30分で「肌の状態」が科学的に分かる!? 広がるAIの可能性 ~皮膚科学×AIで実現した「共創」によるDX
2023/09/14 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- ファンケルの肌カウンセリングが角層解析のAI化で30分に短縮、全店舗に展開!
- AI活用によるDXの秘訣は、課題設定とAI開発の進め方!
- なぜ東芝は、新しい分野でも「共創」を実現できたのか?
エネルギー、インフラなど、BtoBを中心に顧客の課題解決を後押しする東芝。そんな東芝が“肌ケア”に一役買っていると言ったら、意外に感じるかもしれない。実は、無添加化粧品で有名なファンケルが行っている肌解析をAIで支援し、ビジネスモデルのDXをともに進めているのだ。AI導入に至る過程はどんなもので、どのような価値が生み出されたのか。AIの開発と実装に携わった2人の技術者の話からひも解いていこう。
肌解析をAIで加速できないか? 模索した可能性
肌に専用テープを貼ってから優しく剥がし、付着した角層をマイクロスコープ(顕微鏡)で撮影。撮った画像をAIが解析している間に、肌に関する問診を実施する。解析が終わると、角層細胞の状態や肌トラブルの可能性、「7つの肌力」を示すレーダーチャートが明らかに。それをもとに、美容の専門知識を持つスタッフがカウンセリングを行う──。
これは、ファンケルの全国約180の直営店で受けられるサービス「AIパーソナル角層解析」の流れだ。所要時間は30分程度、誰でも無料で受けられる。マスクによる肌荒れやニキビなど肌の不調に悩む人が増える今、男女を問わず自分の肌状態をしっかり認識したいニーズに応えて始まったサービスだ。
「AIパーソナル角層診断」は、7つの肌力と5大肌トラブルを判定する。この判定は、角層細胞の形状と、肌の美しさや老化に関わるタンパク質の数値をかけ合わせて数理解析したもの。マイクロスコープの画像から、角層細胞の形やタンパク質の数値を推定するAIを開発したのが東芝なのだ。ここで、AIの開発・検証を担当した江藤雅哉氏に、プロジェクトの経緯を聞いてみよう。
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター エキスパート 江藤 雅哉氏
「ファンケルさんは肌の美しさに関わるタンパク質を特定し、『角層バイオマーカー®』と名づけています。一部の直営店舗と通信販売による『角層バイオマーカー解析』というサービスを有償で提供していましたが、課題があったそうです。
それは、採取した角層を高価な分析機器にかけ、研究者が解析していたたこと。その場で結果を返せるのは旗艦店のみで、それでも2時間かかります。その他の店舗では、解析は研究所に郵送して行う必要があり、2週間ほど必要で手間もコストもかかる上に、サービスの利用者は改めて来店する必要がありました。ファンケルさんは、すべての直営店舗で角層を採取したらその場で解析結果が見られ、すぐにカウンセリングをできないかと考えていました。ここに、東芝の『SATLYS AI共通基盤』を活用しました」(江藤氏)
東芝のAI導入前後における、サービスの違い
ファンケルが求めていたのは、画像から角層バイオマーカー値をAIで推定し、数理解析した肌状態を店舗でカウンセリングに利用するための仕組み。AIを開発する企業は数多あるが、東芝に白羽の矢が立ったのは、その一気通貫の体制だ。
「私たちの場合、準備段階としての課題抽出やKPI設定、AI導入の提案から始まり、AIの開発、お客様の環境の構築、運用、そして保守まで総合的に支援しています。この支援体制やそれを実現するAI人材の厚みを評価していただき、今回の共創へとつながりました」(江藤氏)
細かくフェーズを分け、AI開発のヒットを重ねる
AIを開発する時、最も重要なのが最初の業務分析や課題設定だ。東芝は「デジタルコンサルティング」と位置づけ、ここで議論を十分に深めてからAIに求められる要件を定める。その意味で、江藤氏は「当初から、分析に手間がかかる、コストが高い、診断まで時間がかかると課題が明確だったのが、成功のポイントでした」と振り返る。
お客様の課題を解決する、SATLYSによるAI開発・導入の流れ
しかし、最初から成功を確信していたわけではなく、明確な自信はなかったという。「直感的に、AIで角層バイオマーカー(タンパク質)を判定するのは難しいのではと思いました。それでも、やり甲斐のある仕事。『挑戦させていただけますか?』とお願いして、プロジェクトが始まりました」(江藤氏)
当初、東芝が目指したAIは、撮った角層画像から、皮膚のバリア、抗酸化、炎症などに関わる7つのバイオマーカー値を推定するもの。しかし、長年にわたりAI開発に携わってきた江藤氏の直感は正しかった。
「試作したAIに対し、93枚の角層画像データを入力してバイオマーカー値を推定し、実測値と比較しました。その結果,推定値と実測値の相関係数は0.22〜0.54と、あまりいい結果ではなかったのです…。これでは、ユーザーの角層を解析できたとは言えません。淡い期待は打ち破られました」(江藤氏)
この危機をどのように乗り越えたのか。そこには、AIの共創に豊富な経験がある、東芝ならではの工夫があった。実は、当初からAI開発をいくつかのフェーズに分けて、段階的に進めることにしていたのだ。そして、両社で協議を重ねる中で、最終的に3つのフェーズを重ねることでサービスに使えるAIの完成に至ったのである。
ファンケルと東芝が行った、AI開発の3つのフェーズ
「最初から問題を大きく設定し、完璧な解決を目指すと、プロジェクトが長くなり失敗のリスクも高まります。そこで短期間で成果を出せるようにやるべきことを分解して、ファンケルさんと相談しながら進める。野球に例えると、ホームラン狙いではなく、ヒットを重ねて試合に勝つ作戦です。
フェーズ1では、研究用カメラで撮った角層画像からAIでバイオマーカー値を推定できるか試みましたが残念な結果でした。そこでフェーズ2に移りました」(江藤氏)
ファンケルと東芝は、フェーズ2へ移るときに目的を再確認し、問題を設定し直したという。目的は、バイオマーカー値の推定ではなく、肌の状態を推定してユーザーに合ったお手入れをコンサルティングすること。ならば、「バイオマーカー値に何かを組み合わせることで、肌の状態を適切に推定できないか」という問題へ変えた。
そして開発したAIが、「角層細胞の形の推定」である。ファンケルの研究によって、角層細胞の形が肌の状態に関係すると分かっていたので、画像上で細胞の輪郭や表面を強調する処理を施し、それをもとに一つひとつの角層細胞の形を推定し、数値化するAIを開発。そして精度77%という満足のいく結果を達成できた。
東芝のAIによる角層細胞の自動認識
AIは搭載した後が大事、さらなるサービス向上へ
このように東芝のAIが角層細胞の形とバイオマーカーの値を推定し、これらを基にファンケルの数理解析が、肌の水分量、バリア機能、弾力、シワ、炎症などの指標を算出する。その結果がクラウドからサービス利用者のいる店舗に配信され、カウンセリングが行われる仕組みだ。つまり、東芝は時間とコストがかかっていた分析を画像解析AIで効率化し、肌研究の専門家であるファンケルが肌の状態推定を担うといった共創の座組みとなる。この成功を受けて、AI開発はフェーズ3へと入る。店舗での適用を見据えて、実際に使われるカメラで撮った画像で最終確認。そして無事が完成したが、これでめでたしめでたしではない。
全国約180の店舗にある端末で使えるよう、さらに本番環境の構築、運用、保守が必要になる。そこに携わったのが、AIの実装を担った田中和幸氏だ。
「クラウドにある東芝のAIとファンケルさんの数理解析を、店舗の端末から呼び出せるようにすることで、『AIパーソナル角層解析』を店頭で提供できるようにしました」(田中氏)
東芝デジタルソリューションズ株式会社 デジタルエンジニアリングセンター
AI・自動化技術サービス部 サトリスAI技術開発担当 スペシャリスト 田中 和幸氏
さらに今回、東芝ならではの新しい取り組みがある。田中氏は「当初の推定だけでなく、サービス開始後の学習機能も搭載しました。なぜなら、AIは搭載した後が重要だからです」と語る。どういうことだろうか?
「『AIパーソナル角層解析』が行われることでデータが集まります。そのデータをAIに再学習させることで、推定の精度を維持し、向上もできます。それを受けて、AIだけでなくファンケルさんの数理解析も含めて学習・更新する機能を提供しました。この機能を使用して、既に精度の向上が行われています」(田中氏)
皮膚科学という新分野でも、顧客と共創できる
様々な苦労を乗り越えて始まった、「AIパーソナル角層解析」。その結果は如実に表れた。
「予約が必要なほど、ユーザーに大好評と伺っています。ユーザーからは『自分の肌の状態を知られてよかった』という声が多く、販売員も根拠に基づいて商品を薦められ、納得してお買い求めいただけるようです。また、これまで目視で角層を解析していた研究員は、生まれた時間を新たな研究に使えるのではないでしょうか」(江藤氏)
今回、東芝が得意なエネルギー、インフラからすれば、少し毛色が異なる挑戦だった。プロジェクトを経て、2人はこのように語る。
「もちろん、東芝に皮膚科学の知識はありませんでした。しかし、私たちには『お客様の課題をAIで解決するという実力と知見』があったから、ファンケルさんとの共創が成立したと思います。
新しい分野でも、お客様に構想とデータがあれば、東芝はそこに寄り添って共創できます。今回の事例で自信を持てたので、ぜひ様々な業種・業態のお客様にお声がけいただきたいですね」(江藤氏)
「お客様のビジネス環境は、常に変化しています。当然、AIを含めて技術も進化し続ける必要があります。私たちは、最新技術に基づいた最適なソリューションを提案できるように、常に準備を続けています」(田中氏)
「AIパーソナル角層解析」は、ファンケルが持つ現実世界のデータを活用して、サイバー空間でAIを使い分析、それを改めて現実世界にフィードバックする。まさにCPS※によるDXの具現化だ。DXが必要だと叫ばれるなか、今回はAI活用がビジネスへうまく組み込まれ、サービスの構造自体を大きく変えた。つまり、店頭でのカウンセリングと化粧品販売がDXで進化した事例であり、江藤氏も田中氏も「共創によるDXのお手本になった」と振り返っている。
※現実世界から得られるデータを、サイバー空間で解析し、価値ある情報として戻す仕組み
「AIパーソナル角層解析」は、男女や年齢を問わずファンケル直営店で手軽に受けられる。一度、試してはどうだろうか?百聞は一見にしかず──。肌に専用テープを貼ってから優しく剥がすだけで自分の肌の状態が分かる様子から、ファンケルと東芝の凄さを体感できるかもしれない。
関連サイト
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