モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (前編)

2020/07/15 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 専門医が唱える、AIを活用した生活習慣の改善
  • 健康診断のデータから、AIが生活習慣病になるリスクを可視化
  • AIの精度を左右するデータを、泥臭く地道に確保
モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (前編)

健康診断を受けるたびに、生活を見直して健康的になろうと思う人は多いだろう。しかし、自分の努力が、健康上どれだけの意味があるかを実感できず、挫折してしまうのも人の常である。このように、自分の意思だけで生活習慣を変えることは何とも難しい。

 

この問題に対して東芝は、50年以上の研究で育てた人工知能(Artificial Intelligence: AI)の技術と、140年以上のモノづくりで培った大規模なデータ分析から価値を見いだす経験、そして機動的なソフトウェア開発力を活かそうとしている。診療の最前線で活躍する医師とともに東芝が開発する、私たちの健康に貢献するソリューションに迫る。前編の今回は、生活習慣病になる時期を見える化する「疾患リスク予測AI」を中心に紹介する。

 

専門医が語る、AIを活用した近未来の医療

 

「メタボリックドミノという言葉を聞いたことがあるでしょうか?これは、高血圧、高血糖、脂質異常症といった生活習慣病がドミノ倒しのように進んで、最終的に透析、失明といった私たちの生活を脅かす状態や、脳卒中、心不全といった命にかかわる病気になり得ることを表す言葉です」

 

そう教えてくれたのは、日本橋室町三井タワー ミッドタウンクリニック 総院長の田口淳一医師だ。田口医師は、脳疾患、心臓疾患といった動脈硬化性疾患に対する専門性を磨いてきた経歴に加えて、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)や糖尿病などの内科疾患を幅広く診療している。さらに、人間ドックや遺伝情報を活用した病気の予防にも注力している。予防から治療まで幅広い知見を持つ田口医師によると、生活習慣病になる手前の段階がメタボリックシンドロームで、この段階で自分の健康を見直すことで、命にかかわる病気になることを防げるという。

 

しかし、いくら医師に生活習慣を見直すように指導されても、今痛くも痒くもなければ、私たちは、なかなか自分の行動を変えることができない。そこで、田口医師は、東芝が開発した「個別の健康診断(健診)データを基に、その人がこのまま健康状態が悪化すると、将来どのような生活習慣病になるのか」をシミュレーションする「疾患リスク予測AI」の活用を検討中だ。画一的ではない「病気になるリスク」を、その人のデータを根拠に数値で示すので、説得力は格段に上がり、医師が専門知識と経験知をさらに発揮することが期待される。つまり、AIがデータ処理で対応できるところは機械に任せ、医師は臨床の最前線にいる医学専門家にしかできない「それぞれの患者さんに向き合った、豊富な専門知識に基づくきめ細かな指導」に集中できるという本質を、田口医師は強調する。

 

日本橋室町三井タワー ミッドタウンクリニック 総院長 田口淳一医師

日本橋室町三井タワー ミッドタウンクリニック 総院長 田口淳一医師

 

私たちの生活を変える、AIによる将来の発病リスクの可視化

 

田口医師と、東芝の研究者をつなぎ、この「疾患リスク予測AI」を活用したソリューションを具体化するための道筋を作っているのが、株式会社東芝 技術企画部の山口泰平氏だ。山口氏は、元々は半導体の技術者として東芝に入社したが、社会課題を解決することへの関心が強く、自ら手を挙げて新規事業に携わるようになった。山口氏は、このソリューションに込める思いを、次のように語る。

 

「大企業には、従業員の健診や治療薬にかかわる大量のデータが長年蓄積されています。このデータを東芝のAI技術で解析することで、生活習慣病になる前の“未病”の段階でアラートを出し、生活習慣の改善につなげられるのではないかと思いました。超高齢社会では、いかに心身ともに健康に過ごせる期間(健康寿命)を伸ばすかが重要です。世界最速で高齢化が進む日本から世界に向けて、東芝だからできるソリューションを発信したいと思いました」

 

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室 スペシャリスト 山口泰平氏

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室 スペシャリスト 山口泰平氏

 

田口医師と東芝が開発を進めるソリューションは、次の通りだ。健診を受けたときの血圧や腹囲、飲酒の頻度といったデータを「疾患リスク予測AI」に読ませると、1年後、2年後といった形で何年後に、今の健康状態が要注意段階、そして異常段階(生活習慣病)に至るかを算出する。予測の対象は、糖尿病、腎臓病、肝臓病、高血圧症、脂質異常症、そしてメタボリックシンドロームの6つだ。また、運動や飲酒などの生活習慣パラメータを変更することで、生活習慣病になるリスクがどの程度「下がる」かも一目で分かるようになっている。このように健診の数値を見るだけではピンとこなかった病気のリスクが可視化されることで、私たちは自身の生活を見直しやすくなる。

 

疾患リスク予測AI

疾患リスク予測AI

 

さらに追加で開発中のソリューションとして、リスクを予測するだけではなく、今達成するべき目標値を算出するAIがある。具体的には、「将来の生活習慣病のリスクをこのレベルまで下げたいとき、今、達成するべき具体的な目標は何か」といったことを教えてくれ、体重など個人に合わせた改善目標が分かる。これら2つの「疾患リスク予測AI」と「目標値算出AI」が揃うことで、「あなたの場合は、このままいくと、この時期に生活習慣病になるリスクがこれくらいある」ということが分かる。そして、そのリスクを下げるために「今、どの程度の生活習慣の改善が必要か」という具体的な目標が数値で提示される。そして、この目標値と医師の指導の下で、自分事として生活改善に取り組むことができる。

 

これらのソリューションを実現するにあたり絶対に必要なのが、健診結果とレセプト*といったAIを開発するために必要な「“質”の高いデータ」だ。山口氏は、これらのデータを解析に使用するため、東芝健康保険組合(東芝健保)や総務部に協力を仰いだ。数十万人単位の健診結果や治療薬にかかわるデータが、時系列で保存されている疫学に近い高品質なデータは、他ではそう簡単に手に入らないからだ。だが、扱うデータは最大限に配慮しないといけない個人情報なので、データのセキュリティ対策の確保と同時に、このソリューションの必要性を東芝健保と総務部に理解してもらう必要があった。そこで山口氏は、全国にいる東芝の産業医、保健師を一人ひとり訪問した上で、現場の課題を収集し、その課題を解決するソリューションであることを伝え、協力体制を構築した。
*治療薬など、医療機関が健康保険組合に提出する月ごとの診療報酬明細書

 

このように各事業所を行脚し、産業医や従業員の声に触れた山口氏は、このソリューションの意義を肌で感じたという。同時に、医療の領域にかかわることの重み、誠実であり続ける必要性も再確認した。そのため山口氏は、このAI技術をより多くの人に使ってもらうために、様々な組織と連携しながらソリューションを展開したいと考えている。他の企業でも「疾患リスク予測AI」と同様のサービスを展開しているが、高い予測精度を達成することに加え、様々な組織と得意領域を持ち寄って連携することで、総合的価値をともに生み出すことを重視しているのだ。

 

次週公開の「モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (後編)」では、「疾患リスク予測AI」がどのように開発され、どんな期待がかけられているか紹介する。

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