研究開発新棟「イノベーション・パレット」が稼働 ~“How are you?”からイノベーションを起こす。
2024/02/26 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 新しい時代の研究所を志向した「イノベーション・パレット」が稼働!
- 「ABW」「共創空間」「ライブ実験場」で、オープンイノベーションを強化!
- 多様な人材の出会いと対話から、アイデアの創出と具現化を演出!
1961年、現在の研究開発センターの前身である東芝中央研究所が、川崎・小向事業所に設立された。以降、総合研究所、現在の研究開発センターと名称と機能を変えながらも、東芝の研究所は常に革新的技術の研究開発により数々の社会課題を解き、社会や人々の暮らしを豊かにしてきた。一方で昨今の社会課題の複雑化と深刻化に伴って、かつての垂直統合型の研究・開発モデルには限界も見え始め、新しい時代を志向した研究所としてのあり方、そして研究者たちの働き方を問い直していた。
その解として誕生したのが、2024年1月から稼働した研究開発新棟「イノベーション・パレット」だ。新たな研究所は何を目指し、どう生まれ変わろうとしているのか。東芝の技術・研究開発を率いる佐田豊氏の話から、これから東芝が目指す研究開発やイノベーションのあり方に迫った。
これまでの研究開発センター(手前)から、研究開発新棟(奥)へ東芝の研究所が移転
多様な才能や知識が交わる「新世代の研究開発センター」が誕生!
これまで東芝の研究開発センターでは、森健一氏が世界初の日本語ワープロ「JW-10」を、高見則雄氏がチタン酸リチウムを用いた二次電池「SCiB™」を発明するなど、その時々の社会課題を解決した数々のイノベーションが起きてきた。しかし、現代は当時と比べると、社会課題が絡まり複雑化しており、少数の研究者の専門知だけでは、課題解決に資するソリューションの構想やその開発が難しくなっている。ゆえに、専門性を超えた才能や知識のネットワークにより、総合知のイノベーションを発揮することがより重要となってきている。
「10年後、20年後に顕在化する社会・顧客の課題は何か? この課題解決のために活用可能な技術にはどのようなものがあるか? これらの技術を組み合わせるとどのように課題を解決できるのか? それを大勢の研究者が、様々な技術領域をまたがって話し合うことが大切です。これまでの研究開発センターでは技術領域ごとにオフィスが分かれており、そこが十分ではなかった」と、上席常務執行役員 佐田豊氏(CTO)はこのように語る。
株式会社 東芝 上席常務執行役員 CTO 佐田 豊氏
大勢の多様な才能や知識を持つ研究者が、領域を超えて話し合う場──。そう語る佐田氏の頭の中にあったのは、2000年に訪問したシリコンバレーのインターネットベンチャーのオフィスだった。
「オフィスの真ん中にはビリヤード台。その横に小さなコーヒーテーブルがあり、そこで研究者がキューを抱えて話し込んでいました。テーブルの天板はホワイトボードになっていて、そこに何かを書き込んでいる。人と人との接点を演出し、対話を誘発して新しいアイデアを生み出す。この風景が、新しい研究所の原点となりました」と振り返る。
理想を具現化し、さらに現代の働き方に合わせて進化させたのが研究開発新棟、通称「イノベーション・パレット」である。「これまでの研究所にはない革新的なイノベーションの場」と自信を覗かせる佐田氏。その役割をこう語る。
「ひとつは、これまで通り、革新的な技術を研究開発すること。もうひとつは、技術を生み出すだけでなく、その技術を社会やお客様の価値に転換し、社会課題を解決していくことです。そのために、事業部やお客様、パートナー企業、アカデミアが、研究開発新棟で新しい技術に触れ、私たちと一緒に機能実証、システム実証、そして事業化の検討まで携われるようにしました。
多様な色(ステークホルダーや才能・知識)を混ぜ合わせて価値を生んでいく。様々な立場の多才な人たちが議論しながら共創し、イノベーションを起こす。それが『イノベーション・パレット』のコンセプトです」(佐田氏)
キーワードは「ABW」「共創空間」「ライブ実験場」
「イノベーション・パレット」は、研究開発の場として「Activity-Based Working (ABW)」「共創空間」「ライブ実験場」という3つの特徴を備えている。
「ABW」は、その時々の目的によって働く場所を変えられるシステムのこと。異分野の研究者が出会い、刺激し合うことで、アイデアを創発、具現化する。固定席を撤廃し、集中作業、共同作業、アイデア出し、情報共有、休憩時の交流など、活動別の最適空間を設計した。「専門性を持った多才な研究者が、集中したりオープンな空間で交わったりと、力を発揮しやすくしました。人と人が健全な摩擦を起こす。そこにイノベーションの種が生まれます」(佐田氏)
東芝の研究開発新棟には多様なエリアがあり、上記はその一例
2つめの特徴「共創空間」は、様々な人が集い、新しい価値を共に創り上げる場を意味する。展示会や講演会などが開催されるほか、ハッカソン、ブレインストーミング、プロトタイピングに適した空間が用意されている。良質な出会いを演出し、高い成果につなげるオープンイノベーションの中心地だ。
「『イノベーション・パレット』では、研究者同士だけでなく、事業部の開発・設計者や営業、デザイナーともコミュニケーションが取れます。また、同じプロジェクトを進めているお客様、パートナー企業、アカデミアといった社外の方が短期的に働けるエリアも設けています。複雑化する社会課題を解決するイノベーションは、研究所内だけでは生まれません。研究所外、社外のアイデアをいかに取り込むかが重要です。そのための場が共創空間です」(佐田氏)
最後の特徴は「ライブ実験場」であり、各種技術の実験環境としても「イノベーション・パレット」を活用していく。たとえば、オフィス内の人の行動認識、空調・照明・エレベーター制御、エネルギーマネジメント、無線通信など、「自分たちが働く場所そのものを研究の題材にして、実感を伴った実験により、技術を磨いていく」と佐田氏は言う。
“How are you?”からイノベーションを起こす!
新たな技術、価値の創出の場となるイノベーション・パレットは完成した。しかし、それを使いこなす人のマインドも重要だ。
「まず、“How are you?”から始めてほしいと思っています。すれ違いざまに、『最近はどうなの?』と気軽に話しかけることが『イノベーション・パレット』というハードウェアを使いこなす出発点になります。従業員がすれ違える動線を設計したり、部署やチームが混ざるABWを採用したりと工夫しても、そこに出会い、対話や交流が生まれなければ意味がない。私は、偶発的な交流を起こせる風土の有無に、イノベーション力の差があるのではないかと思っています」(佐田氏)
研究開発新棟を使いこなすために、研究者出身のプロジェクト・メンバーと対話
多様な人材の出会いを大切にする佐田氏には、印象深い事例があるという。それは、量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+™」だ。「SQBM+™」は、金融取引の最適化、移動経路の最適化など、膨大な選択肢から最適な組合せを短時間で選び出す。研究開発センターに所属している後藤隼人氏、辰村光介氏という専門分野の異なる2人の研究者が出会い、協働することによって生まれた。
後藤氏の専門は量子計算で、辰村氏はコンピューターサイエンス。まったく異なる領域で、別々に研究をしていた。出会いのきっかけは、社外のセミナーで後藤氏が講演し、辰村氏がそれを聞いたことだった。後藤氏の量子計算のアイデアに、辰村氏がコンピューターサイエンスの知識を組み合わせる。これが、大規模の最適化問題を解けるソリューションを生み出し、金融、創薬、遺伝子工学、物流、AIなど多様な領域の社会課題の解決へ適用され始めている。
「後藤さん、辰村さんの出会いから革新的な技術、ソリューションが生まれましたが、悔しいのは、きっかけが社外セミナーだったこと。このような出会いを連発することこそ、イノベーション・パレットが目指すものです。
東芝には世界トップクラスの技術力を持つ研究者が、AI、通信、半導体など様々な領域で活躍しています。世界をよりよい場所にする製品やサービス、その基盤となる技術に強烈な拘りを持ち、0から1を生み出すのが東芝のDNAです。イノベーション・パレットは研究者どうし、さらに事業部、お客様といった様々な人の出会いを演出することでこのDNAを存分に刺激します。これまで以上に社会に役立つ技術、ソリューションが生まれることを、大いに期待しています」(佐田氏)
様々な専門性を持つ人材が自然と出会いが生まれるよう、カフェテリアも充実している
高邁な思想と軽やかさを両立する!
佐田氏は、「解くべき社会課題が深刻で、複雑に絡み合っているので、東芝を含めた多くの企業が苦労している」と率直に表現する。懸念するのは、その苦労によって軽やかさを失うことだ。
「東芝の経営理念である『人と、地球の、明日のために。』につながることなら、なんでも自由にやっていい。東芝に集まった研究者たちは、これまで世界になかったものを生み出すという風土に惹かれた、能力の高い人ばかりです。その気持ちを大事にしながら、技術で社会の役に立つという高邁な思想と、面白いことをやりたいという軽やかさ、その両方が実現できる場所がイノベーション・パレットです」(佐田氏)
東芝の経営理念
その時に大事になるのが、「こういう社会をつくる」という構想だという。技術が網の目のように関わり合う時代には、少人数で構想を思い描くのは難しい。ここでも多様な領域の研究者たちが、オープンに話し合うことが重要だ。イノベーション・パレットは始まったばかり。佐田氏も一足跳びにすべてが変わるとは考えていない。最後に、こう締め括った。
「最初は10人でもいい。異なる領域の研究者が議論して、そこから新たなアイデアやイノベーションが生まれれば、徐々に東芝全体にその文化が波及していくはずです。“How are you?”から始まり、自分が研究する技術や知識が、ほかの誰かの課題解決にミートする。そんな対話がたくさん起こることを期待しています」(佐田氏)
イノベーション・パレットから社会を変革する新たな技術、ソリューションが生み出される日が楽しみだ。