超電導モーターこそ、カーボンニュートラルの救世主【前編】 ~航空機の未来へ、誰も超えられない壁を突破!
2023/01/30 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- カーボンニュートラルに向け、変革を求められる航空機の課題とは?
- 軽量・小型・高出力の超電導モーターを、なぜ東芝は開発できた?
- 世界規模の課題を解きにいく─。多様なパートナーと航空機の未来を変える!
民間航空機の運航のあり方を定めるICAO※は2022年10月に新たな目標を定め、2024年以降に国際線航空機が排出するCO₂を、2019年と比べて15%削減し、2050年には実質ゼロにするとした。モビリティ業界では、ガソリン車に代えて電気自動車を普及させるなど変革が進んでいるが、航空機も化石燃料でジェットエンジンを動かさず、電動モーターへの置き換えが期待されている。しかし、これを実現するのは非常に厳しいのが現状だ。
※ International Civil Aviation Organization,国連機関として、国際航空の健全かつ経済的な運営のために協力を図る。
この世界が直面する課題を、先進技術を組み合わせて解決するのが東芝の超電導モーターだ。「既存の技術の延長では到底解決しない。航空機特有の条件を満たす、革新的アプローチが必要」と解説するのは、このプロジェクトの中心となった水谷氏。キーワードは、「軽さ」と「高出力」の両立。一体、どのようにプロジェクトは進んだのか、開発の舞台裏に迫る。
世界がしのぎを削る超電導モーターで、世界初を達成
「ICAOが定めた、国際線航空機のCO₂排出実質ゼロを2050年に達成するため、航空機のモーター置き換えが期待される中で注目されているのが超電導モーターです」(水谷氏)
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部 磯子エンジニアリングセンター
原子力先端システム設計部 システム設計第四グループ スペシャリスト 水谷 文俊氏
そう教えてくれたのは、プロジェクト・リーダーの水谷氏。超電導モーターなら、航空機に載せる上で求められる「軽さ」と、ジェットエンジンの代替となる「高出力」を、同時に実現できる。そこで、各国の研究機関、大学、ベンチャー、大企業が、一斉に開発に乗り出した。しかし──。
「航空機の中で数が多く、CO₂削減でインパクトが大きいのは中長距離の機体です。これを飛ばすため、小型モーターを複数搭載する航空機モデルがあり、我々はそのモデルを参考に、出力2MW(メガワット)のモーターの開発を目指しました。だが、プロジェクトを立ち上げた時、2MWを超える出力で、かつ軽量・小型の超電導モーターを世界で誰も完成させていなかったのです。そこで、世界の課題を解決するために、東芝が『やらねばならぬ』と思い、先進技術を詰め込みました」(水谷氏)
世界がしのぎを削るなか、東芝が航空機向け超電導モーターの開発を始めたのは2019年11月で、世界の超電導モーターの開発状況を調査し、それを受けて技術コンセプトの検討を開始したという。それまで誰も完成させていないため、まず関連研究の調査から始めるなど、ハードルの高さがうかがい知れる。しかし水谷氏の胸には、「東芝ならできる」という目算があった。
「東芝は、タービン発電機を製造し続けており、高速回転機を製造する技術が多数あります。また、軽量・小型で高出力のモーターを作るのに必要な、超電導の技術もあります。この2つを融合すれば、世界初の超電導モーターを製作できる自信がありました」(水谷氏)
そして、プロジェクト発足からわずか2年半の2022年3月、軽量・小型・高出力の超電導モーターが世界で初めて生まれた。これは、同等の出力のモーターと比べ10分の1以下の軽量・小型化を実現した画期的な製品である。
カーボンニュートラルに貢献する軽量・小型・高出力の超電導モーター
「軽量・小型・高出力」を可能にした、超電導モーターのしくみ
プロジェクトの舞台裏を紹介する前に、そもそも超電導モーターとはどういうものかを簡単に解説しよう。通常のモーターと何が違うのか。説明してくれるのは、発足当初からのプロジェクトメンバーで、現在は東芝エネルギーシステムズ 経営企画部に所属する淵本遼氏。入社以降、火力・原子力のタービン発電機を設計し、このプロジェクトではローターと全体組立の設計リーダーを務めた。
東芝エネルギーシステムズ株式会社 経営企画部 スペシャリスト 淵本 遼氏
「超電導モーターは小さくて軽いのに、なぜ高い出力を生めるか。その理由を、モーターの原理から端的に説明します。
モーターの回転する部分(ローター)には、磁石が取り付けられています。モーターの静止している部分(ステーター)にあるコイルに交流電流を流すと、回転する磁界が発生します。この回転磁界にローターの磁石が引きつけられて、ローターも同じ速さで回転するのです。
モーターの大きさを変えずに出力を大きくするには、ローターの磁石とステーターの回転磁界を強くする必要があります。ローター側の永久磁石では限界があるため、電気を送るほど強い磁力が得られる電磁石を利用することになります」(淵本氏)
超電導モーターのしくみ
しかし、問題が1つある。電流を増やすと、コイルの電気抵抗によって熱が発生する。そして温度が高くなり過ぎると、コイルが熱で損傷してしまうのだ。そのため、モーターの大きさを変えずに出力を上げるには、通常のコイルでは限界がある。
「これを解決する方法が、電磁石のコイルを超電導化することです。超電導とは、電気抵抗がゼロとなる状態です。具体的には、通常は銅線でできているコイルを、超電導材料を使ったコイルに変えます。するとコイルの電気抵抗がゼロなので、大きな電流でも発熱せず、強力な磁界を得ることができます。このように、モーターの電磁石のコイルを超電導化することが、小さなサイズのままモーターの出力を極限まで高めるポイントです」(淵本氏)
超電導では電気抵抗がなく、限界まで電流を増やせる
そしてもう1つ、超電導モーターの鍵となるのが冷却だ。電気抵抗がゼロの超電導状態を維持するためには、超電導材料で作ったコイルを超低温にしないといけない。一方、モーターは高速回転している。動いているものを極低温に維持することは非常に難しく、超電導モーター開発において常に大きな課題となる。プロジェクトチームは、様々な分野の社内有識者と相談しながら、ローターの冷却構造、製造方法、冷媒の流し方を工夫することで乗り越えた。
家電、空調、原子力、火力発電……東芝の強みを結集させたチーム力
世界初の軽量・小型・高出力の超電導モーターを開発するまでには、「繊細な超電導材料を高速回転させるという矛盾」「高速回転による遠心力約8,000Gに耐える構造(例:ロケット打ち上げの際に宇宙飛行士にかかるのは3~4G)」など、試行錯誤が続いた。プロジェクトの初期では、誰も成功していない開発に費やすリソースに限界があるのは当然だ。
そんななか、「私もプロジェクトに参画させていただきたい」と声をかけて途中から加わったのが、東芝 生産技術センターの中山忠弘氏だ。
株式会社 東芝 生産技術センター 電子機器・実装・制御技術領域 制御技術研究部 エキスパート 中山 忠弘氏
「生産技術センターは、東芝グループのモノづくりに関する技術・仕組みを研究開発しています。私はこれまで、家電、空調、車載などといったモーターに関する技術の研究開発を行い、各事業部に様々なモーター技術を提供していました。そして、私たちの取り組みを淵本さんの部署に紹介する機会がありました。
その時、淵本さんから超電導モーターを開発していると聞き、『小型高速モーターの設計について、色々と教えてください』と言われ、『具体的に何をしているのですか?』と質問するところから始まりました」(中山氏)
淵本氏からプロジェクトの概要や課題などを聞いた中山氏は、プロジェクトへの参加を決意。それまで検討があまりできていなかった、モーターの静止部分(ステーター)の設計や製作のリーダーとして加わることとなった。このように、超電導モーターの完成に向けて、必要な先端技術のピースが埋まっていった。
様々な領域の先端技術が融合し、軽量・小型・高出力の超電導モーターに結実
超電導モーターの仕組みを解説してくれた淵本氏は、「冷却の収縮に耐えられる柔軟さと、大きなGに耐えうる強度を両立させる構造設計が重要だった」と、技術的な表現で振り返った。この頃には30名を超えるチームとなり、超電導技術、回転機技術、モータードライブ技術が集結し、設計と検証を繰り返しながら「こうでなければ」という形に落ち着いた。毎週実施する進捗報告、設計・製造方針の確認定例会の実施、リーダー 水谷氏の開発スケジュールのコントロールだけでなく、メンバーへの鼓舞、メンバーの超電導モーターを完成させるという強い信念により、チームの臨場感は守られた。
今、チームは、多様なパートナーシップを形成しようとしている。水谷氏によると、「東芝の超電導モーターを発表して以降、航空機だけでなく、自動車、鉄道などのモビリティ企業、エンジンメーカー、大学などから問い合わせがあります。『2MW出力が、こんなに小さくて実現できるのか』と驚かれている」とのこと。
世界規模の課題を解きにいく──。東芝の超電導モーターは、カーボンニュートラルの救世主として、誰も越えられなかった壁を突破し、航空機の未来を変えていく。後編では、今回の3人のもとで超電導モーター開発に挑んだ若手たちに、どう技術課題を超えたかを聞いてみよう。