AI導入のカギは、AIコーディネーターが握る【後編】 ~AIコーディネーターの思い描く未来とは?
2022/07/06 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- AIのビジネス導入を担う人材に求められるスキルとは?
- 品質評価、投資対効果がAI導入のカギを握る!?
- サーキュラーエコノミー(循環型経済)につながる、AIの未来地図の第一歩
人と地球が持続可能であるために、大切な資産を循環的に利用し続けるサーキュラーエコノミー(循環型経済)──。これを推進するために2010年に設立されたエレン・マッカーサー財団は、グーグル、マッキンゼーと共に「Artificial intelligence and the circular economy」を2019年に発表した。この中で、「AIは、サーキュラーエコノミーへの移行を促進し、特に①製品設計、②運用、③インフラ最適化で力を発揮する」と、AIのビジネス導入が主張されている。
ところが、AIをビジネスに導入するのは一筋縄ではいかない。「AI導入のカギは、コーディネーターが握る【前編】」では、AIをビジネスで生かすエキスパート集団として、東芝のAI応用推進部の役割について紹介した。こちらの記事では、その専門家たちをどう育成し、必要な能力を身につけ、AI導入を推進するかのポイントと、思い描く未来地図をまとめた。今回も解説してくれるのは、同部のリーダーである春木耕祐氏だ。
東芝のAIプロフェッショナル集団が行う人材育成とは?
AI導入の投資に見合う成果を出すには、それなりの知見が必要だ。東芝のAIは、画像、音声・音響の認識、テキストや時系列データ分析といった社会に不可欠で広範な領域に対応している。これは、50年以上の研究開発で築いたAIの豊富な知見がなせる技だ。AI応用のエキスパート集団を率いる春木氏は、人材の重要性を強調する。
「AIをビジネス導入するプロジェクトにおいて、共通する成功要因は人材力です。AIエンジニアや研究者は増えていますが、ビジネス課題と技術を結びつけて解決できる人材は多くありません。AIを社会実装するには、必要なデータの見極め、投資対効果の検証、AIの品質評価などが必要です。これらを行うには、日進月歩のAI技術の知見とビジネス感覚が欠かせません。こういったAI人材の育成は一朝一夕にはいかず、企業として蓄積した技術と現場でのノウハウがものをいいます。
AIに関するリテラシーがあることはもちろん重要ですが、加えてビジネススキルも同じくらい大事です。様々な価値観を踏まえて課題をきちんとヒアリングし、それらを咀嚼してアクションに落とし込むことができる。そういった柔軟性、情熱、ロジカルさを持つ人材が求められています」
株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター AI応用推進部 シニアマネジャー 春木 耕祐氏
AI導入に求められる人材を育成するために、AIリテラシーに関しては、各種研修の受講や、東芝の様々なAI研究所との人事ローテーションによる社内留学などを行っているという。また、ビジネススキルが育つのは現場であるため、顧客との実践的な対話で鍛え上げ、経験を積めるようにプロジェクトを割り振る。さらに、顧客課題を解くための研究も進めることで、AIリテラシーとの融合を図るのが東芝流とのことだ。
AIをビジネス導入する人材に求められる要件
人間を動物に間違える……、AI品質評価技術は常識に
ここからは、AI導入を推進するポイントを聞いていこう。AI開発の専門家でもある春木氏は、1つめのポイント「品質評価」についてこう分析する。
「GAFAM*1をはじめとする先進企業は、AIの研究開発に大規模な投資を行い、AIを活用した製品・サービスで大きなリターンを享受しているのは事実です。しかし、その位置づけは決定的ではなく、例えば、フィジカルのデータを活用したAIビジネスにはチャンスがあると思っています。そのなかで、AIの導入推進でカギとなる要素の一つが、私たちが注力している『AI品質評価技術』の確立です」
*1:グーグル、アップル、フェイスブック(現メタ)、アマゾン、マイクロソフトの頭文字。
前編で少し触れたが、「AIの品質評価」が求められる背景について簡単に説明しておこう。AIがデータを学習する過程では、我々が予期していない動作を起こすことがある。たとえば、AIが自動的にタグをつけるサービスで人間を動物と判定するケースがありうる。他にも、自動運転機能の誤作動などは、誰もが気になるところだ。このようなことを受けて、欧州を中心にAIの活用基準を定める動きも出てきた。
こうした背景を受け、AI応用推進部は、AI品質評価技術に注力しているわけだ。AIの導入推進を行うために、安心・安全の品質基準の底上げは、特に日本のように安全性への配慮が高い社会には不可欠なことである。またAI品質評価技術の開発に加えて、春木氏たちは東芝独自の「AI搭載システム品質保証ガイドライン」策定にも参画してきた。現在、このガイドラインを基軸にAI品質の評価技術の開発を行う。これが、春木氏が語る「AI品質評価技術の確立」である。
東芝独自の「AI搭載システム品質保証ガイドライン」を軸に、AI品質評価技術を確立する
「説明可能なAI」を実現するために、何をしているのか?
AI品質の評価技術の一つとして、春木氏たちがAI導入後の実運用を想定して開発しているのが「説明性技術」である。この説明性技術は、ブラックボックスとされる機械学習アルゴリズムが生み出す結果に対して、「なぜ、そういう結果になったのか」と説明を加えるものだ。
例えば、工場の製造ラインで不良品の抽出をAIで実施したとする。AIは、入力された画像に対して一定の確信度で良品か不良品かを判断する。しかし、その判断に至る過程はブラックボックスなため、使い手はもやもやしてしまう。そこで東芝は、入力された画像のどの部分が、良品と不良品を分ける決め手となったのかを可視化する技術に着目。AIが注目した箇所を示すことで、使い手の納得感を高めている。
AIの投資対効果の考え方
技術開発だけが、AI導入推進のポイントではない。次に、AIが実装されにくい理由を考えていきたい。その一つに、「投資対効果の設定が難しい」という課題がある。そもそも、AIが技術・プロセス・機能などの多様な要素を内包しており、指標の設定が複雑かつ困難なのだ。AIの投資対効果を考えるには、大きく分けて二つのことを押さえるといい。一つ目は、守りの領域。これは、業務効率化と生産性向上、コスト削減、リスク低減といったもの。二つ目は、攻めの領域と呼ばれる、製品・サービスの革新、新たな顧客体験の創出、収益体質の改善である。
AIをビジネスに実装した企業では、攻守のどちらでもAIの効果を実感しつつあるが、一方でPoC*2貧乏という言葉がささやかれるように、実証実験が長期化するだけで本番導入に至らない企業も顕在化している。こうした現状を春木氏は次のように話す。
*2:PoC: Proof of Conceptの略。新しいアイデアの実現性を試すこと。
「投資対効果を高める最初の手段は、AIの適合を検討段階で見極めることです。つまり、AIが『十分な性能を発揮できるかどうか』を、できるだけ早く判断することです。その一環として、知能化システム技術センターでは、技術営業の人でも、直感的な使い方でAIを操作できるツールを開発しています。
また別の観点として、他社がやっていなくてもAI導入に踏み切る、ファーストペンギンになることも時には必要です。AI導入の意義を議論し、人件費節減、施設稼働の最適化などをもとに投資対効果の仮説を立て、スモールスタートで仮説検証をクイックに繰り返し、アジャイルに検討を進める。これがデジタル時代に求められる姿勢だと思います」
未来地図の第1歩は、「疾病リスク予測AI」と「点検情報管理AI」から
そもそも、AI導入の先には何が実現できるのだろうか?冒頭でエレン・マッカーサー財団が推奨しているように、AIのビジネス導入がサーキュラーエコノミーへの移行を促進する。春木氏も同様の問題意識を抱いており、次のように語る。
「サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラル、インフラレジリエンスなどの分野では、AI活用による潜在的な社会変革の可能性は高いと感じています。AI活用によって人やモノの様々なデータを融合することで、新たな価値を創造していくことに貢献していきたいですね」
現場と技術のコーディネートを展開するAI応用推進部。彼らがAIの未来地図を描いて開発した技術が、「疾病リスク予測AI」と「点検情報管理AI」である。
「コロナ禍を経て、人々の健康に関する意識を大きく変わっています。在宅勤務や外出自粛が肥満や運動不足を招き、生活習慣病の発症リスクが高まることが懸念されています。
『疾病リスク予測AI』では、こうした課題に応えるため、その人の生活習慣病の発症リスクを数値化し、個人のライフスタイルに合わせて生活習慣改善をサポートする機能を搭載しています。ヘルスケアにAIを適用することで、医療費の節減が期待できます。また、従業員の健康を守り、生き生きと働いてもらうことは、企業経営にとっても大きな経営課題の1つです」
現在の健康診断データから将来の疾病リスクを予測
「『点検情報管理AI』は、一般のカメラで撮影した1枚の画像から、①撮影位置と、②ひび割れなどの劣化箇所の大きさを認識できます。そこには、位置認識AIと立体認識AIが使われています。
インフラの老朽化が進む中で、このAIを導入することで巡視、保守・点検作業を大幅に効率化できます。また、情報収集が簡単になるので、インフラ強靭化への取り組みが進みやすくなるでしょう」
人と地球が持続可能であるために、社会とビジネスの課題を同期させて、必要なAIを品質保証や投資対効果とともに導入する。AI導入のエバンジェリスト、コーディネーター……、多彩な顔を持つAI応用推進部。AIの未来地図を語る上で、まさに目が離せない存在だ。