社会課題の解決を担う「技能者」たちの肖像 ~AIが超えられない「人の手」こそ社会貢献のカギ

2022/06/13 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 電力が必須の社会で、社会インフラを支える技能者とは?
  • 感覚を研ぎ、金属の硬さや加工の感触を見極める若き技能者の思いとは?
  • デジタル化が進みますます必要な技能者を、学びの循環で育成!
社会課題の解決を担う「技能者」たちの肖像 ~AIが超えられない「人の手」こそ社会貢献のカギ

私たちが、当たり前に利用している電気、ガス、水道、交通などの社会インフラ。停電が起こると快適さが損なわれるだけでなく、経済にも悪影響を及ぼすことになる。社会インフラの技術開発や構築を強みとする東芝は、ある取り組みを強化している。それは、開発した技術を具現化する「技能者」たちの技を底上げすることだ。技術を社会へと橋渡しする技能者たちは、どのように技を習得し、社会へ還元しているのか。その横顔に迫る。

上下水道、鉄道、航空機……「電力が必須」の現代社会

技術の発達とともに、日常生活や企業活動といったあらゆる場面で電力の重要性がますます高まっている。例えば水道施設では、浄水処理や送配水といった基本工程で多くの電力が使われている。その他、現在の浄水場では、水質や配水状況をリアルタイムで把握・管理できる高度な制御システムが導入されており、安全で良質な水を安定供給するために電力は欠かすことができない。

 

同様に鉄道の運行システムや航空機の管制システムも、電力供給が止まってしまえば機能しない。社会インフラのほとんどが、電力に支えられていると言える。その影には、安定的に電力供給を行うための保守、改修を行うモノづくりの技が必要だ。

発電所、鉄道、航空機の管制システム……を支える「技能者」とは?

東芝の府中事業所に所属する中島和義氏は、社会インフラの電力を取り巻く課題に長年向き合ってきた技能者の一人だ。上下水道、発電所、鉄道、航空機の管制システムなど様々な社会インフラに求められる、受変電装置や制御盤の製造を多数手がけてきた。この分野においてトップクラスの技能と知見を備えた、日本有数のプロである。この領域における強みを聞くと、「多くの社会インフラの課題に対応できることだと思います」と中島氏は話す。

 

どの社会インフラにも、発電所から届いた高圧の電力を適切に調整し、各設備に送り届ける受変電装置や制御盤が置かれるが、求められる要件はそれぞれまったく違う。いずれかの分野に特化している技能者が多い中、中島氏のように、社会インフラを幅広く手がける形でキャリアを積んできた人物は、業界でも珍しい。

 

株式会社東芝 生産推進部 府中事業所 総務部 エキスパート 中島 和義氏

株式会社東芝 生産推進部 府中事業所 総務部 エキスパート 中島 和義氏

「社会インフラが安定して稼働するには、様々な対応が求められます。例えば、大規模な自然災害が起きても電気回路が機能するよう、特別な配管を用いてショートが起こるのを防ぎます。ショートが起きると大きな電流で過熱や発火が生じ、火災につながるなど非常に危険です。

 

余計な電気信号が発生し、機器の正常な動作が妨げられないようにすることも重要です。配線を保護したり、回路分離したりなど電気信号が乱れない対策が必須になります。

 

また、社会インフラに供給される電力には高圧、低圧といった違いがあります。これらを的確に分けないと機器が故障してしまうので、正確な配線となるよう慎重に対応します」(中島氏)

作業が終わらなければ朝のニュースに……1分1秒を争う世界

中島氏のこれまでの経歴で、最も大変な作業だったのが、鉄道で用いられる受変電設備の更新・改修だったという。鉄道の運行が完全に停止している時間は、深夜の3~4時間ほど。中島氏らが作業に充てられる時間は、2時間にも満たない。

 

担当の技能者とペアを組み、更新・改修の手順を事前にきめ細かく決め、イメージトレーニングを何度も重ねてから当日の作業に臨んだという。わずかでも作業が遅れれば、翌朝の鉄道の運行に支障をきたしてしまう。

 

人知れず高度な技能を駆使し、短時間で正確に更新・改修の作業を黙々と進める。知識と経験、そして技能者たちの誇りをかけた戦いだ。社会インフラの安定性とは、突き詰めて考えれば、中島氏をはじめとする技能者たち一人ひとりの手腕にかかっている。

 

「こうした精密さを問われる技は、現場での経験から身につけるしかありません。東芝の特徴は、お客様のニーズに徹底して寄り添い、難しい仕様の提案にも真摯に対応していく姿勢にあると私は信じています。手間と時間がかかる仕事もあります。

 

他社が敬遠するような案件でもお客様と向き合い仕様をつめていき、最適な社会インフラを構築できる技を少しずつ蓄積する。それが結果的に東芝の力になり、お客様との長期的な信頼関係を築くことにつながっているのだと思います。先ほど『私の強み』 と言いましたが、東芝全体の強みと言った方がいいかもしれません」(中島氏)

技能者による匠の技が、火力発電の発電効率UPに貢献する

安定的な電力供給を実現するためには、当然ながら発電設備の性能も重要だ。東芝の京浜事業所は、火力発電の中心機械であるタービン製造の主力拠点だ。同事業所の菅井彩那氏は、ここで「ノズルダイヤフラム」と呼ばれる部品の製造を手がける。

 

火力発電では、ボイラーで生み出した蒸気をタービンの回転翼に当て、熱エネルギーを回転エネルギーに変換して発電する。その際、蒸気をできるだけ効率良く回転翼に導くため、タービン内に置かれるのがノズルダイヤフラムである。

 

円形のタービンの周囲に配置されたノズルダイヤフラム

円形のタービンの周囲に配置されたノズルダイヤフラム

様々な発電方式がある中で、安定して供給できる火力発電の役割は大きい。再生可能エネルギーによる発電は気象条件によって左右されるため、火力がベースロード電源の役割を担う。しかし一方で、脱炭素の世界的潮流に対応する必要もある。その意味で、火力発電の発電効率を高めていくことは重要だ。そこに菅井氏らの技能が発揮されている。

 

ノズルダイヤフラムは、大きいもので幅5メートルもある金属製部品。その加工精度によって発電効率が左右される。菅井氏は、NC旋盤と呼ばれる工作機械を操り、専用工具を使用して回転する金属素材を指定された形状に加工(旋削)していく。許容される公差は0.01~0.09mmだ。

 

NC(Numerically Controlled=数値制御)とは、あらかじめプログラムされた手順で自動的に加工してくれることを意味する。だからといって、すべてを機械任せにできるわけではないと菅井氏は強調する。

 

「一口にノズルダイヤフラムと言っても、さまざまな形状があります。同じサイズ・形状の金属素材だとしても、一つひとつ硬さや加工の感触が微妙に違います。旋削する際に出てくる切り粉(金属の切りくず)の量や形、わずかな加工音の違いなどにも注意しながら、トータルで判断し加工していきます」(菅井氏)

 

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 機器製造部 タービン部品製造課 菅井 彩那氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 京浜事業所 機器製造部 タービン部品製造課 菅井 彩那氏

技を磨いた技能者として、経験と勘がものを言う世界だ。その一方で、油断や過信は禁物だと菅井氏は話す。

 

「NC旋盤では、刃物が二軸で動きます。その軸の移動する方向に間違いはないか、必ず指差し確認をしています。それに加えて、組まれたプログラムの内容が合っているか、自分でも計算して確認します。慣れているからと、こういう基本動作を省略するのは絶対やってはいけない。その意味で、どんなに納期が厳しいときでも、いい意味で自分の進め方を崩さないことを大切にしています」(菅井氏)

 

NC旋盤を操作する菅井氏

NC旋盤を操作する菅井氏

技能競技会を通じた学びの循環を次世代にも

中島氏と菅井氏は、どちらも東芝の中でもトップクラスの技能者である。「私は単なる一技能者。日本一の『匠の技』などを持っているわけではありませんから」と中島氏は謙遜するが、配電盤・制御盤の組み立てにおける優れた技能と実績から、国家褒章である「黄綬褒章」を受賞している。

 

また菅井氏は、国家資格である技能検定(機械加工)の最上位「特級」を取得している。合格率は10%前後、実務経験期間も求められる難関資格に、30歳の若さで合格したというのは驚異的な早さと言える。

 

現在、中島氏は、菅井氏などの高技能者に続く人材の育成に奔走している。「緩い環境では人は育たない」というのが、人材育成における中島氏の持論だ。自身も入社3年目でインドの発電所建設現場の制御盤据付け・改修工事に7ヵ月赴任し、言葉も文化も異なる現地の技能者たちを指導したという貴重な経験を持つ。誰かを指導することで、自分の学びが深まった。また、人材の多様性こそが価値の源泉だということも、このときに痛感したという。

 

そこで現在、中島氏が取り組んでいるのが、社内の技能競技会の強化だ。東芝には、1952年に始まった「テクニカルコンテスト(テクコン)」と呼ばれる社内競技会がある。要求される技能は極めて高く、上位に入賞するには先輩たちに技を伝授してもらうことが不可欠だ。緊張感のある競技会で競い合うことで、参加者一人ひとりの技能が格段に高まる。部門横断的な交流にもつながり、人材の多様性が深まる。そこで得た学びを普段の働く現場で活かすと共に、次の世代にも伝授していく。中島氏は、このようなテクコンを軸にした学びの循環が、人材育成にとって非常に重要だと考えている。

 

「テクコンは歴史ある競技会ですが、最近は学びの循環がうまく機能していないのではないかと懸念しています。そこで今後は、競技イベントの数や種類を増やし、学びの循環を強化するような工夫を、どんどん取り入れていきたいと考えています」(中島氏)

 

テクニカルコンテストの企画会議に臨む中島氏

テクニカルコンテストの企画会議に臨む中島氏

デジタル化の中でますます際立つ人間ならではの技能

東芝は現在、サイバー・フィジカル・システムを生かした価値創造を目指している。これは、AIやIoTなどサイバー空間の技術と、モノづくりで培ってきたフィジカル(実世界)の技術を融合させることで、社会課題の解決に取り組んでいくという考え方だ。そんな中で東芝の技能者として、今後をどう考えているのか。最後に二人に聞いた。

 

「どんなに技術が発達して、私たちの製造・加工の領域に入ってきても、最終的な品質を左右するのは人間の感覚的なところにかかっていると思います。だからこそ、『昔からこうやっているから』と既存の技能に甘んじるのではなく、最新の工作機械の動向などを敏感に察知して、より加工精度を上げていく努力を怠ってはいけないと思っています。

 

技能者の範囲を超えて幅広い視野を持ち、社会の課題にも日ごろから目を向けておくことも大切です。そういう視点で日々の仕事に取り組むことが、結果的に社会貢献にもつながっていくのだと思いますので」(菅井氏)

 

「どんなにAIやロボットが発達して、人間のようなモノづくりをできるようになったとしても、彼らはお客さまのところへ行けるわけではありません。お客さまのニーズを酌み取り、仕様提案から設計、製造・試験、現地調整まで製品に対して最後まで責任を持って対応することは、人間にしかできません。現場のデジタル化が進んでも、我々に責任がある以上、AIやロボット任せにするのではなく、人間側も必ずそれを頭と身体で覚えておく必要があると思います。

 

あくまでAIやロボットは我々人間にとってのツールであり、それらを管理する能力もますます重要になるはずです。マネジメント能力も、技能を身につけて初めて発揮できるもの。その意味でも、若手の技能者の能力をもっと高めるような育成の取り組みを強化していきます」(中島氏)

 

AIをはじめとする技術は、すでにわたしたちの生活に入り込む。既に「AI vs.人間」という対立構造で捉えることはなくなりつつある。そんな時代において、中島氏や菅井氏のような「神業」を持つ人材が、企業の競争力にもつながるのだ。

Related Contents