太陽光エネルギーを使いつくせ!【後編】 ~充電なしで走るEV実現に、大きく前進した東芝の挑戦

2022/05/16 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 新しい太陽電池、その発電効率を上げ続ける技術的取り組み
  • 技術的な差別化により実現する、戦略のメリットとは?
  • 無充電で走るEVなど、カーボンニュートラルに向けた目標、想い
太陽光エネルギーを使いつくせ!【後編】 ~充電なしで走るEV実現に、大きく前進した東芝の挑戦

前編でも強調したように、山火事などの気候変動による悪影響を抑えるためには温室効果ガスの排出をゼロにする必要がある。この温室効果ガスの排出源の約1/4は「発電」であり、温室効果ガスを直接的には出さない再生可能エネルギー(再エネ)による発電への注目が高まっている。

産業別に見た、グローバルでの温室効果ガス排出割合

産業別に見た、グローバルでの温室効果ガス排出割合

再エネの中で太陽光は導入比率が大きく伸びており、今後は光エネルギーを利用できる日照時間に効率よく発電することが鍵となっている。そこで、東芝は、2種類の太陽電池を組み合わせた「タンデム型太陽電池」を開発し、降り注ぐ太陽光すべてを使い尽くそうとしている。この後編では、このタンデム型太陽電池の量産化や、コスト低減と高い発電効率を目指した取り組み、そして戦略と社会実装の展望について、研究開発センターでプロジェクトを率いる山本氏と、現場で日々奮闘する芝崎氏に語ってもらった。

タンデム型と単体、どちらの戦略も可能にするCu₂O!

東芝のタンデム型太陽電池は、今までにない素材Cu₂O(亜酸化銅)を使った電池と、従来のシリコンを使った電池が組み合わされている。Cu₂Oで世界最高の発電効率8.4%を達成した山本氏は、次のように語った。ここでやや専門的になるが、太陽電池は、p層とn層という2枚の物質を張り合わせて製作されることを覚えておこう。

 

「技術者の間では、新しい素材であるCu₂O(p層)に注目が集まりがちですが、それと同じくらいn層の材料探索と改善も重要でした。いや過去形ではなく、現在でも当面の目標である発電効率10%達成に向け、p層の改善と並行してn層材料の研究は続けています。なぜなら、p層とn層の相性が発電効率を左右するからです」(山本氏)

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー フェロー 山本 和重氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー フェロー 山本 和重氏

実際、太陽電池として活用するためにCu₂Oの薄膜化に成功した後も、発電効率が伸び悩む時期があった。様々なシミュレーションや考察の結果、原因はp層(Cu₂O)とn層の接合面でのエネルギー的なミスマッチであると判明した。そのため、シミュレーションを担当する芝崎氏は、膨大なパラメーター設定と実測を繰り返しながら、現在もp層とn層のベストマッチングを探索している。

 

「p層とn層はシーソーのような関係です。n層を改善すれば発電効率は上がるが、あるレベルで停滞し、今度はp層を更に高品質化するなど工夫すると発電効率が再上昇し、また停滞し始めるとn層を見直す、という繰り返しです。

 

最初の頃は手探りでしたが、少しずつ発電効率が上がっていきました。今は、どのパラメーターを操作すると何がどう変わるかなど、p層とn層の関連性や、シミュレーションと実測値の相関も解明できてきました。最適なp層、n層の構造が徐々に絞り込めた状態です」(芝崎氏)

 

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー スペシャリスト 芝崎 聡一郎氏

株式会社東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 トランスデューサ技術ラボラトリー スペシャリスト 芝崎 聡一郎氏

さらに、山本氏のチームは、Cu₂O に含まれる不純物を除去するプロセスも開発している。これまで、ごく微量だがCuやCuOが混ざることで発電効率が落ちていたが、独自のプロセスで取り除くことに成功した。その結果が、前述の通り8.4%という世界最高の発電効率につながっている。山本氏に、今後の見通しや、Cu₂Oの戦略を教えてもらおう。

 

「発電効率の目標は10%ですが、今では理論上の最高値が倍近い19%あることも分かってきたため、10%よりさらに高い発電効率も視野に入れて研究開発を進めています。用途次第ですが、15%を超えればCu₂Oを、タンデム型は勿論、Cu₂O 単体の太陽電池としても実用化できます。

 

Cu₂Oは非常に硬く耐久性の高い材料ですので、日差しが強く、塩害も懸念される島しょ部や、寒冷地など過酷な地域の太陽電池として活用できます。研究開発の状況次第ですが、シリコンと組み合わせたタンデム型太陽電池での市場展開と、単体Cu₂O太陽電池でスモールスタートしタンデム型へ展開する戦略の両方を考えています」(山本氏)

 

CuOやCuといった不純物を取り除くことで、世界最高の発電効率を達成したCu₂O

CuOやCuといった不純物を取り除くことで、世界最高の発電効率を達成したCu₂O

量産化の壁を突破し、技術的な差別化の確立へ!

東芝は、Cu₂Oの発電効率の向上と並行して、量産化に向けた技術開発も進めている。重要なポイントとなるのがCu₂Oの大型化だ。日々、現場で奮闘する芝崎氏が、ベンチャースピリットを覗かせながら見通しを語った。

 

「Cu₂Oと組み合わせるシリコン太陽電池の標準サイズは15cm角。当然ながら、Cu₂Oも同サイズへの大型化が必須です。現状では、東芝エネルギーシステムズとの共同開発で導入した新しい装置を使って、4cm角サイズまで均一的に大型化することに成功しており、2025年度までにシリコン太陽電池と同じサイズまで大型化します。

 

Cu₂Oの透明化技術はかなり特殊で、東芝独自のものです。Cu₂Oを実用サイズに大型化する際の大きな差別化ポイントであり、他社にとっては参入障壁になると思います。今後は、多数のパラメーターを精緻に設定した量産用の製造装置を開発していきます」(芝崎氏)

 

東芝には、生産技術センターという製造プロセスの専門集団があり、連携を深めているという。世の中には優れた技術を開発しても、量産化の壁に阻まれた事例は幾多もある。しかし、芝崎氏が言うように、量産化の壁は参入障壁とイコールであり、乗り越えたところに大きな戦略上の利点がある。

1日のトータル発電効率が高く、太陽エネルギーを有効に活用できる

東芝のタンデム型太陽電池の差別化ポイントは他にもある。これについて、山本氏は「実は、私たちと他のタンデム型太陽電池とでは構造が異なり、東芝のものは電極が4端子になっています」と切り出した。どういうことだろうか丁寧に見ていこう。

 

世に存在する大半のタンデム型太陽電池は、2種類の電池を連続したプロセスで製造する一体型であり、それぞれの電極は直列接続され2端子となる。一方、東芝のタンデム型太陽電池は、Cu₂Oとシリコンを別のプロセスで製造し、接着剤で積層する。当然、電極も個別に持つため4端子型となる。この意味合いを、山本氏は次のように補足する。

 

「太陽電池、特にシリコンは、太陽光を垂直に受けた時に発電がピークとなります。しかし、陽が傾いた状態では発電効率が低下する傾向にあり、タンデム型の2種類の電池間で発電量の乖離が想定されます。その際、各電池の電極を直列接続した2端子の場合だと、発電量の低い電池に引っ張られる現象が起こり、電気的な損失が生じます。

 

一方、私たちが手掛ける4端子型は製造工数が増えるという指摘もありますが、各電池の発電を個別に供給するので、2端子型のような電気的な損失は生じません。太陽光の移り変わりを考えたら、1日のトータルな発電効率での優位性は高いと思います。多くのタンデム型太陽電池が2端子を採用する理由は、太陽電池をよく知る人でもタンデム型は各電池を直列接続した構造が一般的という固定概念があるためだと思います。私たちは常識にとらわれず、合理的な判断でプロセスや端子構造を選択しました」(山本氏)

 

Cu₂O/シリコンタンデム型太陽電池の4端子構造の図解

Cu₂O/シリコンタンデム型太陽電池の4端子構造の図解

近い将来、無充電で走るEVも達成可能に

現在、シリコン単独の太陽電池は、低コストだが、発電効率は27%程度まででそれ以上の高効率化は理論的に困難な状況だ。また、宇宙開発用にガリウムひ素という半導体を使ったタンデム型太陽電池があり、発電効率はシリコンの1.5~2倍高い32~33%程度の高効率が実現されているが、コストはシリコンの数百倍から数千倍高い。山本氏も「贅を尽くせば、私たちもタンデム型太陽電池の目標の発電効率30%をガリウムひ素を使って再現することは可能かもしれない。だが、コストの大幅増に繋がり、それでは社会が受け入れない」と社会実装を重要視する。その中で、Cu₂O/シリコンタンデム型太陽電池は、どのような戦略を描いているのだろうか──。

 

「現在太陽電池として主流のシリコンは、長年の開発で低コスト化が図られましたが、発電効率は27%程度が限界です。一方、30%を超える高効率が売りのガリウムひ素は、例えば1kW発電させるのに太陽電池だけで現在1千万円以上のコストがかかってしまい、とても高価です。私たちのCu₂O/シリコンタンデム型太陽電池は、低コストと高効率の両立が実現可能であるため、小さい設置面積でシリコンでは出せない大電力を必要とする製品を考えました。

 

そこで、私たちは省スペースで高い発電効率が求められるニーズを追求した結果、電気自動車(EV)、電車、ドローンなどのモビリティ領域をターゲットの一つにしています」(山本氏)

 

そんな東芝が掲げる目標の1つに、「無充電で走るEV」がある。例えば、東芝のCu₂O太陽電池の発電効率8.4%にシリコン太陽電池を組み合わせれば、発電効率27.4%を試算できる。EVの屋根等にのせる太陽電池の面積を3.33㎡とし、EVの標準電費12.5km/kWhとすると、1日の発電量で約35kmの走行が可能になる。これだけの距離であれば、充電のために停車しないといけないストレスから私たちを解放する。さらにカーボンニュートラルにも貢献するので、まさにイノベーションだ。

 

EVへのCu₂O/シリコンタンデム型太陽電池搭載イメージ

EVへのCu₂O/シリコンタンデム型太陽電池搭載イメージ

改めてリーダーの山本氏に技術開発と社会実装の展望、想いを聞いて、この物語を締めくくろう。

 

「太陽電池の発電効率が向上し、コストが下がれば用途は拡大します。東芝のCu₂O/シリコンタンデム型太陽電池の発電効率のポテンシャルは、約40%と試算しています。その数値に一歩でも近づくため、Cu₂O太陽電池の発電効率の目標値を10%からそれ以上に上方修正するなど、新たなロードマップを策定中です。

 

地球規模の温暖化や気候変動対策は喫緊の課題です。私には娘がいますが、彼女が大人になっても安心して暮らせる社会であるように、再生可能エネルギー技術の発展に微力ながら貢献したい。そして将来、街中に普及した無充電EVを指さし『あれはお父さんが作った技術で動いているんだよ』と娘に自慢したいですね(笑)」(山本氏)

 

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