リチウムイオン電池、使い捨てから「長期利用」へ ~長寿化を支えるAIモニタリング技術

2022/03/08 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 再生エネルギーの有効利用に欠かせない、電池システムの効率化・長寿命化とは?
  • 蓄電池の寿命をモニタリングする技術を、わかりやすく解説!
  • お客様視点の保険サービスのように、データ活用が蓄電池市場を獲得するカギ!?
リチウムイオン電池、使い捨てから「長期利用」へ ~長寿化を支えるAIモニタリング技術

英グラスゴーで開かれた、第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、「グラスゴー気候合意」が採択された。ここには、2100年の世界平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以内に抑える努力が盛り込まれた。これを受け、世界中から注目を集めているのが「再生可能エネルギー(再エネ)」だ。

 

持続可能性のある再エネだが、発電量が自然条件の影響を受けやすいため、電力を安定供給するには「蓄電池から電力を出し入れして、需給を調整する」必要がある。再エネ導入拡大に向けて電池システムの効率化・長寿命化を実現し、社会インフラとして定着させるにはどうすればよいのか?電池システムをモニタリングする技術を開発する、東芝 研究開発センター システムAIラボラトリー 山本幸洋氏に話を聞いた。

COP26「グラスゴー気候合意」により、再エネ&蓄電池の需要は高まる

「電力のような社会インフラに利用する蓄電池は、スマートフォンを使うときのように、『1日もたなくなってきちゃったけど、まあいいか』という安易な考え方ではインフラ機器としては失格です」と、山本氏は説明する。

 

カーボンニュートラルの実現に欠かせない再エネ。蓄電池は、その普及において重要な役割を担う。しかし、適切な使い方をしなければ、劣化したら廃棄し、また製造、消費……と地球環境に負荷がかかる速度が上がってしまう。

 

再エネは天候による変動が大きく、需給バランスが崩れると周波数が変わり、そのまま送電網に送ると不安定になります。そこで、電力の出し入れで調整し、安定させる電池システムが重要になります。しかし、蓄電池は製造・導入のコストが高額で、なかなか普及が進んでいないのが現状です。そのため、今の理想は、一度導入した電池システムの保守点検をしっかり行い、電池を寿命まで使い切り、コストを抑えることです

 

他にも、蓄電池に必要なリチウムなどの資源の調達難、廃棄物の処理方法など、解決すべき点はいくつもある。こうした課題を乗り越え、再エネを拡大させるには、山本氏が指摘するように電池システムを保守点検し、システムとして「効率化・長寿命化」することが非常に重要だ。「保守点検」というと簡単な作業のように聞こえるが、非常に繊細で複雑な工程があり、高い技術力の下支えが必須になる。

蓄電池のモニタリング技術は、電池システムの効率化・長寿命化を下支えする

東芝は、高性能なリチウムイオン二次電池SCiB™を活用した、様々な電池システムを手掛ける。そして、蓄電池の劣化や不具合を検知する「モニタリング技術」の開発も複数進めている。モニタリングにより蓄電池を寿命の限り使い、電池システムの価値を最大化できるからだ。

 

蓄電池システムのモニタリングでは、許される測定時間と必要な測定精度をもとに、適切な評価方法を選択したり、組み合わせたりが求められる。そのため東芝は、あらゆるシーンに対応できるよう複数のモニタリング技術を開発しており、電池の容量や内部抵抗の健全性を評価するSoH(健全度:State of Health)という指標を用いている。山本氏はSoHの意義を次のように説明する。

 

「電池システムは、大量の蓄電池を組み合わせて構築されています。蓄電池の寿命自体は変わりませんが、電池システムのSoHを確認し保守点検が必要な箇所を見つけ出せれば、局所的に組電池(電池を複数個パックしたもの)の劣化が激しくなる前に対応でき、結果として電池システム全体の効率化・長寿命化につながります」

 

SoHの評価は蓄電池のリユースでも注目され、日本の自動車産業では各社が開発を急ぐ。米国でも多くのスタートアップが、使用済み車載電池を電力会社向けの蓄電池へとリユースする事業を行う。こうした事情もあり、フォードやデンソーなど100超の企業・団体が、使用済み車載電池を再利用するときの価値算定基準「劣化モニタリング指標」を制定する方向だ。

電池システムのモニタリング技術は、「年1回の人間ドック」or「毎日の健康管理」?

電池システムを手掛けている東芝も、様々なSoHの推定技術を有している。なかでも、電力系統に使われる蓄電池システムのSoH評価に適しているのが、山本氏が携わる電圧標準偏差法である。その特長は、電池システムのように大量の蓄電池を組み合わせた場合でも、組電池を一つひとつ評価できることだ。

 

「モニタリング技術の中には、一度電池システムを停止して、検査目的の電流を流して容量や内部抵抗を確認し、SoHを確認するものがあります。これは、故障の有無に関わらず、定期的にメンテナンスを行う考え方で、年に一回、人間ドックで健康診断を受けるようなものです。

 

一方、『電圧標準偏差法』は、稼働した状態で得られるデータからSoHを判定できます。これは、機械や設備の稼働データをモニタリングして、メンテナンスを行う考え方です。人間でいえば、日常生活の身体状態をウェアラブルデバイスが解析して、病気の兆候を見つけるようなものです」(山本氏)

 

電圧標準偏差法を用いて、SoHや局所劣化を遠隔でモニタリングしている例

電圧標準偏差法を用いて、SoHや局所劣化を遠隔でモニタリングしている例

そもそも、電圧標準偏差法を開発したきっかけは、再エネに携わる事業部の現場から上がってきた声だった。山本氏は、次のように述懐する。

 

「電力系統に使われる電池システムは、インフラという位置づけ。当然、24時間365日稼働します。あるとき、担当者から、“インフラは止めるわけにはいかない。欲しいのは、稼働中のデータを用いて評価できる技術だ”と言われたのです。そこから、本格的な研究が始まりました」

 

では、いったいどのような仕組みでSoHを評価するのか。ひと言で表せば、「運用中の電池システムの充放電データを用いて、電圧値の特徴量を統計的に算出し、SoHを推定している」そうだ。もう少し詳しく山本氏に聞こう。

 

「まずは劣化した蓄電池を複数用意して、温度や充放電パターンなど実機条件を模擬した様々な実験を行い、SoHに応じたデータを取得します。私たちは、この実験データを“教師データ”という形でデータベースに蓄積しています。

 

次にその教師データから特徴量とSoHを紐づけて、参照関数を導出しておきます。これに実際に電池システムの稼働データから描いた特徴量を照らし合わせ、SoHを出力します。そして、このSoHの推移をモニタリングします」

 

この技術を可能にしたのが、東芝のAI、そして電池事業部が持つ膨大なデータだ。SCiB™をはじめ多くの蓄電池を扱う東芝は、開発過程において様々な条件で劣化させた蓄電池の評価データを大量に所有している。その劣化条件の判っている蓄電池を利活用して“教師データベース”を構築するのだ。

 

「実際の稼働データ」と「劣化電池セルのデータ」を照らし合わせてSoHを評価

「実際の稼働データ」と「劣化電池セルのデータ」を照らし合わせてSoHを評価

今後、再エネの普及が本格化して、蓄電池が様々なシーンで使われるようになれば、より多くの生きたデータが集まってくる。データが溜まれば、蓄電池の劣化速度など実施状況を反映させた高い精度で予測することが可能になる。山本氏はここに期待しており、研究開発を進めている。

モビリティなどの電池システムでもモニタリングを実証、これからはサービス化が鍵

前述のように東芝は様々な蓄電池モニタリング技術を有しており、その中の電圧標準偏差法では北米のメガワット級の実証機でSoHデータを収集している。実に800個もの組電池から構成される大型の電池システムから、交換すべき組電池がどれかをピンポイントで特定できているという。

 

EVバスやEV船舶などで使われる電池システムでも、SoH推移の分析を行っている。前述のように電圧標準偏差法は、稼働データをモニタリングしてSoHを評価し、電池の交換・保守の計画を立てやすくする。たとえば、NEDOの「10分間の急速充電による、大型EVバス実証事業(マレーシア)」で営業運行したSCiB™搭載のEVバスから、リモートで取得したデータを電圧標準偏差法で分析している。SoHデータが導入時に近い値をキープしていることが確認でき、電池の長寿命を検証するエビデンスとして役立っている。

※国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

 

リチウムイオン蓄電池の寿命や性能の見える化を実現し、その性能を最大限引き出すことにつなげる蓄電池モニタリング技術。資源の調達難、廃棄物の環境負荷という課題の解決に道筋をつける技術だ。しかし山本氏は、さらなる活用の将来像を描いている。

「学会など研究視点で蓄電池の話になると、どうしてもデバイス寄りというか原理的な考え方に収まりがちです。どんな素材や分析方法を開発しているかといった話は出ますが、電池システムが記録している実機データのばらつきに対処できる分析方法や、それを活かしてどういったサービスを提供するかという社会実装の話にはなりにくい。たとえば電圧標準偏差法の場合だと、毎日のSoHモニタリングでアフターケアできるようにし、サブスクリプション型という新しいサービスが実現すると嬉しいです」

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー エキスパート 山本 幸洋氏

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリー エキスパート 山本 幸洋氏

山本氏の話は、いわゆるCPS(サイバー・フィジカル・システム)の本質を突く。フィジカル(実際の社会)のデータを収集し、サイバー空間でデジタル技術を用いて分析し、価値のある情報や知識に加工してフィジカル側にフィードバックする仕組みだ。それは、東芝が目指す「データ活用による価値創造(DX)」にほかならない。

 

電池システムのCPS化を実現できれば、いつまでも安心してお使いいただける電池システム機能を提供できます。それは、お客様の導入負担を抑えつつ、当社の利益も確保することにつながります。たとえば、保険会社でいえば様々なデータを数理的に分析し、お客様視点で商品設計を行い、サービスを提供するようなものです。

 

インフラで使われる電池システムにこそ、こういった考えが必要なはずです。しかし、そこには様々なハードルがある。この課題を乗り越えるためにも、今後は電圧標準偏差法などの蓄電池モニタリング技術をその特性に合わせてより多くのシーンで使えるようになってほしい」と山本氏は期待を語る。

 

現在、東芝グループを横串でつなぐIoT基盤サービスに、蓄電池モニタリング技術を搭載するための開発が進められている。これが実現すれば、グループ各社が蓄電池を使ったサービスを展開するときに、容易に適切なモニタリング技術を利用できるようになる。

 

カーボンフリーを実現するために、再エネの普及は待ったなしだ。そのためにも、電池システムの効率化・長寿命化が欠かせない。また、製造から廃棄という直線的な使い方が問題視されており、長く使う、再利用するといった循環型経済の観点でも貢献できる。その一端を担う東芝の蓄電池モニタリング技術は、蓄電池ビジネスの在り方を変えるだろう。

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