AI導入のカギは、AIコーディネーターが握る【前編】 ~ビジネスニーズと技術シーズをマッチングするスペシャリスト集団に迫る
2022/06/30 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- AIの技術革新が速すぎて、社会実装が追いつかない!?
- 複雑&高度化するAI技術、コーディネーターが実装のカギ
- AI導入の二極化が止まらない! 勝ち残る企業の特徴とは?
2016年、AIの歴史で重大な出来事が起きた。AI囲碁ソフト「AlphaGo」が、世界チャンピオンに圧勝したことだ。このニュースは世界の人々にAIの進歩を強く印象づけた。他にも、私たちの生活にAIは自然と入り込み、画像や音声認識、自動翻訳などなくてはならない存在になった。
このように新たなAI技術が次々と登場しており、画像認識・自然言語処理・画像自動生成などの分野で、従来の深層学習モデルの性能を凌駕する技術が発表されている。一方で、「DX白書2021*」によると、「AI人材が不足している」「AIの導入事例が不足している」「AI導入効果が得られるか未知数」といったAI導入への課題が挙げられており、多くの企業がAIへの投資に悩みを抱えている。実際、PwC Japanの「2022年AI予測」によると、「全社的に広範囲にAIを導入している日本企業」は13%であり、多くは一部の業務への導入に留まり、未導入の企業も24%存在する。
※IPA(情報処理推進機構)が発行する、人材、技術、そして戦略の要素を統合した報告書
最先端のAI技術を事業化するには、顧客と技術の両方の視点が必要で、AIコーディネーターが成功を左右するわけだ。なお、AI導入に関する新たなリスクとして、「AIの法的責任」「AIがもたらすバイアス」といったAIガバナンスの具体化への不安が挙げられている。
また上述のDX白書2021によると、AIを含めてデータ分析のためのIT環境整備状況について、日本企業で整備していると回答したのは15%にも至らず、人材・事例不足と並んで大きなボトルネックとなっていることがわかる。AIプロジェクトを次々と実行しDXを進展させるためには、効率的なAI開発・運用環境の構築や、日進月歩のAI技術を取り込み続けることが重要になる。
この課題に対して、目まぐるしく進歩するAIの社会実装までのサイクルを短くするため、東芝は2020年度に4つの組織からなる知能化システム技術センターを設立した。その1つがAIコーディネーターの役割を担う「AI応用推進部」だ。AIコーディネーターとは、最先端技術の中身・本質を理解し、顧客の課題やビジネスニーズとのマッチングを促す役割を意味する。このAIエキスパート集団は、一体どのような活動を行っているのか?その秘密を、リーダーの春木耕祐氏に聞いた。
顧客課題と最先端AI技術のマッチングをコーディネートする、エキスパート集団とは?
前述の知能化システム技術センターの役割は、「先端AI技術を産業に適用し、多様な顧客との共創でDXを加速する」ことだ。その活動は、設計・製造など社内でのAI活用や、AIを組み込んだ新たな製品・サービスの開発、顧客のAI活用の支援と広範に及ぶ。そして機能は、①AI応用推進、②AI応用技術開発、③AI基盤技術開発、④エッジAI技術開発である。端的に言うと、①AIを現場に適用するために、②課題解決できるAIを開発し、③AI開発・運用の土台と、④エッジAI開発の基盤も作っている。AI技術の社会実装を早期に実現する、専門家が集まる組織だ。
東芝 知能化システム技術センターの機能構成
その中のAI応用推進部は、「課題を抱えている顧客」と「最先端のAIを開発する研究者」の間に立つ「コーディネーター」だ。彼らは、猛スピードで高度化・複雑化するAI技術を、顧客課題に合わせて的確に提案してくれる。このプロフェッショナル集団の機能について、リーダーの春木氏がこう解説する。
「短期での実装が求められるAIプロジェクトを成功に導くには、多様な顧客の状況や最先端のAI技術を含めて、まず最適な『顧客課題とAI技術とのマッチングを設計』することが必要です。AI運用後に生み出される顧客ごとの価値を見極め、『成果につながる仕組みを構築』してこそ、成功といえます。
この『AI技術とのマッチングの設計』『成果につながる仕組みづくり』について、AI応用推進部には両方を担える仲間が在籍しています。AIの基礎・応用研究に携わった者や、ソフトウエアソリューション導入の企画・開発・運用の経験者など背景も多彩。
専門的な技術の視点と顧客課題を、正確かつ迅速に化学反応させられます。こうした強みで、AI実装による課題の解決と価値の創出に日々、取り組んでいます」(春木氏)
株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター AI応用推進部 シニアマネジャー 春木 耕祐氏
AI導入 「手にした果実は大きい」企業と、「取り残される」企業
AI導入が進んでいる企業の特徴は、「小さく始める」ことだという。まず部分的に導入し、データによる経営判断をすることで検証する。一方で、導入に足踏みをする企業は、AIによる成果を享受できないため、取り残されているのが現状だ。ここでも、春木氏たちコーディネーターの出番である。
「私たちと顧客が対話し、『顧客課題と技術のマッチングの筋がいいか』を見極めます。具体的には、顧客のデータで検証し、『いい活用シーンがあるか』を速やかに見極めます。その意味でAI応用推進部は、ビジネス視点が強い集団ですね。AIを導入することでKPIがどう変わるのかを顧客と議論し、データ収集も含めて提案しますから。
AI導入に向けた初期段階では、『最先端のAI技術でできること』を伝えることが多いです。AIとその周辺システムは、『誰が使うか』で使い勝手が変わります。現場の方々なら『どういう見え方をするか(User Interface)』にこだわるなど、我々が顧客ニーズを確認し、開発を推進します。また、『この粒度でラベルづけされたデータが必要』『そのデータを集めるには、このセンサーが必要』などとコンサルティングもします」
つまり、研究所で開発されているAI技術を、顧客の課題に合わせて提案すること。そして、AIの使い道を開拓する活動を通じて、AI導入推進に貢献しているのだ。このようなコーディネートができるのは、最先端の研究と豊富なAI構築・実装経験を蓄積してきた東芝だからこそ。AIだけでなくデータの取り方、周辺のソフトウェアも含めて横断的な形でAIプロジェクトを迅速化し、価値の最大化に寄与できるわけだ。春木氏は次のように言う。
「システムは、AI単独で動くわけではなく、周辺ソフトウェアを含めて多種多様な要素で構成されています。歯車が1つでも狂うと、使い勝手が大きく損なわれることもあります。こうした課題に対し、顧客視点と技術視点、さらにはそれらを俯瞰した視点でAI導入をコーディネートするのもAI応用推進部の重要な役割です」
AI開発を含めて横断的な構造設計、仕組みづくりが重要
AI導入を推進するエバンジェリスト
AI導入が進んでいるのが米国企業だが、その理由について春木氏は、「米国企業は、AI導入がビジネスのKPIに落とし込めている。ここが大きな差です」と分析する。つまり、AI活用を推進するには、「広範な業務でAIを活用している」「AI投資のリターンが大きい」と経営層が実感できることが大事なのだ。「ビジネスとして回るAIに結実する。これが、知能化システム技術センターそして我々AI応用推進部の役割です」と春木氏は言う。
同部署には、もう一つの役割がある。それは、「AIエバンジェリスト」の顔だ。
こんなにも効率的に施設の点検管理ができるのですか――。顧客からの驚きの声が提案中に溢れる。AIのトップ技術者たちが、「このAIなら、こんな使い方ができる」と使い方を含めたAI啓蒙を行う。最先端を知り尽くしたプロ中のプロ。もちろん、自分達で開発もできる。顧客への説得力がぐんと上がる。エバンジェリスト活動が、「企業のAI活用推進の土壌づくりになる」と春木氏たちは息巻く。
新商品をイメージすればわかるだろうが、この世に存在していると知らなければ「その商品を欲しい」とは思えない。それと同じで、「そもそも、どんな技術があるのか」「それで何ができるのか」「どういうKPIを達成できるのか」を伝えなければ、企業は依頼できないわけだ。
「私たちは、東芝グループの事業部門担当者と技術交流を持ち、ニーズを掴みにいっています。顧客のAI導入環境や戦略、これまで東芝が納品したソリューションを総合し、優先順位をつけて最適なAIを提案する。徹底的に顧客視点で寄り添いながら、顧客のAI理解が深まり、投資対効果が高まるご紹介をしています」(春木氏)
AI導入を推進するエバンジェリストの面々
AI品質評価技術 = 東芝の培ってきた知見の活用
AI応用推進部の役割は、AIのコーディネートとエバンジェリストに留まらない。AIの開発・運用を高い品質で、かつ欧州AI規制法案などの法規制への準拠に向けて、「AI品質評価技術」を開発している。
「東芝は、AIの運用実績を豊富に積んでいます。研究者は、それぞれ画像認識AIや音声合成AIなどを作り込めます。ところが、AIの運用時や更新時に品質根拠が問われた時、それに答える十分な品質評価の知識を備えるのは大変です。
この際に強みとなるのが、我々の役割でもある『AI品質評価技術』です。AI応用推進部は、関わる部署の横串機能となり、品質を定量的に示すことで東芝のAIのレベルを底上げし、維持し続けるのです」(春木氏)
AIの品質と言っても、技術の定量評価は非常に難しい。そこで、AIが学習するデータの量やばらつきを検証するなど、多角的な視点で品質確認を行っているそうだ。たとえば、「学習データの教師ラベルの量にばらつきがある場合、学習されたAIモデルの品質が高いとは言えない」といった具合だ。このような項目を組み合わせて顧客や研究者に示すことで、AIの品質について助言できるという。
どのような項目に注目するか、どのように評価するか、そこには東芝が手掛けてきた事業分野でのAI開発経験に基づく、「秘伝のタレ」とでもいうべき様々な知見が生かされている。品質を定量化できる東芝の技術は、競争力の一つだ。冒頭で述べたように、企業のAI導入におけるリスクは、「AIの法的責任」「AIがもたらすバイアス」といったAIガバナンスへの取り組みの具体化だった。AI応用推進部によるコーディネート、エバンジェリスト活動、品質評価は、まさにこれらに応えるものだ。後編では、AI人材育成のあり方、AI導入における品質評価、投資対効果について解説しつつ、東芝が描くAIの未来地図についてご紹介する。