プロヴァンスの風を受けて立つエンジニア グローバルチームで向かう、核融合発電に向けたITERへの挑戦

2022/07/08 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 核融合発電が世界の環境・エネルギー問題の解決に貢献
  • 世界各極が参加するプロジェクト「ITER(イーター)」に日本も参画
  • 2025年の運転開始を目指し、「人と、地球の、明日のために。」取り組むエンジニアの想い
プロヴァンスの風を受けて立つエンジニア グローバルチームで向かう、核融合発電に向けたITERへの挑戦

次世代のエネルギー源として、未来を創造する核融合エネルギー。現在、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツやAmazon創業者のジェフ・べゾスがその可能性に注目し、巨額の投資を行っている。火力発電のようにCO₂を出さず、原子力発電のように高レベル放射性廃棄物を出さない。さらに大規模発電も可能な、夢のエネルギーと言われている。

 

現在、そんな核融合発電に向けた実験施設が世界の英知を結集させて建設されている。それが「ITER(イーター、国際熱核融合実験炉)」だ。ここに参画した、五味川健治は、東芝からITER機構にジョインし、南仏サン・ポール・レ・デュランスで働く。ここでは核融合発電の現状と、日本で培った核融合技術、知見を基盤に世界7極から集まった技術者と共創し、人類と地球の明日を思い描く彼の言葉を追う。

英知が結集するプロジェクトへ――人類が進む力になる

核融合発電は、水素などの軽い原子核がぶつかり合い、より重い原子核ができる「核融合反応」を用いて発電する。太陽はこの核融合反応で46億年前からエネルギーを生み出し続けているが、実は、これは太陽がエネルギーを生み出すメカニズムに倣った発電方法なのだ。そんな核融合発電は、次世代のエネルギーとして大きく注目を集めている。その理由は、既存の発電方法に比べてリスクが少なく、燃料は無尽蔵、高い安全性かつ大規模発電可能などメリットが多いと言われているからだ。

 

 

ただしこの核融合発電のつくりは非常に複雑だ。おびただしい数の部品を組み合わせた、巨大な構造物となる。核融合発電を製造し、実用化できるのは2050年と言われており、その開発にかかる年月がこのプロジェクトの困難さを物語る。今はちょうど、核融合発電の科学的・技術的実現性の確認を進めている段階だ。

 

核融合実験炉ITERの図

核融合実験炉ITERの図

現在、2050年の実用化を目指して、核融合の実現可能性を証明する実験施設、ITERを建設しようとしている。核融合エネルギー実現という壮大かつチャレンジングな目的達成のため、中国、欧州連合(EU)、インド、日本、韓国、ロシア、米国の7極がその英知を結集させている。五味川は日本から参画しているエンジニアの一人だ。

 

 国際熱核融合実験炉での核融合開発

 

2005年――ITERの建設候補地がフランスのカダラッシュに決定し、2025年のファーストプラズマ(運転開始)目掛けて実験炉の壮大なロードマップが動き出したとき、同年に五味川もエンジニアとして東芝に入社した。

 

入社当時はデバイス開発部門で研鑽を積んだが、学生時代から核融合発電に興味を抱いていた。五味川氏は、社内公募制度を活用し、念願だった核融合システムのエンジニアリングに参画する。

ITER機構 建設ドメイン セクターモジュール組立ディビジョン TFコイルセクション 五味川 健治氏

ITER機構 建設ドメイン セクターモジュール組立ディビジョン TFコイルセクション
五味川 健治氏

1970年代、核融合研究開発の黎明期から実験装置に取り組んできたのが東芝です。超伝導トカマク型実験装置JT-60SAをはじめ、大学や研究機関の実験装置に取り組み、開発や製作で知見を重ねてきました。ITERの主要パーツの一つであり、超高度な製造技術が求められるトロイダル磁場コイル(TFコイル)の製作を東芝が任されたのは、このような豊富な実績を持ち、研究開発において大きくリードしてきたからこそです。私たちは超伝導コイルや炉内機器の組み立て手順、工程でたゆみなく知見を積み重ねてきていました」

 

参考:巨大構造物をミリ単位の精度で!? 「核融合発電」を支える技術

 

TFコイルの製作検証を経て製作に取り組み、ITERプロジェクトにタッチする実感を得た五味川氏。ふと目にした「ITER職員公募」のアナウンスが、彼の背中を大きく押した。職員募集への応募で、ITERプロジェクト参画への夢が、現実のものとなったのだ。

言語、カルチャーの壁を越え、各国のメンバーと共創していく

2017年11月、フランス南部のカダラッシュにあるITER機構に着任。東芝を休職してITER職員となり、TFコイルセクションのストラクチュラルエンジニア(構造エンジニア)として実験炉の建設を担っている。

 

「TFコイルの部品を日本から調達する技術責任者TRO(Technical Responsible Officer) というポジションについています。ITERにおける日本担当のパーツを製造するQST(国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構)、そしてメーカーの東芝とも連携を取ってTFコイルの技術的な課題を管理し、不具合のないようにコイルケースを調達する。それが私のミッションです」

 

2021年11月に到着した東芝からのTFコイル。

2021年11月に到着した東芝からのTFコイル。

「人類史上で最も複雑な構造体」とも言われ、工学技術の最先端が投入される核融合炉。ITER規模のスケールで取り組むのは「世界初」となる工程も多いので、想定外のトラブルが発生しても対応できるよう、余裕を持ったスケジューリングで、リソースを集中させている。

 

五味川が担当するTFコイルは1個約360トンという巨大なパーツで高温かつ高密度のプラズマを閉じ込める高磁場を作る役割を持つ主要機器の一つだ。各国、各メーカーから巨大かつ精巧なパーツを取り寄せ、組み立てることでITERが形成されていく。

 

組立建屋にて組立が進められているセクターモジュール。40度分の真空容器とTFコイル2基を組み合わせて組み立てられている。

組立建屋にて組立が進められているセクターモジュール。40度分の真空容器とTFコイル2基を組み合わせて組み立てられている。

 

組立建屋内部の様子①

組立建屋内部の様子①

 

組立建屋内部の様子②

組立建屋内部の様子②

五味川は東芝というメーカー出身でありながら、国際機関の職員という立場を強く意識するという。

 

「製作上のトラブルが発生した場合は、別メーカーであっても東芝であっても、原因の究明と対策の立案を強く要請します。ITERプロジェクトは様々な国やメーカーが力を合わせて1つのものを作り上げていくもの。そこに壁はありません。現場にいると、自分が関わっていたTFコイルが現地に届き、組み立てられていくのを目の当たりにします。そんなとき、エンジニアとして自分がこのプロジェクトに関われることを誇りに思います」

 

ITER機構には約1000人の正規職員が働くが、そのうち日本人は40名ほど。現地フランスを中心にEUの出身者が多い中、五味川氏のセクションには中国や韓国、アメリカなど全極からメンバーが参加しており、まさにダイバーシティを体現した環境だ。

 

「様々なバックグラウンドを持つスタッフが多いなか、私が大切にしているのが『現地・現物』を重んじたコミュニケーション。メンバーは各国でものづくりに邁進していたエンジニアですから、モノを見ながら話していくことで伝わるものは大きいのです。

 

国が違っても皆向かうゴールは同じ。それを前提としたうえで、それぞれいいところを取り入れ、至らないところを修正していく。この価値観が基盤にあるからこそ、大きな摩擦を起こすことなく、一緒に走っていけるのだと思います」

南仏に流れるゆったりした空気で、自分らしくのびのび働く

EU、特にフランス出身のメンバーが多いため、ITER機構のワークスタイルもフランス流。残業をするスタッフの姿はほとんどない。五味川氏もオン/オフにめりはりをつけ、リラックスした生活の中で集中して働く。ITER機構から北へ20km。アルプスの山並みを一望できるマノスク(Manosque)に五味川一家は居を構える。のどかな田園地帯で、時には何百頭もの羊が目の前の道路を横切ることもあるのだとか。

 

マノスクにある五味川氏の自宅。

マノスクにある五味川氏の自宅。

 

羊の集団が次の畑を目指して自宅の前の道を大移動中

羊の集団が次の畑を目指して自宅の前の道を大移動中。

「週末にはテラスで地元産のロゼワインでバーベキューを楽しんだり、友人家族とハイキングへ出かけたりすることも。妻と7歳の子どもとの南仏生活をエンジョイしています。時には、自家用車でスペイン、イタリア、スイスなど各国に足を伸ばして旅行に行くこともありますよ。自然に囲まれたゆったりした時間の中で家族と過ごしたり、新しい体験をすることで、人生がより豊かになったと感じます。これまでよりQOL(クオリティ・オブ・ライフ)をより重要視するようになりましたね」

「人と、地球の、明日のために。」2050年代のエネルギーを思い描く

ITERがその完成型を現しつつあり、ファーストプラズマのカウントダウンは進む。五味川は次のフェーズに思いを巡らせる。

 

「2025年のファーストプラズマまでは、少なくとも建設ドメインのメンバーとして見届けられると考えています。ITER機構はそれから10年に渡ってさらなる実験を行い、精度を高めていきます。商用化、つまり私たちの生活に電気を送り出すまでは、さらに長い時間を要するのです」

 

実験炉の先に核融合発電が実用化されるのは21世紀半ば、つまり2050年ごろと見込まれている。国際協力によって積み重ねた技術、知見は人類の得難いアセットとなり、明日へのステップとなる。五味川氏はどのような未来を思い描くのか。

 

プロジェクトに参画しているとき、立ち返る原点はいつも、「人と、地球の、明日のために。」という東芝の経営理念です。私たちは何のためにこの困難なプロジェクトに取り組んでいるのか。それは、今ある課題を解決し、人々にとっても、地球にとっても、これからともに生存していくためにベストな方法を創り出すため。エネルギー政策では火力発電や再生可能エネルギーといった発電方式のバランスを鑑みつつ、省エネ目標を織り交ぜていく『エネルギーミックス』が重要なポイントになります。核融合発電が実現したら、人類のエネルギー観は大きく変化し、世界各国の政策にも大きく影響するでしょう。

 

ITERの施設を見学したからか、うちの子どもも『将来はITERで働きたい』と夢を描いているようです。商用化、社会実装では子どもたちの世代に託されるでしょう。しかし、そのバトンをしっかり渡すためには、私たち現役のエンジニアが英知を結集しなければ。メンバーも自国や出身メーカーのプロフィットを越えてITERに向き合っています。世界がワンチームで思い描く夢――それが核融合エネルギーなのです」

 

ITER機構 建設ドメイン セクターモジュール組立ディビジョン TFコイルセクション 五味川 健治氏(2)

ITER製作最新状況はこちらです。ページ下部に動画もございますのでぜひご覧下さい:
https://www.iter.org/construction/TokamakAssembly

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