サステナブルな電力インフラへ【後編】 ~トップ企業の矜持をかけ、困難を可能にした東芝の技術

2022/11/02 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • カーボンニュートラルへの貢献は、電力インフラを支える企業の責任
  • 温室効果の小さいガスに変えると約3倍も大きくなる機器を、どう小形化するか?!
  • デジタル・AIの力も投入し、電力インフラの信頼性を上げる!
サステナブルな電力インフラへ【後編】 ~トップ企業の矜持をかけ、困難を可能にした東芝の技術
左から、東芝エネルギーシステムズ株式会社 加藤紀光氏、大西智哉氏、高尾修平氏、
小池徹氏、今澤優子氏、内井敏之氏、白井英明氏、向田彰久氏

2022年の6月、中国南部で豪雨と洪水が続き、多くの人が被災した。夏になると、一転して熱波と干ばつに見舞われた。このような気候変動は「人間活動の影響であることは疑う余地がない」と、IPCC*1が指摘している。世界各国で待ったなしの対策を余儀なくされ、温室効果ガスの排出と吸収を差し引きゼロにする「カーボンニュートラル」に向けて世界は大きく動き出している。

*1 気候変動に関する政府間パネルのこと。地球温暖化についての研究を収集、整理する。

このように、気候変動と強く関係するのが、地球温暖化を進行させる温室効果ガスの排出増加だ。温室効果ガスにもいくつか種類があるが、中でも六フッ化硫黄(SF₆)はCO₂の約25,000倍もの熱を地球に閉じ込めてしまうことが知られている。このSF₆は、電力インフラに必須の「ガス絶縁開閉装置(GIS :Gas Insulated Switchgear)」に使われており、今、世界中で代替ガスへ切り替える開発が進められている。GISは、電力の流れをオン・オフ(開閉)するスイッチのような装置で、SF₆の絶縁性能(ガス絶縁)を生かして送変電設備への落雷による電圧の急上昇や、異常な電力の流れから設備を安全に切り離すなど電力インフラを守っている。前編では、東芝が自然由来ガスを用いたGISを開発するまでの経緯を紹介した。この後編では、新しいGIS開発の舞台裏と今後の展望をお伝えする。

難しいからこそ挑戦する、電力インフラを支える企業の責任

高い温室効果を有するSF₆に対する規制が、欧米を中心に進展している。こうした背景を踏まえ、SF₆を代替する絶縁ガスを使ったGISの開発にいち早く取り組んだことは、前編で触れた。また代替ガスでSF₆と同等の絶縁性能を維持するには、どうしてもガスの使用量が増え、GIS本体が大形化してしまうことも説明した。このもどかしいジレンマについて、東芝エネルギーシステムズの内井氏はこう解説する。

東芝エネルギーシステムズ株式会社 グリッド・ソリューション事業部 電力変電技術部 主幹 内井 敏之氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 グリッド・ソリューション事業部 電力変電技術部 主幹 内井 敏之氏

「温室効果が小さい自然由来ガスでGISをそのまま設計すると、ガス自身の性能が約1/3しかないので、単純には機器が約3倍の大きさになります。当然高価になるし、据付できる場所も制限されてしまうので、そのままでは社会に受け入れられません。

自然由来ガスを使い、安全・安心で、かつ旧SF₆機器のリプレースに対応可能なGISを開発しようと決めました。かなり難しい技術開発ですが、東芝技術陣の力を結集すればできるはず、と思いました」(内井氏)

困難を極める開発だが、製品が完成すれば、国内だけでなく海外からも注目を集めることは間違いない。製品開発の意思決定がなされ、冒頭の写真のメンバーが集合した。それぞれの専門性を組み合わせて、新しいGIS開発プロジェクトがスタートした。

SF₆代替ガスとして、何が提案されているか?

そんな内井氏たちのプロジェクトと並行して、社会も動きを見せる。2016年に設立されたSF₆代替ガス検討会*2は、SF₆代替ガスの調査・検討を進め、SF₆の代替技術に求められる「7つの要件」を提言。それは、「毒性に関する取り扱いがSF₆と同等である」という安全面から、「将来にわたり安定供給でき、複数社が供給する」という供給面、「最終的には、国内の最高電圧550kVまで対応可能とする」という適用範囲まで、実用的な代替機器として求められる要件を多面的にカバーしている。

*2:国内の11電力、7メーカー、6大学、電力中央研究所、送配電網協議会(オブザーバー)、日本電機工業会(オブザーバー)のオールジャパンで構成する検討会

送変電機器の主絶縁ガスが切り替わるのは、50年ぶりの大転換だ。様々な代替ガスが提案され、乱立状態となった。この中で東芝は、環境面でも運用面でも安全・安心な自然由来ガスにこだわった。それは、SF₆代替ガス検討会の「7つの要件」を念頭に置くと自然由来ガスがベストであり、ひとたび導入されると40~50年は使われるGISにとっては、「後で使えなくなるリスクがあるものは使いたくない」という思いがあったからだ。

各企業が試行錯誤し、今は大きく2つの方式に集約されつつある。自然由来ガスを志向するグループと、SF₆より温暖化係数の小さい別のフッ素ガスを志向するグループだ。前者については、2021年11月に、世界11メーカーが、自然由来ガスを用いたGISを開発していく旨を共同で公表している。

どちらの技術も、現時点ではまだSF₆と同等とはいえない。別のフッ素ガスを使った場合は、CO₂の約500倍など温暖化効果が残ってしまうこと、毒性があること、将来の使用規制のリスクがあること、などが欠点である。一方、自然由来ガスを使った機器は、ガスの絶縁性能が劣るため、従来技術の延長ではどうしても機器が大形化してしまう。ただし、機器のサイズは、設計技術の改良・進歩で小形化できる可能性があり、現時点では多くのメーカーが自然由来ガスを志向している情勢だ。もちろん、東芝も自然由来ガスへの志向を表明している。

今のGISの3倍もの大きさをどう小さくするか!?

そのような中、同じ自然由来ガスを志向する(株)明電舎と東芝が、共同でGISを開発する運びとなった。明電舎は、真空遮断の技術を用いた遮断器の開発・製造・販売に豊富な実績を持ち、両社の強みを生かして共同開発をした方が、自然由来ガスを用いた新しいGISを早く社会実装できると判断したからだ。自然由来ガスの絶縁性と真空遮断器のメリットを組み合わせ、小形化と大電流遮断の両立を実現した。

しかし、開発プロセスは険しかった。前述のように、SF₆より絶縁性能が1/3しかない自然由来ガスに置き換えると、GISのサイズは最新のSF₆ガスGISと比べて単純に3倍大きくなってしまうからだ。では、どのような技術でこの問題を乗り越え、どれくらいのサイズにおさめたのだろうか。ここで、開発設計を担った東芝エネルギーシステムズの小池氏に、技術的なポイントを教えてもらう。

1つ目に、高電圧がかかる金属導体の表面にコーティングを施すことで、電界をコントロールしています。電界とは電圧がかかっている空間のことで、電界中に突起があるとそこが弱点となって雷のように放電してしまいます。コーティングによって導体表面の微小な突起を閉じ込めて電界をコントロールし、自然由来ガスの絶縁性能を向上させています。

ただし普通の塗料ではなく、高温高圧な状態でも剥がれたり酸化劣化したりせず、最低でも50年以上は品質が保てないといけません。私たちは、最適な塗料を開発し、コーティングの方法も定めました」

2つ目に、電力会社向けGISで求められる大エネルギーの電流開閉を行うため、開閉器の構造を一新しました。SF₆と自然由来ガスとでは、気体としての物性が大きく異なりますが、半世紀にわたり蓄積してきた東芝のSF₆ガスGISの開発ノウハウ、そして最新の解析や設計技術を駆使し、各種性能を達成しました」(小池氏)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 グリッド・ソリューション事業部 浜川崎工場 開閉装置部 開発設計グループ 主務 小池 徹氏

東芝エネルギーシステムズ株式会社 グリッド・ソリューション事業部 浜川崎工場 開閉装置部 開発設計グループ 主務 小池 徹氏

このように絶縁性能や電流開閉性能を上げる様々な技術を詰め込んだ結果、開発した新しいGISは従来の3倍ではなく約1.5倍のサイズに収まった。つまり、予想された大きさの約1/2までコンパクトにしたのだ。これであれば、旧形機器の当面のリプレース案件や狭い地下変電所などにも対応可能なサイズだという。

東芝は、2022年7月12日に自然由来ガスを使用したGISの初受注を発表した。今後は、日本での導入実績を増やし、海外への展開も検討中だ。今回の72kV GISの導入を決めた東京電力パワーグリッド(株)は、東芝が提供する自然由来ガスGISに対して次のように期待を寄せている。

「世界がカーボンニュートラルの実現へ向けて邁進する中、電力流通分野においてSF₆ガスの削減は重要なアジェンダの一つです。今回、国内初の自然由来ガスを使用した電力用GIS の導入を決めたことは、この課題に対する最初の大きな一歩だと考えています。信頼性とコンパクト化を両立させ、コストダウンを達成する今後の技術発展に、大いに期待を寄せています。」

国内だけではない。気候変動への動きに敏感な海外企業からも、すでに問い合わせがきているという。脱SF₆化については、海外でも関心が非常に強いと肌で感じるそうだ。

さらにデジタル・AIの力も投入!

どの社会インフラにもあてはまることだが、設備の維持・更新にかかるコストを抑制し、設備の機能を最大化する保全の高度化や省力化が、大きな課題となっている。この課題に対して東芝は、「デジタル変電所」をコンセプトに、センシングデータやAI分析の技術も取り入れている。具体的には、GISに各種センサーを設置して電流、ガス圧力、温度などのデータを取り、それらを監視装置に集約する。そして、これまでに蓄積してきたGISの運用ノウハウやデータに基づいて、寿命診断やトレンド分析などの情報として伝送することで、GIS全体を一元的に遠隔監視できる仕組みを開発した。これによって、設備の異常を早期に発見したり、万が一のトラブル時に必要な情報や対処方法をすばやく確認したりといった新しい価値が生まれる。

「デジタル変電所」のコンセプトのもと、東芝がGISに追加した価値

「デジタル変電所」のコンセプトのもと、東芝がGISに追加した価値

こうした情報資産の活用にAIの力も加わる。東芝がGIS向けに開発したAI診断は、正常時に取得したセンサー波形データのみの学習で、GISの状態を自動判定でスコア化し、人では気づくのが難しいわずかな異常兆候を早期に発見する。これら新技術の活用により、これまでは定期的なGISのメンテナンスが必要だったが、GISの状態可視化によって適切な時に行える。つまり、点検の内容や頻度を合理化でき、無駄がない。

自然由来ガスの活用、新しいGISの開発、そしてデジタル・AIの力もいかす──。東芝の特徴は、「先進技術を磨き、顧客や社会のニーズに応える」ことだ。一方で、送変電システムのカーボンニュートラルの実現には、まだ一歩目を踏み出したばかりで課題も多い。このことについて、内井氏は次のように答えた。

「確かに、まだ最初の一歩を踏み出したに過ぎません。SF₆を完全に置き換えるには、乗り越えていく課題がまだまだ多くあります。ですが、東芝には電力インフラを守る社会的責任がありますし、難しいからこそ取り組む価値があると思っています。どんなに難しくても、世の中のニーズを先取りして技術開発し、お客様をはじめとするステークホルダーと一緒に考え、新しい製品やサービスを世に送り出していく。これが東芝のやり方です。

この自然由来ガスGISの開発には、さらなる小形化や高電圧への対応など、やるべきことがたくさんあります。次の50年をつくるという気概で、技術・製品を進化させ、カーボンニュートラルに貢献していきたいです」(内井氏)

東芝の自然由来ガスを用いたGISのブランド名は、“AEROXIA(エアロクシア)”だ。その意味は、“AERO”(自然由来ガス)+“AXIA”(ギリシャ語で価値)であり、カーボンニュートラルに向けて持続可能な価値を生み出したいという、プロジェクトチームの想いを込めている。

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

電気の質を維持する変電所を支える変電機器:製品・技術サービス | 電力流通 | 東芝エネルギーシステムズ

Related Contents