工場にアカテガニがやってきた! ~生物多様性保全への取り組み~

2018/12/26 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • すべての生きものにとって棲みよい工場とは!?
  • 「アカテガニ」に活路を見出した“気づき”
  • 東芝エネルギーシステムズ・浜川崎工場での生物多様性保全の取り組み
工場にアカテガニがやってきた! ~生物多様性保全への取り組み~

JR川崎駅東口からバスに乗車すること約30分。浮島町と呼ばれる埋め立て地に差し掛かると右手に東芝エネルギーシステムズ・浜川崎工場が見えてくる。1962年に操業を開始した浜川崎工場では変電所の変圧器や開閉装置、避雷器などを製造している。周囲にはエネルギーや化学メーカーの工場が立ち並び、浜川崎工場はまさに“工業地帯”という場所にある。

東芝エネルギーシステムズ・浜川崎工場

東芝エネルギーシステムズ・浜川崎工場

工業地帯といえば、無機質な建物が立ち並ぶ殺風景な光景が一般的だが、近年は環境保全、生物多様性保全が企業の間で強く意識されるようになり、工場内での緑化活動などが取り組まれるようになった。
東芝グループでも2017年度から第6次環境アクションプラン(*)がスタートし、グローバル64拠点で様々な生物多様性保全活動が行われている。

*2050年のあるべき姿を示した長期目標「環境ビジョン2050」の実現に向けて策定した中期目標(活動期間は2017~2020年度)。「モノづくりにおける温室効果ガス排出量の抑制」、「製品に含まれる特定化学物質の削減」、「生物多様性の保全」など、15の具体的な活動項目とその目標値を設定し、管理。「生物多様性の保全」については国際的な目標である「愛知目標」への貢献を活動目標として推進している。

 

「浜川崎工場の周辺には住宅や商店がなく、工場が立ち並んでいます。そのため、『工場の中に少しでも緑があるととても安らぐ』という声を多くいただいています」と話すのは浜川崎工場の塚本美那子氏。22万平方メートルという広大な面積の浜川崎工場の一角には緑溢れる場所があり、その中に足を踏み入れると小さな池が姿を現す。池の中をのぞくと小さなメダカが泳いでおり、ここが工場の一角だということを忘れてしまう。

 

塚本氏は、2015年からこの池を取り囲むビオトープの保全活動を担当している。

浜川崎工場でビオトープ保全活動に取り組む塚本美那子氏

浜川崎工場でビオトープ保全活動に取り組む塚本美那子氏

ここが工場だとは思えない!?緑溢れるビオトープ

ここが工場だとは思えない!?緑あふれるビオトープ

工業地帯の中の小さなオアシス

そもそもなぜ工場にビオトープをつくったのだろうか。

 

「浜川崎工場は工業地帯にありますが、周りは多摩川や東京湾に囲まれています。近くには浮島町公園(海風の森)があり、工業地帯といってもところどころ緑があり、チョウや鳥などの生きものが立ち寄りやすい場所なのです。そこでもっと多くの生きものが暮らしやすい環境をつくり、工場周辺地域の生物多様性保全に貢献したい、ということで2013年に現環境アクションプランの前身である第5次環境アクションプランの策定をきっかけにビオトープをつくることにしました。」(塚本氏)

 

一時的な活動にならぬように、ビオトープが完成した後は従業員による「ビオトープ観察日誌」を通じて活動し、ビオトープ内にゴミが落ちていないか、池の水量は適切に保たれているかなど、生きものが暮らしやすい環境づくりを心掛けてきた。日誌には改善活動メンバーだけでは気が付かなかったことが、従業員によって書き込まれることも多く、全員参加での環境改善活動の重要性を再認識したという。

 

翌年の2014年には「ビオトープ観察日誌」に寄せられた従業員のコメントをもとに、池の水漏れの予防や池の周りの石の配置などの改善を施し、ビオトープは一段と整備された。観察日誌に従業員が関わることで、ビオトープの認知度は少しずつ広まっていった。

池の水量や石の配置など小さな改善を積み上げて生物にとってより良い環境をつくる

池の水量や石の配置など小さな改善を積み上げて生きものにとってより良い環境をつくる

池の中で確認されたメダカ

池の中で確認されたメダカ

順調に走り出し、従業員の間でも評判となったビオトープ保全活動。
しかし、3年目に入った頃から活動は正念場を迎えることになる。
「ビオトープがより良い状態になればなるほど、次に何をすべきか、また、改善活動にどれくらいの時間やコストをかけていくべきか、今後の運用方法について思い悩んでいました。」(塚本氏)

“内の眼”と“外の眼”を活用せよ!

塚本氏を含めた活動メンバーはそこで諦めず、行動を起こした。

 

まず、現状を踏まえて本社やグループ会社の環境担当者にアドバイスを求めたのである。そこで神奈川県を中心に生物多様性保全に向けた活動に取り組むNPO法人鶴見川流域ネットワーキングを主宰する岸由二氏(慶應義塾大学名誉教授)を紹介していただくという機会を得て、工場に岸氏を招いた。岸氏は東芝グループの環境活動についてアドバイスをしていたこともあり、グループ全体の環境方針を理解していたことから、スムーズに改善活動に着手できた。また、第三者の視点が入ったからこそ新しい気付きを得ることができたという。

 

「岸先生から『海に接しているという浜川崎工場ならではの立地条件を生かした取り組みをしてみればどうか』というアドバイスをいただきました。海に近いということはこの工場に勤務する私たちにとっては当たり前すぎていて、立地条件をあえて生かすべきだという意見はとても新鮮でした。」(塚本さん)

 

社内のメンバーだけで保全活動を進めると気付かない点が出てくる。そういう時こそ社内の他部門や外部の眼を活用すべきであり、浜川崎工場での取り組みはその好例と言えるだろう。

ビオトープのすぐ裏手には運河が流れており、その立地条件を改善活動に生かした

ビオトープのすぐ裏手には運河が流れており、その立地条件を保全活動に生かした

「アカテガニ」がやってくるビオトープをつくろう

“海に面しているという浜川崎工場ならではの立地を生かしたビオトープをつくる”。

 

次なる目標をこう定めた。
「ビオトープのそばに運河とつながっている側溝があります。岸先生によると『この側溝をつたってアカテガニが晩夏から秋にかけて海から上陸している可能性があるかもしれないね』ということで、アカテガニをビオトープへと誘導する道をつくることにしました。」(塚本氏)

 

アカテガニは海岸周辺の湿潤な区域に生息する約3㎝のカニで、まさにビオトープ周辺はアカテガニにとって格好の隠れ家といえる。

 

塚本氏とメンバーは、岸氏と一緒にアカテガニの生態から、改善ポイントを洗い出すことから着手。アカテガニを捕獲するのではなく、アカテガニが陸地へ安全に上がれるルートと彼らの隠れ家をつくろう、ということになった。つまり、『アカテガニ専用の道路』をつくる、というわけだ。

 

2016年3月、ビオトープ内に鬱蒼(うっそう)と生えていたカイズカイブキの伐採作業に取り掛かった。切り落とされた枝などを利用した自然素材の柵・カントリーヘッジが完成したのであった。

 

完成後は伐採したばかりの木々を使用していたため、湿度がなかなか保たれず、アカテガニの生息には適さなかったが、時間が経つうちに適切な湿度になっていった。こうした地道な活動が1年半続き、2017年7月、アカテガニの姿が確認されたのだった。

カントリーヘッジの整備

カントリーヘッジの整備

「カントリーヘッジをつくっても、アカテガニの姿を目にすることができず、辛抱強く待とうとしましたが、時々不安になることもありました。しかし人間が焦ってもアカテガニはやって来ませんので、そこはぐっと我慢をして待ち続けました。アカテガニからこちらに来てくれることが大事で、彼らにとって棲みやすい環境づくりを少しずつでも続けていくことこそが、環境保全活動の肝なのではないでしょうか。」(塚本氏)

 

アカテガニはビオトープが変わっていく様子やメンバーの行動を伺いながら少しずつビオトープに近づいていったのかもしれない。ビオトープ保全活動が始まってから4年後、アカテガニの存在が確認されることで、工場内での活動の浸透はより加速し、従業員からアカテガニの発見情報をもらうまでにもなった。

社内外で共有できる活動に

生物多様性保全などの取り組みを環境経営に取り入れていくことが注目されてから久しいが、今後もこの流れは変わることはないだろう。むしろ、SDGsやESG投資などが企業で強く意識されることで、環境経営はより重要視されるようになっている。そして工場ではなおさら環境を配慮することが求められている。この点を踏まえ、浜川崎工場の安藤工場長は次のように語る。

 

「工場では生産活動を行う上でガスなどを使用していますので、それぞれの部門がそれぞれに応じた環境リスクに適切な対応をしてきました。そのうえで、ビオトープ改善活動やアカテガニを呼び込む取り組みのような生物多様性保全の活動を同時に進めることで、より一層環境経営に貢献できると思っています。」

 

2016年5月にはJR川崎駅東口地下連絡通路の広報コーナーでビオトープ活動とアカテガニを呼び込んだ生物多様性保全活動をパネルで紹介した。工場に様々な生きものが暮らし、従業員が力を合わせて活動を展開していることを初めて知った市民も多かった。

 

一時期は停滞しかねなかった浜川崎工場のビオトープ改善活動。立地条件を生かし、「アカテガニ」という新たな環境指標を据えることで、新たな展開を迎え、次なるステージを迎えている。安藤工場長は、「アカテガニが工場にやってきたということは浜川崎工場の自然環境が適切に保たれているということだけでなく、この工場に勤務する従業員の間で活動の認知度が徐々に上がっていったということを示していると思います。この取り組みを社内外にもっと広めていくことで東芝グループの環境方針のひとつとして認識していただき、社内外に広く展開されることで、活動により弾みが出てくることを期待しています」と語る。

活動の様子(一例)

「あ、ここにメダカがいる」「メダカが休みやすいようにもっと草を増やしたら」という会話も従業員の間で聞かれるようになった

「あ、ここにメダカがいる」「メダカが休みやすいようにもっと草を増やしたら」という会話も従業員の間で聞かれるようになった

ビオトープ内で確認された主な生きもののひとつ、ジャコウアゲハ

ビオトープ内で確認された主な生きもののひとつ、ジャコウアゲハ

水辺に生息するイトトンボもビオトープにやってくる

水辺に生息するイトトンボもビオトープにやってくる

ビオトープの木々に止まるシジュウカラ

ビオトープの木々に止まるシジュウカラ

ビオトープ改善活動から始まり、アカテガニをビオトープへと呼び込む活動へとつないだ浜川崎工場の生物多様性保全のストーリー。これらの活動を通じて得たものは、その土地に合った自然環境はもちろんのこと、社内外の力を活用していくという「気付き」だろう。

 

東芝グループでは2050年のあるべき姿を提示した「環境ビジョン2050」を掲げ、現在、第6次環境アクションプランを推進中だ。また、生物多様性に対する影響は、様々な要因が複雑に絡んでいることもあり、その保全にあたっては、長期的な視野をもって行うことが重要と言われている。活動をより確かなものにするためには社内外の眼、力を積極的に取り入れたうえで長期的、継続的に、そして「忍耐強く」活動に取り組む必要があるだろう。浜川崎工場の取り組みは環境経営を目標に据えているすべての企業の参考事例になるのではないだろうか。

安藤秀康工場長(後列右から2人目)と塚本美那子氏(前列中央)と活動メンバー

安藤秀泰工場長(後列右から2人目)と塚本美那子氏(前列中央)と活動メンバー

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