ビジネスと人権── 東芝の挑戦 ~人と、地球の、明日のために。

2023/07/21 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 世界で「人権尊重」が大きな潮流になる中、東芝も全社で取り組む
  • 空白が生まれたサステナビリティ活動を、共創が再加速させた
  • 地域社会など、すべてのステークホルダーと一体となり人権尊重を考える
ビジネスと人権── 東芝の挑戦 ~人と、地球の、明日のために。

ビジネスにおいて環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視するESG経営が当然になっている。気候変動への対策、失われつつある生物多様性の保護など、環境(E)の課題に対する取り組みが活発だ。一方、社会(S)に関して「人権」に目を向ければ2011年が節目になる。この年、国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択したからだ。

 

この指導原則は、企業には人権を尊重する「責任がある」と明示する。それは、事業を行う国・地域、本社や拠点の所在を問わない。さらに、「人権デューデリジェンス」など企業が取るべき行動も提示した。国連人権高等弁務官事務所は、「人権で生じた損害に、CO2排出量の相殺に相当するものはない。ある分野で人権を尊重しなかった場合、それを他の分野で帳消しにはできない」と説く。

※企業が、事業活動に伴う人権侵害リスクを把握し、予防や軽減策を講じること。

 

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」は、人権対応の重要な基準となっている

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」は、人権対応の重要な基準となっている

日本においてもビジネスと人権のあるべき姿を模索し、政府は2020年「『ビジネスと人権に関する行動計画」を発表、2022年には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。東芝もグローバル企業として、国連の指導原則やこのガイドラインを実践しようと奮闘している。企業経営の前提として人権を重視する東芝は、「人と、地球の、明日のために。」を経営理念に掲げる。この「人」には従業員はもちろん、サプライヤー、取引先、消費者、地域住民など、すべてのステークホルダーが含まれ、東芝は人間尊重を基本として価値を創造する。「やる事は山ほどある」と言うサステナビリティ推進部 有馬純子氏に、その活動とビジョンを聞いた。

 

東芝の理念体系

東芝の経営理念

ビジネスにおいて、人権への対応が喫緊の課題になっている理由

世界のビジネスで人権尊重がテーマになっているのはなぜか? この問いに有馬氏は、先に挙げた国連の指導原則に加えて、SDGsと関連づけて「すべての企業活動の基盤には人権尊重がある」と明言した。

 

SDGsがスローガンとする『誰一人取り残さない』――これはすなわち人権尊重そのものですし、17すべての目標も人権に結びつくものです。持続可能な社会をつくっていく上では人権の尊重が大前提になり、当然、社会の一員である企業にも人権尊重が求められます。

 

ESG経営のS(社会)は従業員の権利や労働条件など人権そのものに大きく影響し、E(環境)の問題、例えば大気や水質汚染は人々の健康や生活に関係します。また、G(ガバナンス)は企業統治を意味しますが、ステークホルダーの権利を保護する点でやはり人に関わるもの。企業活動は、人権に向き合うことからすべてが始まります

 

SDGs(Sustainable Development Goals)の基底には人権尊重がある

SDGs(Sustainable Development Goals)の基底には人権尊重がある

 「人権とは人間が生まれながらに持つ基本的な権利ですが、国家が保護するものであり、企業に尊重の責任があるという認識は薄かったかもしれません。しかし、経済活動が国を越えて展開される中、企業活動が人権に与える影響は無視できなくなってきました。こうして、企業が取り組むべき喫緊の課題として『人権尊重』が注目されているのです

 

株式会社東芝 サステナビリティ推進部 エキスパート 有馬 純子氏

株式会社東芝 サステナビリティ推進部 エキスパート 有馬 純子氏

上述の国連指導原則が人権に対する認識を高めるよう提言し、多くの企業がサステナビリティ推進活動の中で、人権を重要なアジェンダにし始めた。さらに各国において法制度が整備されていく。

 

「2010年に米国カリフォルニア州で『カリフォルニア州サプライチェーン透明法』が可決されたのを端緒に、2015年に英国で『英国現代奴隷法』が制定され、フランス、オーストラリア、オランダ、ドイツなどが後に続いています。これらの法律に対応しなければ事業活動はできなくなります。

 

人権への対応は、企業が実態を自ら開示しないと、『開示できないのは問題があるから』とグローバル社会では見なされます。『自社ビジネスに強制労働や児童労働などない』というのは思い込みで、意図的でなくてもサプライヤーに過酷な時間外労働を強いているかもしれないし、サプライチェーンの中には児童労働が存在する可能性もあります。『強制労働がない』なら『強制労働はありません』と、調査のプロセスを含めて開示しないと『人権を尊重する企業』として認められません。グローバルに事業を展開する企業は、組織を挙げて人権尊重の意識を高め、正しい実態把握と開示に取り組むことが求められています

 

各国の人権関連法の特徴(出典:すべての企業人のためのビジネスと人権入門)

各国の人権関連法の特徴(出典:すべての企業人のためのビジネスと人権入門

またESG格付け評価機関や機関投資家が、人権関連の情報開示を企業に求め、実行について厳しく評価するようになった。評価が低いと投資が集まりにくくなり、場合によってはダイベストメント(投資した金融資産を引き上げること)を招く。

 

「SNSの普及により、企業のレピュテーションに関するリスクに危機感が高まっています。けれども、人権尊重は、それらリスク回避に止まるものではありません。ブランド価値の向上にはもちろん、従業員エンゲージメントの向上など、企業価値を高めるポジティブな影響も多くあります。

 

社会が持続可能であるためには、まず人が互いを尊重し合う気持ちが必要です。企業が誠実に、健全にビジネスをグローバル展開するためには、人権尊重の姿勢を確立することが必要不可欠と考え、私たちサステナビリティ推進部は取り組みを加速させたのです

不正会計問題による2年間の空白を埋めた、協働と共創

有馬氏はサステナビリティ推進部に所属し、人権尊重に向き合ってきた。社内での教育や人権方針の策定に取り組むと同時に、人事、総務、法務、調達といった部門と連携して課題に向き合う。その一環で進めるのが人権デューデリジェンスだ。これは事業活動における人権リスクを把握し、予防や軽減の措置を講じることで、「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめ世界の人権に関わるルールや法律で求められる取り組みだ。

 

人権尊重に向け、関連部門との連携が進む

人権尊重に向け、関連部門との連携が進む

有馬氏たちは、米国非営利団体のBSR (Business for Social Responsibility)に協力を仰いで、人権デューデリジェンスで東芝のビジネスのどこに人権リスクが発生しやすいかを特定した「人権のリスクマップ」を作成し、是正や予防などの施策を練っている。また調達部の主導により、1次サプライヤーを対象とした人権リスク調査も実施している。

 

「1次サプライヤーへの調査は数が多いため、調達部が設問や方法を毎回見直しながら手探りで進めています。評価結果から優先順位をつけて実態の確認を行い、私たちが取り組むべき人権課題に対処していきたいです。

 

また、人権の課題に関する情報発信では、東芝がグローバル企業として、どう考え、どう取り組むかが問われています。グローバル基準に沿ってビジネスを行うために、海外現地法人をしっかり巻き込んで活動を進めていきたいです

 

専門家との議論し、知見を深める

BSR人権分科会参加企業と議論し、知見を深める 

だが、すべてが順風満帆だった訳ではない。有馬氏たちの活動は、東芝の2015年の不正会計問題から停滞を余儀なくされた。当時、全社を挙げて会計問題を中心に適時・適切な開示に注力し、ESGの中でもG(ガバナンス)に重きが置かれ、人権課題をはじめとするSの活動に力を割きにくくなったのだ。

 

「人権尊重への取り組みは、他社に比べて2~3年ほどの開きが生まれました。けれども、そこからの巻き返しで感じたのは、サステナビリティ活動における協働、共創の力です。同様に取り組む他社ともコミュニケーションを取り、世界の潮流や東芝の現在地を確認できました。サステナビリティ活動は、1社が勝ち組を目指すものではありません。それぞれの企業が強みを発揮し、社会や地球のために動いていく。そのような世界が広がっているのです

 

人権の概念は時代と共に変化し、新たな顔を見せる。インターネットでの誹謗中傷や個人情報流出など、技術やネットワークから生まれる新たな人権リスクもある。有馬氏たちは、AI画像認識を研究開発するチームなどとも連携し、時代に即した課題に目を光らせている。

共に進もう、人と地球と明日のために――

サステナビリティ推進部は、人権尊重と環境を融合させたロードマップを構想する。有馬氏は「環境の分野でも気候変動、生物多様性など諸々の課題が立ちはだかっています。それらと人権の課題を接続し、取り組んでいきたい」と視線を前に向けている。気候変動による災害は人々の生活を脅かし、生物多様性の喪失は水や食物などの資源減少につながるので、環境問題は人権と密接に関係しているといえる。

 

また、人権尊重は東芝やそのサプライヤーだけでなく、社会や地域を含めたバリューチェーンで考える必要がある。それが有馬氏の信念でもある。「東芝は、国内外に多くのグループ会社や事業所、工場を持っています。もしその地域社会に人権問題があるのなら、共に解決に取り組むことを考えたい。こうした人権への対応は、企業を持続可能にすると同時に、地域社会に安定をもたらすだろうと思うからです。それが、『人と、地球の、明日のために。』を実践し、安心安全に暮らせる持続可能な社会づくりに貢献することだと思っています

 

2022年には新たな取り組みとして、ビジネスと人権の課題に関する苦情・通報を受け付ける「JaCER 対話救済プラットフォーム」に参加。東芝のバリューチェーンに人権を侵害するような問題はないか――誰にでも開かれた窓口を設置し、ステークホルダーとコミュニケーションを取りながら、解決策を探っていく。その中で新たな知見を適時に取り込み、人権尊重の施策にいかす。こうした継続的な取り組みの先に、より良き社会の姿が望める。

 

東芝が参画するJaCER 対話救済プラットフォーム

東芝が参画するJaCER 対話救済プラットフォーム

ステークホルダーと対話し、グローバルの潮流を俯瞰しながら、サステナビリティ推進部は活動する。社会が持続可能であるために、東芝のビジネスに必要な人権の取り組みは何か。この解答は前例がなく、手探りでの歩みかもしれない。けれども、それは決して暗闇へのダイブではない。常に立ち返る原点、見上げる理念がある。

 

東芝は約150年にわたり、多様な事業を通して社会に価値を提供してきました。今後も、持続可能な地球につながる価値をさらに模索していきます。時には、人権を優先することで環境保護と反する状況があるかもしれない。

 

そんな二律背反の難しい状況にあっても、私たちには『人と、地球の、明日のために。』という理念があります。迷い、戸惑っても立ち戻れる原点があるのです。この理念に問いかけ続ける限り、私たちは正しい方向に、より良い社会に、地球の明日に向かって進んでいけると信じています

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

人権の尊重 | サステナビリティ | 東芝

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