ヘルスケアに生かせ!ゲノム情報 ~競争ではなく共創へ

2023/06/19 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • DeNAライフサイエンスと東芝は、なぜ互いを選んだ?
  • ゲノム情報活用が可能にする、新たな価値提供。
  • 競争から共創へ、それぞれの視点から描く将来像。
ヘルスケアに生かせ!ゲノム情報 ~競争ではなく共創へ

人生100年時代──。病気などで日常生活が制限されずに生きられる期間、すなわち健康寿命の延伸が重要になる。この時に役立つのがヘルスデータだ。一人ひとり異なる健康データを活用して、その人に合ったヘルスケアが実現すれば健康寿命を伸ばすことにつながる。このデータにはゲノムも含まれる。ゲノムとは、Gene(遺伝子)とChromosome(染色体)を合成した言葉で、すべての遺伝情報を指す。

 

ゲノムは、生命現象や疾患に関連する重要な因子として様々な研究が行われている一方で、究極の個人情報とも言われている。この機微な情報を扱うことに対して、私たちはどう向き合うのか? 日本科学未来館による「ゲノム情報の利活用に関する調査※1」によると、「ゲノム情報を医療や研究にどのように役立てて欲しいか」という質問に対する答えは、「自分の治療法を選ぶ」など自分の健康に関わるものだけでなく、「将来の人のため」や「子や孫のため」といった未来や社会に貢献するものもある。

※1 厚生科学審議会科学技術部会全ゲノム解析等の推進に関する専門委員会(第7回)(参考資料11)

 

ゲノム情報を有効活用することで、一人ひとりのQOL※2向上と、次世代のヘルスケアへの貢献を目指し、手を組んだのがDeNAライフサイエンスと東芝だ。両社は、ゲノム情報を含むヘルスデータの利活用で協業を検討し始めた。エンターテインメント領域で強みを持つDeNAとモノづくりの東芝。一見すると距離がある2社がなぜ互いを選び、ビジョンを共有し合い、深い議論を進められているのか。その実態、将来像などを聞いた。

※2 肉体的、精神的、社会的、経済的、すべてを含めた生活の質のこと

ゲノム情報をヘルスケアに生かし合う!

約150年モノづくりを続ける東芝は、太陽光発電などのエネルギー、上下水道などのインフラ、半導体、AIなどのデジタルといった幅広い領域で、持続可能な社会に貢献する製品・サービスを提供してきた。今、急速に高齢化が進む日本において、医療や健康は世界で注目される社会課題となっている。この課題に対して、東芝は蓄積してきた「モノづくりの力」と「データの力」をいかして、精密医療領域でも研究や事業開発を進めている。そのビジョンは、①一人ひとりのQOL向上を応援、②積み重ねた技術、新たなパートナーシップで、先進医療やヘルスケアを支える、③次世代を見据えた予防医療にデジタルの力を生かす、だ。

 

その対象範囲は、予防、検診、診断、治療、予後と広く、活用される技術もAIや超電導と多様。ただ一貫しているのが「ヘルスデータの活用」だ。一人ひとりのQOLや健康寿命の改善のため、要素技術とそこから生まれるデータを活用し、繋ぎ合わせることで、予防、検診、診断、治療、予後の領域で一人ひとりの生活に適した医療の実現を目指している。

 

東芝は、循環的なヘルスデータ利活用で、一人ひとりの生活に適した医療の実現を目指している

東芝は、循環的なヘルスデータ利活用で、一人ひとりの生活に適した医療の実現を目指している

この取り組みに欠かせないのが、一人ひとりの身体の設計図と言われるゲノム情報だ。ゲノム情報への取り組み、そしてDeNAライフサイエンスとの連携について、東芝 ライフサイエンス推進室の山口氏が、東芝のこれまでの取り組みを含め、次のように詳細を教えてくれた。

 

「一社に長く務める傾向のある日本では、その人の健康診断データ、問診データ、レセプトデータ(服薬情報)が長期間保存されています。ここにゲノム情報を繋ぎ合わせれば、病気の仕組みの解明や予防が進み、私たちのビジョンの1つ『次世代を見据えた予防医療』に貢献できると考えました。

 

こうしたビジョン、取り組みに賛同した東芝の従業員が同意のもと提供したデータを集約し、私たちが解析を進めています。アカデミアとゲノム情報を用いた共同研究も進めており、得られる結果をいかに従業員、さらに社会に還元するかを考えています。たとえば、健診やゲノム情報から、AIを活用して疾患リスクを算出する研究開発を進めています。

 

一方で取り組みを広げ、ビジョン実現へ加速するためには、より多くのゲノム情報と組み合わせた研究と、社会実装に向けたパートナーとの連携が必要です。そこで今回、DeNAライフサイエンスさんならビジョンを共有し合い、実現に向けて加速できると考え、協業検討を始めました」(山口氏)

 

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室  エキスパート 山口 泰平氏

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室  エキスパート 山口 泰平氏

一方のDeNAは言わずと知れたエンターテインメント企業だが、実はヘルスケア・メディカル領域でも実績を重ねている。その中心にあるのが「MYCODE」という遺伝子検査サービスだ。これまでのべ約12万人が使用しており、唾液採取によって「病気のかかりやすさ」「体質」などの遺伝的傾向を把握できる。利用者は検査キットを購入し、Web上で遺伝子検査の結果を確認する。

 

MYCODEのサービス概要

MYCODEのサービス概要

「MYCODEを利用される約12万人のうち約90%が、ご自身のデータの研究使用に同意されています。この貴重なデータで、『人々のQOL向上につながる新たな価値を生みたい』と構想しています。ゲノム情報で10万人を超えるデータ蓄積は稀であり、ここから想像もつかない価値を創れるはずです」そう自信に満ちた表情で語るのは、DeNAライフサイエンス社長の砂田真吾氏だ。

 

株式会社DeNAライフサイエンス 代表取締役社長 砂田 真吾氏

株式会社DeNAライフサイエンス 代表取締役社長 砂田 真吾氏

続けて東芝との連携について丁寧に教えてくれたのは、DeNAライフサイエンス ゲノム解析センター長の鈴木久皇氏。そこには、ヘルスケアの改善、その先のQOL向上を実現するためには一企業や、限られたデータでは難しい側面が垣間見える。

 

「DeNAライフサイエンスのデータは、『お金をかけて自分の遺伝リスクや体質のデータを知りたい方』かつ『自身のデータの利活用に同意いただける方』からお預かりした貴重なもので、ゲノム情報の価値を社会に還元しようと考え、食品メーカー・化粧品メーカー・アカデミアの皆さまとの多くの共同研究に活用されています。

 

私たちのデータは利用者が計測した1時点のもの。研究成果を最大化し、一人ひとりのQOLを向上させるためにはゲノム情報を含め、健康情報や生活習慣のデータ等、より多くの情報を組み合わせた解析が必要であると、様々な共同研究から感じていました。東芝さんの『ゲノム情報と結びつく何年も継続して取った健康関連データ』は、まさに求めていたものです。さらに、東芝さんがモノづくりで培ったエレクトロニクス技術を活用することで、これまでにない健康データ項目の取得が可能になるのではないかと考えています。データが緻密になることで新たな研究の方向性が期待できます」(鈴木氏)

 

株式会社DeNAライフサイエンス MYCODEサービス部 ゲノム解析センター センター長 鈴木 久皇氏

株式会社DeNAライフサイエンス MYCODEサービス部 ゲノム解析センター センター長 鈴木 久皇氏

ともに生み出す、新たな市場

DeNAライフサイエンス、東芝ともに自社のデータだけでも十分に価値を生めるが、ヘルスケア改善、人々のQOL向上のため早期の社会実装を目指し、お互いを必要としたわけだ。「ゲノム情報の利活用」という側面を見れば両社は競合関係にあるが、本質的に考えれば協業することで新しく意味のある市場を創れる。DeNAライフサイエンスと東芝は、両社のデータを活用することで、まず、次の4種類の事業を考えている。

 

DeNAライフサイエンスと東芝が構想する、ゲノム情報を活用した協業事業

DeNAライフサイエンスと東芝が構想する、ゲノム情報を活用した協業事業
  • 創薬プロセスの支援:
    独自の遺伝的背景を持つ人々を見出して、病気のタイプに合わせた新薬開発を促進する。また、既存の薬剤の再活用などへもデータ利活用の可能性を調査する。
  • 薬剤上市後の分析支援
    実際に薬剤が使われた時の副作用や合併症等の発症メカニズム、および個人差を見出す。データの複合的な分析を見据えて、データ利活用の可能性を調査する。
  • 健康増進を支援するサービス開発:
    様々なデータを組み合わせて解析することで、糖尿病や心血管疾患等の生活習慣病を予防する行動変容プログラムを構築する。
  • リコンタクトパネル参加型の臨床試験・研究の運営:
    データベース協力者から研究への参加同意を取得し、食品、化粧品、製薬企業などの臨床研究を受託し、被験者募集やデータ収集をする。

 

こうした協業について、東芝で事業開発の前線に立つ海老澤氏は、期待を膨らませ、次のように語った。

 

「実際、データ量という観点で考えると、他にもいくつか協業を検討する候補はあります。ただし、それらの企業は、基礎研究でのデータ活用について意思表示はしているものの、得られた情報をどのように利用し、利用者に提示・還元しているのかが少し見えづらい部分がありました。

 

一方、DeNAライフサイエンスさんの場合、MYCODE Researchという形で研究結果を公表し、『価値を還元する』という点で我々のビジョンと方向性が一致すると感じました。私たちのように社会実装を目指し、Web等で明確に謳っている企業は少ないと思います。次世代に価値を繋ぐ事業創出に携われることに、やりがいを感じますね」(海老澤氏)

 

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室 スペシャリスト 海老澤 昌史氏

株式会社東芝 技術企画部 ライフサイエンス推進室 スペシャリスト 海老澤 昌史氏

ゲノム情報をもとにして自分の状態が分かると、健康へ向けて行動を改善し、QOLが向上していくのではないか。その時には、医師の治療、企業のソリューションなど、個人に適した様々な選択肢があるはずだ。そういった社会を実現するために両社がどのような将来像を描き、今どういった取り組みを進めているのか教えてもらおう。

競争ではなく共創だから見える、ヘルスケアの未来

まずは、DeNAライフサイエンスから。社長の砂田氏は、協業検討を進め、いかに早く具体的な段階へ進められるかにこだわっている。ここで鍵を握るのは、“Community-derived science”という考え方だ。砂田氏は、分かりやすくかみ砕いて教えてくれた。

 

「直近の目標は、両社でどのような価値を社会に還元していくかを定め、早く実現することです。DeNAライフサイエンスは、“Community-derived science”といって、『利用者が、自身のデータを同意の下で、自発的に研究開発に参加するコミュニティ作り』を得意としています。この手法を取ることで、私たち企業が新たな価値や研究成果を見つけ、社会に還元・利用者にサービスを通じてお返しするということが実現できます。

 

ここに、たとえば東芝さんのAIで『先を予測する』技術が加わると世界が変わります。自分のデータに対して正解が見える、つまり『何をしたらいい』『これを使えばいい』と言えるようになる。もう、今からわくわくしますね」(砂田氏)

 

前半で触れたように、東芝は循環的なヘルスデータ利活用で、一人ひとりの生活に適した医療の実現を目指している。DeNAライフサイエンスとの連携は歩みを加速するが、そこには必要な技術とサービスを開発し、社会に受け入れられることの醍醐味と難しさがある。技術者出身の立場から、山口氏が次のように、強い思いを滲ませながら話した。

 

「長期の健康診断データや服薬情報に遺伝子情報を組み合わせれば、疾患リスクを予測するAIの精度向上だけでなく、一人ひとりに最適化された予防法を開発できます。この予防から行動変容へと繋げるには、DeNAさんがスポーツ、ゲームなどで培われてきたノウハウが必要と考えています。『どうすれば人は行動を変えるか』など、東芝にはない観点があるはずです。

 

ただし、技術とサービスの開発は慎重に進めます。近い将来、遺伝子情報を自らの医療に活用する時代がきます。一方で、遺伝子情報は究極の個人情報であり、非常に機微なものなので、プライバシー保護やセキュリティ技術などと合わせて考えていく必要があります。ビジョン実現へ様々なパートナーと連携し、遺伝子情報の活用と保護のバランスを見極めながら進めていきます」(山口氏)

 

競争ではなく共創を──。それぞれの強みを生かして、ゲノム情報で新しい未来を始動させようとするDeNAライフサイエンスと東芝。強みを持ち寄って取り組みを進める先には、私たちだけでなく次世代にとって意味のあるヘルスケアが待っている。

 

談笑する東芝とDeNAの面々

 

こちらのプロジェクトを、DeNAライフサイエンス社の目線から対話形式でまとめたコンテンツはこちら
ぜひ併せてご覧ください。

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