loading
TOP > エネルギー > 海を越えるタービン製造 日本とインド、技の架け橋

海を越えるタービン製造 日本とインド、技の架け橋


海を越えるタービン製造 日本とインド、技の架け橋

この記事の要点は…

東芝グループはインドの製造拠点でもタービン・発電機を製造

文化の異なる日本とインドで技術伝承はどう行われた?

インド工場の立ち上げから初出荷までの試行錯誤に迫る

2017年、東芝グループは、火力発電所に欠かせないタービンの累計出荷容量で2億kWを達成した。これは日本、そしてインドの製造拠点の合算値であり、およそ4~5億世帯の消費電力を賄える分に相当する。

最大150tのロータを1分間に3,600回転させるために、5マイクロメートル(0.005mm)、1g単位の精度で加工・組立を行っていく――1925年に京浜事業所が設立されてから脈々と培われてきたタービン製造技術については前編で紹介したが、その高度な技術はどのようにしてインドへ伝承されていったのだろうか。

タービン製造技術の伝承を追う中で見えてきたのは、日本とインドのエキスパートが通じ合い、現場へと真摯に向き合う姿。そこには、国を越えて共鳴するモノづくりのスピリットがあった。

転職社会のインドで、目に見えないスキルを伝承していくために

インド南部のタミル・ナド州。同国の中でも工業化が進んだ地域であり、州都チェンナイはエネルギー産業、製造業、IT産業が盛んだ。東芝ジェイエスダブリュー・パワーシステム社(以下、TJPS)は、ここチェンナイで2008年に工場を設立し、デリー近郊の都市グルガオン(現在はグルグラムに改名)にはエンジニアリングセンターを構えている。2016年8月にはインド国内において素材調達から加工まで含めて一貫製造された蒸気タービン発電機の出荷を果たしている。

インド国内における拠点と納品先

インド国内における拠点と納品先

見事に技術伝承を成し遂げ、初出荷を迎えるまでの試行錯誤とは?技術の伝承先になったチェンナイ工場でタービン・発電機の製造を統括する坂本太郎氏、そして前編でも登場した、東芝エネルギーシステムズ株式会社 京浜事業所のメンバーが回顧する。

現地従業員との密なコミュニケーションが成功へのカギ(東芝ジェイエスダブリュー・パワーシステム社 Chief Production Executive 坂本 太郎氏(写真左))

現地従業員との密なコミュニケーションが成功へのカギ(東芝ジェイエスダブリュー・パワーシステム社 Chief Production Executive 坂本 太郎氏(写真左))

「インド人技術者、作業者の手先の器用さは日本人と変わらず、細かい作業も器用にこなします。ただ、日本からインドへの技術伝承には苦労しました。設備や図面は実体として移管できますが、スキルは目に見えないものですから」(坂本氏)

「設計図面は私たちが提供しますが、図面をインドの設計者が読み解くためにはタービンの仕組み、機能を知っておいてもらう必要があります。製造や部材調達の仕組みについても日本流を転用できず、インドでの運用を前提に再構築しなければならなかったのです」(東芝エネルギーシステムズ株式会社 京浜事業所 原動機部 参事 前野 敦氏)

チェンナイ工場の操業前に、リーダー候補のインド人技術者約60名が京浜事業所に派遣され、6~10ヶ月の現場実習を受けた。さらに、京浜事業所の標準作業書をベースにして作業手順、安全、品質に関する注意点が詳細にまとめられた。そこでポイントになったのは言葉や習慣ではない。日印の仕事に対する価値観の違いだったという。

チェンナイ工場で丹念にタービン翼を加工する現地従業員

チェンナイ工場で丹念にタービン翼を加工する現地従業員

インドは転職が当たり前の社会です。スキルを身につけて一人前になると、他の企業に自らを売り込みます。管理職がコミュニケーションを取って指導にあたっても、社員がなかなか定着しないんです……これには驚きました」(東芝エネルギーシステムズ株式会社 原動機部 タービン組立課 課長 南 勧次氏)

「社会の違いですから、人材流出は避けられません。日本に比べて定着率は低いですね。そこで、継続して働くスタッフのために作られた京浜事業所の標準作業書をただ翻訳するのではなく、作業の理解や訓練を容易に行えるよう留意しました。これにより、人材が入れ替わってもスキルレベルが低下せず、スムーズな引継ぎができています。標準作業書はTJPSの大切な財産。現在も改訂を続行中です」(坂本氏)

> 次ページ 日印の国境を越えて響き合う、モノづくりの志

  • ↓ スクロールで続きを読む ↓