半導体供給を止めないために――事業継続を意識して磨き続ける災害対策

半導体供給を止めないために――事業継続を意識して磨き続ける災害対策

2026/09/01 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 半導体工場は、わずかな振動や瞬時電圧低下でも生産が停止する超精密な製造現場
  • 東芝の半導体事業は過去3度の大規模災害の経験を基に、設備と組織の両面から災害対策を磨き続けてきた
  • 「災害対策は競争領域ではない」という思想の下、サプライチェーン全体の強靱化を目指している
半導体供給を止めないために――事業継続を意識して磨き続ける災害対策

「半導体の供給が止まる」――その影響は、私たちの想像以上に大きい。
半導体は、自動車やスマートフォン、産業機器など幅広い製品を支える重要なデバイスであり、その供給が止まればサプライチェーン全体に大きな影響が及ぶ。一方で、半導体工場は精密な製造設備を数多く備え、地震や停電などの災害の影響を受けやすいという特性も抱えている。

こうした中、東芝グループで半導体事業を担う東芝デバイス&ストレージでは、東日本大震災、大分地震(日向灘地震)、能登半島地震という過去3度の大規模災害の被災経験と教訓を基に、設備対策をはじめ、訓練や組織運営など、事業継続を意識した災害対策を継続的に強化してきた。さらに、その実践知をまとめた「災害対策の取組みに関する報告書」を公開し、自社だけでなくサプライチェーン全体の強靱化にも取り組んでいる。
災害の経験から何を学び、どのように次の備えへ生かしてきたのか。半導体の供給を支える災害対策の取り組みについて、報告書をまとめた竪山佳邦氏に話を聞いた。

一瞬の電圧低下でも止まる、半導体工場の現実

半導体は、自動車やスマートフォン、産業機器など、私たちの暮らしを支える幅広い製品に組み込まれている。その供給が滞れば、自動車メーカーなどの生産計画にも大きな影響が及び、サプライチェーン全体へ波及してしまう。しかし、その供給を担う半導体工場は、災害に対して極めて繊細だ。

半導体の製造装置は、ナノレベル(10億分の1m)の精度で加工を行う超精密設備です。そのため、ほんのわずかな振動でも深刻なダメージを受けますし、数ミリ秒程度の瞬時電圧低下(瞬低)が発生しただけでも製造設備は停止します。停電になればクリーンルームの空調設備や超純水、高純度ガスなどの工場インフラも止まり、製造環境の清浄度や品質が悪化するため、正常な状態へ戻すまでに長い時間を要してしまうのです」

こう説明するのは、東芝デバイス&ストレージで半導体工場のBCP(事業継続計画)や災害対策を統括する竪山佳邦氏だ。半導体のウエハーは、数百もの工程を経て製造される。そのため、一つの設備の復旧が遅れるだけでも、生産ライン全体の立ち上げを妨げるボトルネックとなる。

東芝デバイス&ストレージ株式会社 半導体事業部 竪山佳邦氏
東芝デバイス&ストレージ株式会社 半導体事業部 竪山佳邦氏

このような特性を持つ半導体製造では、1日、あるいは数時間の停止であっても社会への影響は大きい。そこで、竪山氏らが2025年に一般公開したのが「災害対策の取組みに関する報告書」だ。そこには、設備対策だけでなく、訓練や組織運営まで含めた災害対策の実践知が率直にまとめられている。原点になったのは、2011年に発生した大規模災害だった。

東日本大震災では甚大な被害を受け、被災前の稼働率に回復するまでに80日間かかりました。なぜここまでの事態になったのかを徹底的に分析・精査した結果、それまでの一般的な耐震対策の裏に、知らず知らずのうちに『正常性バイアス』が働いていたことが明らかになったのです

この経験を機に、東芝デバイス&ストレージは災害対策を根本から見直していくことになる。

半導体工場を守る、ハードとソフトの災害対策

東日本大震災では、建屋や工場インフラ、製造設備に想定を大きく上回る被害が発生した。徹底的な分析・検証を進める中で浮かび上がったのが、過去の阪神・淡路大震災で大きな被害を免れた経験から、「一般的な耐震対策で十分」という思い込みにつながっていた正常性バイアスだった。

着手したのは、強固なインフラを整える「ハード」の強化と、いざというときに確実に機能する組織をつくる「ソフト」の強化だった。この二つを一体で進めることが、災害対策の新たな基本方針になった。

まずハード面では、電気、ガス、配管、ダクトなど工場インフラを構成するあらゆる設備について、業界の知見も取り入れながら耐震基準を整備した。特に被害が大きかったシステム天井や局所排気ダクトなどは構造そのものを見直した。振動に極めて敏感な、ウエハー上に回路パターンを転写する露光装置には、地震のP波(初期微動)を迅速に検知し、S波(主要動)が到達する前に装置を安全かつ安定的に停止させるシステムを導入した。さらに、熱処理装置には免震台を設置するなど、設備ごとの弱点を洗い出しながら対策を積み重ねていく。

東芝デバイス&ストレージの半導体製造のグループ会社であるジャパンセミコンダクター岩手事業所(旧:岩手東芝エレクトロニクス、岩手県北上市)は、東日本大震災で震度6弱の揺れに見舞われ、天井やダクトなどが破損した
東芝デバイス&ストレージの半導体製造のグループ会社であるジャパンセミコンダクター岩手事業所(旧:岩手東芝エレクトロニクス、岩手県北上市)は、東日本大震災で震度6弱の揺れに見舞われ、天井やダクトなどが破損した
東日本大震災を経て、被害が大きかった天井やダクトなどを補強した
東日本大震災を経て、被害が大きかった天井やダクトなどを補強した
露光装置は稼働中に揺れが発生すると、精密制御を行うユニットに深刻な損傷が生じるため、東日本大震災を経て、震度5以上の地震を検知したら安全かつ安定的に停止させるシステムを導入した
露光装置は稼働中に揺れが発生すると、精密制御を行うユニットに深刻な損傷が生じるため、東日本大震災を経て、震度5以上の地震を検知したら安全かつ安定的に停止させるシステムを導入した

一方で竪山氏が強調するのは、こうした設備対策を動かすための組織体制だ。

「私たちのBCPは工場を知り尽くした生産企画部門のメンバーが中心となって推進しています。工場のインフラや製造プロセスを現場レベルで理解しているからこそ、どのような被害が発生し得るのか、復旧には何が必要なのかを具体的にイメージできます」

さらに、竪山氏はこう続ける。
「生命の安全は絶対に譲れません。しかし、それと同時に、一日でも早く工場を復旧させ、製品供給を再開することも半導体メーカーの責任です。私たちの災害対策は、この二つを同時に実現することを前提に考えています」

竪山氏

それまでの「個人の経験」に依存した対策から、生産、施設、調達など部門の枠を越えた組織全体で災害対策を担う体制へ。工場を知り尽くしたメンバーがBCPを担うことが、東芝デバイス&ストレージの災害対策の実効性を支える基盤となっている。

災害のたびにボトルネックをつぶし、備えを進化させる

東日本大震災を教訓に、東芝デバイス&ストレージは災害対策を抜本的に見直した。しかし、そこに完成形はない。災害のたびに新たな課題やボトルネックを見つけ、一つずつ改善を積み重ねていく。そのPDCAサイクルこそが、東芝デバイス&ストレージの災害対策を支えている。

2022年の大分地震では、まさにその現実を突きつけられた。それまで強化してきた建屋や工場インフラは震度5強の揺れに耐えたものの、免震台の設置が未完了だった熱処理装置では、内部の石英部材などが大量に破損。代替部材の調達・交換が最大のボトルネックとなり、稼働率が被災前の水準に戻るまで36日間を要した。東日本大震災のときと比べると、その期間は半分以下になったが、情報収集や情報発信の遅れも課題として浮かび上がった。

東芝デバイス&ストレージの半導体製造のグループ会社であるジャパンセミコンダクター大分事業所(大分県大分市)は、大分地震で震度5強の揺れに見舞われ、熱処理装置の石英部材などが破損した
東芝デバイス&ストレージの半導体製造のグループ会社であるジャパンセミコンダクター大分事業所(大分県大分市)は、大分地震で震度5強の揺れに見舞われ、熱処理装置の石英部材などが破損した

「大分地震での手痛い反省は、私たちの災害対策をさらに前進させる大きな転機となりました。情報共有を根本から見直し、情報収集や発信の目標時間を再設定して訓練を重ねました。設備面では、スペースの制約などで免震台の導入が難しい装置は『壊れない』ことを目指すのではなく、『壊れる』ことを前提に、いかに早く復旧できるかへと発想を転換したのです」

具体的には、破損することを前提に、災害対策用の「BCP在庫」として予備部材の調達・備蓄を決定。同時に、他の生産拠点から部材を融通する際に管理番号の照合に手間取った経験から、これらを一元化する拠点間のデータベースも平時の業務体制から構築した。

こうした改善策は、わずか2年後の2024年能登半島地震で効果を発揮する。被災した加賀東芝エレクトロニクス(東芝デバイス&ストレージの半導体製造のグループ会社、石川県能美市)では再び石英部材が破損したものの、災害対策として整備してきたBCP在庫や拠点間データベースの活用によって、部材確保を迅速化。情報共有体制の改善と合わせ、大分地震で見えたボトルネックの解消につながった。

「ただし、発災が元日で長期連休中だったため、ダクト補修に必要な作業者の確保や、高所作業に欠かせない足場・照明など仮設資材の準備や仮設工事に時間を要するという、新たなボトルネックも見えてきました。現在は長期連休中の人員確保体制や仮設資材・作業環境の事前準備を各拠点で進めています。災害のたびに新たな課題を見つけ、そのボトルネックを一つずつ解消していく――。私たちの災害対策は、その積み重ねです。BCPも、その考え方に基づいて改善を続けています」

災害対策は競争領域ではない

こうした実践知をまとめた「災害対策の取組みに関する報告書」は、公開直後から大きな反響を呼んだ。正常性バイアスへの反省や情報共有の遅れなど、自社の失敗も包み隠さず公開した姿勢が評価され、講演依頼や情報交換の申し出が相次ぎ、一部企業とは実際のBCP訓練へ相互参加する取り組みも検討している。

竪山氏は、報告書で最も伝えたかったメッセージとして「災害対策は競争領域ではない」という一節を挙げる。

「強靱な災害対策は、半導体メーカーとしての企業の競争力につながる側面もあります。しかし、それを一社だけで抱え込むべきではありません。半導体を軸とした日本全体のサプライチェーンを強くしていくために、得られた経験やノウハウは広く公開し、業界全体の底上げにつなげていくべきだと考えています

竪山氏

東芝デバイス&ストレージが目指すのは、マニュアルを整備して終わる災害対策ではない。首都直下地震や南海トラフ巨大地震も見据えながら、目指す姿について竪山氏はこう語る。

災害対策とは、訓練の日だけ災害を考える特別な活動ではありません。日常業務の延長線上にあるものであり、一人ひとりの従業員が平時の現場でリスクを意識し、自ら考えて小さな対策を積み重ねていく思考プロセスそのものです。日常業務の中にBCPの視点が溶け込んで初めて、本当に強い組織になれます。そしてそれは、会社のためだけでなく、従業員自身や大切な家族の命を守ることにも直結していくのです

半導体事業が背負う「生命・安全の最優先」と「供給責任」の両立。その難題に正面から向き合い、災害のたびに学び、その教訓を日々の業務へ生かしていく――。東芝デバイス&ストレージが目指す災害対策とは、災害時だけに機能する仕組みではなく、BCPの視点が日常業務に根付いた組織文化そのものなのである。

竪山氏

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