齢80年越えの黒部川第二発電所更新プロジェクト―水力発電の未来をつなぐ、若手技術者たちが挑んだ9年の軌跡

2025/06/20 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 若手技術者たちを中心に、80年以上稼働した発電所を更新して性能向上と出力増加を実現
  • 特異な地理的条件下で搬入と組立工事を進めて無事故でプロジェクトを完遂。運転開始の瞬間に技術者としての喜びを感じる
  • 大プロジェクトに関わることができるのは、大手メーカーの強み。信頼を重ね、国内外の発電所への技術展開や次世代への技術継承も視野に
齢80年越えの黒部川第二発電所更新プロジェクト―水力発電の未来をつなぐ、若手技術者たちが挑んだ9年の軌跡

黒部川の急流をたどり、トロッコ電車で山あいの峡谷を越えた先に、80年以上の歴史を持つ発電所がある。

「黒部川第二発電所」。その地で進められたのが、歴史ある設備を未来へつなぐための大規模な更新工事だ。東芝は、120年以上にわたり水力発電事業に取り組んできた歴史を持ち、このプロジェクトにもその経験と技術が注がれている。更新工事が始まったのは2015年。当時、入社間もない若手技術者たちを中心に進められ、ようやく9年の時を経て更新完了に至った。水力発電所の中でも難所と呼ばれる黒部川第二発電所は、険しい峡谷に囲まれ、資材の搬入はトロッコ輸送に頼らざるを得ない場所にある。重量物を運搬する計画を立て、限られた作業スペースでどう組み立てるか――通常のプロジェクトとは異なる試行錯誤の末、すべての水車・発電機が動き出した瞬間、技術者たちは何を思ったのか。水力発電の未来を担ったチャレンジに迫る。

黒部峡谷に佇む水力発電所を更新!若手技術者たちの挑戦が始まった

北アルプスの鷲羽岳を源流とし、富山湾へと流れ込む黒部川。日本有数の急流が生み出す峡谷は、雄大な景観をつくり出し、豊富な水資源は長年にわたり発電にも活用されてきた。

その流域に点在する黒部川水系の発電所群のひとつ、黒部川第二発電所は、1936年(昭和11年)に当時の日本電力株式会社が運用を開始。戦後、関西電力株式会社が運用を引き継ぎ、80年以上にわたり日本の電力供給を支えてきた。発電所がある黒部峡谷は、深いV字型の地形が特徴で、冬季には積雪が数メートルにも達する厳しい環境にある。こうした自然の中で発電を続けてきたが、設備の老朽化は避けられない。より安定した電力供給を実現するため、発電所の全面更新が決まった。

1936年に運開した、黒部峡谷の深い緑の中に佇む黒部川第二発電所の外観
1936年に運開した、黒部峡谷の深い緑の中に佇む黒部川第二発電所の外観

「関西電力が更新を進めた目的は、大きく2つありました」と、更新プロジェクトの起点を振り返るのは、東芝チームで水車3台・発電機3台の納入プロジェクトの現地工事を取りまとめた平井氏だ。

ひとつは、設備の信頼性向上。80年以上稼働してきた発電機や水車は、経年劣化による性能低下が進んでいました。もうひとつは、発電効率の向上です。より高効率な水車・発電機を導入し、同じ水量でもより多くの電力を生み出せるようにするというねらいがありました」(平井氏)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 水力プラント技術部 フィールドグループ 平井 亮太氏
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 水力プラント技術部 フィールドグループ 平井 亮太氏

現在、日本では2050年カーボンニュートラル実現に向け、再生可能エネルギーの割合を高める方針が進められている。その中で、水力発電は「安定した電力供給が可能な再エネ」として、太陽光・風力と並ぶ重要なポジションを占める。設立から80年に渡る水力発電所の更新というビッグプロジェクトを、入社間もない若手技術者たちが任された。

「この更新プロジェクトは、単なる設備の延命にとどまらず、日本のエネルギー政策の大きな流れの中で重要な役割を担うもの。水力発電の未来をカタチづくる意義を持つプロジェクトでした。そして黒部川第二発電所は、建屋や地形の特性上、更新に際しては一筋縄ではいかないと感じていました。そんな発電所の更新を、入社してすぐの自分にできるのか。正直不安はありましたと、平井氏は当時を振り返る。

黒部川第二発電所の建屋は、日本の建築家・山口文象によって建てられたものだ。黒部峡谷の豊かな自然に溶け込むような工夫と、ヨーロッパ的な設計思想が施された、歴史的価値のある施設として名高い。そのため、昭和初期に建てられた外観を保ちつつ、内部設備を最新のものへと更新することが求められ、極めて難易度の高い工事となった。さらに施工環境の特殊性も、このプロジェクトの大きな挑戦だった。現地で工事を指導したのが、機器組立部の江利氏だ。

黒部川水系の発電所は山岳地帯に点在しているため、大型車両での搬入ができません。そのため、今回の更新プロジェクトでは、資材や機材のすべてをトロッコ電車で輸送し、そこから人力で作業を進めるという制約の中で工事が進められました。峡谷という地形の特性上、トロッコは切り立った岩肌の間を縫うように走ります。発電所の目の前には橋があり、そこで猿を見かけることも珍しくなかったですね」(江利氏)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 機器組立部 水力・発電機組立課 江利 伸也氏
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 機器組立部 水力・発電機組立課 江利 伸也氏

発電所へ向かう道は険しく、一般の交通手段はない。黒部峡谷鉄道のトロッコ電車が唯一の移動手段となる。この鉄道は、かつてダム建設資材を運ぶために整備された路線だ。

こうした自然環境の中、3台ある発電機を順番に更新していくが、豪雪地帯であるため、トロッコは12月中旬から4月中旬まで運休。この冬季休工期間を踏まえて計画を進める必要があり、全工程で9年を要する長期プロジェクトとなった。

大型車両の搬入ができないため、資材や機材などはすべてトロッコで運び込まれる
大型車両の搬入ができないため、資材や機材などはすべてトロッコで運び込まれる

過酷な環境で高効率を実現する――水車設計と搬入の挑戦

黒部川第二発電所の更新プロジェクトにおいて、大きな課題となったのが水車の設計だった。水力機器基本設計グループで設計を担当する向井氏は、その技術的ハードルに触れる。

「黒部川は北アルプス(飛騨山脈)の険しい山々から流れ出ているため、日本でも有数の急流で、水量も多いという特徴があります。高い発電効率が求められる一方で、大量の土砂が流れ込むためにランナ(水車の中心部にある回転する羽根)の摩耗対策も必要とされます」(向井氏)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 水力・発電機部 水力機器基本設計グループ 向井健朗氏。水力発電のランナ(水車の中心部にある回転する羽根)の模型を手に、仕組みを説明する様子。
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 水力・発電機部 水力機器基本設計グループ 向井健朗氏。水力発電のランナ(水車の中心部にある回転する羽根)の模型を手に、仕組みを説明する様子。

本発電所の設計で採用されたのが「流れ解析による開発」と「特殊コーティング」技術だ。これにより、耐久性を高めながら、高効率の発電を維持できる。

「流れ解析とは、コンピュータ上で水の流れをシミュレーションし、水車性能を予測する技術です。社内の研究所で模型試験をベースとした予測精度向上のノウハウを蓄積したことで、流れ解析のみで高い水車効率を実現しました。試運転の際に、解析結果通りの性能が得られたときは、設計者として安堵しましたね」(向井氏)

発電所前の目黒橋から撮影した写真。険しい北アルプスから流れ込む黒部川は、水が勢いよく流れ込むため、水車も高い耐久性を維持する特殊な設計を必要とした
発電所前の目黒橋から撮影した写真。険しい北アルプスから流れ込む黒部川は、水が勢いよく流れ込むため、水車も高い耐久性を維持する特殊な設計を必要とした

1号機・2号機の特殊コーティングはドイツのメーカーで行ったが、3号機の更新時にはコロナ禍の影響もあり国産化を決断。狭い箇所にも均一にコーティングするのは難易度の高い作業となったが、「黒部川の過酷な条件に耐えうる技術を国内で確立できたことは、今後のプロジェクトにも貢献するはずです」と向井氏は手応えを感じている。

水車のランナを組み立てている様子
水車のランナを組み立てている様子

また、プロジェクトで最大の難題となったのが、資材や機器の搬入だ。トロッコ電車で輸送するため、運行スケジュールや積載量に厳しい制限がある。通常は工場で組み立てて搬入する機器も分解して運搬した。その結果、現地での組み立て作業が増え、難易度も上がる。また、超重量物は夜間に特別輸送を行うこともあった。

「トロッコの積載スペースが限られるため、部品ごとの搬入計画を細かく調整する必要がありました。現地ではパズルを組み立てるように、仮置きの位置や組み立ての順番を綿密に計画しました」(平井氏)

1カ月以上前に輸送計画を組み、深夜にトロッコで発電機の部品を運び込んだこともあった。このような輸送計画は、他の発電所ではなかなか経験できないことだという。

現地で水力発電機の組み立て指導を担当した江利とは、密にコミュニケーションを取りながら進めました。特に、資材の搬入計画や現場での施工順序については、細かい調整を重ね、意見を出し合いました。工事業者の方には作業方法や意思を明確に伝えるなど、当たり前のことを当たり前にやっていったことが、無事故完遂につながったと考えています(平井氏)

無事故・無災害で9年のプロジェクトが完遂――響き渡る水の音が新たなスタートに

2023年、9年にわたる更新プロジェクトの最終工程が完了した。3台目の水車・発電機が試運転を迎え、鉄管内を水が『ゴーッ』と勢いよく通る音が響き渡った。施設全体がフル稼働を始めたこの瞬間こそ、彼らが待ち望んでいたものだった。自分たちが組み立てたものが正常に動き出したんだと、技術者たちはそれぞれの思いを胸に刻んだ。

水力発電の心臓部、発電機の回転子を取り付けている様子
水力発電の心臓部、発電機の回転子を取り付けている様子

「更新後に現地を訪れ、本当に発電機が3台とも入れ替わったんだ、と改めて実感しました。そして、この瞬間こそがプロジェクトのゴールであり、自分たちの努力が結実した証だと感じたのです」(平井氏)

「作業員全員が同じ宿舎で生活し、朝から晩まで共に過ごす。週末は近隣の温泉地でリフレッシュするなど、ワークライフバランスの整った“合宿”のような環境でした。食事や風呂も一緒で、チームの結束力も向上。長期にわたるプロジェクトで、課題を乗り越える力が強まるのを実感しましたし、この環境で仕事ができたことは、自分にとっても貴重な経験になりました」(江利氏)

プロジェクトの完遂に対し、東芝のチームは関西電力より2023年度の安全表彰を受賞した。通常、このような表彰は施工会社に贈られることが多い。しかし今回は、異例ながらメーカーである東芝が表彰されている。

「関西電力と連携しながら、月1回の安全パトロールを実施するなど、リスク管理を徹底した結果、9年に及ぶプロジェクトを無事故で完遂。この取り組みが評価され、メーカーとしての受賞につながりました。ただし、この更新プロジェクトはゴールではなく、新たなスタートだとも感じています」(平井氏)

お客様から、次の号機や他の発電所での派遣もお願いしたいと言っていただけたときには、本当にやってきてよかったと思った、と技術者たちは口を揃える。何かトラブルがあっても、東芝なら何とかしてくれる。そう思っていただいているということは、まさに先輩たちの信頼の積み重ねがあったからこそ。これからは、私たちがその信頼を守り続けていく番だと意気込む。

さらに現在、日本国内では再生可能エネルギーの重要性が高まっている。特に水力発電は、太陽光や風力と比べて安定した電力供給ができるため、さらに重要な役割が期待される。今後、さらなるニーズに応えられる技術を提供していくことが重要になってくると、より強く実感しているという。

9年のプロジェクトを経て、参画時は若手だった技術者たちは大きく成長した。水力発電というインフラ事業ならではのやりがいを感じ、新たなフィールドへと飛び出している。

「今回のプロジェクトで確立した技術は、国内だけでなく海外の水力発電所にも展開できる可能性があります。ひとつのプロジェクトが、技術者の成長だけでなく、東芝の技術を次代へつなぐ役割を担うのです」(向井氏)

水車メーカーの中でも、大きいプロジェクトに関われるのは東芝という大手メーカーならではだ。ビッグプロジェクトに関わり、現地で自分たちが手掛けたものを目の当たりにすることで、社会に貢献できている感覚を持てるのだという。

水力発電の技術は成熟していると思われがちだが、まだ進化の余地は大きい。「新たな技術を取り入れ、次世代の水力発電をかたちにする。次の挑戦も、未来の後輩たちと共に取り組んでいきたいですね」と、技術者たちは未来を見据える。

今回のプロジェクトを通じて蓄積された知見と磨かれた技術が、次の現場へ。日本のエネルギーを支える水力発電。その未来は、技術革新と現場の挑戦の積み重ねで切り拓かれていく。

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