M&Aで社会課題解決へ ~世界の発電データを取得し温暖化対策に光【後編】
2021/12/24 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- プラント監視ソフト「EtaPRO™」買収に向けたデューデリジェンスの裏側
- M&A相手「EtaPRO™」社員たちから、ポジティブな反応!?
- 新たな「データ×AI」によるシナジー効果で、社会課題解決へ!
2021年5月、東芝エネルギーシステムズによるGP Strategies社(以下、GPX社)の発電プラント監視システム「EtaPRO™」部門の買収が確定した。
【前編】では、このM&Aによる狙いについて、当事者たちから話を聞いた。東芝は、現実世界のデータをサイバー空間で分析し、それを現実世界にフィードバックすることで新たな価値を創出するデジタルトランスフォーメーションを進めている。この仕組みをサイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical Systems: CPS)といい、今回のM&Aが東芝の価値創造の強化にどのような作用をもたらすのか。【後編】では、買収計画の裏側と「EtaPRO™」活用について迫る。
発電所の高効率な稼働に貢献する「EtaPRO™」
技術者気質の「コツコツ」で“デューデリ地獄”を突破する
「思った以上の大変さ。デューデリジェンスに3カ月近く時間がかかってしまいました」とあっけらかんと話すのは、M&Aの東芝側の最前線として向き合い、今は「EtaPRO™」事業を率いる北口氏。
M&Aの舞台裏で、何が起きていたのか。売り手のGPX社からは「1カ月で正式調印したい」と提示されていた。調査を急ぐが、思うように進まない。北口氏の言葉を借りれば「泥臭い感じ」の作業が続いた。
デューデリジェンスは、買収先や投資先の持つ価値、リスクなどを調査することを指す。意思決定の材料として、買収先、投資先の価値を適正に評価するうえで必須のプロセスだ。しかし、東芝エネルギーシステムズでエネルギー関連製品を手掛け、M&Aの責任者である松下氏は「一番難しかったのは、誰にM&Aチームに参加してもらうかでした」と明かす。
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 海外ビジネスユニットマネジャー 松下 丈彦氏
「EtaPRO™」がどういうサービスなのかを把握でき、その価値をしっかり評価できる人物が必要だ。ただし、デューデリジェンスによってコスト情報が明らかになるので、M&Aが不成立の場合を想定して、通常業務で「EtaPRO™」のソフトウェアを購入し、顧客に提供するビジネスに関わっている人は避けなければならない。適任者を探すのは至難の業だったが、これらの条件をクリアする人物がいた──それが、当時研究開発部門に所属して、海外サービス事業にも知見のある北口氏だった。
M&Aが成立するまでには様々なプロセスがある。抜擢された北口氏は、「一番苦労したのは、やはりデューデリジェンスですね。しばらくビジネスの現場から遠ざかっていたこともあり、勘を取り戻すのに少し時間がかかりました」と苦笑する。一言でデューデリジェンスといっても、事業、財務、税務、法務、人事、知財、顧客など評価対象は多岐に渡り、それぞれにチームがある。初見では、どこから着手すれば良いのかが分からない。「まず必要なデータがどこにあるのかを整備するのに、2週間かかりました」と、北口氏はGPX社の開示データと苦戦した日々を振り返る。
「EtaPRO LLC」Director, President & CEO 北口 公一氏
苦心惨憺の2週間を乗り越えられた原動力は、何だったのだろうか。北口氏からは、いかにも技術者らしい答えが返ってきた。
「私は、エンジニアなので隅から隅まで洗いざらい書類をチェックし、問題点や課題、解決法などを考えるのが性に合っていました。とにかく“コツコツ”続けました。そのうち、パズルのピースがはまって完成していくような快感が。この手の作業に面白みを感じられる性格だったので、ノイローゼにならずやり切れました」(北口氏)。
東芝の誠意と敬意。買収先の社員が喜ぶM&A
しかし、デューデリジェンスはM&Aの入り口に過ぎない。次は、丁寧な社内の合意形成が必要だ。松下氏、北口氏の事業として初めてのM&Aのため、「どのようなリスクが想定され、どの程度の成果が期待できるのか、GPX社はどう捉えているのか」何度も説明を繰り返した。そして、最初は慎重だった経営陣から「GO」が出た。
具体的に想定された最大のリスク要因は、人材流出だ。笑えない冗談のような話だが、被買収企業の中にM&Aに対し否定的な感情を持つ社員がいると、その社員が扇動して主力メンバーが辞職し、チームごとライバル企業に移籍してしまうケースがある。これでは、M&Aの意味がない。買収側は、多額の投資をしたにも関わらず、事業を発展・拡大させる人材を失うため、M&Aの意味がなくなってしまうからだ。
北口氏も、「貴重な人材流出は大きなリスクです」と慎重に話す。しかし、2016年からGPX社と東芝は協業関係にあり、ここで築いた信頼関係を足がかりにできた。さらに、東芝が注力する前述のサイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical Systems: CPS)が後押しになったという。
「東芝が、現実世界のデータをサイバー空間で分析し、新たな価値創出を目指している。このCPSへの理解が深まり、買収に好意的になりました。EtaPRO™が生むデータと東芝のAI等による分析が組み合わさることへの期待は大きく、離職は防げると考えています」(北口氏)。
では、実際に「EtaPRO™」メンバーたちは、どのように捉えているのだろうか。話を聞いてみた。
東芝の一員となり、今後に期待を寄せる「EtaPRO™」チームの面々
「東芝には世界クラスの技術と、豊富な実績があります。私たちは、そのような存在感のある企業に参画できることが誇りであり、今回のM&Aによって実現されるだろう多様な機会にワクワクしています」(EtaPRO LLC, Director and Chief Technology Officer, Shawn Whitecar氏)
「EtaPRO™ビジネスは、これまでGPX社の一部として多くの成功を収めてきました。しかし、これからは東芝の一員となり、私たちの想像を超えるチャンスがCPSで実現できると確信しています。この統合がEtaPRO™チームにもたらした喜びの大きさは、そばで見ていて驚くほどでした」(EtaPRO LLC, Senior Vice President and Chief Sales Officer, Bill Green氏)
「私たちは、特別なM&Aを成し遂げ、EtaPRO™ を次の段階に飛躍させられるテクノロジー企業の一員となれました。さらに、M&Aに続く移行計画の準備、素早いスタートを切れたことに感動しています」(EtaPRO LLC, Senior Vice President and Chief Operating Officer, Richard DesJardins氏)
「有能なEtaPRO™チームを東芝ファミリーとして迎えることが出来たことがとても嬉しいですね。同じオフィスで過ごす中で、EtaPRO™チームの持つ豊富な経験と特別な知識に改めて驚いています」(EtaPRO LLC, Director, President & CEO,北口氏)
M&Aでは企業文化の統合も重要だ。アメリカへ渡り、両社の融合を推進する北口氏が、直接話を聞いた「EtaPRO™」の面々は期待感をのぞかせているようだ。しかし、信頼関係があるとはいえ、アメリカと日本。異なるビジネス慣習のもとで現在に至るが、価値観のすれ違いは起きないのだろうか。しかし、「まさにそこが、私がいろいろ擦り合わせていくところです」と、北口氏は意欲的に話す。
「『EtaPRO™』のメンバーは、自分たちのソフトウェアに非常に深い愛着を持っています。東芝も、当然リスペクトしています。そういう意味で、『EtaPRO™』を軸に相互理解を深めやすく、逆に異なる背景を組み合わせることで新しい価値を生むというのが、私の想いです」(北口氏)
東芝の「EtaPRO™」に対するリスペクトを体現したのが社名だ。GPX社の幹部から買収後の社名に関する話題が出たとき、このプロジェクトの責任者である松下氏が伝えた言葉を見て欲しい。ここに、東芝の誠意そのものと敬意が現れている。
「我々は、『TOSHIBA』という冠はつけず、『EtaPRO LLCにします』と提案しました。世界中の『EtaPRO™』のお客様のなかには、東芝ではなく、『EtaPRO™』ブランドに期待されている方が少なくないからです。彼らが培ったものを尊重していたので、この決断に迷いはありませんでした」(松下氏)
「この提案を東芝から聞いた瞬間に、全員の気持ちがひとつになり、その後は協力的な雰囲気のもとM&Aプロセスが進みました」(DesJardins氏)
「データ×AI」のシナジーで温暖化に歯止めを
M&Aの要諦は、「1+1=2」ではなく「1+1=3」にして相乗効果を高めることだ。そのカギを握るのは、発電所の性能技術を熟知した専門家によるソフトウェア開発だけでなく、データ分析の力だ。「EtaPRO™」を導入した発電所の運転状況データは宝の山。こうした強みに掛け合わせるのが、東芝が得意なAIなどを活用した分析。つまり、ソフト開発とデータ分析の両輪で、サービス提供が発展するのだ。その本質を、東芝エネルギーシステムズで発電技術を率い、EtaPRO™の開発を支援してきた中井氏はこう説明する。
東芝エネルギーシステムズ株式会社 デジタリゼーション技師長 中井 昭祐氏
「『EtaPRO™』の故障診断アルゴリズムは、データが定められた正常範囲内にあるかを判断するものです。それに対して東芝は、データをもとに正常な運転状態を学習させたAIを用いて、発電機器の個々の挙動を予測し、実測値との乖離を把握し、きめ細かく異常状態を検知します。これまでより精度の高い予兆診断が可能になります」
実測データから、個別機器の異常を高精度に検知
「データ×AI」でさらなる価値創造を目指す東芝。その先には、稼働効率などの経済的側面だけでなく、環境的側面も見据えている。この事業の責任者である松下氏は、世界が直面する社会課題を前に少し厳しい口調で語る。
「『EtaPRO™』は素晴らしい機能を持つけれど、使いこなさなければただのソフトです。その“先”が必要で、東芝の知見と組み合わせることで発電所の故障を防ぐだけでなく、エネルギーロスを起こさないことが重要です。期待より低い効率で稼働している発電所は、世界に未だあります。少ないエネルギーで高効率の発電に貢献し、脱炭素化へ寄与することが目標です。いかにCO2を削減できているかが、評価指標の一つになるでしょう」
そう遠くない未来を思い描く松下氏の話を聞きながら、中井氏、北口氏も大きくうなずいた。人と、地球の、明日のために。──経営理念の実現に向けて、今回のM&Aは、東芝がCPSで社会的価値を生む一つの試金石になるだろう。
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発電事業者向けプラント監視ソフトウェア「EtaPRO™」事業の買収について | ニュースリリース | 東芝エネルギーシステムズ