのではないだろうか。それを叶える印刷機。それは、消えるトナー(※)を用いて印刷し、再びその紙を入れると、印刷前のような白紙に戻すことができる複合機「Loops」だ。

 

※トナー:複写機で使用する帯電性粉末インクのこと。

書いた文字が消えるといえば、オフィスや家庭でおなじみの「フリクションボール」を思い出すだろう。実は、このLoops、東芝テック株式会社と株式会社パイロットコーポレーションの二人三脚で生まれた製品だ。

 

もちろん、フリクションボールの技術はパイロット社が技術の粋を凝らした秘中の秘。東芝テックが初めてLoopsのトナーの共同開発を持ちかけたとき、その提案は断られたという。この開発が実現した背景には、モノづくり企業同士の魂の共鳴があった。

相手の心を動かした試作品

エコを意識したプロジェクトとしてLoopsの開発がスタートしたのは2007年。プロジェクトチームは、折しも世間に登場し始めた、ボディ後部のラバーでこすると文字が消えるフリクションボールの技術に注目した。

フリクションボール

フリクションボール

パイロット社に共同開発を打診するも、そうやすやすとは受け入れてもらえない。だが、開発チームはめげなかった。開発責任者の中村鐵也氏は、当時のことを次のように明かす。

 

「開発チームはフリクションボールを数百本単位で購入。一本一本の芯からインクを抽出し、トナーを試作しました。冷静な今なら『無謀だ』と思うかもしれません。というのも、通常のトナーに入れる色材粒子に比べ、フリクションボールのインクの粒子の方がはるかに大きいからです」

東芝テック株式会社 商品・技術戦略企画部リサーチ&デベロップメントセンター センター長 中村鐵也(てつや)氏

東芝テック株式会社 商品・技術戦略企画部リサーチ&デベロップメントセンター センター長 中村鐵也(てつや)氏

トナーは、色材をプラスチック樹脂のカプセルにくるむ構造となっている。印刷の際は、定着器で熱と圧力を加えることで、プラスチック樹脂を溶かし、色材を紙に定着させている

 

フリクションペンの消えるインクの粒子の直径は、トナーの色材の10倍以上。だが、プラスチック樹脂のカプセルの中に消えるインクを入れ込むという至難の技をトナー開発部隊はやってのけた

トナーの構造。通常のトナーの色材(赤)より消えるインクの色材(濃い青)の方がはるかに大きい。

トナーの構造。通常のトナーの色材(赤)より消えるインクの色材(濃い青)の方がはるかに大きい。

「実は印刷も一苦労だったのです。というのは、消えるインクはラバーによる摩擦熱で消色する仕組みなので、トナーの定着で摩擦熱以上の高温をかけると、インクが消えてしまうから。紙を定着器には通さずに、トナーの色が消えないように少しずつ低温で温めて定着させたこともありました。絶妙な温度にするための調節がとても難しかったのです」(中村氏)

 

巧みなプレゼンでも、美辞麗句が散りばめられた企画書でもない、まだ見ぬ製品への熱き想い。これが相手の技術者の心を動かしたのだった。

 

パイロット社との共同開発が正式に決まったものの、本格的な実験を開始しようと思うと、ここからが問題。どうやって消色しないようにトナーを定着させるか。東芝テックとパイロット社の二人三脚は始まったばかりだった。

コモンセンスでは不可能な実験・・・?

「フリクションボールの消えるインクは60度程度の温度で色が消えます。一方、定着器では150度以上に加熱します。この圧倒的な差をいかにして埋めていくのか。パイロット社は消色温度である60度を上げるべく、そして東芝テックは定着の150度を下げるべく、それぞれ苦闘しました

 

そう語るのは開発プロジェクトリーダーを務めた吉田稔氏。この業界初の開発において「プリンティングエンジンの根本とは何か」を徹底的に追究した。

 

「『溶かすこと』と『圧力をかけること』。この2つが定着の核です。どのように溶かし、どのように圧力をかければ定着温度を下げられるのか。これがこの開発の最大のポイントでした」(吉田氏)

東芝テック株式会社 技術企画部 技術企画担当 吉田稔氏

東芝テック株式会社 技術企画部 技術企画担当 吉田稔氏

着目したのは、半導体製造に用いられるワイヤーボンディング装置。先端が基盤に対して高速で往復する動きを利用して、紙に熱と圧力を加える定着器を模した実験装置を製作し、実験を重ねた。

ワイヤーボンディング装置の動きを利用して製作した実験装置。プレスする際の圧力や熱を少しずつ変えて実験を重ねた。

ワイヤーボンディング装置の動きを利用して製作した実験装置。プレスする際の圧力や熱を少しずつ変えて実験を重ねた。

「パイロット社と定めた消色・定着温度の目標は100度。コモンセンスからいえば、双方にとっても到底できるようなものではなく、開発スタート時では実現できるかは全く分かりませんでした。しかし、開発を経るにつれ、パイロット社の方が『できるかも』とおっしゃったとき、私たちは『できる』と確信したものでした。彼らは有言実行だったからです」(中村氏)

パイロット社は消色温度の目標を100度以上とし、東芝テックは定着温度の目標を100度以下とした

パイロット社は消色温度の目標を100度以上とし、東芝テックは定着温度の目標を100度以下とした

お互いに実験データを見せ合い、少しずつ温度差をなくしていく。消えるインクでトナーを試作してから5年が経過した。パイロット社の技術改良に加え、東芝テック側では、定着器の加熱する時間と圧力を従来の約4.5倍にすることで、定着温度を目標値にまで押し下げ、製品化に成功した。

定着器の仕組み。Aの領域の定着パッド(赤)でトナーをヒートローラに押し付けて熱を加え、Bのポイントで圧力をかけて、トナーを定着させている。

定着器の仕組み。Aの領域の定着パッド(赤)でトナーをヒートローラに押し付けて熱を加え、Bのポイントで圧力をかけて、トナーを定着させている。

「Loopsの特長は、消色だけでなく、同時にスキャンすることでデータを電子化して保存・活用できることにあります。紙を5回再利用することで、約57%のCO2削減になるという試算もあります。Loopsが活躍する場の一つが新聞社。原稿の校正と確認で何度も修正と印刷を繰り返しますから、Loopsを用いると、エコだけでなく経費削減にもなります」(吉田氏)

中村氏(左)と吉田氏(右)

中村氏(左)と吉田氏(右)

2013年に開催されたCOP19(※)のGreen Climate Exhibitionには、Loopsがエコモデルの見本として出展された。日本企業でこの展示会に出展できた会社は他には存在しないLoopsは世界に日本のエコイメージを植え付けることにも貢献したといってよいだろう

 

※気候変動枠組条約締約国会議(Conference of the Parties)

印刷、データ化、消色、印刷・・・・・・このループから名付けられた複合機Loops。環境にやさしく、コスト面でもメリットを備えたペーパーリユースシステムは、未来につながる輪をゆっくりと、しかし着実に描こうとしている。

関連サイト

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Loops Style|オフィス×環境に関する情報発信サイト

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