ピンポイントで風を読む――東芝の「風況解析技術」が切り開く、エネルギーと安全の未来
ピンポイントで風を読む――東芝の「風況解析技術」が切り開く、エネルギーと安全の未来
2026/08/06 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 気候変動により強風災害が深刻化する中、気象予報では捉えられない「数メートル四方かつ10分刻み」で数日先までの風を予測できる技術
- 送電・鉄道・ドローン物流・建設など、風力発電だけでなく社会インフラ全体の効率化と安全に貢献する技術への進化
- 「風を読んで、風の乱れを知り、風の乱れから守る」という3ステップと、その先の未来
台風の大型化、線状降水帯の頻発、記録的な猛暑。気候変動によって「経験則」が通用しなくなった現代、風は静かに、しかし確実に社会インフラを脅かしている。強風で橋上の列車が運行停止になる。屋根瓦が舞い、建設クレーンが倒壊する。こうした強風災害は今、電力供給、鉄道、ドローン物流、建設といった様々な分野の共通課題だ。
だが東芝には、その「見えない風」を見通す技術がある。空間と時間を細かく区切り、数日先までの変化を解析する「風況解析技術」だ。気象データに地形情報を掛け合わせ、長年培ってきた流体解析技術とAIを組み合わせることで、ピンポイントの風を高精度に予測する。
風力発電のために生まれたこの技術は今、送電線の容量拡大、鉄道の安全運行、ドローン物流のルート設計、建設現場のクレーン管理など、社会インフラの多様な分野へと応用範囲を広げている。
数メートル単位で風を読む技術
風況解析技術とは、ある特定の地点における風の流れを、高い精度で解析する技術だ。流体力学に基づく解析手法で、地形の起伏や建物の配置といった情報を取り込みながら、風がいつ・どこで・どのように吹くのかを計算する。
気象予報が「関東南部では南寄りの風が吹き、東京は風速2メートル毎秒」という広域の情報を扱うのに対し、東芝の風況解析技術は、数メートル四方という風車1基分の細かい範囲かつ10分刻みで、風の強さや向きを数日先まで見通せる点が大きな特徴だ。


もともとは風力発電向けに開発された風況解析技術。この開発を率いてきた谷山賀浩氏は、その狙いを次のように語る。
「風力発電で使う風車は、基本的に20年間運用します。風車を設置する際には、今後20年の間でどんな風が吹くのかを予測する必要があるため、『細密さ』と『長期的な見通し』の両方が求められるのです」

風の流れを読み解く仕組みは、単純な気象データの延長線上にはない。気象庁などが提供する広域の気象情報に地形情報を加味して、そこに流体解析技術を組み合わせることで、その場所だけの「風の癖」が見えてくる。
風データが蓄積されると、AIを組み合わせてさらに精度を高めていく。AIは平均的な風を予測するのは得意だが、突風のようなピーク値を捉えるのは苦手だ。逆に、そうした局所的な事象の予測は流体解析技術が強みを発揮する。
「東芝にはタービンや発電機といった大型回転機の開発で長年培ってきた流体解析技術があります。そして、様々なインフラ事業で適応してきたAIのノウハウと、風力発電事業で蓄積してきた膨大な風データもあります。この3つを組み合わせていることが、東芝の風況解析技術の特徴です」と谷山氏は言う。
こうした技術の組み合わせによって、風車1基ごとに「強風によって、ここは金属疲労が起きやすい」といった構造上のリスクまで予測可能になる。風力発電の発電効率を高めるための「風況評価」と、設備を20年間安全に保つための「構造評価」。この両方を一つの解析技術で支えているところに、東芝の風況解析技術の価値がある。
一人から始まった開発と心強い協力者の出現
この技術の開発が始まったのは2008年ごろ。当時、企画部門での業務を経て再び研究開発の現場に戻ろうとしていた谷山氏に、当時の技術トップから「せっかく企画部門を経験したんだから、広い視野を持って、新しいことを始めてみないか」と言葉をかけられた。
「当時、『CO2を削減するために、再生可能エネルギーの普及がどんどん進むのではないか』というシンプルな予感がありました。私は流体や回転系の技術を得意としていたので、風力発電に着目し、風況解析をやってみようと思いました」(谷山氏)
東芝がまだ風力発電事業を始める前だったこともあり、当初はたった一人で始めた開発。そこへ、風を観測する機器の設置交渉や共同研究の日程調整など、社外との調整役として加わったのが中野三知子氏だ。
「社外の人と会話をする際、『なぜ東芝に協力しなければいけないのか』という疑問を持たれることもあります。相手にとってのメリットを丁寧に説明しながら、コミュニケーションを重ねていくことを心掛けています」と中野氏は語る。

風況解析技術の開発を進めるためには、風車だけでなく、様々な場所で吹く風を観測し、それぞれの特徴を把握する必要がある。風の観測機器を設置するには、まず候補地を探し、その土地の所有者と交渉しなければならない。共同研究をする際も、大学教授や官公庁などと調整をする必要がある。その交渉や調整は、科学的なデータや知識だけではスムーズに進まないこともある。
中野氏はもともと、事業部長や技師長の秘書など事務的な業務を担っており、技術畑ではない。しかし、メンバーと共に幾度となく現場に足を運び、相手に寄り添いながら細やかな対応を続けている中野氏は、社外の人から信頼され、今ではこの開発を円滑に進めるためのキーパーソンになっている。
エネルギー分野から社会インフラ全体へ広がる活用シーン
風況解析技術の応用範囲は、風力発電にとどまらない。発電した電気を送る「電力流通」事業を担当している大成高顕氏は、新しい事業を考えていた矢先に、この技術に出会った。
「『送電線は風が当たるとよく冷える。それを活用すれば、もっと多くの電気を送れる。風を正確に予測する技術はないだろうか』という課題に向き合っていた時、出会ったのが風況解析技術です」(大成氏)

この技術の適用先となるのが「ダイナミックレーティング」と呼ばれる送電方式だ。従来は「猛暑・ほぼ無風・強い日射」という厳しい気象条件を前提に、流せる電気の上限を一定に決めて運用してきた。だが実際には、送電線に風が当たって冷却される分、より多くの電気を流せる余地がある。風況に応じて送電容量を動的に調整すれば、年間平均で理論上30%ほど増やせる可能性があると大成氏は言う。
「新たな送電線を敷設するには多大なコストと数年単位の工期を要します。それに対し、風況解析技術を利用したダイナミックレーティングは、センサーの設置を抑えながら既存の送電線を有効活用することが可能です。再生可能エネルギーの導入が進み、またAIの普及に伴うデータセンターの電力需要拡大が社会課題となる中、今あるインフラを最大限に活用できるこの技術の意義は大きいと考えています」(大成氏)
活用シーンはさらに広がる。谷山氏が挙げるのは、鉄道、ドローン物流、建設現場だ。
鉄道では、JR九州の運行管理室に実際に導入し、どの区間に何時間後に強風が吹くかを現場が把握できる仕組みを試験的に提供した実績がある。
ドローン物流では、宅配ドローンが山間部や農村で普及していく中で、その日の安全な飛行ルートを示すサービスへの引き合いが生まれている。建設現場では、大型クレーンの転倒リスクを事前に予測し、「今日は強風が予測されるので作業を止める」「クレーンを畳んでおく」といった判断を支援することができる。
「局所的かつ時間的に、いつ風が吹くかが分かるのがポイントです。晴れていても夕方以降に風向きが急変することがある。そういった情報が現場の判断を変えます」と谷山氏は語る。

この風況解析技術は、東芝のエネルギー分野向けデジタルプラットフォーム「TOSHIBA SPINEX for Energy」を通じて、電力会社を中心に提供されている。谷山氏はその関係をこう説明する。
「TOSHIBA SPINEX for EnergyはいわばOSのようなもので、風況解析技術は、TOSHIBA SPINEX for Energyが提供するソフトウェア資産を活用して動作するアプリケーションの一つです」


一方、鉄道会社向けには、風況解析技術のエンジンを顧客の運行管理システムに直接組み込む形での提案も進めており、用途や業種に応じて柔軟に展開できる点も、この技術の強みとなっている。
風を操る。3ステップの先に描く未来
「風を読んで、風の乱れを知り、風の乱れから守る」。谷山氏が目指しているこの3ステップは、現在の技術で2つ目まで実現しつつある。次なる課題は、3つ目の「守る」をどれだけ多くの現場に届けられるかだ。
中野氏は、国内における風力発電の普及を目標に掲げる。大成氏は、風況解析技術のさらなる精度向上によって流せる電気の量を増やしながら、「風がよく吹く場所に再生可能エネルギーの発電所を誘致し、既存の送電線を最大限に活用できるルートを示す」という構想を描く。
そしてさらに遠い未来。谷山氏は、より壮大な構想を大学教授たちと語り合う。
風車の羽根が回転すると、羽根の後ろに乱気流(ウェイク)が発生する。その特性を使い、周囲の風の流れを変えたり、雲を動かしたり、気象そのものを人工的にコントロールできないか、というアイデアだ。「六甲おろし」の突風や、冷害の原因となる東北地方の「やませ」を和らげ、線状降水帯を少し散らす。屋根瓦が飛ばない地域をつくる——。
2008年、一人の技術者が始めた技術開発は、今やエネルギーと社会インフラの安全を支える技術へと育ちつつある。「風を読んで、風の乱れを知り、風の乱れから守る」その先に、風を「操る」未来が待っているかもしれない。


参考記事
・風力発電システムの最新技術
https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/techReviewAssets/tech/review/2019/01/74_01pdf/a04.pdf
・洋上風力発電を支える風況解析技術とHVDCシステム技術
https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/technology/corporate/review/2021/03/a06.pdf
関連サイト
※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。
洋上風車の風況解析 | エネルギーシステムR&Dセンター | 東芝
TOSHIBA SPINEX for Energy | デジタルトランスフォーメーション | 東芝
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