光の技術でフードロス解決に貢献 UV-LEDが照らしだす未来(前編)
2021/03/29 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 光を使うことで、食品の鮮度が維持できる。その仕組みとは?
- 深紫外線LEDの採用が、青果物から加工食品まで対応する画期的プロダクトに
- 照明で培った技術がフードロスの解決に貢献する!
新型コロナウイルスによる世界規模のパンデミックを機に、食を巡る問題が改めて浮き彫りになった。その一つが「フードロス」。「つくる責任 つかう責任」としてSDGs(Sustainable Development Goals)の目標にも挙げられている通り、飢餓に苦しむ多くの人々がいる一方、先進国の多くでは食料が余り、大量に廃棄されている現状がある。このフードロスをはじめ、食関連の課題をテクノロジーで解決するのが「フードテック」だ。
東芝ライテックが開発した青果鮮度維持装置も、このフードテックの潮流に連なるもの。光の技術によって食品をフレッシュなまま維持するもので、第1回フードテックジャパン(2020年11月)で初めて発表された。鮮度維持は食品業界において重要な課題であり、特に青果物をフレッシュなまま消費者に届ける技術は、多様な角度から研究が進んできた。ここでは東芝ライテックが手掛けた新テクノロジーを取り上げ、「光で食の問題解決に貢献する」フードテックを解説していこう。
紫外線が鮮度をキープ――新モジュールが発揮する画期的な効果
紫外線を照射し、青果を新鮮な状態で保つ。それが青果鮮度維持装置の基本原理である。開発したのは東芝ライテック UV技術開発部門。愛媛県今治市の今治事業所でUV(紫外線)ランプなど、UV関連製品・装置の開発に取り組むグループだ。プロジェクトを牽引した田内亮彦氏は、入社以来一貫してUV関連事業で実績を重ねてきた。
「本製品はUV-LEDが光源。短波長の紫外線により、青果物などの食品を除菌できます。これは紫外線がカビや大腸菌といった菌のDNAを破壊し、繁殖を抑制できるため。また、文献によると紫外線は植物に対して抗菌性物質の分泌を促す効果が掲載されています。この効果も鮮度維持への期待につながるのです」(田内氏)
東芝ライテック株式会社 UV技術開発部門 グループ長 田内 亮彦氏
これまでの食品の鮮度維持は、塩素による薬剤殺菌や熱による殺菌がほとんどだった。UV殺菌も選択肢に入るが、光源は水銀ランプが主流だ。塩素殺菌では残留塩素による水道配管などの腐食が問題となり、熱殺菌では風味の維持が難しい。また、水銀を使用するランプは環境面への影響が懸念される。安心・安全が必須の食品分野において、UV-LEDは、鮮度維持の新たな光源として注目されているのだ。
「UV-LEDを採用した鮮度保持技術は業界を挙げて研究が進んでいますが、私たちが注目したのは深紫外線です。波長が従来の水銀ランプの254nmより長いために包装材を透過し、パッケージの外側からも食品の腐食、カビ繁殖を抑制できる可能性が広がる。水銀ランプの254nmでは、一般的な包装材の多くが吸収して通さない。できるだけ多くの場面で光の技術を活用できるようにし、フードロスの解決をアシストしたい――これが私たちの開発の根底にある思いでした」(田内氏)
青果物だけではなく、加工食品までカバーできることは、生産の現場にとどまらず、流通や消費など、私たちの生活シーンで幅広く活躍できるという期待が広がる。食品廃棄は流通・消費のあらゆるところで発生するため、サプライチェーンの上流から下流まで幅広く装置が利用されることで、多くの立場の人々に対して新しい社会的価値が生まれるだろう。
紫外線の除菌による、腐敗の抑制(14日保管後の状態を観測)
UV-LEDのモジュール搭載に向け、青果売り場から挑戦が始まった
田内氏がプロジェクトに抜擢したのは藤岡純氏、櫻井公人氏。いずれもUV技術に知見を持ち、田内氏の下で開発に従事してきた気鋭のスタッフだ。2人がまず向かったのはスーパーマーケットの青果売り場。様々なフルーツ、野菜を買い込み、保存容器に入れて紫外線を照射するトライアルが始まった。
目標性能を達成するための実験を繰り返す日々。紫外線を照射していない青果のほうがむしろ長持ちするなど、実験を積み重ねても効果を実証するデータはなかなか得られない。藤岡氏、櫻井氏の苦闘は続いた。
「青果の状態にばらつきがあるため、定量的な評価が困難でした。また、みかんは収穫前に防腐剤が散布されているため、装置の効果を検証できないことも分かってきました。文献等を調査しても評価方法の知見を明確に得られなかったので、愛媛県農林水産研究所 果樹研究センターに相談し、すり合わせながら評価方法を確立していきました」(櫻井氏)
東芝ライテック株式会社 UV技術開発部門 櫻井 公人氏
「光の技術でフードロス解決に貢献」という未来を思い描きながら、試行錯誤を繰り返した。最終的には、シャーレ上で繁殖させたカビを塗布した青果に 260-280nmの紫外線を照射すると、青果由来の菌の繁殖を抑制することが確かめられた。これは、光源調整など130年にわたって磨いた知見が集まった総合力で成功したものだという。
田内氏らのグループは産業分野でのUV-LED光源、その光源と光学フィルタを組み合わせたモジュール技術に実績があった。UV-LEDを光源とした流水殺菌装置を手掛けており、UV殺菌の応用技術も持つ。効果が実証された後も、東芝ライテックが培ってきた技術が力を発揮し、プロダクトの完成度が高まっていく。
「カビのDNAを破壊し、死滅させるためにどれだけの紫外線量が必要か? これまでのエビデンスを基にモジュールのデモ光源で実験し、殺菌に必要な照射光量を算出していきました。UV-LED光源もゼロからの選定です。求められる光量を満たすだけではなく、ユーザーの利用シーンを想定しなければなりません。食品関連での利用を考え、高温多湿の環境に耐えられる光源を絞り込んでいきました」(藤岡氏)
東芝ライテック株式会社 UV技術開発部門 主務 藤岡 純氏
紫外線による菌の繁殖抑制(25℃、3日保管後、分析)
しかし、彼らのプロジェクトは、これがゴールではない。鮮度維持の効果だけを追い求めていたらオーバースペックになり、市場には受け入れられない。コストとの兼ね合いを考えつつ、製品開発を着実に進めていき、2018年から始まった開発は2020年のフードテックジャパンでの発表が一つのマイルストーンになった。そして2021年は、いよいよ社会実装に向けて加速していくフェーズだ。田内氏は、今取り組むべき課題を次のように語る。
「UVは目に見えないため、『本当に殺菌されているかどうかが分からない』がユーザーの本音です。画像処理や検知装置などと組み合わせ、照明メーカーならではのアプローチで可視化を進め、導入しやすさを向上できればと思います。フードテックジャパンでの発表を経て、青果物から加工食品まで、幅広い分野でデモサンプルを試用いただいています。現場から多くのデータを収集し、利用シーンをさらに広げていくための開発を加速します」(田内氏)
生産から流通の現場、そして消費者に至るまで様々なシーンで利用してもらい、フードロスという社会課題の解決に貢献していくために――後編では本プロダクトが企画されたビジネス的背景、そして製品開発の基盤になった東芝ライテック130年のアセットについて掘り下げていく。
青果鮮度維持装置の詳細はこちら