サイバーとフィジカルの融合 技術トップが語る未来像(後編)

2018/12/19 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 自前主義に陥らないための変革とは?
  • 新規分野での技術開発と投資の考え方
  • 研究者・技術者への期待
サイバーとフィジカルの融合 技術トップが語る未来像(後編)

あらゆるものがインターネットを通じてつながる社会。消費行動など人のデータだけでなく、様々な装置の稼働状況や電力需要など、実世界で生まれるあらゆるモノのデータを、サイバー空間でAI技術を使って分析し、新しい価値を生み出すことが大きなビジネスチャンスになる時代が到来しつつある。

 

サイバーとフィジカル(実世界)が融合した技術で社会課題の解決に挑む「サイバー・フィジカル・システム・テクノロジー企業」への進化を目指す東芝。その技術戦略について、技術を統括する執行役専務・斉藤史郎氏が引き続き語る後編では、変化に向けた動きと研究者・技術者への期待を通じて、東芝が描く技術の未来像に迫る。(前編はこちら)

 

-技術開発において、東芝がマインドチェンジを図らなければならない点は?

 

斉藤 かつて、全て自前でできると思っていた時代もありましたが、情報社会が発展した今ではその考えはあり得ません。必要に応じて他の人と連携して研究開発を進め、早期の実現につなげていかなければいけません。自前主義に陥らないということが重要です。そのためには、研究の初期段階から国内外のトップの大学や研究機関との連携を図る「オープンイノベーション」を進めており、音声言語処理技術では中国科学院、データ分析技術ではインド理科大学院など、グローバルで産学での研究開発を行っています。

株式会社東芝 執行役専務 斉藤史郎氏

株式会社東芝 執行役専務 斉藤史郎氏

具体的な例としては、海外研究所で英・ケンブリッジ大学と連携している量子暗号通信の研究開発があります。これは、盗聴が原理的に不可能な通信技術で個人情報や金融の取引情報など、極めて機密性の高い情報を安全に伝達することができる技術です。実用化に向けては、暗号化した情報を解読するための鍵を配信する速度と通信距離が課題なのですが、現在東芝は世界記録を更新中です。また、AIチップを低消費電力化するハードウェアについては米・スタンフォード大学と連携して研究開発をしており、従来に比べて88%も消費電力を削減することに成功しています。

 

そして新規事業の創出という点では、研究開発部門で生み出した事業の種を早い段階で形にして世の中に出し、フィードバックをもらうことで育てていく仕組みを導入するだけでなく、100億円規模のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設け、現在の事業ポートフォリオにとらわれない新しい事業を生み出していきたいと考えています。

量子暗号装置(送信機)

量子暗号装置(送信機)

-東芝は今後、精密医療の分野にも参画していきますが、期待している技術はありますか?

 

斉藤 東芝では予防から検診、診断、治療という一連の医療という分野で研究開発している技術がいくつもあります。ひとつは重粒子線がん治療装置です。これは重粒子(炭素イオン)線を光の速度の約70%まで加速させてがん細胞に照射することで治療するというものです。これには大きく2つの技術があります。一つは回転ガントリーという、がんの患部に照射を行う構造体に超伝導磁石を採用し、小型化・軽量化を実現したというものです。ガントリーを回転させることによって、患者は身体を傾けなくても短時間で治療を受けられます。そして、患者の呼吸の動きに伴って動く腫瘍の位置を画像認識技術でとらえる技術です。これによって体内にマーカーを埋め込むことなく精密に照射することができるようになります。どちらも患者の身体への負担を大幅に軽減する技術です。

回転ガントリーと治療室(協力:量研/放医研)

回転ガントリーと治療室(協力:量研/放医研)

もうひとつは生分解性リポソームというものです。簡単に言うと、人間の細胞に入り込める直径100~200ナノメートルのカプセルで、がん細胞の発見に貢献する技術です。その仕組みは、検査用遺伝子を組み込んだカプセルが細胞膜から入り込み、細胞内で分解されることでがん細胞に反応し発光するのですが、その現象を観察することでがん細胞の存在を確認するというものです。がん細胞を生きたまま観察できるのが特長で、これによってがん細胞の経過観察ができ最適な治療法を見出すことに貢献できると考えています。

今後5年間の研究開発について― 注力する分野、投資額は?

-様々な分野で研究開発を進めていくなかで、どういった考えで投資や取り組みをしていくのでしょうか?

 

斉藤 我々としては、今後5年間で9,300億円を投資していきます。主に再生可能エネルギーの技術や先ほど紹介したSCiB™やパワーエレクトロニクス、ロボティクスの分野。半導体の分野ではパワーデバイス、ストレージではデータセンター向けのHDD。その他、産業向けのICTの分野では、東芝のコミュニケーションAIである「RECAIUS™」やアナリティクスAIである「SATLYS™」など、東芝のIoT「SPINEX™」を活用してビジネスモデルを変革するための仕組みの開発など、メリハリをつけた投資を実施していく計画です。

 

一方で開発の側面でも収益力の向上ということを考えなくてはいけません。製品によってはモジュール化や標準化が進んでいないものもあります。こういったものについては研究開発の初期段階から全体を俯瞰できるように、ITを導入していくことで開発の効率向上やリードタイム短縮化を図りたいと思っています。組織面でも、事業の種を生み出す基礎研究から、事業化してからも生産性や保守技術の向上を追求する研究開発まで一貫して技術提供ができるように、海外の研究所も含めた体制を構築しています。BtoC向けや半導体のような製品開発では研究所でアイデアを生み出し膨らませ、それを大量生産に向けて技術を固めるという流れでしたが、BtoB事業ではまずお客様の課題は何かということを聞いて、生産技術も含めて研究開発の初期段階からやらなければいけません。

 

-研究者・技術者の方々にはどのように取り組んでいってほしいと考えていますか?

 

斉藤 国内、海外の研究開発、技術開発の拠点を回って話をすると、自分のアイデアを提案したい、何か新しいものを作り出したいという思いを持っている人が多いと実感しています。そうした思いに応えるためにも、先に述べた100億円規模のCVCなど、オープンなインキュベーションの仕組み作りに取り組んでいます。今までは完成度や品質の高さを求め過ぎていた面があるのではないかと思います。もちろん未完成、低品質のものを世に出すことはできませんが、ある程度の完成度で自分たちとしても納得ができるものであれば、スピード感を持って世に問う、そしてそこで得られたフィードバックを元に改善を加えていく。またテーマによっては、社外の知恵や技術を取り入れていく。そういったやり方もあっていいと考えています。

株式会社東芝 執行役専務 斉藤史郎氏

今は技術がかなり細分化しています。しかし、個々の技術だけではなかなかものになりません。ゼロから1を作り出すのがインベンションだとすると、色々な技術を組み合わせながら新たな提案、ソリューションを作っていく、それがまさにイノベーションだと思います。そのためには、研究者、技術者も自分の専門分野だけではなく、アンテナを高く張っていくことが重要です。

 

我々の研究開発の基本は、メガトレンドに絡む社会課題をいかに解決するかということです。それはSDGsで掲げていることと同じで、これまでやり続けてきたことです。研究者や開発者には、「研究や技術開発は、社会課題の解決やSDGsにある目標を達成するための手段である」ということを念頭に、自身が取り組んでいる研究や技術開発がどういった社会課題にひもづいているかを常に意識していただきたい。

 

是非、自分たちが新しい未来を始動させ、その未来を引っ張っていくという気概を持ってほしい。必ずしも今の事業ポートフォリオにとらわれないで、新しい提案を待っている、期待している、東芝はそういう会社です。決して臆することはありません。

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