「ゲリラ豪雨」襲来の兆候をつかめ! 進化した気象レーダの今に迫る

2018/08/01 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 急発達する積乱雲の把握と正確な降雨量の観測を可能にした気象レーダとは
  • 埼玉大学に設置した気象レーダが首都圏をカバー
  • 進化した気象レーダが私たちの生活にもたらすものは
「ゲリラ豪雨」襲来の兆候をつかめ! 進化した気象レーダの今に迫る

日本の夏は年々暑さを増しているように思える。そして、暑さとともに「ゲリラ豪雨」が、各地で猛威を振るう。もう珍しくないこの光景は、時に人命に関わる重大な事故につながるリスクをはらんでいる。日々、天気予報をつぶさにチェックしていても、このリスクを回避することは難しく、新たな防災・減災の術が急務となっている。

 

そのような中、当社はSIP(※1)「レジリエントな防災・減災機能の強化」の施策に、研究グループの一員としてプロジェクトに参画し、世界初(※2)となる実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)」を開発した。この気象レーダが、防災・減災の術として期待されている。

 

それは、従来の「マルチパラメータ気象レーダ」と「フェーズドアレイ気象レーダ」の各々の長所を兼ね備え、ゲリラ豪雨などの兆候をより迅速かつ正確に捉えることを可能にしたからだ。この進化した気象レーダが私たちの生活にどのような恩恵をもたらしてくれるのか。その性能と開発の背景に迫った。

埼玉大学内に設置された「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ」

埼玉大学内に設置された「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ」
※1:SIP
戦略的イノベーション創造プログラム。科学技術分野におけるイノベーションを実現するために、内閣府/総合科学技術・イノベーション会議が2014年に創設した施策。
※2:世界初
水平偏波と垂直偏波を同時に送受信する二重偏波機能を有し、10方向以上を同時に観測可能なDBF(デジタル・ビーム・フォーミング)のリアルタイム処理機能を搭載した気象観測専用のフェーズドアレイレーダとして

まず、従来の「マルチパラメータ気象レーダ」と「フェーズドアレイ気象レーダ」の主な特長を整理しよう。

マルチパラメータ気象レーダとフェーズドアレイ気象レーダの特長比較

マルチパラメータ気象レーダとフェーズドアレイ気象レーダの特長比較

「マルチパラメータ気象レーダ(MPレーダ)」は、水平と垂直偏波を同時に送受信する二重偏波機能により、雨の粒子の大きさまでも測定可能で、雨量の観測精度が高い。しかし、お椀型のパラボラアンテナは、アンテナが向いている方向にしか電波を送受信できないため、降雨観測は、水平面から上向き方向に角度を変えてペンシルビームを発射しながら、アンテナを水平に20回程度回転しなくてはならない。そのため、地上付近の降雨分布観測には1~5分、降水の3次元立体観測には5分以上かかってしまう。

 

一方、「フェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)」は、平面型のアンテナにトンボの目のように小さな多数のアンテナを配置し、電波(ファンビーム)を出すタイミングがコントロールできる。そのため、アンテナを上下方向に移動することなく、瞬時に電波の方向を変えることができ、しかも受信した信号はデジタル化され複数の信号を同時に合成できるため、一瞬で全仰角の観測が可能となる。つまり、地上から上空までほぼ同時に電波を送受信でき、アンテナを水平に1回転することで雨雲の空間分布を短時間で観測できるので、ゲリラ豪雨などの早期検知に威力を発揮する。

80キロ圏内をわずか1分で観測する新型レーダの威力とは

「この既存の2基の気象レーダの長所を兼ね備えた『マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ』は、アンテナを1回転させるだけで、地上から高さ15kmほどの空間が半径60km内であれば30秒、半径80km内であれば1分で雨雲を捉えることが可能です。また、マルチパラメータ気象レーダの持つ高精度の降水観測機能を搭載し、降雨量の観測精度が格段に向上しました。その結果、従来型のフェーズドアレイ気象レーダよりもゲリラ豪雨の兆候とその雨量を迅速かつ高い精度で予測することができる見込みです。

 

マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダによる3D観測動画
(2018年7月11日から12日にかけての実際の観測データ)
※この動画は2018年8月1日に公開されたものです。

そう語るのは、今回の技術開発を担当した東芝インフラシステムズ株式会社の水谷文彦氏だ。

東芝インフラシステムズ株式会社 電波応用技術部 水谷文彦氏

東芝インフラシステムズ株式会社 電波応用技術部 水谷文彦氏

この新型レーダは、既存のフェーズドアレイ気象レーダと同様30秒で雨雲の3次元立体構造を観測できるだけでなく、さらにマルチパラメータ気象レーダが持つ高精度の降水量の観測機能を付加するため「二重偏波共用パッチアンテナ」と呼ばれる新型アンテナを搭載した。その時の苦労を水谷氏はこう語っている。

 

「これまでのフェーズドアレイ気象レーダでは降水量の正確な観測に課題がありましたが、今回のマルチパラレータ・フェーズドアレイ気象レーダでは、マルチパラメータ気象レーダと同レベルの高精度の雨量が観測できるようになりました。試行錯誤を繰り返すことにより、『迅速な雨雲把握』と『正確な雨量観測』という2つの目的を1つのレーダで実現させることができました。」

 

このマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダは、すでに2017年12月から埼玉大学内に設置されている。

埼玉大学校内の屋上に設置されたマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ

埼玉大学校内の屋上に設置されたマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ

本気象レーダの最大観測範囲は、同大学を中心とする80キロ圏内で、ほぼ首都圏全体をカバーしている。これは、屋外で行われるスポーツイベントやコンサートなどの開始・中断・継続などの判断に活用でき、天候が急変する前に観客を安全な場所に避難誘導させるなど、実用化を視野に入れた立地だ。

埼玉大学を中心とした観測範囲

埼玉大学を中心とした観測範囲
※地理院タイル(標準地図)を加工して作成

異常気象による痛ましい事故を減らしたい

観測精度の向上が切実に求められるようになった背景には、気象災害による事故の増加がある。

 

2008年には、神戸市・都賀川上流域で発生したゲリラ豪雨により、下流で水遊びをしていた子どもが犠牲になる痛ましい事故が起きている。この時は、ゲリラ豪雨の襲来を事前に予測することが困難で、ゲリラ豪雨の恐ろしさを世に知らしめることとなった。さらには2013年に埼玉県越谷市で発生した竜巻被害なども記憶に残る出来事だ。

 

「近年では河畔に公園を設計する例も多く、想定を超える水害がますます懸念されます。そのため今回開発した『マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ』の役割は、今後一層、期待されることになるでしょう。この観測範囲で行われている実証実験では、気象レーダで取得したデータを提携する首都大学東京で分析を行うなど、SIPを中心に産学官一体となって対応していきます。ゲリラ豪雨の発生頻度が増えるこれからの季節、予測の精度を高められるようなデータも得られるのではないかと思います」(水谷氏)

 

現在取得している観測データに手応えを得ていると語る水谷氏。さらにデータを取得し、強風や竜巻予測、洪水・浸水予測、土砂災害予測などの精度向上に期待がかかる。

 

今回のSIPプロジェクトの実証実験は、実際に社会で利用することを目的として、公的機関や民間企業、一般市民を対象に2018年10月末まで予定している。マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダで得た観測データを防災科学技術研究所が解析後、日本気象協会が予測計算を行い、一般市民などを対象とした「豪雨直前予測情報」をスマートフォンなどの身近なツールへ提供する試みも行っている。

 

これは、近い将来、取得・解析した予測データを必要としている人が望むタイミングで情報を届けることを目指すものだ。それは、一般市民にとどまらず、ライフラインを管理する下水道の管理者や鉄道事業者、高所作業の安全管理を行う建設事業者、市民が利用する公園や地下街の管理者など、利活用の対象は多岐にわたる。ゲリラ豪雨の襲来を事前に知ることができれば、少し先の未来を予測して行動することができ、危険回避や注意喚起が今よりも容易になる。これにより、私たちの日常生活の安心・安全が確保でき、質の向上が期待できる。

 

日々の防災・減災の術として「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ」の実用化が待ち遠しい。

芝インフラシステムズ株式会社 電波応用技術部 水谷文彦氏

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