半導体技術×新材料=課題解決!? 水素センサーで社会をより安全に

2018/03/07 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 次世代型クリーンエネルギーとして期待される水素は可燃性を持つガス
  • 安全な水素社会に必要な「水素ガス検知センサー」の課題は消費電力と検知速度
  • 東芝の半導体技術と新材料の出会いが課題解決へ
半導体技術×新材料=課題解決!? 水素センサーで社会をより安全に

近年、耳にする機会が増えている「水素社会」という言葉。経済産業省によれば、水素エネルギーは2050年までに8兆円規模の市場に成長すると予測され(※)、地球規模での温暖化対策はもちろん、資源に乏しい日本においてはエネルギーセキュリティの観点からも重要なテーマの一つになっている。

 

※水素・燃料電池戦略協議会「水素・燃料電池戦略ロードマップ」より

最近では、都市ガスから水素を生成して電気を起こす仕組みや、水素を使った燃料電池車などが注目を集め、水素エネルギー主体の次世代型の生活モデルが少しずつ具体化しつつあると感じる読者も多いだろう。

 

そんな水素だが、その可燃性から静電気で着火してしまうこともあり、安全に管理することが必要不可欠。加えて都市ガスのように臭いを付けると、それが不純物となってしまうため、そのまま使用することができないという特徴もある。つまり、水素普及におけるカギは安全性の確保なのだ。

 

そこで重要な役割を果たすのが水素センサー。火災報知器と同様に、水素が漏洩した際に素早く検知するセンサーが身の回りに普及することが必要である。この新たな製品の開発に取り組む二人の研究者の試行錯誤に迫ろう。

半導体技術で水素センサーを作る?

家庭用燃料電池や水素製造装置、インフラとなるパイプライン、燃料電池車の車体や補給のための水素ステーションなど、水素検知が必要になる場は枚挙に暇がない。しかし、だからこその課題も生じる。

 

「水素センサーは用途や設置個所が多い分、低コストで大量生産が可能なだけでなく、省電力であることが求められます。ところが、従来の水素センサーでは原理上、センシングの際にヒーターによる加熱が必要で、検知速度を上げるためには、より多くの電力を必要とするというトレードオフ問題がありました」

 

そう語るのは、株式会社東芝・研究開発センターの山崎宏明氏だ。東芝では、水素エネルギーの安全性を確保するために必要とされる水素センサーの二つの課題について、いち早く取り組んできた。

株式会社東芝 研究開発センター・山崎宏明氏

株式会社東芝 研究開発センター・山崎宏明氏

水素センサーに求められる省電力と高速検知の両立。この課題に対して東芝が着目したのがMEMS(※)技術だ。MEMSとは、半導体の加工技術を用いてシリコンなどの基板材料の上で可動する機械構造を形成する微小な電気機械システムをいう。

 

※MEMS:Micro Electro Mechanical Systemsの略

「通常の半導体は機械的には動きません。しかしMEMSは動く点がユニークです。この技術を用いれば、検知速度向上と省電力のトレードオフ問題を解決できるのではないかと思いました。ただ開発をスタートした頃、東芝はMEMSに関して約10年間の知見がありましたが、ガスセンサーに応用するという経験はほとんどありませんでした。それがこの研究における挑戦でした」(山崎氏)

開発した水素センサーチップ(矢印部分)

開発した水素センサーチップ(矢印部分)

何百もの論文を精読した末に

東芝のMEMSに関する長年のノウハウを集結し、水素センサーの設計は出来上がった。漏洩したガスに触れる部分である「センサー膜」に、水素を吸蔵して膨張する特性を持つ金属を用いることで、水素ガスを加熱せずに検知するというのが省電力化に向けたポイント。

 

水素を吸蔵して膨張したセンサー膜が、その下に設置してある可動電極を押し下げることで固定電極との距離を変化させる。その変化をキャッチして、水素の漏洩を判断するというのが大まかなメカニズムだ。

センサー膜

しかし、ここで問題となったのがセンサー膜に用いられる材料。

 

当初、開発チームが目を付けたのはパラジウムだった。水素分子に対して触媒作用を持ち、水素を吸蔵してパラジウム水素化物を形成する性質を持つためである。しかし水素との結合に時間がかかり、検知する速度は遅い。また、検知後、水素を放出するには加熱を必要とするので、電力を消費するという課題も残った。

 

この課題に対して、パラジウムに代わる新材料の開発に取り組んだ林裕美氏(同・研究開発センター)は次のように振り返る。

 

「新しい領域の研究を始める際、その分野の知見に乏しいのが普通です。ただ、新しい研究とはいえ、個々の要素研究には参考になる先行研究があります。分野の異なる研究も含めて、丹念に調査し研究開発を進めることが成功への近道なのです。そこで、センサー膜の研究のために何百という論文を精読しました」

株式会社東芝 研究開発センター・林裕美氏

株式会社東芝 研究開発センター・林裕美氏

その努力の末にたどりついたのが、結晶構造を持たないアモルファス合金(※)であるパラジウム系金属ガラス。パラジウムの原子の配列をわざと崩し、水素との結合を抑制したのが成功のカギだった。

 

※原子や分子などの配列に規則性がなく、結晶構造を持たないものを指す。

パラジウムとパラジウム系金属ガラス

「パラジウム系金属ガラスを使えば、こうした効果が得られるということは、これまでの数々のデータから予測できることでした。しかし、MEMS構造のセンサーに適用した際に、狙い通りの反応が得られるかどうか誰にもわからず、結果が出るまで落ち着かなかったことを覚えています」(林氏)

 

東芝で長年蓄積されてきたMEMSの技術に、材料の新たな知識が組み合わさることで、水素センサーの研究開発に一定の目途がついた。

開発したチップ(左)を搭載した水素センサー(右) ※矢印はセンサーチップ搭載部

開発したチップ(左)を搭載した水素センサー(右) ※矢印はセンサーチップ搭載部

今回試作した水素センサーチップは複数の素子を搭載しているため、今後は機能に応じてさらなる小型化も可能だ。次の課題は、完成を見たこの技術を、大量生産に対応させることだと山崎・林の両氏は口を揃える。そのためには、さらなる安定性と信頼性を追求する必要があるという。

 

水素エネルギーが安心して使える認識が広まれば、自ずと人々の生活に水素活用の機会は増えていくだろう。目指すのは、このセンサーが水素社会のあらゆる場面で、当たり前のように活用される未来である。

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