サイバーとフィジカルの融合 技術トップが語る未来像(前編)

2018/12/12 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • サイバー技術とフィジカル技術の関係
  • 両者が融合する世界にビジネスチャンスがある
  • 二次電池、半導体、AI・・・。東芝の技術開発の強みとは!
サイバーとフィジカルの融合 技術トップが語る未来像(前編)

インターネット検索やSNSでのコミュニケーション、写真や動画をクラウド上で保管するなど、「GAFA*」と呼ばれる企業を中心に展開されている多様なサービスは、今や私たちの生活に欠かせないものとなった。しかし、サーバーやネットワーク上に存在するサイバー空間の活動だけでは私たちの生活は前進しない。リアルな生活はアナログだからだ。実世界に存在するモノにつながってこそ、データは本当に意味あるものになるのだ。

 

東芝が目指すのは、サイバーとフィジカル(実世界)が融合した技術で社会課題を解決する企業。東芝にはどのような技術の強みがあり、どのような世界の実現を目指すのか。技術を統括する執行役専務・斉藤史郎氏に聞いた。

*GAFA:Google(グーグル)Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)Amazon.com(アマゾン・ドット・コムの4社の頭文字をつないだ造語

 

-東芝は、今後の5か年計画のなかで、「世界有数のサイバー・フィジカル・システム・テクノロジー企業を目指す」としています。これからは「サイバー」と「フィジカル」が融合した技術が求められるということでしょうか?

 

東芝 執行役専務 斉藤史郎氏(以下 斉藤) 1990年代以降、インターネットや半導体技術を核としたIT革命が世界の発展を支配し、インターネット技術をどう利用するかといったビジネスモデルを開発することによって価値が創出されてきました。以前はマイクロソフト社も含めて「GAFMA」と呼ばれていましたが、最近では個人のデータを集めて価値を提供するというデジタル革命を担ってきた4社で「GAFA」と呼ばれるようになりました。その一方で、これまでの産業革命を起こしたような革新的な技術が登場したとは言い難く、技術による本質的な価値の創造が困難な時期が続いてきました。

 

しかし、ここにきてAIやディープラーニングなどの分野が著しい技術進化を遂げています。今後はこういった「サイバー技術」を、バイオやロボティクス、センシングなど実世界にある技術といかに融合させるかがカギとなってくると我々は考えています。

株式会社東芝 執行役専務 斉藤史郎氏

株式会社東芝 執行役専務 斉藤史郎氏

-「サイバー空間」の技術が「フィジカル(実世界)」の技術にどのように関係してくるのでしょうか?

 

斉藤 まず、「サイバー」という言葉ですが、これは人間の脳をイメージしてください。「フィジカル」は世の中にある様々な部品・部材などの製品やシステム、サービスと理解してもらえば良いでしょう。

 

まず、製品の稼働やシステム、そしてサービスによって得られる情報をセンシング技術やネットワーク技術で収集できるようにします。そして、それをサイバー空間でAI技術などを使って理解・分析して、実世界の技術や製品・サービスに付加価値を与えるような最適な解や予想、計画などをアウトプットとして実世界にフィードバックします。そのサイクルを繰り返すことで、さらに新しい技術や製品・サービスの創出につなげていきたいと考えています。

 

こういったサイクルを「サイバー・フィジカル・システム(CPS)」と呼んでおり、我々が目指す企業の姿です。この言葉は特段新しいものではなく、私が以前に研究開発センターの所長をしていた2012年に研究の方向性として示していたものです。当時、研究開発部門で目指すとしていたものが、事業として具現化していく段階になったと言えます。

サイバーとフィジカルの技術が融合する世界のイメージ

-「サイバー」と「フィジカル」の技術が融合する世界で、東芝の勝機はどこにあると考えていますか?

 

斉藤 先に述べたように、サイバーとフィジカルの技術サイクルをうまく回していくことが、価値の創造につながっていくと考えています。つまり、サイバー空間で扱うデータを生み出す現場に機器やシステムを納めたり、保守やオペレーションを担ったりしている企業が収集したデータを有効に活用でき、この技術サイクルを回していくことができるのではないでしょうか。

 

東芝は発電所などのエネルギー分野や、ビルシステムや鉄道などの社会インフラの分野で、長年培った技術をもとに様々な製品やサービスを提供してきました。そこでの実績や信頼は、長年のビジネスの積み重ねのなかで得られるものであり、一朝一夕には獲得することができないものです。そして、そこで得たフィジカルの領域での知見、我々は「ドメイン資産」と言っていますが、それらが多くある一方で長年にわたるAI技術の蓄積もあります。

 

これは、技術によってモノづくりをしてきた企業だからこその強みであり、今後、これらを融合していくことで、「サイバー」と「フィジカル」の技術が融合する世界をリードする存在になれる潜在力は十分あると思っています。

既に実現!?両者が融合した製品・サービスとは?

-実際にサイバー技術とフィジカル技術の融合が実現しつつある製品やサービスには、どのようなものがあるのでしょうか?

 

斉藤 東芝では既に技術的に取り組んでいるものがあります。ひとつは「バーチャル・パワープラント」。これは太陽光や風力などの発電システムや水素エネルギーをはじめ、電気自動車や蓄電池など、分散している電力をIoTで連携させることで、あたかも一つの発電所のように運営していくものです。節電やネガワット取引なども含めてIoTを活用し、AI技術で分析や電力需要予測などを行うことで、各分散電源や需要家側の機器を制御し、最適な電力供給を図る仕組みの構築をお客様と進めています。

最適な電力供給を図る仕組みのイメージ

また、鉄道の分野では、バッテリーと永久磁石を使用した高効率モーターを搭載したハイブリッド機関車を手掛けています。環境性に優れていることが特長ですが、将来的にはネットワークにつなげる運用データを収集・分析することで、最適なメンテナンスの提案や運行計画の最適化にも貢献できるのではと考えています。

 

他には、ロボット分野でも技術の融合を進めています。具体的には、我々が持つセンシングや制御技術を活用して、物流の自動化を図るロボットを開発しており、稼働状況のデータを収集・分析して複数のロボットを効率的に稼働させる技術を開発中です。

 

-東芝が手掛けている製品群において、具体的にどういった領域の技術を強化していくのですか?

 

斉藤 我々はエネルギー、社会インフラ、半導体やストレージなどの分野で様々な部品やシステムを手掛けていますが、今後注力していく分野のひとつが二次電池「SCiB™」です。

 

この電池は負極材料にチタン酸リチウムという金属酸化物を用いたことで、急速充放電のほか、高い安全性や長寿命を実現しています。2011年より量産・出荷していますが一度も事故を起こしていません。寿命についても2万回の充放電*を行っても電力容量は70%以上を維持しており、車載向けや産業向けに使われています。

 

この電池について、高容量化と高出力化を図っているところです。高容量化についてはニオブチタン酸化物という新材料に着目し、これを使い現行のSCiB™の1.5倍の電池容量を目指しています。また、電池内部にセパレーターというものがあるのですが、この構造を変えることで出力と容量の両方を向上させることができました。今後、電気自動車ではカーシェアリングの利用が進み、急速な充放電ができる電池が求められてくると考えています。

*試験条件:環境温度25℃、充放電電流 3C(60A)/3C(60A)
SCiB™

半導体分野にも引き続き注力していきます。パワーエレクトロニクスと言われる分野で自動車や産業機器、発電システムなどに使われる半導体ですが、数千ボルトの電圧にも耐えられるデバイスの開発をしています。さらに、SiC(シリコンカーバイド)やGaN(ガリウムナイトライド)などの化合物半導体を用いて小型化と高効率化を実現する次世代のデバイスの開発も進めています。車載向けということでは、自動運転社会を見据えて高精度の画像認識プロセッサや距離を計測するセンサーも開発しています。

 

今、モビリティの分野では「CASE*」というキーワードがありますが、電気自動車の普及は既定路線です。そしてそれがどのように自動運転に結び付くかということを考えたときに、電池や車載半導体など我々が持っているような技術がカギとなってきます。自動車メーカーが電機メーカーの知見に興味を示しているということも、このことを裏付けているでしょう。

*コネクティビティ(接続性)の「C」、オートノマス(自動運転)の「A」、シェアード(共有)の「S」、そしてエレクトリック(電動化)の「E」による造語。

 

-AI技術についてはどういった方向性で研究開発を進めるのでしょうか?

 

斉藤 我々はAI技術について、現場の本質的課題を解決するためのものという発想で技術開発をしてきました。古くは1960年代に開発した郵便番号自動読み取り区分機をはじめ、長年の技術の蓄積があります。データがあふれる現場や人が介在する現場でどういうソリューションを提供できるか。そのためのAI技術を追求しています。

 

例えば、橋梁の劣化具合を分析する技術や高い精度で電力需要を予測する技術、音声認識や音声合成の技術をベースにした対話システムなどがあります。今まで培った現場での知見を生かしながら、共同研究先とも連携して開発を進めています。開発の方向性としては正解が分かっているものについて、いかに効率的に結果を見出すかという「人手をかけるAI」から、人間が事前に教える必要がない「自ら学ぶAI」の開発を進めています。

斉藤史郎氏

――サイバーの世界とフィジカルの世界が融合していく新しい時代。研究者や技術者に求められるのは、情報の源となるデバイスやシステムの性能とそこから収集した情報をより精度高く分析し予測するAI技術、これらのレベル向上と開発スピードの加速だ。そのためには、研究開発投資や社内外での共創、新分野の開拓など、従来の考えに変化を加えていくことが必要とされる。次回の後編では、東芝の技術開発におけるマインドチェンジについて迫る。

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