わずかな血液で短時間に13種のがんを検出 -経済産業大臣賞のマイクロRNA検出技術
2020/11/06 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 経済産業大臣賞を受けた、「超早期発見」「個別化治療」の医療への取り組み
- DNAの検出研究が生かされた、がんの有無を判定するマイクロRNA検出技術
- 日々の試行錯誤が辿り着いた、13種類のがんを対象に99%の判定精度
2020年10月19日、東芝の開発した「マイクロRNA検出技術」が、CEATEC※1 AWARD 2020 経済産業大臣賞を受賞した。この技術は、細胞が分泌するマイクロRNAの血中濃度を測定し、がんを早期発見するものであり、その短い検出時間や低いコストといった優位性が評価された。マイクロRNA検出技術の意義や特長などを、この技術を開発した研究者の声と共に紹介する。
※1 CEATEC(Combined Exhibition of Advanced Technologies): IT技術などの国際展示会であり、新たな価値と市場の創造・発展に貢献することを目的にしている。
マイクロRNAでがんの有無を判定
がんは1981年以降日本人の死亡原因の1位を占めており、亡くなる方の約 3.7 人に1人は死因が「がん」となっている※2。そのため、厚生労働省は、科学的根拠に基づくがん検診を推進している。
※2 人口動態統計月報年計(概数)の概況: 主な死因の年次推移で、がんは一貫して増加し、1981年以降現在まで死因順位は第1位。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai19/dl/gaikyouR1.pdf
一方、治療法の進歩などにより、がんを早期に発見・治療すれば罹患者の生存率は向上する。例えば肺がんの場合、ステージIIの5年生存率は約60%だが、ステージ0では97%だ※3。がんに罹患しても、早期発見を通じて生存率を向上することは、QOLの維持・向上に加えて、医療費節減にも貢献できる。
※3 肺癌合同登録委員会, 2010年全国肺がん登録のデータに基づく肺がん手術後の5年生存率, Journal of Thoracic Oncology 14, 212-222 (2019)
東芝グループは、中期経営計画「東芝Nextプラン」において「超早期発見」「個別化治療」を特徴とした精密医療を中核に、医療事業へ注力している。これは、経営理念「人と、地球の、明日のために。」から導かれ、すべての人が健康で質の高い生活を送ることができる未来を目指すものである。「超早期発見」に関して研究開発センターの橋本氏が実現したのが、がん細胞から分泌され、血液中にある微量のマイクロRNAを検出する技術だ。
株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 技監 橋本幸二氏
「もともと、電気化学的手法を用いたDNAの検出技術を研究していました。2010年にはヒトパピローマウイルス(子宮頸がんの原因と言われる病原微生物)を検出する、体外診断薬を製品化しています。DNAとRNAは構造が似ていますので、このときの技術がマイクロRNAの検出技術の開発に生きました」
RNAは20個の塩基からなる一本の鎖状構造であり、DNAと比較して反応しやすい性質がある。複数種類あるRNAのうちマイクロRNAは、タンパク質合成などを制御すると考えられており、このマイクロRNAの中で特定種類のものを、がん細胞は血液中に分泌する。この性質を利用して、東芝のマイクロRNA検出技術はがんの有無を判定するのだ。
がん細胞で分泌量が増えるマイクロRNAを検出することで、がんの有無を判別
マイクロRNA検出技術の誕生と期待
しかし、そう簡単にマイクロRNAの検出に成功した訳ではない。この技術開発を始めて今で6年になるが、そのうちの3年はマイクロRNAを高精度に検出するための原理の検証に費やされた。ここでいう精度は、「陽性(マイクロRNAあり)と判定した検体のうち、実際にマイクロRNAが含まれている可能性」である。目標の精度をなかなか達成できず、「いつになったら血液中のマイクロRNAを測定できるのか…」と非常に不安になる時期もあった。しかし、橋本氏は、毎日の試行錯誤と、DNAの検出技術で培ったノウハウをバネにして、研究開発段階の結果として精度99%を達成し、さらに検査時間の短縮と機器の小型化にも成功する。
「バイオテクノロジーの研究は、求める結果が得られるまでに往々にして時間がかかります。この研究の意義を認め、最後まで続けさせてくれた東芝は、技術を大切にする研究開発型の企業だと改めて思いました」
この技術を活用すれば、健康診断で採取したわずかな血液で検査でき、がんを超早期に発見できる可能性がある。検査作業は簡便で、1件あたり2時間で結果が出るため、大勢の人を検査できるのも魅力的だ。現時点では13種類のがんを対象としており、陽性と判定された場合は追加検査を行い、どの種類のがんに罹患してるかを特定する流れが想定される。
マイクロRNA検出技術が対象とするがん
東芝は、マイクロRNA検出技術の保険適用などにより、より多くの方に利用いただける各種検診での導入を目指している。この取り組みに対して経済産業大臣賞では、国連の持続可能な開発目標、いわゆるSDGs(Sustainable Development Goals)の「すべての人に健康と福祉を」の課題解決に対して貢献が期待されると評価した。加えて、がん以外の病気の識別も含めた幅広い国際医療への展開も有望視された。
最後に、橋本氏の言葉を聞こう。
「精度99%の残り1%を改善したいです。がんと関連性の高いマイクロRNAを把握できたので、複数のマイクロRNAを組み合わせることで検出精度を高め、がんの種類も識別できる可能性があると思います」
東芝の研究開発の歩みは止まらない。研究者や技術者が変革への情熱を抱き、長年にわたって脈々と培われ、受け継がれてきた技術が、精密医療においても新しい未来を始動させるだろう。
関連サイト
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ニュースリリース (2020-10-19):マイクロRNA検出技術がCEATEC AWARD 2020 経済産業大臣賞を受賞 | ニュース | 東芝
https://www.toshiba.co.jp/rdc/detail/1911_06.htm