川にホタルが帰ってきた―― 5年間の知られざる環境活動とは

2019/06/19 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 川にホタルを呼び戻す環境保全活動を大分で実施
  • 半導体製造工場が「きれいな水」を追求する理由とは?
  • 地域住民と共に歩んでいくために
川にホタルが帰ってきた―― 5年間の知られざる環境活動とは

「昔は、この川にもホタルがいたものだけど……」

 

地元の方がふと漏らした言葉から、すべてが始まった。舞台は大分県。九州の名山・祖母山を源流とする大野川をはじめ、北鼻川や乙津川など多くの清流が流れるのどかな一帯だ。しかし、昨今は宅地化、工業化が進行。住民に親しまれてきた北鼻川流域でも、なかなかホタルの光が見られなくなっていたという。

 

川の環境を地道に整えていけば、ホタルはまた乱舞してくれるはずだ。東芝グループで半導体製造を手掛けている株式会社ジャパンセミコンダクター 大分事業所(大分県大分市)の環境保全担当のメンバーは、そんな思いから地域住民の方々と連携し、地道な活動を続けてきた。5年にわたった「北鼻川にホタルを呼び戻そう」運動の軌跡を追う。

北鼻川に舞うホタル(左奥はジャパンセミコンダクター大分事業所)

北鼻川に舞うホタル(左奥はジャパンセミコンダクター大分事業所)

ホタルが帰ってくる川へ! 大分事業所の取り組みが始動

まずは時計の針を2010年に戻そう。大分事業所が地域と共に取り組む「生物多様性活動」の一環として、北鼻川にホタルを呼び戻す活動がスタートした。

 

大分県中央部には、祖母山や阿蘇山を源流とし、多くの湧水群や大小の滝が多様な生物を育んできた大野川が流れている。豊かな自然、そして住民の穏やかな暮らしは、いつも清らかな川と共にあった。活動に携わってきた施設管理部 環境保全担当・丸小野美江氏が語る。

 

「私たちは『水と緑の街づくり』をテーマに、希少な動植物の保護活動を続けてきました。2009年には、準絶滅危惧種のフジバカマを育てて地域や従業員に配布しています。この活動を進める中、この大分事業所がある松岡地区の環境カウンセラー・須股博信先生にお話を伺う機会がありました。

 

そこで、以前は北鼻川にも多くのホタルが舞っていたことを知ったのです。この事業所は排水を北鼻川に放流しています。川と密接に暮らしてきた地域の方々と共に歩んでいくためには、『川』でコミュニケーションしていくことが欠かせません。だったら、ホタルを川に呼び戻そう。そして、以前の北鼻川で見られたという乱舞を、地域の方々と一緒に見たい――そう考えたのです」

株式会社ジャパンセミコンダクター 大分事業所 施設管理部 環境保全担当 丸小野美江氏

株式会社ジャパンセミコンダクター 大分事業所 施設管理部 環境保全担当 丸小野美江氏

川にホタルを放流すべく、まずはホタルの養殖を検討。実績のある小学校に相談し、ホタル育成のシステムを整備した。

 

「幼虫をたくさん放せば、川にホタルがすぐ戻ってくると考えていました」(丸小野氏)

 

だが、プロジェクトはスムーズには進まなかった。専門家のアドバイスを受けたところ、ホタルが成育する条件は「幼虫のエサとなる貝のカワニナが豊富にいること(1㎡あたり100匹)」「明かりがない」「水の流れがある」の3つ。この環境が整わなければ、ホタルは川には帰ってこないのだ。

 

上流まで遡ってようやくホタルの姿を確認し、ホタル養殖に実績がある施設、専門家へのヒアリングも重ねた。しかし、事業所付近を流れる北鼻川中流域にホタルを呼び戻すための一手はなかなか見えない。

 

環境保全担当のメンバーは川に入り、水質調査を行い、ホタルが成育できる環境かどうかをリサーチした。しかし、北鼻川にはカワニナの姿はほぼ見られない。鯉が大量に増殖し、カワニナを捕食してしまっているからだ。

担当者や専門家による現地調査

担当者や専門家による現地調査

「この活動はもう断念するしかないのかも……途方に暮れていた頃、頼もしいパートナーが現れました。それが地域自治会の皆さんです。私たちの活動に賛同し、現地確認や清掃、そしてホタルの定点観測を手伝ってくれることになったのです。大分県の土木事務所、大分市からも活動にご理解をいただき、地域・行政と足並みを揃えて進んでいける! そんな手応えがあったのです

地域自治会や県の土木事務所に相談

地域自治会や県の土木事務所に相談

メンバーの取り組みも、ホタルの養殖・放流からカワニナの養殖・放流にフォーカス。川の生態系を整えれば、必ずホタルは帰ってくる。そんな確信がメンバーの中に生まれていた。

 

カワニナを事業所内で育成し、放流。地元自治会は毎晩ホタルの姿を探し、定点観測を実施。コツコツと続けた地道な活動に、いつしか賛同者も現れた。カワニナを育成してくれる近隣の企業が続出し、地域住民の方々と共に進める清掃活動も活発になった。

 

定点観測のレポートに記されるホタル観測数が次第に増え、メンバーも手応えを感じていく。

自治会で調査したホタルの定点観測レポート

自治会で調査したホタルの定点観測レポート

そして、2015年――北鼻川の中流にホタルが舞った。

 

「2015年の、最初のホタル観賞会の感動は忘れられません。地域の方々、そして従業員の家族と少し上流の方まで歩いていったところ、ホタルがふわ~っと舞って、こっちにやってきたのです。ホタルは手に乗るとじっと止まって動かなくなります。ほの青い光を手元で見て、笑顔になる子どもたち――この活動を続けてきてよかった、と心から思えた瞬間でした」

ホタル鑑賞会の様子

ホタル鑑賞会の様子

半導体製造工場が「きれいな水」を追求する理由

大分事業所が清流の復活を目指し、生物多様性を取り戻す活動を続けてきたのは、半導体製造工場としての責務だと理解しているからだ。ジャパンセミコンダクターは様々な電子機器を制御する半導体を製造している。

 

半導体の製造に大量の工業用水が必要だが、大分事業所もその例に漏れない。1日に使用する工業用水は25,000㎥。実に、25mプール60杯ほどの量におよぶという。大野川から取水し、北鼻川に排水するが、そこには自社が管理するハイレベルな排水処理施設と自らが設定した厳密な排水基準がある。

大分事業所の排水処理の流れ

大分事業所の排水処理の流れ

「事業所内で使った水は、もらった時よりもきれいにして川に返す。それが私たちの信念です。事前評価システムで、より効率の良い処理方法を決定し、様々な処理を通して水をきれいにし、厳密な水質検査を行ってから北鼻川に戻しています。国が定める排出基準値よりも大分市の排出基準値は厳しいのですが、私たちはさらに厳しい自主基準値を設け管理をしています。

半導体製造工場が、地域住民と共に進んでいくために

環境を考えていく一連の活動は、環境負荷を低減するための施設、独自に定めた基準にとどまらない。従業員の環境教育も様々なプログラムを通して進められている。

 

「たとえば、構内の排水溝に炭酸飲料をほんの少し流しただけでも、排水処理の検知システムが作動し、所内にはブザーが鳴り渡ります。『ちょっとだからいいだろう』ではなく、普段の行動から環境について考えてもらっています。一方、環境について考える楽しい動画を社内で公開したり、楽しみながら参画できる企画を実施したりしています。これは環境保全担当だけではなく、全社を通して進めている取り組みなのです」

 

ホタルは川に帰ってきた。しかし、環境を考える取り組みは終わらない。サステイナブルな環境を目指し、全従業員を対象としてSDGsの教育プログラムを実施。地域環境を大事にすること、その一歩が世界的な活動の一環につながることを伝えている。

 

「従業員で協力して作成した巨大アルミ缶アート(5m×3m)は、地域の方や従業員に「北鼻川にホタルを呼び戻そう」活動を知ってもらうために作成しました。また、「花咲く道しるべプロジェクト」と題し、地域自治会や近隣企業との共同活動での植栽や小学校への出前授業、環境CSR活動など、環境に配慮した活動は今後も従業員一人ひとりが意識し、全社一丸となって進めていきたいと考えています。そしてそれは、ホタルの定点観測でも大きな力をいただいたように、地域住民の方々の理解、パワーがあってこそです。今後も足並みを揃え、地域と一体となって進めていきます」

5メートルの巨大アルミ缶アート

5メートルの巨大アルミ缶アート

ブラッシュアップしながら継続していく一連の取り組みが評価され、地球環境に配慮した企業経営を表彰する「環境 人づくり企業大賞2018」大賞(環境大臣賞)も受賞した。2016年の奨励賞、2017年の優秀賞に続いての3年連続の受賞は、環境への一貫した姿勢を物語る。

環境保全担当の皆さんと、「環境 人づくり企業大賞2018」大賞(環境大臣賞)の表彰状

環境保全担当の皆さんと、「環境 人づくり企業大賞2018」大賞(環境大臣賞)の表彰状

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